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後編

 隕石群が地球に降り注いだのはその次の日の事だ。


 地上では少しでも安全な場所へ行こうと騒ぐ者、達観したようにいつもの日々を過ごす者、隕石の事など関係なく仕事に忙殺される者と様々だった。


 隕石のほとんどは途中で燃え尽きてしまうと報道されても、人々の行動にはあまり影響を与えなかった。


 最初の隕石が大気圏に突入し、炎をあげて猛スピードで地表めがけて落ちてくる。

 その強烈な輝きに誰もが言葉を失った。

 次々と隕石が大気圏へと突入してくる。

 壮大な天体ショーを、人類は今、特等席で見ている。

 最初の隕石が轟音とともに降ってきて、そして燃え尽きた。

 次々と隕石は降り、燃え尽きる。それはまるで永遠に続くかのようだった。



 人々はその様を見ていた。その光を浴びていた。


 燃え尽きた隕石から何かが現れ、大気に溶け込んでいく。


 その何かは大気に溶け、大地に染み、生き物全てに入り込んでいく。




 彼女は目を覚ました。

 そのまなじりに、涙が1つこぼれる。


 そして世界はその時を迎えた。








 仕事中、ビルの窓から天体ショーを見ていた羽衣音は、体中にこびりついていた疲れを感じない事に気がついた。

 不思議に思ってあちこち動かしてみるが、何も問題を感じない。

 それどころか学生時代のように生き生きとした生命力をその身のうちに感じた。

 ふと足元を見て、ボロボロの古いパンプスが目に入った。

 脳裏に浮かんだのは、今朝見たこの会社の取締役の、ピカピカの高級な革靴。

 空席になっている隣の机には先週まで、派遣切りで辞めていったもの静かな優しい子が座っていた。

 先月は、仲良くしていた女の子がセクハラに苦情を言って辞めさせられていた。

 普段殺して生きている心が蘇って呼吸をしている。

 彼女は昔、政治家になりたかったのだ。

 外では華々しい天体ショーが続いていた。

 こんなに美しい世界で、人間だけが醜いままでいいわけがない。

 羽衣音は仕事を辞めようと心に決め、立ち上がった。



 由香里は夫と娘とともに、家の庭で空を見上げていた。

 その美しさにぼろぼろと涙があふれでてきて、声も上げられなかった。

 娘が由香里の手を引いて、にっこりと笑う。

「お母さん、病気だったんだね。治って良かったね!」



 豊は恋人の美園と手を繋いで公園にいた。

 美園の左手には昨日渡した安物の指輪が嵌められ、流星の輝きを反射している。

 豊がふと隣の美園に目をやると、化粧っ気のない彼女がいつもよりも美しく見えた。

 髪は艶を増し、肌はつやつやと染み1つなく白く、体調を崩すとすぐに荒れる唇はふっくらと柔らかく紅い。

 豊の視線に気がついた美園は視線を恋人に向け、驚いたように目を見開いた。

「豊、なんだかすごくハンサムになった?」



 明子は倒れた夫のために救急車を呼び、その到着を待っていた。

 始まった天体ショーに、それどころではないのに、と腹が立つ。

 自分が死ぬのは別にいい。だが夫には生きていて欲しかった。

 いやもういっそ、一緒に死のうか。

 あの隕石が今、ここに落ちてくれれば……。

 そのとき、ベランダから爆発でもあったような光に照らされて、明子は息を呑んだ。

 次の瞬間、夫が目を覚ましてゆっくりと体を起こす。

「あなた?」

「おう、凄かったな、今の」

 何事も無かったように答える夫に、明子は動揺を隠せない。

「へ、平気なの、どこもなんとも」

「おお、大丈夫だ。まあ一回死んだけどな」

 そう言って夫は、がははと笑う。

「死んだ時にな、面白い事があったよ。これからはいろいろ忙しいぞ。やる事がいっぱいあるからな!」

 何を言ってるんだろう、この人は。

 呆然として涙をこぼす明子に、夫はニヤリと笑って続ける。

「お前も忙しいぞ。歌手になりたかったんだろう? 俺はギターをやりたかったんだ。俺が曲を作るから、お前は詩を書け。世界中にお前の声を聴かせてやる」





 彼女は目を覚ました。

 もう眠る必要はない。


 辺りが光に満ちていて、暖かい。

 彼女はこの光を知っていた。


 ふわふわと天からまあるい光の玉が降ってくる。

 そしてそれは美しい少女の姿をとった。


『やっと会えたね。元気? 大きくなれたんだね。あたしはやっぱりダメだったの。だから、約束通りあなたに光を届けようと思って。頑張ってね。頑張って幸せになって。応援してるから』


 そして彼女が何か言う前に、にかっと笑って続ける。


『またね。あたしもう行かなきゃ。もう一回やり直すの。今度はきっと、ちゃんと大きな星になるわ』


 そう言って消えてしまった。

 あとにたくさんの光を残して。

 彼女は両手で顔を覆い、声を上げずに泣き出した。








『あなたも星になるの?』

『あなたも?』

『うん。でも多分大きくはなれないんだって』

『そうなの?』

『闇を最初から育てる星になるから、闇が愛を手に入れるまでに壊れる可能性が高いって聞いてる』

『闇になるの? 怖くないの?』

『ずっと寝てるから平気。壊れるのは……、うーーん、分からない。でもそのあと、また別の場所で星に生まれて、そこで前の反省を踏まえてやり直すんだって。だから壊れたらそれはそれで勉強になるからいいって言われた』

『あたしはやだなあ、そういうの。だって壊れたりしないでみんな一緒に暮らしたいよ』

『みんな一緒は難しいよ』

『うん、でもそっちの方がいい』

『そっかあ。どんな星に生まれるの?』

『どっちでもない星』

『どっちでもないの? そんなのがあるの?』

『すごく珍しいんだって。だからどうなるか分からない。あっという間に闇ばっかりの星になって壊すしかなくなるかもって言われた』

『大変そうだねえ……』

『うん……』

『大きくなれそう?』

『ダメだと思う……」

『じゃああたしが手伝ってあげる。いつかあたしがあなたのところへ行くから、それまで頑張って。そしたらたくさん光を届けてあげる。光の人だけに、特別な力のこもった光』

『いいの?』

『あたしの星では使わないものだから』

『ありがとう……』

『あたしはあなたに光を届ける事を誓います。そのかわり、あなたは絶対そのときまで頑張ること。あたしが救けに行くまで。いい?』

『うん』

『約束ね!絶対!』




 あの子が来てくれるまで。

 その日まで、と彼女は眠り続けた。

 全ての不思議とともに、心を封印して。

 あの子のように。


 痛みを感じず、ただただ子供たちの揺り籠であり続けるために。


 そして今日、時は来て光が満ちる。


 あの子の救けが地球(かのじょ)の上に降り注ぐ。


 全ての痛みを解放して、全ての不思議を解放して、地球は目を覚ました。





 その日、世界中でたくさんの奇跡が起きた。


 歩けなかった者は歩けるようになり、病は癒やされ、傷は回復して、人々は力を増した。


 一部には超常的な能力を手にする者すらいた。

 だがその多くはこれまで虐げられていた者たちであり、権力や財力など、もともと力のあった者たちのほとんどはそうではなかった。

 ある意味で、現実は平等になったといえるのだろう。


 隕石群は7日7晩降り続いた。

 だが地表に傷をつけたものは1つもない。


 しかし世界は以前とは姿を変えた、


 地球の体積は大きくなり、海も地上もその面積を増やした。

 不思議な能力に目覚める者たちがいて、これまで幻獣として存在を否定されてきた生き物たちが現れるようになった。


 魔法が認められ、新たな職業が次々と生まれる。


 科学は魔法と融合していく。


 世界はその中に多くの未知を内包して広がっていった。




 そしてそれは新たな争いの始まりとなる。


 力を手にした者の中には、怒りや憎しみを忘れられない者ももちろんいた。

 平和な世界を手に入れる事は、きっとひどく難しいのだろう。


 けれどそんな事は地球には関係ない。


 多くの()()が彼女の上で存在している。

 その素晴らしい世界がバランスを保って繰り返される限り、彼女の世界は完璧なのだ。

 今日もどこかで何かが生まれ、消え、喜び、嘆き、狂わんばかりの感情に満たされている。


 光に満ちた、どちらでもないものたちの奇妙な世界。

 それはとても不思議なバランスであらゆるものを受け入れている。


 遠くで、星が生まれた気配がした。

 美しい、美しい闇の星。

 あの子はまた眠りについているのだろうか。


 伸ばした指先からきらめく蝶が生まれる。

 銀色に光る蝶はぱたぱたと羽ばたいて、どこかの宇宙へと旅立って行った。



挿絵(By みてみん)

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