第十話 白い別荘
ーこの小説はすべてフィクションです!実際に存する人や団体、地名、宗教などとは全然関係ありません。
「じゃ、またね!」
その言葉は、私を向いていない。あのお嬢様を向いている。
「ハイ。マイド」
感情のない声が聞こえた後、彼女が私の左手を握った。
「私たちはもう別れないから!」
元気そうな声でそんなことを言ってくる。だから、「またね!」ような言葉は必要ない、ということなんだろう。なんかまだ慣れないけど、なんか嬉しい。ずっと一緒だというのは、そんな気持ちだと、ようやくわかった。
太陽は大空の中空に昇り、方々を照らしていく。彼女の横顔が太陽に照らされる。真っ白いもちもちするその頬を見ていると、すぐその頬にチュウしたくなる。なので、私はただ視線を避ける。唇がむずむずしても、歯で噛んでたえてみる。そんな私を彼女はどんな目で見ているのか。少なくとも、かわいがってくれているのか。
いらない考えは捨てて、ただ前を向いて、彼女に引かれていく。そんな彼女はk、いつも私を向いて微笑んでいる。
その微笑みをぼうっと見つつ、ついに真っ白の城のような建物にたどり着く。見慣れた大きな真っ白の建物。彼女の別荘であるあの建物だった。
だれもいないあの別荘は寂しそうにも見えて、ちょっと怖そうにも見える。
「私が全部空けていよと言っといたから」
やっぱ皇室の権力は強いだな、と思ってしまう。まぁ、仕事しないで家に戻っていて、ということならだれでも歓迎するかな。給料が減らない場合に限った話だが。
もうなにも考えず、ただもう一歩を前に足を踏み込む。彼女も私と手をつないだままもう一歩前に踏み込む。まるで、結婚式に入る新婦と新郎のように、ゆっくり足を運ぶ。でも、一方があまり輝きすぎている。その光に隠されて、私の存在さえもたびたびいなくなる気までする。
「君は、ほんと、情けないな」
固くなった私の左手から、あの暖かくてやわらかい右手が離れていく。一瞬だったけど、それだけで私は死にそうな不安感の剣に刺されるような気がする。その剣は、彼女と目を合わせてくると、体から外れていく。それほど私は彼女に頼っていたことを、ようやくわかった。
「なんかもっと積極的にしてくれない?」
体をそらして、完全に私を向いて話してくる。左に目を避けると、その明るい色の瞳がついてくる。右へ回しても、彼女は呆れはしないでついてくる。
「皇族の御身をちょっとだけでも触ったら怒られますよ」
私は諦めて、つんつんとした声で言っていく。
「もう夫婦だから大丈夫。私が認めたから」
でも、私がまたそうしたら怒られるとずっと思っている。それだけではなく、死なせられるかも知らない。私はまだ信じられない。私なんかが彼女のような、皇族で、綺麗で、優しくて、素敵な人と付き合えることも信じられないのに、結婚までしたことが、まだわかっているはずがない。明確な根拠がない。私がそんな恵沢をもらえる根拠が。
「君、なんか考えすぎてる」
薄い微笑みで変わった彼女の顔。その微笑みはもっとかすかになっていく。
「もう大丈夫なのに、考えすぎてる」
その顔を明るく笑わせてくる彼女。もっと近づける彼女の瞳をずっと避けて、避けるだけ。でも、赤くなっていく頬だけは隠されない。
「わかった、わかったよ。恥ずかしいんでしょ?」
機嫌悪そうな笑顔で私をからかうような表情を作っていく。
「まぁ、まぁ、この皇室のお姫様が先に近づけなきゃいけないのかな~。ならば、仕方ないな〜!」
彼女はそんなことを言いながら、その右手を伸ばしてくる。私は気づいた。その手を強いて拒む必要などはないと。ただ、彼女に引かれて、それだけでいいということを。だって、もうそんな時間がないかも知れないから。
ただ、彼女に引かれていく。そう思った。
「では、今日は家には戻らせないからな!」
強く私の左手を取って、彼女があの白い建物へ私を引っ張っていく。私はただ、その流れに乗っていく。罪なんかないから、もう罪悪感なんかない。彼女が認めてくれたから、それだけでいい。そう思うと、なんとなく大きな声を出して笑ってしまう。
「私も、なんとなく、戻りたくないです。」
その言葉の続き、彼女は前で私に振り向いて、明るく微笑んでくれる。
窓の外から見えてくる大空も、もう眠ろうとしていた。
「起きてる?」
布団の中に体を縮んでいる彼女が顔を出して聞いてくる。真っ直ぐに手を伸ばすと、布団の下、彼女のやわらかい皮膚が感じてくる。とても幸せな気持ち。天使を抱いてるみたい。もしか、ほんとに天使なのかも。
「あいしてる。」
ライムを合わせて、そんなつまらない冗談を言ってみる。いや、冗談ではない。
「あたしも。」
それも冗談なのか。それではないと信じたい。すべては、私の勘違いかも知れないだから。
「わたしも、あいしてる。」
もっと正確な発音で、もう一度確かめるように言ってくる。ぼやっとしている目をしっかりしてみる。すると、桜色で染められた彼女のやわらかい頬が見えてくる。
「また避けてる。」
短い言葉が交わされ続ける。もうこんな場所に二人っきりにいるなんて、なんか恥ずかしすぎてたえられない。はやく逃げたくなる。
「もういいか。」
薄い微笑みを浮かべている彼女。その微笑みを真っ白な布団の中に隠していく。白い布団の上には斜めに降り注ぐ朝日の光。明るくて、暖かくて、目を開けられない。
まっすぐには彼女の瞳が輝いている。一瞬、その目が合うと、私たちはなにもせず、ただ互いの瞳だけをずっと見つめていく。にらめっくらでもしているように、ずっと睨んでいる。なん秒、なん分が経っても、ずっとそのまま。
いったいなにをしているのか、とやっと気づいても、なぜか目が離れない。先に目を離れると、なんか負けてしまう気がする。でも、負けてもいいじゃないか、と思ってみても、私は相変わらず彼女を見据えている。負けるなんかの問題じゃない。
なんというか、そんな感情は。なんというか、止まってしまったような今という時間は。
ついに、私が先に目を閉じてしまう。長く光を見つめていたためなのか、目がとても痛い。乾いてしまった目の上を、薄い涙がやわらかく濡らしていく。強く閉じてみても、その痛みは全然消えない。
目からだんだん力を抜け、しばらく薄目を開けていく。細くて横で長い視線の中、やわらかい彼女の肌色が真っ直ぐで見えてくる。あの彼方のベッドから渡ってきたようだ。私は一瞬、きょとんとしてしまう。
短い彼女の手の長さよりも近いこの距離。両目を全部開けなくても、この近い息音で伝わってくる。
すぐ、そのかすかな空気が私の体を襲ってくる。ほっとして、目を閉じてしまうと、頬からやわらかくてみずみずしい感触が感じてくる。反射的に目を開けてみると、彼女の薄い微笑みが私の頬から離れている。
やがて、その微笑みが私の視線に入ってくる。またなん秒間をぼんやりとして、彼女の瞳を見つめていく。それぞれの想いが私の頭をぐるぐる回っていく。その中でほとんどの想いはただ私の頭を乱れるだけで、そのままどんな跡形も残らず逃げてしまう。
一瞬、なんかおかしいことが思いついて、私は薄い桜色の頬を熱く沸かしてしまう。そんな非常な空気を耐えられなくて、あつい布団をあそこへ投げ出してしまう。
「なんだ、いまは。」
彼女のやわらかい声が四方に響く。真っ白の壁にぶっつけられたその音は、もう進めず、この空間に落ちて残っていく。窓から斜めに降り注ぐ白い光。その光の線が止まったところには、ふわふわそうな彼女の皮膚が光り、その上を薄い白色の綿が包んでいる。そこまで視線を移した後、いよいよ機嫌悪そうな表情を作っている彼女の顔と直面する。
「さむい。」
情けなくて短い言葉を投げてくる彼女。やがて体を縮んだ彼女は、すぐ両腕で私を襲ってくる。
「うあああー!」
純白のその天使の姿で、私をきつく圧迫してくる。お陰でだというか、私は完全に目を覚めてしまったが、彼女はまだぼんやりしているようだ。私を強く抱きしめて、今度は彼女が目を閉じていく。そのままでは、息が止まってしまう。
「いやー!」
私がなにを考えているのかをすべて見透かしているように、断固としている声で言ってくる。
「絶対離せない。」
そう言って、私をもっと強く抱きしめてくる。
「行かせてくださいー!」
奇声を上げてみても、彼女はもっと近づくだけ。そのまま、いわゆる混乱が続き、ベッドの上の私たちは、互いにくっついたまま転がり続けた。その果て、ベッドの左側にたどりついて、そのまま下に落ちてしまう。
彼女はそこまで計っていたのか。驚くほど正確に、私の背中の方が固い床にぶっつけられてしまう。そんな中でも、彼女は両腕を私から離さなかった。私の体に抑えられたその細い手が、私をまだ抱いている。
「あーいてぇー!」
そんなことを言っていても、彼女は全然痛そうには見えなく、むしろ幸せそうに見えるほど平気な顔をしている。
「痛いから、癒しのキス!」
そんなことを言いつつ、彼女の唇が私を襲ってくる。唇から唇へ伝えていくそのやわらかい感触。一瞬だったけど、なんか本当にそれだけで、今までのすべての痛みが癒される気がした。
「お返しはないか!」
「なにを図々しく見据えているのか!」、と聞いているような表情。その言葉と姿に反射的に反応し、すぐ彼女を両手で包んで、私も彼女の唇に襲っていく。ちょっとだけでも、彼女に近づけられた気がする。あの普段よりも明るい微笑みを見ていると。
ー足りない私の作品を読んでくださいましてまことにありがとうございます!もっといい作品を書けるように頑張ります!
ー連載は基本的に毎週日曜日に、一章ずつ投稿する予定です!




