優しいだけの男
いろんな作品を見るのが好きなのですが、自分で書いたら永遠に読めると思い立ったので書こうと思います。ほぼ自己満足で、気付かないうちにご都合展開になってしまっているかもしれませんが、読んでくれた方が少しでも楽しいと思って頂けたら、これほど嬉しいことはありません。
彼は優しい「だけ」だった。
抽象的で曖昧な人生設計をしていた彼の人生は社会に出て簡単に崩れ去ってしまった。朝起きて出勤し、昼食に買った弁当を食べ、帰り、また次の日も出勤、決まった場所で食事を済ませ、帰り...ただその繰り返しだった。
「……無意味だ」
誰もいない通路のベンチで彼はそう呟いてみた。だがそれは決して無意味というわけではない、社会にとって彼は何かしらの役にたてているだろう。しかし、彼にはそう感じられたのだ。
同じ毎日を繰り返し、それでも新しいことを始めようと様々なものに彼は手を出したが、彼の毎日を変えるようなものはなかった。ただ生きているだけの人生。十九歳にして彼は達観していた。
そんな彼が時折みせるひきつった笑顔は、周囲の人々を不快にさせた。彼の繊細で大きなやさしさは、何年もの時を経てひね曲がり、彼を孤独にさせていた。
だが彼は優しかった。彼の行動は時に人に違和感を与えるが、それは確かに優しさであった。そして、ただそれだけである。
「小さい時はもっと自分に意義を感じていたのに、もう自分が無価値なものにしか思えない。生きてても死んでるのと同じだ」
狭く、飾り気のない自室で一人、呟きながら彼は眠りについた。
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「うぅ…ううぅ…」
少女が一人、目の前で泣いていた。
「どうしましたか?」
彼は気付くとすぐに尋ねた。いつものように、繊細に、ひねまがってしまった優しさをもって。
少女は一瞬驚いた顔を見せると、唐突に彼にしがみつき、涙でぬれきった顔を彼に埋めた。
「どうしましたか!?」
彼は少し動揺し、上ずった声でもう一度聞いた。しかし、少女は泣いたまま答えようとはしなかった。暫くそうしたままだったが、彼の視界は次第に鮮明になっていった。
部屋の内装は現代とは思えない造りをしていた。美しく掘られた彫刻と、怪しげに燃える蝋燭があり、床にはよくわからない本と文字が自分を囲うように大量に書き連ねてあった。そして少女は、赤黒く艶やかな髪をもった美しい容姿をしており、服は舞踏会で着るような服をくしゃくしゃにして着ていた。ここはどこだろう?誰もがその状況下に置かれればそう思うであろう時に、彼の心は至って変わりなかった。自分に意義を感じれなくなった彼は疑問こそあれど、その唐突な変化に心を乱される程の影響に足らなかった。
少女に聞けばすべて分かるだろうが、それは気が引けた。
彼は考えることをやめ、ただ彼女が泣き止むのを待つことにした。彼女はとても長い間泣き続けたが、彼はそこから動かず、じっと待っていた。少しづつ、小さくなった泣き声はついに聞こえなくなると、彼の胸で静かに眠っていた。彼は彼女を部屋の片隅にそっと寝かせてあげると、壁にすがり、自分もまた眠りについた。
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外の光がガラス窓から差し込み、彼を目覚めさせた。目が覚めてもそこは自室ではない。あの夜が夢ではなかったことを再認識した。ここが何処なのか確認したく、部屋から出ると、廊下沿いの窓ガラスから外の光が美しく差し込んでいる。窓から外を眺めると、澄み渡った青空と、深い緑の森や山が彼の目に飛び込んできた。そして何より…
「陸が…空飛んでる…」
その言葉はそのままの意味だった。彼にとってあり得ない光景がその景色にある。それは、彼のいる場所が元の世界ではないのだと証拠づけるには十分であった。
唖然とする彼に、廊下を掛ける音が近づいてくる。それは、長い間泣き続けた少女であった。
「目覚めたのね!ポチ!」
自分に向けて彼女がそう呼びかける。
「ポチ…?」
目の前の様々な疑問よりも先に、その呼び名が気になった。
「そうよ!あなたの名前!上手く召喚できたらこの名前にしようって決めてたの!」
「ポチ…」
何故自分が名付けられたのか彼には理解出来なかったが、昨夜の泣いていた少女とはまるで別人の様に嬉々として話しかける彼女を止めることは阻まれた。
「可愛い名前をありがとう。君の名前は?」
「私アンナ!ポチをここに召喚したマスターよ!」
召喚とマスター。この二つの言葉で彼、ポチは理解した。自分が異世界召喚されたのであろうと。
「私がマスターなんだから、ポチは私のいうこと聞かなきゃだめなんだからね?」
可愛らしい少女が発したその言葉は、ポチの無賃労働、人権剥奪を意味していたが、ポチにとってそれは些細なことであった。何より、アンナの泣き顔が頭から離れなかった。
「えぇ、分かりました。私に出来ることなら何なりと」
「ほんとに!?えぇっとねぇ〜。う〜ん」
何でもいう事を聞け。と指示していたにも関わらず、彼女は内容は考えていないようだった。
少しして、アンナはにやっと緩みきった笑顔を見せると
「へへっ。抱きつかせなさい!」
そう言って不敵な笑みを浮かべたアンナは思い切りポチにハグをした。
自分に顔を埋めるアンナ、人生で味わったことのないハグの感触に戸惑ってしまったポチは、やましい事を想像してしまいそうになる自分を必死に抑止していた。
アンナに唐突に抱きつかれ、反射的に両手を上げ降伏のポーズを取っていたポチは手の置き場に困っていた。ちょっとくらいは、理性による抑止から漏れ出る些細なやましい気持ちが手をアンナに近づけさせる…
「私、人の心臓の音を聞くの初めて…」
ふと呟いたアンナに反応してポチの手がとまる。その声はとても切なく聞こえた。そして、ポチはまた昨夜の彼女を思い出す。
ポチの手が、アンナの頭の上にとまった。
何故あんなにも泣いていたのか、ポチは聞いていないが、彼には伝わった。ポチは何も言わず、アンナの頭を撫でた。
「ふへ、ふへへへ」
アンナの変な笑みがこぼれる。
暫くして、アンナが口を開いた。
「ねぇポチ、あなたは召喚される前は何処にいたの?」
ポチはもといた世界の伝えれる限りのことを話した。自分の名前以外の事を。
「ニホン?チキュウ?ポチは聞いたこともない不思議な世界から来たのね!凄いわ!私の召喚術って思ったより凄かったみたい!」
アンナはずっと抱きついたままだった。ポチは自分の体の意識が、アンナの胸が当たっている位置に集中し始めている事に気付き、顔を赤面させながらゆっくりとアンナを引きはがした。
「アンナ、私はこの世界がどんな世界なのかまだよくわかっていません。良ければ、外を出歩いてみても良いですか?」
「外…そうよね。ポチはこっちに来たばかりだもんね。分かったわ。ポチにこの世界の色々なものをみせてあげる!」
アンナはポチを子供を連れるように手を引く。
屋敷の外には庭があったが手入れされている様子もなく、植えられた植物は青々と茂っていた。道らしき道も消えかかっており、ほとんど森に囲われているような様になっている。
屋敷から道を無視してまっすぐ進むと川のほとりにでた。
「ここが川よ!飲み水は全部ここでくんでるの!」
アンナは大きな屋敷に一人で住んでいるのか。屋敷の庭とアンナのくしゃくしゃのドレスを見てポチはそう悟った。
「アンナは一人であの屋敷に住まわれてるのですね。近くに村などはあるのですか?」
「近くにはないけど、少し遠くに村はあるわ…。でもこの世界の人とは会いたくないの。ここへくる時だって、人と出会わないようにくるようにしてるのよ」
それはどうして?そんな当たり前に浮かぶ質問を、ポチは抑えた。
「私は大丈夫なのですか?」
「もちろん!ポチは私の召喚獣よ!」
「なるほど、なら安心ですね!」
アンナと長い間ハグをして、彼女を異性として意識しきっていたポチは、自分は愛玩動物で、アンナはワンちゃん可愛いー!と抱きついていたに過ぎないのだと一瞬で感じとり、自分のいかがわしいアンナへの思いを見直し訂正した。そして少しショックである。そんなポチをおいてアンナが口を開いた。
「だからね、外で紹介できるところはここくらいしかないの。ポチ、私をおぶって!我が家に帰るわよ!」
隙間なくアンナがポチに飛び乗る。ひ弱なポチはふらふらしながら屋敷へと歩いていく…。
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屋敷へ帰ると、アンナはポチの背中から降りたが、すぐに手を握ってポチを寝室へと招いた。
「これをもってポチ。一緒に遊びましょう!」
手渡されたのは耳や目の縫い目がほつれているうさぎのような人形だった。アンナは若く見えたが、人形遊びをするほど幼いようには見えない。
「お人形さんで遊ぶのですか?」
思わず聞いた。すると、アンナは少し照れて俯く。
「私ね、ずっと一人だったから。小さい頃はこうやって一人で人形ごっこしてたの。だめ?」
アンナのやりたいことを止める気なんて毛頭なかった。アンナは異世界の住人であったが、ポチには他人とは思えないほど、アンナの「一人」を想像し、心を痛めた。
手渡された人形をもって、ポチは全力でうさぎさんの役を演じた。それは今までの人生でやったことのない程、情熱的に、心を込めて。そんなポチを、アンナはたのしげにみていた。
「あぁぁぁああ!たぬきさん!わたしの綿をかえして!っふっふっふ。返してほしくば取引だ。 そそんな弟の綿だけは、弟の綿だけは...! おねえちゃーん! アアアアアアア!!!」
必死だった。アンナを楽しませようと。気付けばポチはアンナの持っていた人形も手に取り、アンナ一人相手に人形劇をみせている形になっている。
「ふふ、ポチ楽しそう!」
アンナの感想はそれだった。アンナを喜ばせるためにしているのだが、確かに楽しかった。ポチはそこで初めて知った。誰かと一緒に過ごす時間がこんなにも楽しいことを、誰かの笑顔を見ることが、こんなにも自分を幸せにさせることを。
笑ったポチの顔は、もうひきつっていなかった。
それからポチは様々な事をして彼女を喜ばせた。アンナが、人形遊びをしなくなってからはずっと屋敷の書庫の本を読み漁っていたと聞けば、面白そうな童話を拾って読み聞かせ、アンナが異世界の話を訪ねれば、どんな些細な思い出でも言って聞かせた。そのたびにアンナは新鮮な表情をみせ、たのしげに笑った。
遊びやお話に限ったことではない、水汲みや料理を率先し、アンナの服を手入れして。彼女に尽くした。今までのどの時よりも、彼は労働に勤しんでいた。
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ある日、いつものように川で水をくんでいると、裸の若い女性が近くで水浴びを始めた。普通に気付く距離で慌てふためいていたポチ。しかし、相手が気付いていない方がおかしい。そう、これは異世界では普通の事なのだ。ポチはそう解釈した。
「...な、そこでなにやってんのよ変態!」
大きな罵声と共にポチのお尻が蹴り上げられた。
「っぶは!変態はお前だ露出痴女!いきなりお前が全裸で入ってきたんだろ!こっちは最初からいたんだぞ」
「最初からって…何ずっと平然と女の裸みてんのよ!」
「みてねぇよ!」
そう言ってポチの視線は相手の目から逸れて少し下がる。気付いた女は赤面した後、ポチを睨みつけて去っていった。が、直ぐに服を着て戻ってきた。
「すっごい腹立つけど。とりあえずいいわ。今は不問にしてあげる」
なんだその高圧的な態度は。腹立つ。
「で?あなた誰なの?ここら辺に住んでるわけ?」
「は?え、まあ」
「ふぅ~ん。で、その首の術式はどうしたのよ」
「え?首?」
そういって彼女はポチに手鏡を向けた。鏡を見たのはこの世界に来て初めてだ。
彼女の言った通り、自分の首には見たことのない文字が輪になってかかっていた。
「なんではぐらかすのよ。貴方、ここの屋敷の悪魔に呪われてるんでしょ?」
ポチは絶句した。意味が分からない。
「ここの屋敷に住み着いてて、近くの村じゃあ色々噂されてる子なんだけど」
「アンナのことか...?」
「アンナ…やはりアンナ・ルフエルなのね」
そういわれてポチは不思議に感じた。フルネームは言ってないし、ポチ自身教えてもらっていない。
「ルフエル?なんで君がそこまで知ってるんだ?」
「私はアイネス、王都の特別調査員でね。ずっと彼女を探してたのよ」
無闇にアンナの名前を口にしない方が良かったかもしれない。
「彼女、アンナ・ルフエルには、無差別大量殺人の罪で世界中で指名手配中の要注意人物よ。知ってるでしょ?世界一有名なんだから」
アンナが大量殺人?そんな事するわけがない。短い間柄かもしれないが、そう思えた。
「馬鹿馬鹿しいな、人違いだろ。他のアンナでも探すんだな」
こんな怒りを覚えたのは初めてだった、誰にでも優しく接してきたポチが、人にこんな態度をとることも。
屋敷に帰ることにした、止めようとするアイネスの声が後ろから聞こえてきたが、足の歩みが緩まる事はなかった。
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ただヒロインと主人公がいちゃいちゃする作品を書こうと思っていたのですが、私は書くといつもシリアスな展開に持っていってしまいます…。好きなんですけれども、平和になってほしいですね。
まだ入賞もしていないただの志望ですが、小説より前に漫画描いてます。ツィッターをやっているので良ければ応援お願いします。励みになります。