第十四話 告げ
ーこの小説はすべてフィクションです!実際に存する人や団体、地名、宗教などとは全然関係ありません。
雷の音ような物音が遠いところから聞こえてくる。でも、それは自然的な物音ではなかった。
「たぶん、銃声かなー。」
彼女が独り言を投げる。目を覚めると、彼女はずっと私を連れて迷路の中を進んでいる。彼女は私を意識したのか、つないだ私の左手をもっと強く握りしめてくる。絶対逃がさない、と告げてくるように、先に進んでいる彼女の姿は非常に素敵だった。
そんな彼女に引かれていく私をみると、まるでなにもできないバカの姿。そんな私を導いているあの名高い騎士のような姿。私はただその姿を追いかけていくだけ。
雨は止る方法も知らないように、ずっと強がって降り注いでいる。まるで、だんだんはやまる彼女の歩幅のはやさのように。でも、迷路は果ては見えない。
冷たくても明るかった灰色の壁は、すべて真っ黒く沈んで抜け出せないようになっていく。お月様の光も、お日様の光も、どっちも見えない。単なる一日だけで、そんなに絶望に沈んでしまうなんて。ずっとこの迷路を逃げ出そうとすればするほど、むしろもっと迷路の真っ中に囲まれてしまう。
足が……崩れるようになっている。頭が痛くなる。体温がすごく低めていく。目も、閉じられるようだ。もう、私ではたえられない……。現実を否定している。すべての体が拒否している。いつかは、そんな日がくると、確かに知っていたはずなのに。体が全然理解していない。
「お前、しっかりしろ……!」
彼女が足を止めて、私の頬を左手で打ちながら叫んでくる。一瞬、理由のない恐怖の極みを感じてしまう。本当に、ちゃんと打たれてしまった。
「し…しっかりしろ……。もうすぐ……。」
私の震える瞳を見てしまったのか、彼女は震える瞳を隠して、声を低めつつ言ってくる。そして、またなんとなく笑ってくる。虚しい色のその笑い声。だが、なんとなく、私もすべてを忘れて笑ってしまう。彼女の幸せそうな顔を見ると、そんな気がしてしまう。なんでもできる気がしてしまう。
そのやわらかく伸びた右手を見てしまうと、なんかに取りつかれたように、その手を握ってしまう。水っぽくてスベスベするその手。滑って手を離してしまそうので、またしっかり握りしめてみる。力を入れてもっと、離れないように……。すると、彼女がたびたび私を振り向いて微笑んでくる。初めには 「痛いから離せ!」、と無言で怒れていると思ったが、そんなもんではなかった。つないだ私の手から怯えを感じて、ずっと私を安心させようとしている微笑みだった。
果てもなさそうだった長い迷路の道ももう終わりが見えてきた。目の前に見えてくるのは、二人でたびたび行ってたあの秘密場所。その巨大な鋼鉄の門が目の前に近づいてきた。
しかし、なにか間違えていくような気が迫ってくる。あの鉄門の前に、見たことない二人の軍人ような者らが立っている。不思議なその光景から、違和感が感じてくる。
彼女は私と手をしばらく放して、あの鉄門に一人で近づいた。私のゆっくりその後ろについていく。彼女の足からちょっと離れて、ちょっと適当な距離を守りながら耳を傾けた。彼女があの二人に近づくと、彼らが彼女の足前を止めてくる。彼女の足音が一瞬に止まった。彼らはなにも言えず、ただ彼女の前に腕を伸ばしている。彼女の横顔に映す暗い影。その下の世界はすべて声を止める。降り注ぎ続ける雨の音だけが世界を満たす。
「お前ら……。」
暗くて恨めしそうなその声。泣きそうなだれか震えが、ぜいぜいとなる荒い息音と混ざって聞こえてくる。下を向いている彼女の顔は暗すぎて見えない。
「すみません。でも、ここを通らせるわけにはいけません。」
冷たくて形式的なあの軍人の声。あの軍人の腕もずいぶん震えている。彼女を包んでいる薄い黒色のドレスは、雨にずぶ濡れて裂けそうになっていく。ゆらゆらとふれるその震えが、なぜか私にも強く伝わってくる。見えない色の糸でつながっていように。その糸は強く降り注ぐ雨に打たれて、壊れそうにしている。その糸を、私はまだ強く握っている。
・・・・・・・・・・・・
「ついに……起こったのか……。」
そんな独り言が寂しい風に混ざって零されてくる。前に黙々と立っている見慣れた近衛兵はただ首を下げている。私がずっと思っていたが、全然思えなかったことが、ついに、起こってしまった。
反乱が起こった。無能だったけど、唯一の頼りだった皇帝も殺されたそう。支持基盤なんかどこにもない。皇城は反乱軍が押さえたはず。必ず第一位皇位継承者である私を探してくるはず。
敵が襲ってくる。敵、ってだれ? いったいだれまでが敵で、だれまでが味方なのか? いったいだれからだれまで、信じられるのか。一人ずつ消してみると、全部消されてしまう。そして、残ったのは、彼と私、私たち二人っきりだ。
「分かった。」
なにも全然わからなかったが、そう言ってしまう。そして、私たちに背を向けた世界に背を向ける。私が体をそらすと、あの近衛兵が私を軽く肩を叩いてくる。
「すみませんでした。ぜひ、ご無事に。」
そういいながら首を下げてくるあの近衛兵。あの近衛兵は金色の封筒ようなものを出してくる。そして、あの近衛兵は自分の位置に戻って行く。結局、私たちはまた出発点に戻るしかなかった。
・・・・・・・・・・・・
全身で雨に打たれるながら、彼女は私の方に戻ってくる。暗い顔を闇に隠したまま、あっという間に私の右手を奪い取っていく。私はちょっと足を滑らして、そのまま彼女に引っ張られれていく。長くて長かったあの道をまた繰り返す。
「あのさ。」
いきなり彼女が足を止まってくる。
「夢みたいな……。」
彼女は水っぽい顔から滴が一粒落ちていく。赤い道の湖に映る彼女の顔からどんどん落ちていく。血のように暗く彩っている道。その上を彩っている。涙を一握り飲んだ声で、彼女は視線を下げつつ、今さら意味のない言葉をしゃべっている。意味のない雨だけが降り続ける。
私のくせに、なにも言えない。
「夢……夢で見たみたいだ……。」
彼女はそんなことを言いつつ、私に体をもたれてくる。ゆらゆらと震える体。もっと私にくっついてくる。彼女の横顔がやわらかく私の左肩を押さえてくる。
もうなにもー
雨は恨めしくずっと降り注ぎ、空はずっと暗くて赤くなる。懐かしい太陽の光も、夜を照らした月の光も、すべてどこかに隠れている。だれ一人もいない寂しい道。私たちもそんな中を歩き続けている。
一瞬、私の頭にもデジャ・ビュみたいな気がする。私も、このすべての瞬間が夢みたいに見えてくる。ついに、狂ってしまっているのか、私たちは。もうなにもしてみなかったのに?
たったこれだけで、そんなに苦しんで狂っていくのか?
彼女の体から完全に力を抜いてくる。その体が倒れそうになる前に、私の左腕が伸び、彼女を包む。右手も伸びて彼女の右腕を握る。目を瞑っているその顔が私の胸に抱かれてくる。その上に冷たく落ちてくる雨の滴。
その時、私は感じたのだ。今からは、私もなにかしなければならない。もっと近づけなければならない。
あの時のように、また手を伸ばさなければならない。
「もう戻りましょう。風邪ひきます。」
そのままに冷たく涙に濡れている彼女に冷たい手で抱きしめた。冷たいけれど、これでいいなら。
彼女がそのままで顔だけをこっそり上げてくる。もつれた髪をその小さい手で掻きながら私に幸せそうな視線を送ってくる。
彼女が顔を上げたまま、かわいそうな瞳で私と目を合わせた。ちょっとびっくりしたように、口をそっと開けている。そんなながらにも、幸せそうな微笑みは失っていない。
彼女は、またこっそり目を閉じながら、ちょっと濁っている声で言ってくる。
―ありがとう。そばにいてくれて。―
ー足りない私の作品を読んでくださいましてまことにありがとうございます!もっといい作品を書けるように頑張ります!
ー連載は基本的に毎週日曜日に、一章ずつ投稿する予定です!




