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神撃のヴァルフリート  作者: Globe Attacker
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Advance.01 戦車少女(ヴァルキュリー)

防衛学園の生徒、最も敷居が高い学科である指揮官クラスの少年、碇リュウジ。生まれつき右目が紅く染まっていた彼は、教官となる上官にぞんざいな扱いを受けていた。ある日いよいよ暇を出され、一時的に一般クラスへ戻されることになる。ある日彼は、通りがかった廃車工場で出会うのだった。間もなく廃棄処理されてしまう一人の少女と。

 「なんで認めてくれないんですか!!」

 (上官)「こんな作戦が常識的に通ると思っているのか馬鹿者!人の命を何だと思っているんだ!!」

 怒号が響く施設内。右目に眼帯をした高校二年生と、上官と思われる大人が口論になっていた。

 「この作戦は勝算あるんです!被害も最小限に抑えられます!」

 (上官)「だが失敗したらどう落とし前を付けるんだ?貴様はまだ学生だ、一人で責任を取るなんて、軽い事を言うつもりじゃあるまいな!」

 「失敗なんかあり得ない!作戦と言うのは成功するから作戦なんでしょう!それは貴方、指揮官の授業で散々教えられてきた。なら指揮官も分かってるはずだ!」

 その指揮官は大きく溜息をついた。


 (上官)「もういい、お前は頭を冷やす必要がありそうだ。我が部隊からの脱退を命じる。」


 (担任)「リュウジ。おい、リュウジ。おい!」

 「・・・っ!」

 (担任)「また、記憶ってヤツか?お前、過去に囚われ過ぎだぞ。」

 「は、はい。すいませんでした。」

 (担任)「では碇リュウジ、この計算を解け。」


 僕は碇リュウジ(いかり りゅうじ)という。この学園に通う二年生。生まれつき、右目が紅い。昔から正義感が強く、誰かを守る為なら手段を選ばない性格だった。僕は軍の指揮官を目指し、この学園に入ったのだ。

 防衛学院直属の自衛官育成学園、防衛学院附属防衛学園。この学園に入れただけでその生徒はエリートであり、将来有望な自衛官が約束される。自衛隊と起床時間は変わらず、登校時間となる朝の8時までは朝練があるが、普通の学生と同じで土日祝は休みがある。ここで立派な防衛学院の隊員生として失礼の無い様に厳しい訓練に励むのだ。僕は指揮官としてこの学園に入ったのだが、担当となったところの作戦計画書を提出すると、いつも批判ばかりを買う。上官は確かに優秀な人だ。しかし、作戦中に戦死する自衛官に育てた覚えはないの1点張りで、僕の作戦は無謀過ぎると猛バッシングの毎日。先日、遂にお暇を出されたという訳だ。今の僕は無所属で、防衛学園の一生徒となっている。

 僕には秘密が2つある。1つ目は・・・


 (担任)「リュウジ!・・・気分でも悪いのか?」

 「・・・はい、最近ずっと・・・」

 (担任)「今日はもう休め。お前が作戦を立てられる程優秀なのは誰でも知っている。それが故の謹慎期間なんだもんな。しっかり息抜きしてこい。」

 「はい、申し訳ないです。」

 僕は担任に引き渡され、早退したくは無かったので医務室へ向かう事にした。

 (上官)「ふん、人を殺しても可笑しくない頭をしたガキが早退か?」

 「・・・上官、失礼します。」

 向から現れたガタイの良い上官。僕は軽蔑の言葉を吐くこの人を避けて過ぎようとしたとき、細い腕を強く掴む。

 (上官)「このまま時間が経てば戻れるなどと思うなよ。貴様の行動は既に監視していると思え。緊急連絡先に電話なんかしてみろ?」

 「脅しですか?忠告ならそんな文句は言いませんよね。」

 (上官)「脅しだと思うか?この附属学園には脅しよりも効く行動ってのがある。それは・・・」

 上官が言い切る前に、僕は掴んでいる手を振り解いた。

 「・・・僕を怒らせたら、終わりですよ。」

 上官は鼻で笑うが、僕はその言葉だけを投げ捨てて逃げるように去った。


 放課後、生徒達を見送って、僕も帰路についた。学園から学生寮まではそれほど遠くない。学生寮といっても、朝練を行うために自衛隊敷地内の隊員寮に隣接して造られている。敷地から飛び出す形で外側に設計されており、学生寮が建設されている自衛隊の隊員は、実際ここから敷地内に出入りことも出来るので、多少の息抜き程度として使われる用途もある。寮内では成績上位生徒と一般生徒で分けられており、指揮官クラスの僕は一人部屋が用意されている。起床時刻にスピーカーからラッパの音が轟く以外はプライバシーが守られており、何をしても周りに騒がれない限りは自由だ。そして何より、前述で勘付くかもしれないが実際の自衛官と交流も出来る。

 「ただいまー。って、誰もいないよな。」

 僕の部屋は大して散らかってない。本棚に参考書が詰まってるくらいで、そんなに目立った個所は無かった。

 「げ、ゴミ袋が無い。買い足しに行くか・・・」

 僕は赤と白のチェック柄の私服に着替え、スーパーに立ち寄った。基本的に自炊をする派だが、駐屯地で三食出る上に、隊員生とはいえ自衛官として給料も出るので、生活面に関しては全く困る事はない。ギャンブル出来る年齢でもないので、相当な無駄遣いをしなきゃ特に問題は無いのだ。

 「久々に買い込んだなぁ。帰るか・・・」

 上官に対する鬱憤晴らしにゲームでもしていこうとも考えたが、今日は乗り気ではなかったので一直線に帰ろうとした。その通りには、スクラップ工場がある。ここでは廃車となった戦車も解体されている。夜な夜な工場は自動化された設備で絶えず機械音が響く。僕は鉄クズの微かな匂いをよく感じるのだが、今日この日から、僕の人生は大きな転換期を迎えるのだった。

 「(相変わらず、よく近所迷惑で訴えられないよな・・・ん?)」

 この日は、匂いが全然違った。鉄クズの微かな匂いに加えて、ほのかなボディーソープの香りがしてきたのだ。周りにコインランドリーも銭湯もないのに、ちょっと可笑しいと感じた。

 「ごめんくださーい・・・」

 僕は恐る恐る入るが、夜時間は誰もいないので、機械が自動で廃車を分解するだけの幽霊屋敷となっていた。そんな大きく分解され、間もなくただの鉄板となる金属の掃き溜めから、先程のボディーソープの匂いが強くなるのを感じ取った。

 「すいませーん、誰かいますかー?」

 何かが変なところに引っかからない限り警報は鳴らないので、荷物を適当なところに置いて、その巨大なバスケットに登ってみた。そこには、目を疑う光景が広がっていた。

 「へっ!?」

 明らかに金属とは程遠い物体。シリコンで出来たにしては出来過ぎた人形。人形にしては微かに上下運動する存在。間違いなく、それは人間だった。淡い桃色の髪、高校一年生くらいだろうか、しかしあらゆる体毛も生えてないとも思える程に幼く見える。深い眠りに就いており、こんな轟音響く場所でもスヤスヤと眠っている。いや、寝てるというよりは失神しているというのが正しかった。

 「何で人が・・・いや、今は考え込んでいる場合ではない!」

 急がないと、間もなくこの少女は装置によってカルシウムの「つなぎ」が入った人肉100%の挽肉になってしまう。僕は躊躇なく、バスケットの中に入って少女を救出した。

 「(息はある、しかし意識がない。)119、119、」

 僕は何の躊躇いもなく発信を押そうとした。が、今日の上官の声が脳裏に蘇ってきた。

 『このまま時間が経てば戻れるなどと思うなよ。貴様の行動は既に監視していると思え。緊急連絡先に電話なんかしてみろ?』

 「・・・くっ。」

 寸前で電話を仕舞い、救急要請を諦めた。事情を説明すれば済む話なのだが、あの上官に耳に入るなんて、とても知られたくなかった。僕は買い物の荷物と一緒に、直ぐ近くまで来ていた学生寮まで運ぶ事にした。

 (門番)「リュウジ君っ!誰だそれは!」

 「急患だ!廃車工場で倒れていた!医務室に運んでくれ!理由は後だ!!」

 (門番)「分かった!あとは任せろ!」

 「頼む!荷物を置いたら僕も行く!」

 学園での状況がどうあれ、僕はこの学生寮では全隊員から顔が利いている。急いで自室に荷物を置くと、猛ダッシュで医務室へと向かった。

 (医務)「・・・」

 「先生、どうですか。」

 (医務)「体調は問題なさそうじゃ。しかし、こんな可愛い娘が全身痣だらけとはの。大変じゃったのう。」

 「いえ、自衛官として国民を守る責任の一端を行ったまでです。自衛官として、当然の事です。」

 (医務)「何故救急車を呼ばなかったのかは聞かんでおこう。しかし今は寝かせてやるベッドもない、悪いが、1日面倒を診てやってくれ。」

 「はい。自衛官として、問題無く遂行します。」

 と言い、医務室を出ると、僕は彼女を抱えて自室に向かった。こんな美しくも幼い容姿の少女が傷だらけ、多少の新しい傷は廃車工場で付いたのだろうが、その他の傷はなんだろうと思った。

 「それにしても、なんで人間が廃車工場の解体所に・・・」

 「・・・ぅん・・・」

 「ん?目覚めたか。」

 発見から3時間経った頃だろうか、その少女が目覚めた。ゆっくり上体を起こそうとするが、身体中あちこちに付けられた痣や傷で、激しい痛みによって起き上がれない。

 「待て、今は安静にするんだ。今のお前は満身創痍、絶対に無理をしてはいけないんだ。」

 「・・・私、なんでここにいるの・・・?」

 「廃車工場のプレス機前の廃材処理所前バスケットに横たわっていたんだ。あと少し発見が遅れていれば、お前が次に目覚めるのは閻魔大王の近くだったろうな。」

 リュウジに宥められ、少女は起きることを諦めた。彼女にこのまぁまぁな身長が無ければ本当に幼く見える、それくらいに童顔中の童顔だった。

 「ここは自衛隊の駐屯地だ。僕達は防衛学院附属防衛学園の学生で、拡張された隊員寮を使ってここから訓練と通学をしている。僕は碇リュウジという。覚えている範囲でいいから、お前の事を教えて欲しい。」

 「う、うん・・・」

 少女は僕に、自分が覚えていることを何一つ隠すことなく教えた。少女の名は『吹雪あやか(ふぶき あやか)』という。しかし記憶は断絶しているらしく、ぼんやりと最後の記憶があるのは中学二年生の6月で、幼馴染の家に寝泊まりしたのが最後だったようだ。僕は文字一つ溢す事無く、メモ帳にあやかの記憶を書き記した。

 「傷が癒えるにはまだ掛かるだろう。今日はここでゆっくり寝ていてくれないか。」

 「あのっ・・・リュウジさんは・・・?」

 「僕の事はいい。今は、その傷を治す事だけを考えるんだ。もし急に痛みを感じたり、何かを思い出したら、この無線で医務室に連絡するんだ。」

 「あう、うん・・・」

 僕はこの日に出されていた宿題を手に、食堂に寝袋を持って一時退室する支度を整える。出る前に、押し入れから『消毒済み』と書かれた封の中の耳栓を取り出す。

 「寝る前にはこれを必ず両耳に付けてくれ。朝になったら起床の合図が鳴る。手負いの患者に安眠妨害の一発は堪えるからな。」

 「あの、色々とありがとうございます・・・」

 「これはあくまでも救出の序でであり、学園生でも一自衛隊員としての責務だ。まぁ、実際には女子棟に空きが無いのが正しいがな。」

 僕はそう言って、食堂に向かった。

 「・・・私は・・・」


 翌朝、爆音とも言えるラッパの音が鳴り響く30分前に、陽の光で僕は目覚めた。今はすっかり夏、夏時間でもいいくらいに朝が早い。

 「5時31分・・・起きるか!」

 寝袋を直ぐに仕舞い、シャワー室で隊員服に着替えを済ませた丁度その頃に、起床を告げるファンファーレが鳴り響いた。爆音に飛び起きてベッドの布団をシワ一つ違える事無く畳み着替える、そんな物音が響く中で、僕は自室に向かいあやかの様子を見に行った。

 「大丈夫そうかな・・・ゲフっ」

 突然、自分の臍と下腹部の間に強烈な一撃が入った。そこには、昨日まで怪我していたとは思えない少女の姿が。

 「もうっ!うるさいよぉ!!7時くらいまで寝させてよ!」

 「お、おい、耳栓は、しなかったのか、?」

 「あ、ごごごごごごごめんなさいっ!!そっか、私、いつの間にか傷を負って、倒れてて、ここに運び込まれたんだっけ!」

 「お、おい、その、傷は大丈夫なのか?」

 僕は思いっきり抉られるように蹴られた場所を抑えながら、あやかに身体の事を問いただした。

 「う、うん、何ともない・・・」

 「念の為に医務室に行こう。僕は朝練の時間があるから、一緒に医務室に行こう。歩けるか?」

 「うん、大丈夫、だと思う・・・」

 昨日の物静かな印象とは裏腹に、実は結構元気のある女の子だったりして。しかし精密検査をしなければ大丈夫かどうかは分からない。あやかの本籍が判明するまでは、患者として接することにしよう。任務に私情は無用なのだ。

 「先生、連れてきました。」

 「すいません、昨日はご迷惑をお掛けしてすいませんでした。」

 案外、礼儀作法もなっているんだな。中学二年生から記憶がない、つまりは中学二年生まではその中学校に居た、その中学校はもしや先進校だったりするのか?

 (医務)「その様子じゃ、もしや傷は大丈夫なのか?」

 「はい、皆さんのおかげで、何ともありません!包帯の交換をお願いします。」

 (医務)「(一晩寝ただけでこんなに気分まで明るくなるものなのか?記憶については欠損があるみたいじゃが、本当にこれで問題ないなら、凄まじい生命力じゃ・・・)」

 「では朝練に向かいます。失礼します!」

 学生とはいえ身分上は自衛隊だから、厳しい規則の元、訓練に励むことが日課となっているヒヨッコだからと言って訓練メニューに大きな違いは無く、防衛学院に進学する為の体力を付ける事は大前提なのだ。

 (教官)「よし!本日の朝練は以上!各自寮に戻り、隊員は作業及び各自訓練へ、学生は登校の準備へ!解散!!」

 僕は食堂に向かう前に、医務室へと向かった。扉を開けると、医務のおじいちゃんが腰を抜かしていた。

 「先生?」

 (医務)「こ、こりゃたまげた・・・」

 「包帯、取り換えてもらいました。もう大丈夫です!」

 「先生、どうしたんですか。」

 (医務)「わしの間違いじゃなければ、無数の痣や傷があったよな?無いのじゃよ・・・」

 「・・・はい?」

 引き出しからチェキの写真を取り出した。上半身の映してはいけない場所はシールで隠している。

 「嘘だろ・・・!?」

 「ふぇ?」

 「なぁ、自分の身体の事、何も変に思わないのか?」

 「え?うん、確かに傷の治るの早いなーって思うくらいだよ?」

 早過ぎである。このような傷、なんなら傷跡や痣も、たった1日で治る訳が無い。だが、見る限り全くの無傷。なんなら一睡しただけで奇跡の全回復だ。僕も医務も、驚きを隠せなかった。ふと、あやかの顔を見る。

 「な、なぁ、何処か頭を打ってないか?仮に全て治っているにしても、傷のあった箇所は痛むはず・・・」

 「ううん。」

 痛みなど感じないという彼女。その時だった。

 「んぐっ、ぐあああああっ!」

 (医務)「お、おい!どうしたんじゃ!!」

 僕の右目を、突き刺すような激痛が走った。極稀に誰かと目を合わすと、僕の右目は急に反応を起こす。そして決まって、僕であり僕ではない自分が這い上がろうとしてくる。

 「(また・・・いや・・・今までより激しいっ!)」

 《おお・・・我が正妻よ・・・》

 「(正妻だとっ・・・!?僕はまだ16になりたてなんだぞっ!僕には女なんていないっ!!)」

 《我が末子よ、いい加減に観念しろ。我の血を引く者である事は変わりないのだ・・・》

 「(失せろっ・・・消え失せろっ!!!)」

 《・・・ぬぅ、貴様はそうまでして、何故拒む。》

 「(拒むんじゃないんだよ・・・僕が僕でありたいだけなんだっ!!!)」

 気配は去った。既に僕の脈は激しくなっていたが、直ぐに落ち着きを取り戻した。

 (医務)「また発作というヤツか?」

 「すいません先生。あやかさんも、御見苦しい所を見せてしまいました。」

 「え、う、うん・・・」

 この後も彼女は僕の部屋で経過を見る事となった。もう大丈夫なのは見て取れるが、それでもやはり一夜で完治するなんてただ事ではない。僕は身支度をして学校へと向かった。

 「よっ!こんな所で俺に追いつくなんて、お前らしくないな。」

 「ああ、例の負傷者の件でドタバタしていたんだ。」

 彼は(いくさ) 陸悟(りくご)。同じ高校の同級生で、僕が今の状況であっても理解してくれている親友だ。

 「で、大丈夫そうなのか?」

 「ああ、軽傷で済んでいるみたいだし、直ぐに帰れる。」

 「大事には至らなかったのか。そりゃ安心だな。」

 「ただ、奴の目が合った瞬間、発作が起きてしまった。」

 「マジか!?おい、お前が発作を起こすって事は・・・」

 そう、誰かと目が合ってから僕の右目に激痛が走るという事は、即ちその人物が『力』を持っているという事だ。確かにあれだけの傷を一晩寝ただけで完治させるくらいの生命力を持っているんだ、その怪物級の治癒力があれば僕の右目を共鳴させることなど造作もない事だ。

 「俺とも共鳴したもんな。ま、俺も俺だからしゃーなしか。」

 「お前も凄い所があるからな。」

 正門を通り、昇降口に入る。

 「んじゃ、また放課後な!」

 「ああ。」

 陸悟とはここで離脱し、僕は教室に入る。そこには昨日、迷惑を掛けてしまった先生がいた。

 (担任)「おお、昨日は大丈夫だったか?」

 「はい、お陰様で。昨日はご迷惑をお掛けしました。」

 早くに登校していたクラスメイトにも深々と一礼し、自分の席につく。隣には、同じく指揮官の同級生である仁光空(ひとみつ そら)がいた。

 「お前も大変だなぁ。右目にしろ指揮官クラスの上官にしろ・・・」

 「言ってろ。お前には関係の無い話だ。」

 「それもそーだな。俺なんかはお前みたいに指揮経験ないわけだし。」

 「そんな事を気にして、『車両』は大丈夫なのか?前回の模擬戦で大破したんだろ。」

 「あれか?もう直したぞ。」

 「そうか、ならこちらも心配する必要もないな。」

 (担任)「そろそろHR始めるぞー。」


 昼食時、今日は弁当を持ってこなかったので食堂に向かい、『駐屯地パス』で昼食を貰おうとした。が、今日に限って・・・

 (おばちゃん)「ごめんねぇ、今日は売り切れてしまったんやて、お腹すいてるというに、すまんのぉ。」

 「えぇ・・・」

 この学園は毎日のように体育がある。球技や陸上競技をやらされたり、エアガンを使った射撃演習をするのだが、流石は防衛学院直属だけあってまさに訓練、この時間になると腹が減るのも無理はないのだ。しかし今日はツイてない。昼食の時だけ指定のコンビニに行って買うことが出来るのだが、今日は財布の中を切り崩してコンビニに買いに行くしかないのかと腹を括った。

 (?)「おやおや、指揮官候補が絶望に打ちひしがれて、何か気に食わぬことでもあったのかの?」

 「はい?あっ。」

 そこには、高級焼肉店の焼肉弁当を持ったじいさんが。といっても、僕が住んでいる寮の医務のおじいちゃんだった。

 「なんだ、先生ですか。」

 (医務)「ふぇっふぇっ、今日は雪崩のように生徒が来ての、予感がしたんで来てみたんだわい。今日の献立はザブトンステーキ重じゃからの、皆血眼になって戦争状態じゃったわい。」

 おじいちゃんが紙袋の中のお弁当を取り出した。出来立てで湯気が漂う。

 (医務)「食うかの?」

 「うへぇ・・・。い、いただきます!」

 僕はもう我を忘れて椅子に座ってしまった。牛の良い場所しか使ってない、ザブトンステーキなんて低レベルに思えるくらいの、頭が悪くなりそうな肉汁とタレで白飯が進む。ガっついて腹がある程度満たされたところで僕は我に返り、何故医務の先生が弁当まで持ってここに来たのかを問う。何となく、話したい要件は見えていた。

 「先生、態々昼食を届けに来て、それだけじゃないでしょう。あの少女の事ですね?」

 (医務)「察しがいいわい。うむ、駐屯地の連中に調べさせてもらったんじゃがの、」

 先生が話を切り出した。

 (医務)「彼女は、『戦車少女(ヴァルキュリー)』の可能性が高いのじゃ。」

 僕は、何も不思議だとは思わなかった。それは今朝、僕の右目が語っていた。

 (医務)「あの子の前だから『発作』と言ったが、お主の左目で見た情報が何かを感じ取ると、右目に通じて感応するんじゃろ?」

 「はい。生まれつき僕の右目は変色し、この中には別の僕が宿っています。そしてこの目は、人にして人ならざる力を持つ者の力に反応します。普段はあまり見せたくないので眼帯で隠していますが・・・」

 (医務)「話を戻そう。あの子に関して調べさせてもらったんじゃが、あの子が言っていた時期、つまり2年前の中学二年生の夏に友人宅でお泊り会をしたのを最後に消息を絶っていたのじゃ。最初は友人宅が疑われたのじゃが、友人宅に居た6人の少女達も忽然と姿を消しており、捜索願を出すものの、近くの川の上流の橋に衣類や所持品が血痕が付着している状態で発見、その血痕は各々の少女達のDNA型と一致し、そのまま行方不明のまま時が過ぎ、ついに死亡届として受理されてしまったのじゃ。」

 「あの少女も、その中の一人?」

 (医務)「6人の証明写真を取り寄せたのじゃが、その中の一人に殆ど合致していた。あの子は16歳と言っているが、もしそうなら2年の時を経てちょっと顔が大人っぽくなったと想定しても間違いはないじゃろ。」

 つまりあれでもかなりの童顔なのに、2年前は幼女だったのか?と僕は言おうとしたが、流石に空気が読めないので胸の奥に留めた。

 「残りの5人に関しては全く情報が無いのですか?」

 (医務)「うむ。しかし2年の時を経て、何故突然、しかも廃車処理場に・・・と考えたら、彼女は何者かの手によって戦車少女に改造されたとしか考えられなかったんじゃよ。一夜眠るだけであれだけの傷が治るとは、生物学的に到底考えられん。せいぜい1週間くらい経っても傷跡として残って消えんじゃろ。」

 何者かの手を加えられ、配備された国や反乱軍管轄の元、戦場で殺戮する事を目的として生み出された『戦車少女(ヴァルキュリー)』。圧倒的な戦闘能力に加え、多少の傷なら短時間で癒してしまう怪物級の能力を持たされた子供達。そして、常軌を逸して精神すら穢す行為を元に魂に紐付けされた以上は、自ら逆らう事のない人形と化す。その魂が開放されるのは、紐付けを行った者の死後3日か、自身が戦闘不能になって命を奪われることしかない。だから・・・

 「廃車置き場に捨てたとして、それで繋がりが途切れるとは到底思えないのですが。」

 (医務)「そうなんじゃよ・・・。戦車少女である以上は何者かが自身の魂と紐付けされていることが普通。そして、仮にも生きた状態で放棄したところで、契約者の死後3日を以て解除されぬ限りは、お主が駐屯地に連れ帰って意識を回復した後で探し回るじゃろ。」

 そう、つまりは何らかの手で彼女を気絶させて捨てた直後に、適当な場所に放棄して気絶している間に3日経過して繋がりが消えたと仮定すれば筋は通る。しかし、体の傷はどう説明するのだろうか?謎が謎を呼ぶばかりだ、頭が痛くなってくる。意見を交わしているうちに、弁当に中を食べ切っていた。

 (医務)「続きは、帰ってからにするかの?」

 「そうですね、戦車少女の事は伏せて、彼女にも聞いてみます。」


 僕の学園には部活動があるが、僕は直ぐに帰宅している。今日も学校が終わると、一足先に学生寮へ帰宅する。用事があるなら、部屋に戻って私服に着替えるのが先決だ。この日は全く用事と呼べる用事が無いので、僕の部屋で休んでいる彼女の元を訪ねた。

 「あ、おかえりなさい。」

 「留守、ご苦労だな・・・は?」

 あやかは、何処から引っ張り出してきたのかエプロンを出して、料理を作っていた。にしても手際が良すぎるだろ・・・

 「私を助けてくれたお礼です。自衛官の勤めだなんて、寂しい事は言っちゃダメだよ?」

 「な、、、何のつもりだ、、、?」

 (医務)「おほ~い、こっちじゃぞ~!」

 「え、先生?」

 奥の部屋に先生の声が。覗いてみると、まさかの・・・

 「・・・・・・何やってんの?」

 (医務)「コヤツは最高のお上さんじゃぞ~。酒の肴に合うわ~い。」

 先生が結構な酒飲みなのは承知していた。だが、まさか作らせてるのか!?と思ったのだが・・・

 「リュウジさんの好きな料理を聞いたんだけど、作ってたら匂いに誘われて来ちゃって、日本酒持って勝手に飲み始めちゃった。」

 「先生、公開してもいい情報を教える相手を完全に間違えましたね・・・。僕もまさか、君が料理上手だとは思わなかったぞ・・・。」

 一通り調理を終えたあやか。料理をテーブルに出して、割箸も持ってきた。

 「それじゃおててを合わせて、いただきまーす!」

 「い、いただきます。」

 先生は、料理が全部出たころにはもう爆睡していた。隊員に軽く状況を話し、医務が医務室に運ばれるという草も生えない状況が起きて、外では隊員の大爆笑が巻き起こっていた。

 「美味しいかな?」

 「あ、ああ。凄く美味しい・・・」

 「よかった~!医務の先生からリュウジさんの好きな料理を聞いたけど、口に合うか心配だったんだから。」

 僕は必至で我に帰ろうとしていた。だが、こんな健気な少女が作った料理を冷ますものかと、謎の使命感に駆られてしまい、気付かぬうちに実家に帰ったような気分になり、炊き立てのご飯を自分でよそう前に「おかわり」と言っていた。僕は彼女がご飯をよそっている間に、漸く謎の夢から醒めた。

 「・・・君は何を望んでいるんだ?」

 「あ、うん。私・・・」

 あやかは、一旦落ち付いてリュウジに話した。

 「私、この学校に通いたい。」

 「ぶっ!!!」

 最大震度7の衝撃発言に、僕はコップの中で水を思いっきり噴き出した。

 「りゅ、リュウジさんっ!?」

 「だ、大丈夫だ問題ない。おい、どっかで頭打ったんじゃあるまいな・・・?」

 「う、うん、この学校に通えば、何か見つかるかなって。私の、欠けている記憶が。そして、あのお泊り会を最後に離れ離れになったみんなの事が・・・」

 しかし、中学二年生の半ばで消息を絶った時点で学力はその程度である事は露呈していた。先程記した通り、この学園に入れただけで将来が約束され、防衛学院に進学できるエリートになれるのだから。が、彼女の無垢な眼差しは、何処で何をしているか分からないままの生き別れた友達だけを見ようとしていた。僕にはそれがハッキリと伝わった。加えて、彼女が『戦車少女』の可能性があるという時点で、僕もこの時彼女をこの学園に入れさせてあげたいという気にはなっていた。でもここは防衛学院附属学園、郷に入っては郷に従えだ。

 「・・・ふぅ。」

 「リュウジさん?」

 「ここに入りたいなら、それなりの資格を得る必要がある。この防衛学園に入った時点で、防人としてのエリートの道を進むことは決まるのだからな。」

 「うん。私、絶対に合格する。この学校の試験に合格して、この駐屯地に入れてもらう。」

 まさかの即答だった。正直自分も半ば引いた。本当の覚悟をしてないだけの、ただの二つ返事にも聞こえたが、僕はあまり期待しなくても彼女を信じてみる事にした。

 「あ、でも、そしたら私、今まで通っていた学校はどうなるのかな・・・」

 「・・・分かった。僕が手を回してやる。」

 「え?」

 「受けてみたいのだろう?なら、やれるだけやってみればいいさ。受験勉強をする暇はない、2日後に手筈を整えてやる。学科試験と実技試験と面接、全てで好成績に好印象を見せた者にしか、ここの門を通る事は出来ない。」

 「やってみる。やってみるよ。私、頑張る。」

 彼女にとってはトンだ勘違いなだけかもしれないから、一発ここで現実を見せるのもアリだと確信した。「おかわり」を食べ終わった後は食洗機前のぬるま湯を張ったシンクに食器を漬け、僕は早速学園に電話した。現在の自分の立場がどうあれ、進級時に指揮官クラスであればある程度のお願いまでなら通る。事務を通して、知り合いの紹介という体で転校希望者がいると伝え、転校希望者向けの入学試験の準備を進めて欲しいとお願いした。それまでの間、彼女には駐屯地外の近くのホテルで待機してもらう事になった。


 (生徒)「ねぇ、あの子が例の置き去り被害者?」

 (生徒)「もうちょっと発見が遅くなってたら血祭りだったなんて信じられないよねぇ。本当にこの学校に挑むつもりなの?」

 ガラス越しに在籍生から見られるあやか。救出者から一転、転校希望者となった彼女にはある意味注目と期待が集まっていた。

 「(ふえぇ、みんな見てるよ・・・。でも、せっかくくれたチャンスなんだから、頑張らないと。私にはずっと、パパやママが難しいお勉強を教えてくれたんだ、きっと大丈夫。だって、私のパパやママは・・・)」

 (試験官)「それでは筆記試験を行う。始め。」

 筆記試験は国語・数学・地理・歴史・生物・物理・英語・保健の8学科各30分に挑み、50点満点の合計平均45点以上で合格、午後の実技では50m走・投擲(ソフトボール)・走り幅跳び・剣術(剣道)・格闘術(柔道)を行い、一定の成績を出せば合格、そして5人の教師による面接を行い、面接と実技がどちらか一方でも合格であれば入学許可が下りる。おそらく彼女にとってはかなり忙しい一日となっただろう、当然僕も斡旋した張本人としての役目を果たす義務がある。筆記試験の答え合わせに、いつもお世話になっている医務室の先生も駆けつけてくれた。

 (医務)「どうじゃ?流石に、中学二年生如きにこの難関校の問題は酷じゃったじゃろう。」

 「・・・ぐぬぬ・・・」

 (医務)「お主、さっきからどうしたのじゃ?」

 「はい、実は4教科の答案を繰り返し見ているのですが、どうも・・・」

 (医務)「どれ、見せてみぃ。」

 どうも、間違っている問題が一つもなかったのだ。8教科全て見て、間違っていた箇所は先生が見ていた保健と英語の数問くらいで、平均点では48点以上をマークしていた。

 (担任)「実技と面接の結果も出たぞ。実技も50m走以外は一定以上の成績を出しており、面接官からの印象も良かったそうだ。」

 (医務)「ということは・・・」

 「おいおい、マジかよ・・・」

 どうやら勘違いをしていたのは僕達だけだったようだ。工場に捨てられていた少女は、外見と性格では全く見分けのつかない文武両道の天才少女だったのだ。そりゃあんなに自信満々で二つ返事するのも頷ける。そして一週間後の全校集会・・・

 「初めまして!吹雪あやかと申します。宜しくお願いします!!」

 僕が拾った元気っ子が、防衛学院附属防衛学園の地に立った。


 (生徒)「あやか可愛い~っ!」

 (生徒)「ゲームのキャラクターみたいっ!」

 (生徒)「ねぇねぇ、写真撮ってもいい?」

 「え、ちょ、あのっ・・・」

 彼女の実質的な『転校』、周りはあやかの幼女体型に見惚れる生徒でいっぱいだった。

 「・・・はぁ、本当に正解だったのかなぁ・・・」

 「リュウジ、そんな顔してどうしたんだ?」

 「お前がそんな溜息付くなんて、今日は嵐でも来るのか?」

 陸悟と空が、僕の呆れた溜息を見ておちょくりに来た。

 「お、アイツが例の美少女転校生の吹雪あやかって奴か?なんだよ、お前あんなのに一目惚れか?」

 「違う違う。お前もよく知ってるだろ?彼女が例の負傷者だって話だよ。」(片手ブンブン)

 「へぇ、アイツがこの間の騒ぎになった張本人か。」

 すると空は、遠くからあやかを凝視する。彼も僕の右目に反応した事のある、力を宿した者なのだ。

 「間違いない、アイツは『戦車少女』だ。頭痛で理解するお前も分かったんだろ?」

 「ああ。しかし、どういう経緯で捨てられたかまでは分かっていない。彼女が戦車少女で間違いないのなら、何処からここに棄てに来たかがさえ解かれば、政府に国外反乱軍のアジトとして作戦指令書を提出できるだろう。」

 国外反乱軍、日本は常に激化したテロ組織に狙われている。防衛艦隊の監視や攻撃を掻い潜って上陸し、己の欲望そのままに平凡な土地を破壊し蹂躙する。抵抗した者は殺され、怯えた者は捕虜にされる。そして男は臓器チェストという扱いをされただの内臓が入った物扱いにされ、女は軍の性欲処理として死ぬまで物扱いされる。その軍に対抗するべく、防衛省は最新防衛兵器の開発を命令し、その兵器を扱う者を養成する部署まで自衛隊各駐屯地で誕生していった。その最先端、そして防衛学院の優秀な自衛官を育てる為に生まれたのが防衛学院附属防衛学園である。

 「ふえぇ~、助けてぇ~(´・ω・`)」

 同級生達の食いつきに、アタフタして身動きが取れないようなあやか。そこへ・・・

 「ちょーっと!あやかちゃん困ってるじゃない!」

 「ふぇ?」

 「ごめんね、自衛隊って色々と真剣で殺伐な雰囲気があるから、転校生ってなるとみんな憂さ晴らし反面に集りたがるのよ。私は仁光遥。このクラスの委員長よ。宜しくね。」

 「は、はい。よろしくお願いします。」

 その光景も、兄の空が遠目で見ていた。

 「流石は俺の妹だなっ!いかなる時でも冷静に対応して丸く収める天使っ!」

 その自慢気な友達を見て、リュウジと陸悟が「このシスコンが・・・」と思ったのは言うまでもない。シスコン兄に見られてるとは知らぬ妹の方は・・・

 「そういえばまだこの学校の事、知らないでしょ?」

 「は、はい。今日からこの学校に来たので・・・」

 「暫くは訓練や体育の授業も感覚を掴むという意味で見学になるけど、私があやかちゃんを見てあげよっか!」

 「ふえっ?」

 言われるがままに同行するあやか。そこは、他の学校とは似ても似つかぬ敷地面積を誇る体育館だった。

 「あの、制服のままでいいんですか?」

 「かるーく身体動かすだけだもん。さっき言ったように自衛隊の一部だけあって殺伐としてるところがあるけど、結構気負いする必要なんてないんだよ?私にはお兄ちゃんがいて、そのお兄ちゃんに誘われてこの学校に入ったんだけど、厳しいのは授業中だけで後はとっても楽しいんだから!」

 得意げにスリーポイントラインからシュートを決める遥。手招きされ、制服のブレザーを脱いでボールを受け取り、同じく正面からのスリーポイントを決めていく。

 「お、やるねー。あやかちゃんも体育系って感じかな?」

 「体育以外で少しやってました。走るのは苦手なんですけど・・・」

 ぎこちない動きながらもシュートは完璧なあやか。様々な角度でシュートしながら、遥はこの学園について説明する。

 「あやかちゃんは、バイトとかしたいって思ってる?」

 「へ?は、はい。やっぱり自分で何でもしなきゃって思ってます。」

 「やる気だねー。それなら心配ご無用!この学校に入学した時点で、何にも働かなくていいんだよ。強いて言えば、他の所で働いちゃうと校則違反になっちゃうんだよね。」

 「ふぇっ!?じゃあどうやって必要な物とか買うんですか?」

 最鋭角のスリーポイントを放とうとしたところで一旦手を止め、ボールを脇に抱えてあやかに伝える。

 「ここに入学した時点で、生徒はみんなもう『就職』してるの。期間は退学や卒業するまでの間。」

 「え、でも働かなくていいって・・・」

 「ここは防衛学院に於けるエリートを養成する為の学校、そしてここに入学するって事は自衛隊への入学を前提にするって事なの。だから私達は生徒にして、既に公務員って事になるの。だから寮のある駐屯地で朝練や作業して、ここで授業を受けて、色んな訓練をしてれば即ち仕事になるって事なの。お給料はこの学校の場合、月末に階級に応じて一定額支給されて、そこから授業料と家賃に諸々の基本的な生活費を差し引いたのが生徒の取り分になるって感じ。税金も私達を住まわせてくれる駐屯地が全部負担してるから気にしないで。」

 「じゃあ、私はここでちゃんと授業に出てればいいんですか。」

 「そーゆーこと!あやかちゃんは何にも気負う事なんてないんだよっ!」

 バイトをしなくても授業を受ける事が仕事にもなるという事を知ったあやかは、自分でコンビニなどで働きながら生活しようとしていたので、ホッとして胸を撫で下ろした。

 「しっかし目覚めたら廃車工場にスクラップごと棄てられてたなんてねぇ、とんだ災難だったよね。」

 「私も、それ以前の記憶が無いから何が何だか分からないんだ。ポッカリ空いた2年間の間に、私は何をしてたんだろう・・・」

 ボールを床に置いて、自分の体付きを手で触って確かめる。

 「うん・・・私、こんなに自分自身を鍛え上げたつもりなんて無いのに・・・」

 「そっか・・・(うん、お兄ちゃんはもう見当ついてるのかな。あやかちゃんが特別な存在だってこと・・・)。」

 きっと、いつか自分の空白の2年間が判明する時が来る、そう思って再びボールを手に取ると、次の授業3分前の予鈴が鳴る。

 「放課後、空いてるかな?」

 「はい、私は暫くの間は見学期間ですから。」

 「じゃあもっと施設の事教えてあげるよ!いいよね?」

 「はいっ!お願いします!」

 「えーとボールを倉庫に戻さないと・・・」

 遥が走って倉庫近くに放置されていたボール入れに向かうと、その上部でボールが宙に浮いていた。そのボールはボール入れに見事にジャストミートしていた。

 「ええっ!?」

 「え、あ、ご、ごめんなさい!行儀悪いですよね・・・」

 「い、いや私もパスって言おうとしてたんだけど・・・狙った?」

 「え、そ、その、結構適当に投げました・・・」

 15mくらい離れている場所への寸分狂い無いロングシュート。これで適当と言うには無理があったが、遥はやはり目星をつけていた。

 「(やっぱり、そういう存在って事なんだよね。加えて山なりに投じて目標地点に的中させるその能力・・・まさか、あやかちゃんは・・・)」

 「遥さん?」

 「ん?あ。ううん、何でもない!行こうっ、転校初日から授業間に合わずはシャレにならないもんね!さ、捕まって!」

 「ふぇ?え、ひゃあああああああああああああああっ!!!!!」

 遥の腕力で引っ張られて無理矢理走らされるあやか。転入許可を頂く為の体力テストで徒競走は苦手である事は露呈していたので、直ぐにこの判断に至ったみたいだ。


 午後の授業が終わり放課後・・・

 「ふぁ~・・・終わったぁ~。」

 「お疲れーっ!大丈夫?ついていけたかな?」

 「うん、なんとかついて行けたよ。」

 遥はあやかにノートを見せる様に促そうとしたが、それよりも先にノートを開示してくれた。

 「はえー、全部きちんと取ってある。戦術指南も全部書き取ってる。」

 「全く別目的で入学したけど、でもせっかく入学できたんだから、しっかりやらないとね。」

 「こりゃ卒業したら立派な女性自衛官になりそうだ!学級委員長として大変誇らしいゾ!」

 更衣室で2人は談笑しながら帰宅準備をする。この学園では制服のクリーニング及び選択のコストを自分達でカット出来るよう、体操服及び許可を受けた動きやすい服で下校してもよいという校則がある。夏場で暑いので、半袖半ズボンの体操服に各々着替えておく。

 「あ、そうだそうだ!他の場所も案内するんだったよね!じゃ、一緒についてきて!」

 「はいっ!」

 転校初日ですっかり打ち解けたあやか。校舎内のあらゆる場所、訓練用の武器庫、食堂、プライベートルームにも連れて行き、2人は外に出た。広大なグラウンドには滑走路も完備されていて、陸上兵器を運搬する航空機もあったり、所狭しと航空自衛隊が使えるヘリコプターもあったり、そんな中の一角に数多くの倉庫が並んでいた。

 「我が防衛学園を語る上で、ここは絶対に外せないよね!ここが防衛学院附属防衛学園が誇る戦闘車両倉庫群だよ!」

 「わあ~っ、何処まであるんだろう!」

 あやかも思わず無邪気に走り回る。この高校が占める面積、その半分以上がこの戦闘車両倉庫で占められている。別途別称はあるのだが、軽・中・重・駆逐・自走といった5種類の戦闘車両が部類分けされていた。洗車場、修理場、研究場まであり、ここが陸上戦闘に特化しているのが一目瞭然である。

 「こらーっ、あんまり走り回らないのっ!」

 「えへへ、なんだか凄くって!」

 「そーだ、こっちきて!」

 あやかを連れて『前屈姿勢搭乗式機動戦闘車両』という表札の掛かった倉庫群に連れていく。その中に、WZ-132Aという文字が彫られた表札の倉庫があった。

 「ここは?」

 「ここ?私の倉庫だよー。」

 「遥さんの倉庫ですか?」

 「希望者にはみんな、一人1つずつ倉庫を貸してくれるんだよ。まー訓練でも最近乗る機会が少なくなってきたんだよね。あ、私の事は敬称付けなくてもいいよ☆」

 「え、いや、でも」

 「ほら堅くならない!堅くなっていいのは、授業中の時だけ!」

 「は、ひゃい!!」

 「ふふっ、強張った表情もカワイイっ!」

 「ふえぇ~」

 堅物そうな学級委員長とは思えないくらいに気前が良い彼女。倉庫の灯かりを点けると、そこには1両の戦車が鎮座していた。

 「へっ、せ、戦車っ!?」

 「そ。汎用単騎戦闘車両って今は呼称されてるけど、ここは戦車専用のガレージなの。そしてこの子は中国の軽戦車、WZ-132Aっていうの。中、見てみる?」

 「えっ、いいんですか?」

 「もー遠慮しなくていいよー。どうせ同じ高校の仲だし。」

 言われるがままに、ハッチを開けて中を覗く。そこからは重油と鉄錆の匂いがするどころか、爽やかで心地よい香りと、攻撃設備以外は窮屈と言う言葉が全く当てはまらない程の、軽戦車としては広々とした空間になっていた。

 「本当にこれ、戦車なんですか?」

 「そー思っちゃう?今の戦車はね、ハッチから顔を出す必要が無い様になってるんだよ。観測装置が幾つも付いていて、装填とか修理関係が全部自動で、一人で全部動かせる感じになってるんだ。」

 すると遥は、中に入ってエンジンに手を翳す。

 「えっ、鍵とか必要ないんですか?」

 「そーなんだよ。掌紋センサーっていうやつ?見てて見てて~!」

 すると独りでに眠りから覚めたようにエンジン機構内のピストンが唸りを上げる。エンジンを点けると、重低音を響かせて遥の軽戦車が目を覚ました。

 「えーっと・・・ボイスシステム『久遠』、起動。バトルアシストシークエンス起動、観測装置オンライン、攻撃設備オフライン、偵察モードに移行。よしこれでOK!入る?」

 「は、はい!」

 操縦席はここでの戦車の正式名称である『前屈姿勢搭乗式機動戦闘車両』とあるように、足を延ばして長座体前屈の様な姿勢をとり、手でハンドルや砲撃諸々の操作、足で前進と後退する。そしてステンレス製のドーム扉を閉めると、前方湾曲液晶と後方スクリーンで360度見回せる状態になる。自動車のバックミラーと同じ様に、メインである液晶最上部には常に車両後方映像が表示されている。遥の誘いで入ってみたのだが、2人入るのは嘸かし窮屈な様子。

 「ちょ、、、遥ちゃん、、、」

 「私達2人は・・・キツかったねw」

 「ひゃっ、遥ちゃんの、その、そ、」

 「え?あ、」

 あやかの背中に、自身に無いモノが当たり同性なのに顔が火照ってしまう。

 「し、仕方ないよ!ほら、本来1人乗りの戦車なんだし!!」

 「あ、うん、(当たってるっ、、、!遥ちゃんの胸が背中に当たってる、、、!どうしよう集中できないよぉ、、、)」

 「よーしそれじゃ、敷地内一周行ってみよー!」

 倉庫の扉が自動で開き、無線で管制塔に連絡する。

 「仁光遥、これより所有戦車の試運転を行う。許可を求む。」

 (管制)【許可する。安全に十分注意し、事故の無いよう。】

 「感謝する。よーし!いっくぞ~!!」

 「はいっ、え、ひゃあああああっ!!」

 急発進し、敷地内に一両の軽戦車が飛び出してきた。

 「いやああああっ・・・あれ?意外と怖くない。」

 「一応シミュレーションVRでも良かったんだけど、折角だしね?あれ?」

 「遥ちゃん、気持ちいい!」

 外気を常に取り込み、ガスや煙を検知したら自動で弁が閉じる換気扇から流れ込む心地よい風が2人を包む。結構速いスピードで走っているというのに、あやかは物怖じする気配が無い。

 「あれ?案外平気な感じ?」

 「遥ちゃんっ!もっと出していいよ!」

 「ええっ!?初めて体感した人は大体チビっちゃうと思ってたのに!」

 「なんかね、とっても懐かしく思えるんだ。このくらいのスピードを出せる何かに乗っていた気がしたんだ。遥ちゃんのこの操縦席よりちょっと広いけど、色々ごちゃごちゃしていたような気がするんだ。」

 この言葉に、遥は「やはりな」という顔をした。

 「(間違いない、あやかちゃんは『戦車少女』だ。そして、軽戦車か機動性の高い戦車を操っていた存在。でも、私には山なりに投げたボールをジャストミートするという点については分からない。いや、まさか・・・)」

 「遥ちゃん?黙っちゃってどうしたの?」

 「へ?ううん、ちょっと考え事してた。じゃあ外に出てみよっか!」

 「え、外に出れるの!?」

 「勿論だよー。ちょっと待ってね。」

 再び無線を使い、管制塔に連絡を取る。

 「仁光遥、これより所有戦車で近隣施設へ向かう。GPS動作確認、車両による外出許可を。」

 (管制)【了解。周辺地域への安全を最優先し、目的を完了次第早急に帰還するように。本日の最終下校時刻は午後7時、それまでには戻ること。】

 「感謝する。さーて、あやかちゃんの入学祝いでも買ってこよー!」

 「ふぇ!?」

 車両専用の正門前で一時停止し、改めて管制と連絡を取る。

 「こちら仁光遥。出入り口付近まで来た。信号機の操作を願う。」

 (管制)【了解。安全を最重視し行動するように。間もなく切り替わる。速やかに横断せよ。】

 「感謝する。」

 「そ、そんな入学祝いだなんて、流石に悪いですよ~っ!!」

 「いーのいーの!私ね、正直言うとさ・・・」

 対向車線の横断歩道の信号が赤になった時、遥は一拍置いてあやかに言う。

 「私、女の子だけど、あやかちゃんに一目惚れしちゃったんだ。」

 「!?」

 対向車線の信号が赤になり、そしてこちら側の信号が青になる。

 「さーて、同じ穴の狢になった私の『妹』には最高のおもてなしをしてあげないとね!!」

 「ひええええええええっ!?」


 最終下校時刻、つまり門限の1時間前に学園へ戻ってきた。買い物の途中、あやかに何度も遠慮されたみたいだが、遥はお構いなしに買い物を続けたようだ。

 「ふぃーっ、買った買ったーっ!」

 「遥ちゃん・・・もう。」

 「さーて今日はしっかりと我が妹ちゃんを盛大に祝ってあげないとねーっ!本番はこれからだよー!」

 「っていつから私は妹になったんですかぁ!」

 学園所有の送迎タクシー(オフロードSUV)が2人の前に来た。戦車は学園に在籍している以上は所有物でも学園が管理するので、登下校には使えない。また、このタクシーが使えるのは学園指定の手提げやサブのリュック等に持ちきれない荷物がある時に下校時のみである。遥の軽戦車から予め降ろした荷物を載せて乗り込む。この様子を、その陰から見ていた男子生徒がいた。

 「話には聞いていたが、お前の妹はかなり人間関係の構築が上手いな。」

 「いいや、そんなんじゃないさ。俺の妹には、ちょっとしたお願いをされたらしいんだ。」

 スマホをリュウジに見せる空。そこには転送された学級担任からのメールだった。

 『転校生の吹雪あやかを同室で預かってくれ。向こうの駐屯地の学生寮にしか頼めない以上、一番人間関係の構築に長けている君が適任だ。』

 「はぇ~、そんな理由が。」

 「けど、遥は事情を無理に伝えようとはせずに、自然に同室になる方法を選んだ。遥は一応、進級したら指揮官クラスを目指しているみたいだし、あれなら将来問題なく俺達と同じ土俵に入れるんじゃないかな。」

 「僕もその輪に入れるものなら入ってみたいもんだ。・・・まぁ、僕の作戦って人道外れてるって言われてるんだけどな。」

 「俺もお前の練習に協力してやるよ。そう落ち込むなよ。」

 「ああ、やっぱり持つべきものは友だな。」


 送迎タクシーで帰宅した2人。奇しくもあやかは遥と同じ寮に入る事になったのだ。そしてその寮は・・・

 (医務)「おいおいおいおい、なんじゃこの大きな荷物は?」

 「あ、じいちゃん!ただいまー!」

 (医務)「じいちゃんじゃなくて院長と呼びなさい!君は何を買ってきたと言うんじゃね。」

 「(無視)あ、お兄ちゃん!」

 「お、今日は俺より早く帰ってきたんだな。」

 「只今帰りました。あやか、馴染めたか?」

 「はい。遥さ・・・遥ちゃんに色々教えていただきました。」

 「何よりだ。で、結構買い物してるみたいだが、手を貸そうか。」

 「あ、宜しければお願いします!お兄ちゃんもいい?」

 「いいぞ。お前の部屋の前まででいいか?」

 ここはリュウジと空が暮らしている寮でもあるのだ。陸悟は別の駐屯地らしい。ただ運んでる途中・・・

 「なぁ、流石にたった1日で仲良くなり過ぎじゃないか?」

 「リュウジ、ああ、俺も思っていた。このまま肩車でもしそうな雰囲気だ。」

 リュウジと兄者が後ろから眺められてるというのに、堂々と手を繋いで前を歩いている。

 「んー?そんなに顔赤くしてどうしたのかな?」

 「見られてるよぉ・・・」

 「気にしない気にしな~い。前向いて歩こー!」

 「は、遥ちゃん・・・」

 廊下をそのまま歩いていき、女子棟の一角にやってきた。

 「組み立ては大丈夫だな。俺達は戻るか?」

 「それでもいいんですが、これからあやかちゃんの学園歓迎パーティーをしようと思っていますので、もし時間があればご一緒しませんか?」

 「そういうことならご相伴に与らせていただくとするか。空もいいか?」

 「文句なし。この部屋でやるのか?」

 「はい!出来れば、常設されているシングルベッドの解体をお願いしても良いですか?」

 リュウジは納得の表情で頷く。

 「差し詰めそっちが本命だな?承った!」

 「じゃー今日は楽しもーっ!」 

 男子が女子の、女子が男子の部屋に入ってはいけないというルールは、全自衛隊員の信用の交わりによって無くてもよいとなっている。この寮ではそういった男女間のトラブルが、何処にでもある様な比較的軽いもの以外起きた事が無いからだ。遥がリュウジと空を部屋に招き入れ、歓迎会を開く準備の間にシングルベッドの解体作業を進める。遥は買い物袋から具材を持ってきて、今の自分の部屋に無い調理法をしなければいけないので食堂の厨房まで行ってキッチンを借りることに。あやかは、キョトンだ。

 「あー、あやかちゃん、そこの袋の中開けていーよー。」

 「ひゃ、ひゃい・・・」

 あまりの『真心』の深さに逆に怯えて、子猫の様になって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまっていた。袋の中には、一緒に買った普段着や、後に運動着として申請する予定の動きやすい服装が入っていた。

 「あやかって言ったかな、俺は空、仁光空。遥の兄だ。遥はいっつも後輩や新入りの面倒見が良くてな、お節介かもしれないけど、アイツなりの優しさってやつだ。迷惑だって思っても良いから、遥の事、頼むな。」

 「よし、解体完了!僕達も厨房に向かうか?」

 「そうだな、吹雪はそこでじっとしてろよ?」

 「は、はい、その、あ、ありが」

 「礼を言うにはまだ早いぞ?お前の歓迎会は、これからだ!」

 その後あやかは食堂に呼ばれ、隊員全員での歓迎パーティーが行われた。申し訳なさ過ぎて畏まっていたが、次第に自分もと、自主的に料理したりしていた。ただ、あやかが作った料理は遥の料理より美味しいという声が高く、遥もあやかを見習おうと考えていた。

 「吹雪、俺の妹の運転下手じゃなかったか?暫く公道に出てなかったから危なっかしかったろ?」

 「いいえ、そんな事はありませんでした。ただ・・・その、操縦席に一緒に乗せるって言って遥さんの上に座る形になって、その、む、む、」

 「ああ大丈夫だ言わなくても何となく分かった。そのー、なんだ、これからの生活で言っておきたい事がある。」

 「は、はい!」

 「あんまり大きい声では言えないんだが、アイツの愛情表現には気を付けろよ?『掘られても』俺は知らんからな。」

 「え、ほ、掘る???」


 空の意味深な言葉に困惑する中、歓迎会は盛況のまま幕を閉じた。酒を持ってきて酔っ払う隊員や、学園生にウザ絡みする輩、楽しくとも騒がしいただの飲み会となってきたところで、学園生徒は就寝時刻があるので先に部屋へと戻っていった。

 「さーて、楽しかった?」

 「はい、楽しかったです。今日は色々と、なんかすいませんでした。」

 「いーのいーの!明日からまた学校、頑張ろうね!」

 「はい!」

 「じゃーそろそろ寝よっか!6時になったらラッパだから、その前に起きよう!」

 6時になると起床を告げる爆音のラッパが鳴り響く。部屋の構造としては一般的な広めのアパートの一室と変わらないのだが、寝る場所だけは必ずドアの前と決まっている。これは起床後の朝練前に寮長が必ず確認する為だ(ラッパの前に起床した場合は備え付けの呼出用掛け電話で連絡し確認を取る)。その奥からはプライベートスペースとなるので、特別な許可が下りない限りは寮長でも入る事は許されない。先程ダブルベッドの設営が終わり、今まで一人で寝ていた場所にあやかも入る。

 「なんか今日は疲れちゃった・・・」

 「おやすみ、あやかちゃん。」

 「はい、おやすみなさい。」

 こうしてあやかと遥は就寝した。・・・のだが、あやかは眠れなかった。

 「(遥さんっ、なんでダブルベッド買ったの!?あああ、遥さんの息が掛かってるよぉ!なんか、足も絡めてきてるぅ!?)」

 「すぅ・・・ふぅ・・・」

 「(えっ!へっ!?抱き着いてきてるっ!)」

 「お兄ちゃぁん・・・」

 「(当たってる、また当たってる!遥さんの胸がまた当たってるよ!これじゃ寝れないよ・・・)」

 あやかは寝相の悪い遥によって、寝るどころか意図せず興奮してしまっていた。抱き枕の様にぎゅーっと抱きしめられて、服装違いで数時間前と同様に胸部が2枚のパジャマの布越しに背中に密着し、息を殺すも赤面して寝るどころの話ではない。

 「はっ、遥さんっ!!」

 「ひやぁっ!?も、もう~、折角お兄ちゃんと兄妹デートの夢見てたのにぃ。」

 「胸、当たってて寝られないですよぉ・・・」

 「あれっ、あーごめん。私、寝相悪いの言ってなかったっけ。」

 「それ早く言ってくださいよぉ・・・」

 「・・・でーも、これって『チャンス』だったりして?むぎゅーっ!」

 「ひゃあああああっ!?遥ちゃんっ!?」

 「声が大きいよ!仕方ないカワイ子ちゃんだねぇ、オイタする子にはお仕置きしちゃうぞ~?」

 声を出させないように、遥が左手であやかの口を塞ぎ、右手で尚も触り続ける。

 「(これが空先輩の言っていた、愛情表現ってことなの!?)」

 「怯える姿もカワイイっ!じゃ、ここからは私が責任もって癒してあげる・・・」

 あやかはそのまま、遥のなすがままに右手で全身を触られた。女性の寮長が定期的に学園棟を歩き、寝ているかを確認する。但し寮長といっても、時折隊員が翌朝の朝練の代わりとして雇われる事もあり、そういう日は騒がしくなかったら良いみたいな裏ルールさえ存在する。逆に言えば夜明けになって眠気で困っても知らんぞというヤツだ。どうやら今日がその代替寮長の日で、多少騒がしい程度なら見逃す感じだった。そんな『多少』の不明なボーダーラインで騒がしくなっている遥の部屋、十数分後には喘息の様に荒い息で、下半身がガクガクのあやかが横たわっていた。

 「はぁ゛ーっ、はぁ゛ーーっ、」

 「本当に可愛いなぁ、あやかちゃん。」

 「もぉ・・・む゛りです・・・」

 「(この子はきっと将来、本来の主と『契約』して真の『存在』になる。これくらいで音を上げる子にはしたくない。だから今日はその、予行演習だと思って・・・)」

 動く気力すら無くなったあやかをベッドから引きずり降ろして、床に寝かせる。小鹿の様に立てない彼女に対し、遥は心を鬼にしようとしていた。

 「遥ちゃん・・・もう私・・・無理・・・」

 「大丈夫、私に任せて。嫌になったら私に反撃しても良いんだよ?私は、あやかちゃんの事が大好きだから。」

 そして動かないあやかに対して、少女同士のキスをした。あやかは戸惑いを隠せず、放心する。

 「遥・・・ちゃん・・・」

 「私に全てを委ねなさい・・・。そして、新しい自分を見つけるんだよ・・・っ。」

 再び寮長がドアの前の廊下を通過する。先程よりかは騒がしくなくなったが、ポタポタと何か零れ落ちる音だけはしていた。これくらいなら寮長であれば水道の締め損ないだと思うだろうが、代替寮長は何かを察する表情を浮かべながら微笑んでその場を去った。生憎、隣の部屋は分厚い壁と防音シートが中に入っている為、極限まで大声を出さなければ騒音トラブルになる事はない。凡そ、二時間程度経っただろうか。遥は全身全く力が入らなくなったあやかを持ちあげて、再びベッドに寝かしつけた。あやかは完全に気絶しており、遥の愛情表現を無理矢理全て受け取ってしまったのだろう。

 「おやすみ、あやかちゃん。また、明日。」

 漸く寮に完全な静寂が訪れた。そして翌朝、午前5時半。ラッパの時刻まで30分。

 「もしもし、遥です。部屋の確認をお願いします。」

 代替寮長が遥の部屋に入り、ベッドルームをチェックする。

 (代寮)「シーツ良し、毛布良し、折り目良し。確認を終了する。集合時刻に遅刻しないよう。」

 「了解、確認ありがとうございます。」

 ここまでがテンプレ。すると代替寮長は・・・

 (代寮)「ねーぇ、ヤってたでしょ、昨日。」

 「あ、あはは、バレてましたぁ?」

 (代寮)「新品のベッドが微かに軋む音してたし、もう一回通ってみたら滴る音まで、遥ったら同級生を連れ込むとお盛んねぇ?」

 「いやー、可愛くて!」

 (代寮)「ちゃんと連れてくるのよー?そこはしっかりと区別してもらわないとね。」

 「はい、問題ないです!」

 朝練が無事に終わり、少々酒の臭いが残ってしまった食堂に朝食が並ぶ。昨日の歓迎会で残った料理にアレンジを加えたものや、いつもの朝食が並ぶ。あやかはというと・・・

 「遥ちゃ~んっ!」

 「朝練問題無かったでしょ?ごめんねぇ、私ちょっと頭が痛いや。」

 あやかはすっかり遥に懐いてしまった。そのベタつき具合を遠目で見ていたリュウジと空は・・・

 「ありゃ、堕ちたな。」

 「堕ちたっていうと・・・」

 「十中八九、昨日はお楽しみだったってわけだよ。てか、どんだけヤったらあんなになるんだっつの。全く俺の妹ときたら、転校生に容赦ねぇ。」

 「あっ、あー・・・」

 リュウジも苦く察した。そんな目で見られているとは知らず、すっかり遥にベタ惚れしてしまったあやか。食事が終わると、部屋に戻って支度をしに行った。

 「じゃあ今日も頑張ろーっ!」

 「はいっ!」

 こうしてまた一日、新しい学園生活が始まる。・・・筈だった。


汎用単騎戦闘車両(一人乗り戦車):日常的に一般車として使う以外にも、有事の際に乗り込む戦車で、一人で全ての役割を熟すことが出来る最新型の戦車。また、現存している車両の他にも史実に基づいた設計書を元に過去の戦車を複製しているため、個人の能力やスキルによって選ぶことが出来る。防衛大学附属高等学校では訓練用と戦闘用が兼用されており、また戦車少女や戦車少年が戦場で戦う上で走る「外皮」となり、いきなり白兵戦となって命を落とすことになる確率を最大限まで減らす目的もある。また主砲は取り外し可能で、白兵戦になった時に人力で撃ち出す為に用いられる。



前屈姿勢搭乗式機動戦闘車両(軽戦車):車内の操縦席がF1のようになっている車種で、急旋回に対するGに耐える為に作られている。システムもF1のようになっていて、両手で操縦、両足で移動する。装輪戦車の場合は単車のような姿勢となるが、例外としてT49も単車と同じ体勢となっている。



正座姿勢搭乗式戦術戦闘車両(中戦車):車内の搭乗席が競艇のボートのようになっており、右手でステアリングと砲撃、左手のレバーを前後して前進と後退、左手レバー頂点部の左右ボタンで砲塔を旋回する。あくまでも推奨が正座なだけで車高によりきりだが、膝立ちしたり胡坐をかいたり座り方は様々。



起立姿勢搭乗式前線戦闘車両(重戦車):車内が膝立ちか直立状態で入れる戦車で、操縦や攻撃もシンプルな仕様になっている。また、常に後方確認もしやすくなっているので、背後を取られた時の防御姿勢も取りやすい。操縦桿がタッチパネルとジョイスティックになっており、攻撃はワンタッチで弾種を選択可能。



匍匐姿勢搭乗式攻撃戦闘車両(駆逐戦車):搭乗中常にうつ伏せになる戦車で、操縦はスタンダードに左手のジョイスティックで行い、右手は十字キーと砲撃ボタンで取り扱う。茂みに潜って狙撃するような体勢なので狙撃は楽だが、戦闘中は常にうつ伏せとなるので何をされても身動きが取れないのが難点。

 


着席姿勢搭乗式支援戦闘車両(自走砲):操縦席は椅子に座った状態という最もシンプルな戦車。その理由としては常に敵の捕捉情報を確認し続ける必要がある為、搭乗席上部にレーダーが配備されている。基本的に左手のジョイスティックで操縦し右手の十字キーと砲撃ボタンで攻撃するのだが、利き手の方にタッチボードがあり、戦術を練ったり特定座標に直ぐ照準する為に使われる。非常に簡素的な作りの為、頑丈な弾薬庫と自動装填装置以外は広めの車内となっている。

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