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踊り子は口覆いを付けていて、顔ははっきりと見えなかった。
だが、恐らくは武器庫で見たあの女だろう。
このインニム様の目は誤魔化せない。
どう見ても、あの行動は武器を片付けにきた風ではなかった。
何かを探していたのだ。
踊り子が何故左議元の屋敷の武器庫を漁る?
あの女にも言ったが盗人には見えなかった。
盗人なら武器庫などではなく主人や奥方の寝室などにいくだろう。
では俺と同じ、左議元の武力の把握が目的かそれとも。
ーー何にせよ、利用価値がある。
そう思い、ジドに居所を探させ、様子を見させて五日。
俺は長尊の街の西、小さな飯屋の前に立っている。
この辺りは割と裕福な民が暮らしている地区だ。
この国には王を筆頭とした階級制度がある。
官僚は全て貴族。その下に平民がおり、更に下に賎民が存在する。
一部の豪商などを除き、ほぼ全ての富は王と貴族が独占している。
平民は給田を耕したり、店を商い暮らしている。
そして賎民は田畑も与えられず、下働きとして雇われるか、芸団などをして各地を転々としているかだ。
奴婢として売買されることもある。
だが民は総じて貧しく、読み書きが出来るものも少ない。
そんな中、数少ない娯楽を提供する芸団は人気があり、遠い地の伝聞を歌や物語にして聞かせるため、重宝がられもする。
今も、倭国との取引を面白おかしく脚色した唄が建物の中から流れてきていた。
店の外に並んだ卓に客の姿はない。
室内を覗くと、奥の座敷に二人の人間が並んで座っている。
「おいジド。ここで間違いないんだな?」
「はい。ここが露架芸団の拠点です」
「よし。では行こう」
店内に足を踏み入れると、中にいた二人が此方を見た。
唄を吟じていたのがこぢんまりとした老爺で、もう一人はその老爺を支えるように腕を回している少女だ。
少女の方が口を開いた。
「い、いらっしゃいませ。こちらのっお席に、どうぞ」
立ち上がって案内する。
椅子にかけて、二、三の品と酒を頼むとおどおどと慣れない様子で裏へ引っ込んでいった。
老爺はいまだ低い声で吟じている。
「ここに、最近話題の踊り子がいると聞いたが」
料理を並べ終え、下がろうとした少女に声をかけた。
びくりと肩を震わせ、顔を上げた少女は相変わらずおどおどしている。
俺が何か威圧しているだろうか。普段通りのつもりだが。
「は、はい、ユンでしたら間もなく戻ると思います」
あの女はユンという名前か。
一口酒を呑んだところで扉が開いた。
「ねぇチュンミ聞いてよ!たったこれだけの塩が三十文もしたのよ!信じられな〜い」
勢いよく入ってきたのは、紛れもなく件の踊り子だ。
「あら、こんな時間にお客様なんて珍しい………
って!! こいつ、この間のへんたっ…じゃなくて、
……知らない方だったわ」
こちらを見るなり物凄く嫌そうな顔をして、すぐ取り繕った笑顔になる。
「うふふ。私ったら人違いしてしまって申し訳ありません。ごゆっくりドウゾ〜」
「いやいや、そなたに用があって来たのだ。逃げるなユン」
菜に箸を伸ばしながら、すでに踵を返していたユンを引き止める。
ぎこちなく振り向いた顔はまた苦虫を噛み潰したような顔に戻っている。
「何故わたしの名前を……まーさーか、チュンミ?」
チュンミと呼ばれた少女は、びくりと肩を震わせ泣きそうになっている。
「そなたに話があって探していたのだ。外で話そう」
立ち上がって先に店を出る。
迷う気配をさせながらも、ユンはついて来た。
老爺の唄だけが相変わらず陽気に流れていた。