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「ちょっと、厨房にまで入ってこないでくださいよ。いくら今お客さんがいないからって」
地面すれすれまである長い暖簾をくぐり、参議様が顔を覗かせた。
静止したのに気にせず入ってくる。
まったくこれだからお貴族様は!と悪態の一つもつきたくなる。
が、言っても仕方ないとこのひと月で学習しているので何も言わず片付けの続きに取り掛かろうとしたとき、次の唐突な言葉で動きが止まってしまった。
「ユン。お前、左議元の屋敷で何を探していた?」
今までずっとその事には触れて来なかったのに、急になんだろう。
鼓動が速くなる。
遠くの犬の鳴き声だけが、妙に頭に響く。
何のことですか、と誤魔化そうとして目が合った。
その目は嘘を許さない、強い光を持っていた。
「……母の仇です」
この話は、チュンミにしかしたことがない。
幼い頃この芸団に拾われて以来、ずっと仲良くしていたチュンミにしか。
「母は、ずっと前に誰かに殺されたんです。
まだ五つだった私を抱え、背中に矢が刺さったまま、なんとかこの露架飯店に辿り着いた。
そこで息絶えました。
私に残されたのは、母の髪飾りと、背中から取り出した矢先だけ」
首から下げた紐を引っ張り、衣の中から矢先を取り出して見せた。
「これです。変わった形でしょう?」
それは平らで、やや大きめ。
三角の形の穴があけられ、その下に三枚の花弁のような浮き出し模様がある。
根元の細くなった部分に紐を巻き付け、首から下げられるようにして、肌身離さず持っている。
「こんな凝った形の矢先、貴族しか使わない。手掛かりはこれだけです。
だから、貴族の屋敷に入る機会があったら、同じものがないか探しているんです」
しばしの沈黙。
「そうか」
参議様は一言だけ。
やはり突然こんな話をして面食らっただろうな。
でも別に仇を見つけ出して討とうとか、物騒なことを考えてる訳じゃない。
ただ、母がどうして殺されてしまったのか知りたいだけなのだ。
暗い雰囲気にしてしまったことに何故か申し訳なさを感じて、強いて明るく声を出そうとしたところに参議様が口を開いた。
「よし!ではユン、このスモモの塩漬けを食べろ」
ずいの目の前に突きつけられたピンク色の物体。
は?とか、何すんの?とか言う前に、口に押し込まれたのだった。