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01.男嫌いの令嬢

「君とは結婚できない」


 私の目の前で伯爵令息であるその男、ニルス・クルーゲははっきりとそう言った。


「君には悪いと思うが、僕は運命の人と出会ってしまったんだ。その人と結婚したいと思っている。だからどうか、わかってほしい」

「ええ……、ご事情はわかりましたわ」

「あなたもとても魅力的な女性だ。すぐに別の相手が見つかるだろう」

「……ありがとうございます」


 ニルスは少し勝ち誇ったような、上からものを言う態度でそう言った。運命の人に出会えて舞い上がっているのでしょう。


 感情をぐっと抑えて、私はただ静かに頷いた。


「申し訳なかったね」

「まだ正式に婚約していたわけではありませんので、お気になさらないでください」


 どうか本当にお気になさらないで。だってこれは私が望んだ形なのだから――。


 本当に悪いと思っているわけではなさそうな軽い口調で告げるニルスに、私は必死で淑女らしい態度を貫いた。けれど、気を抜くと顔がニヤけてしまいそうになる。意識して唇を一生懸命固く閉じた。


「それでは、さようなら」

「はい。さようなら」



 マリーナ・ウィンクラー。

 それが私の名前。ウィンクラー侯爵家の長女にして末っ子として生まれた。



「うまくいった……よかった……!!」


 ニルスと別れた後、私は大きく安堵の息を吐きながら、婚約が無事(・・)成立しなかったことに思わず笑みを浮かべてしまった。


「だから言っただろう? 俺に任せておけば大丈夫だと」


 どこから見ていたのか、後ろから現れたアルフレートが誇らしげに言う。


「そうね。本当にありがとう、お兄様(・・・)

「可愛い妹を変な男のところへはやりたくないからね」


 ニルスは、父が私の婚約者にどうかと紹介してきた男。

 伯爵家の嫡男で、歳のも近く、顔もまぁ悪くはない。


 けれど、彼にはよくない噂があった。


 度々夜会に足を運んでは、毎度違う女性と姿を消すらしい。

 姿を消して何をしているのかは、もう子供ではないから想像できる。


 そんな男と結婚するなんて、私は絶対に嫌。

 というか、できれば誰とも結婚したくない。できる気がしない。

 私は男というものに期待していない。男なんて、ニルスのように甘いマスクの裏では何をしているのかわかったものではない。だから信用していない。


 お兄様――アルを除いては。



 王太子の側近を務めている、とても優秀でかっこよくて優しくて賢くてとにかくかっこいい私の兄、アルフレートは、父が私に持ってきた今回の縁談相手の男、ニルスのことを徹底的に調べてくれた。

 そしてニルスがろくな男ではないと判明すると、その婚約が成立しないように動いてくれた。


 アルはとても顔が広い。

 だからそういう女遊びを黙認できる、高位貴族との縁談を望んでいる子爵家の令嬢との仲を繋ぎ、恋のキューピッドになったらしい。


 相手のことは調査済みだから、運命的な出会いを演出するのはとても簡単だったそう。


 ニルスはある日の夜会でめでたく運命の再会とやらを作り上げられ、とても情熱的に恋に落ちたのだとか。


 なんて素敵なのかしら! 本気かどうかは知らないけれど、今度こそ本気になってくれることを祈る。


 ともかく、これでみんな幸せなわけだ。



「おまえを安心して任せられる相手は必ず俺が探してやるからな」

「うん……でも別にいいのよ、私は誰とも結婚しなくても!」

「はは、そういうわけにはいかないだろう?」

「……」



 冗談だと思って笑っているアルの顔を見ながら、物思いに考える。


 十八歳になったのに未だに婚約者が決まらない私に、父は焦り始めている。

 それに祖母が病気を患ってしまい、もう先が長くないだろうとのことだ。祖母は私をとても可愛がってくれていたから、曾孫を見せてやりたいと父は言っていた。


 私に想い人がいるならば。と言ってくれているけれど、残念ながらそんな相手はいない。

 私はアルが大好き。もちろんその感情に兄妹という枠は超えていないけど(たぶん)、私はアルが好きすぎて、それ以上にいい男がこの世にいるとは思えない。


 ……まぁ、そんなアルもいつかは他の誰かと結婚してしまう日が来るのかもしれないけど……。

 そしたらメイドとして雇ってもらおうかしら。


「あーあ。ギルがその気になってくれたらな」

「だからあの闇夜の騎士様は無理だって、いつも言ってるでしょう?」


 この話が出る度にアルが口にする〝ギル〟という男は、アルと同じく王太子の側近を務める公爵家の男。


 アルと同い年で同期でもあるその男は、アルと二人で若い世代では一、二を争う実力を持つ一流騎士らしい。

 まぁ、本当はアルのほうが強いに決まっているけれど、アルは謙虚だから「本気を出されたらあいつには敵わない」と、その実力を認めて慕っている男だ。


 私は会ったこともないけど、顔もよく、浮いた話のない真面目な男らしい。

 アルはよくその男の話をする。……ちょっと妬ける。


「……まぁ、ギルは結婚に興味がないからなぁ」


 アルはそんな彼を私の結婚相手にしたいらしい。けれどその彼は女嫌いで有名。


 無表情で冷たげな青い瞳と、暗闇のような深い青髪に、いつも黒い騎士服を着ているその印象から、彼は〝闇夜の騎士〟と言われ恐れられているようだ。


 それでもそこがまた素敵だと、一部のご令嬢たちから絶大な人気を誇っているようだけど、彼はまだ誰とも結婚する気がないらしい。


 だから私に会わせようと、アルが何度もうちに遊びに来いと誘っても未だ一度も訪れたことがない。

 夜会などにも滅多に参加されないようなので、私たちは一度も会ったことがないのだ。


 私は全然興味ないんだけど。それよりその男、女嫌いって、まさかアルのことが好きとかじゃないよね? と、密かに警戒(ライバル視)している。

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