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全く退屈な宴だ。
ひたすら左議元のご機嫌をとるための集いに、何が悲しくてこの俺が出席せねばならんのだ。
飯ももうたらふく食ったし、美女の酌も堪能した。
あとは機を窺って退席するのみ。
「インニム様。今日は必ず最後まで参加されるようにとの旦那様のお言いつけです」
「……考えを読むな」
上げかけた腰をまた据える。
絶妙のタイミングで制され、思わず不機嫌な声が出る。
このジドという護衛とは、長い時間を共にし過ぎている。そろそろ暇を出してやろうか。
「分かっている。しかし、いくらなんでも長い。
そろそろ帰っても良いだろう」
昼から始まったのにもう深夜に近い。
出席している官僚たちにとっては、絶好の胡麻擂りの機会だから良いだろうが、俺にとってはなんの旨味もないのだ。
やはり帰ろう。
そう思ったとき、鈴の音が高く響いた。
数人が躍り出てくる。剣を振り翳す男たち。
入り混じり躍動する。
剣舞だ。
周りの空気が一変して、皆が目を奪われた。
交わる剣撃と太鼓の音が胸をざわつかせる。
一人が刺し伸ばした剣をもう一人が躱し、跳び上がりざま反撃する。
勇ましい曲調にあわせて舞うように闘う。闘うように舞う。
計算された動きに歓声が沸いた。
男達が徐々に中央に集まり、宙返りで交差する。
その交差した影から、いつの間にか女人が姿を現した。
薄布を幾重にも重ねた衣装をひらめかせ、しなやかに舞う。
鮮やかな色彩が目を惹きつける。
太鼓が激しく打ち鳴らされる。
その音に合わせて男達が女人を囲み、順に切り掛かっていく。
女人は畳んだままの大きな扇でその剣を薙ぎ払う。
戦いを感じさせないその優美な動き。
風を受け流す柳のように、舞いながら次々と繰り出される剣を避ける。
銅鑼が響いた。
一人の男が下段の構えから鋭く女人の首筋を薙ぐ。
振り切られた剣の切っ先が、彼女の首を捉えたように見えて、観客は息をのんだ。
よもや本当に切ったのではーーー空気が凍ったかに思えた。
一瞬の沈黙。
そこにまた高らかに鈴が鳴る。
その音の余韻とともに薄布が宙に舞い、ひらかれた扇が大きく振るわれた。風に吹き飛ばされるように男達が倒れる。
倒れ伏す男たちの中心で天を仰ぐその女人の姿はまるで女神のよう。
大きな歓声が沸き起こった。
一礼して去っていく芸団を見送って、しばし放心していた自分に気づいた。
「素晴らしい舞いでしたな」
隣の席から声を掛けられて、慌てて返事をする。
驚いた。余興の舞いなど見慣れているのに、ここまで目を奪われるとは。
「今を時めく芸団の舞いは如何でしたかな」
左議元が立ち上がり、両手を広げる。
「皆さん、本日はお集まり頂き有難う。今後も御助力を願う。さあ乾杯だ」
この言葉が締めとなり、宴はようやくお開きとなった。
立ち上がり席を辞す人々は先程の舞いの話題で持ちきりだ。
「さすが左議元様。あの芸団をお呼びになるとは」
「まったく今日は運がよい。あの女人は噂の踊り子ではないか」
立ち上がり帰宅しようとする人々の声を聞くともなく聞きながら、考える。
あの芸団、利用できるやもしれん。
しかも、あの踊り子もしやーーー
「インニム様。どうされました」
「ジド、あの芸団について急ぎ調べてくれ」
一瞬訝しげにしたが、有能な家来は一礼すると、すぐさま影へと消えたのだった。