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土方もキツいが山賊もツライ  作者: 暁 夕日
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transition 0   下積みの前

 1



 いつからか、こんなに夏を憎く思ったのは。待て、これは夏か?閻魔の炎か、はてまたマグマが近づいてきているのか。頬を伝って流れ出した汗は、瞬く間に地面で蒸発し、地面の照り返しをいっそう熱く演出している。

 人が溶けてもおかしくないんじゃね?と聞きたくなるような暑さの中、この俺はかき板を持って土塊の山と戦闘中。だが、もうだめだ。意識が半分はもうろうとしている。

「おらあ!素太!しっかり掻かんかあ!手ェ止めるんじゃねぇ!」?

…はい?この猛暑の中、黄色い首長竜に乗ってわんわん叫んでくるあの魔物は何ぞよ?

「何やっでっか!!!」

来る!魔物が近づいてくる!来る来る来る!!!

次の瞬間、冷たい水が俺の全身をおおった。

ザッザーーー

「あ、、、」

「これしきの暑さでふらついてんじゃねぇ!気合いが足りん!」

そう言われて目の前にいたのは、黄色い首長竜に乗った魔物ではなく、黄色のユンボから降りて青いバケツを持った親方だった。


 その後、10分間だけ冷房の効いたプレハブで涼ましてもらう。たったの10分?と思ったが、今までの事を考えると、期待さえ捨てた身に染みるほどの高待遇に感謝。冷房と目に当てた冷凍したハンドタオルが身体から余分な熱をとっていってくれる。

 窓から見える「熱中症ゼロ災」と書かれたのぼりが何とも憎たらしい。入社した2年前は気合いを入れて入社し、夏でも倒れてなるものかと勇んで挑んだが、毎年のように夏の日差しにやられ、このザマだ。もとより人一倍華奢な体つき。土方をするには誰もが指をさして「お前絶対ムリだよ」と言われる事は、百も承知の介。そんな俺が土木工を選んだのには理由があった。


 暗黒だった学生時代を思い出す。いつも逃げているか、泣いているかだった。執拗なイジメは、とある1人の男によって始まった。

浅井健三

始まりは奴が引っ越してきた小学校3年に遡る。

 健三は色白で美形だった。ただ、転校生として入学してきたが、誰とも交わらず、無口だった。周りの同級生達は「あいつきしょい」と囁き始め、歓迎しないムードになっていた。女子は「健三くんってイケメンだよね?」とキャイキャイ騒いでいたが、当の本人は女子の騒にも反応を示さず、いつも一人で本を読んだり、校庭の花を見つめてぼーとしたり、かと思えば急にサッカーボールを一人で蹴り出しグランドを縦横無尽に走りだしたりと、不思議な雰囲気を持っていた。

 健三が転校してきて一月ほど経ったある日、隣のクラスで暴れん坊の酒井君が数人を引き連れて、「アイツ気に食わねえ」と言って健三にちょっかいを出した。酒井君は同級生の中でも力が強く、(どこの小学校にもいるのだが)誰よりも喧嘩が強かった。

 そんな酒井君が健三につめより「お前ウザイんだよ」と健三の座っている机を取り囲んだ。しばらく一方的に酒井君が何か罵るような言葉をかけていたが、健三が僕の席からは聞こえないくらいの小さな声で、酒井君に何かを言った。すると、酒井君は暫く黙ってから、周りの数人に「ふん!行こうぜ」と言って取り巻きと一緒に教室を出て行った。それ以来酒井君が健三に何かを言う事はなくなった。何を言ったのかは酒井君ととりまきしか知らないのだが、恐れ慄いて誰もそれを他人に漏らさないので、クラスの中では相当恐ろしい事を言ったのに違いないと噂がたった。

まあ、その後の数年にわたって、健三がどれほど恐ろしいか自分の身をもって思い知らされるのだけれど。

 そんな健三は相変わらず一人でいた。クラスでも浮かない存在だった僕は何となく健三の事が気になって、何となく目の端で健三をとらえるようになった。

 ある日、健三がグランドでサッカーボールを一人で蹴っていたので、思い切って声をかけてみた。

「健三君、一人?」

「……」

「転校生だよね?一緒に遊ばない?僕もいつも一人で遊んでるんだ。よかったら友達になろうよ」

そう言って握手するつもりで右手を差し出した。これが全ての元凶になるとは知らずに。

 健三はポカンと暫く僕の顔を見ていたが、ややあって笑顔になって、僕の右手をとり、握手してくれた。しかし、次の瞬間ぎゅうっと強い力で僕の右手を握りつぶしてきた。


笑いながら、、、


僕はその強い握力にたまらず、反射的に健三の手から自分の手を引き離し、「うわああああ!」と叫びながらうずくまった。僕が涙目で健三を見上げると、アイツは冷酷な笑みを浮かべて

「よろしく」

と言ってケタケタ笑っていた。


これが僕、五十嵐素太(そた)と浅井健三の出会いだ。


 健三はその日から何か面白いおもちゃでも見つけたみたいに、僕に対してのいびりを始めた。始めは軽い悪戯程度だったが、それは日を追うごとにエスカレートしていった。

 何度か担任に訴えたが、しばらくして「お前にも原因があるみたいだな」と言われ、そのうち担任も相手してくれなくなった。

 周囲の同級生も健三が怖いのか、誰も僕を助けてなんかくれなかった。ある日、僕の上に健三が馬乗りになって、ケタケタと笑いながら罵っている最中に酒井君と目が合った。僕は助けを求めて酒井君の目を見つめたが、酒井君は黙って僕の目を見つめ返すだけだった。どこか、哀愁漂う目で。


 「おーい、素太!大丈夫かあ?少しはマシになったか?10分すぎたべ」

「すみません。、、、大丈夫っす。現場戻ります」

「なあ、素太。おめぇ、この先本当に続けられんのか?そんな(てい)で」

「……」

「毎年必ず夏に倒れっけどよ、少しは鍛えにゃ」

僕はよく分からないけど、イラついた。

「大丈夫です。今日だって倒れたわけではないですから」

「なにを偉そうに!バッキャロ!あと少しで倒れそうだったくせに! …まあええ。現場もどれや」

「はい。すんません」

 今になってわかるのだが、こうしていつも親方の愛情に気づかないまま、愚かな苛立ちを覚え塞ぎ込んでいた。


 健三からいじめられた日々は小学校3年の7月から中学までの5年8ヶ月続いた。健三は僕をいじめている最中だけイキイキとしていた。そして満足そうに笑うのである。健三は僕の足を引っ掛けて転ばせたり、馬乗りになったり、背中をおしたりさるのだが、殴る事だけはしなかった。これは唯一の救いだった。気づけばクラスの皆から笑われる存在に、僕はなっていた。

 その日々の中で絶対に忘れない日がある。

 僕は密かに想いを馳せていた女の子がいた。名を耶麻なつみといった。クラスでも評判のいい優しくて可愛い女の子で、いじめられていた僕は口も聞けなかったが、クラス中の皆が僕を笑う中、彼女だけは心配そうにぼくの事を見つめていた。気づけば僕の中で天使になっていた。

 ある朝学校へ登校すると、健三が高鉄棒にぶら下がるように僕に命令した。健三は叩いたりしないから、きっと、ぶら下がった僕につかまって揺らしたりして笑いたいのだろうと予測して、変に反抗するよりは大人しく従う事にした。

 健三は鉄棒にぶら下がった僕を暫くニヤニヤ眺めていたが、「おーい。みんな来いよー。面白い事するぞー」と、投稿してきた同級生に向かって声をかけた。その呼ばれて近づいてきた同級生の中になつみちゃんがいる事に僕は気づかなかった。

 健三はぶら下がる僕の後ろに回り込み、「皆、見てろよー」と言った。同級生は僕の正面に集まってきた。

 次の瞬間、最悪な事が起こった。ぶら下がる僕の後ろから、健三が僕のズボンとパンツを一気に下ろした。僕の小さなあそこが同級生の目の前に露呈された。僕は一瞬何が起こったのか分からなかった。目の前の同級生達は「きゃあ」とか「マジかよ」とか言って騒ぎ、一斉にどっと爆笑した。

 僕は慌てて鉄棒から手を離し、地面にうずくまって股間を両手で隠した。顔をあげ、目の前の同級生の方を見て驚愕した。その集団の後ろの方にあのなつみちゃんがいた。一番悲しかったのは、彼女も一緒になって大笑いしていたからだった。その時、僕の中で何かが音をたてて壊れた。ズボンを履き直し、健三に飛びかかった。健三はヒラリと僕の攻撃を交わし、代わりに僕を投げ倒し、また一層笑っていた。

 勝てない。

 奴には勝てない。

 初恋が終わった。

 死んでしまいたい。と強く思った事をよく覚えている。

 しかし、その地獄のような日々も終わりがきた。中学卒業だ。僕は志望校の願書の提出を、ギリギリまで提出しなかった。それは、何となく健三に知られて、万が一にも奴が同じ高校を選ぶのではないかと、心配したからだった。

 僕は自宅からほど近い、中級レベルの進学校を志望した。

 健三の志望校が気になった。たまたまにでも、同じ高校を志望していたらどうしようかと気が気ではなかった。

 そんなある日、同級生のグループが何やら健三の事を話しているのが聞こえ、僕は気になって、耳を傾けた。

「なあ、知ってるか?健三の奴、進学しないんだってよ」

「マジかよ?高校も、専門学校も?」

「ああ、本人が言ってた。担任とか親とか進学しろってうるさいって言ってたけど、そりゃそうだろ。だって平成だぜ、今。ヤンキーでもあるまいし」

「何それ?ヤンキーってwww」

「俺の親父が言ってたんだけど、昭和の時代は学校行かない奴らをヤンキーって言ってたらしいぜwww」

「種族かよ」

「何かさ、健三は働きたいんだって」

「へー。雇うとこあんの?」

「さあな」


 終わったのだ!とうとう地獄から解放されるんだ!

 健三は進学なんてしない!

 健三は就職して働く!

 健三は僕の前に現れない!

 うん!さよならバイバイ!



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