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時を少し遡り、宴の最中。
日も暮れ、誰も彼もが陽気にお酒を楽しんでいた頃。
私は左議元の屋敷の武器庫に隠れていた。
勿論、舞いの衣装では目立つので着替えている。
本当は顔も隠したいところだが、かえって目立つのでやめた。
宴の行われている楼閣のあたりは警護が厳しいが、そこを抜けて屋敷の奥深くに入り込んでしまえば紛れ込むのは造作もない。
私のような背格好や年齢の人間など、この大きな屋敷の下働きとして山ほど雇われているのだから。
(ユン、気を付けてね。危ないことしちゃだめよ。
本当は私も一緒に行きたいのに…ついて行けなくてごめんね)
この屋敷に来る前、見送ってくれたチュンミの声が甦る。
チュンミは本当に心配性だ。
私の今日の目的は、ほんのちょっとこの武器庫を見物させてもらうだけなのだ。
そもそも踊り子として、左議元に招待されている身。
誰かに見咎められたとしても、広い屋敷で道に迷ったと言えば済む事。
と、そう思っていてもやはり緊張してしまうのが人情で、こそこそと怪しい動きになっていまうのを自覚しつつ中を見物する。
長剣、短剣、棍棒、鎌、弓。鎧に盾。
色々と並んでいるが、目的のものはどこだろう。あの棚で隠れているところかしら。
当たりをつけてそっと足を踏み出そうとしたときだ。
キィ
小さく扉のひらく音がした。反射的に棚の影に隠れる。
まずい。誰か来た。
直ぐに見つかり、誰何される…と体を固くしたが、様子がおかしい。
扉の音はしたが、足音がしない。
誰かが中を覗いただけだったのか、はたまた風の悪戯か。
棚の影から顔だけ出して入り口のあたりを伺うが、誰もいないようだ。
「もー、驚かせないでよね」
つい悪態が口をつく。心臓がどくどくと煩い。
気を取り直して弓が掛けてある付近を物色する。矢の先を眺めて、引き出しを開けてみたりする。
「無いなぁー。」
私が探しているものはここにはないみたいだ。
まあ、そうそう直ぐに見つかるなんて期待していない。
だからがっかりなんてしていない。うん。全然悲しくない。平気平気。
「っと、そろそろ戻らないと出番に遅れちゃう」
はあーと深い溜息をついて、出口に向かう。
扉に向けて手を伸ばして、その手を急に掴まれた。
「何者だ」
低い声がした。
叫ぶのを堪えるまでもなく、口を手で塞がれる。背後から羽交い締めにされてしまった。
心臓が早鐘を打つ。
なに?だれ?どうしようっ
抵抗しないのを見てとってか、すぐに口からは手が離された。
叫んで助けを呼びたいところだが、当然そんなことはできない。
何故なら、後ろめたいところがありすぎるから。
でも………
「私はここの使用人です。手をお離し下さい。」
精一杯平静を取り繕って言う。
着ている物が明らかに高価な品だから、恐らく宴に出席している官僚の一人だろう。
高位の官僚ばかりの今回の宴に招かれるにしては随分若い。私と同じ十七、八くらいだろうか。
「宴のお客様でしょうか。道に迷われたのでしたらご案内しますが」
「ははは。使用人にしては行動が怪しいが?何か探し物か?」
「武器を片付けに参っただけでございます」
なかなか離してくれない。
でもこの男、いったい何故こんな所に?
疑問がむくむくと湧き上がってきた。
左議元の息子達のうちの誰かかとも思ったが、彼等の顔は先程見ているから違うと分かる。
ただ迷っただけなら、わざわざ私をこんな風に捕らえたりしないだろう。
「そちらこそ、一体なんの御用でこちらに?」
「ずいぶん肝が座っているな。盗人では無さそうだが」
顎に手をかけられ、振り向かされる。
睨みつけてやりたいが、貴族にそんな態度をとれば、下手をすれば死罪だ。
仕方なくしおらしくしていたら、妙に低い声で言われた。
「今日は見逃してやろう。そのかわり、俺がここにいたことも口外せぬように」
そう言われてホッとしたのも束の間、顔がゆっくりと近づいてきた。
うわっなに嫌だーー
逃げれない。
思い切り顔を背けたら、首筋をつつ、と湿った感触が這った。
「ふふ。これに懲りたら怪しい行動は慎むことだ」
体が自由になって脱力しそうになっている間に、男は武器庫から悠然と歩き去ったのだった。