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第93話 (特別編)それぞれの休日

ノルテとカーミラのささやかな休日

 冒険者の暮らしが不満なわけじゃない。


 魔物と戦うのは今も怖いし、魔物とは言え生き物を殺すのは嫌な気持ちだし、そんなことを思ってた罰みたいに、この間は大けがをして自分は死んじゃうんじゃないかと一瞬思ったし・・・


 それでも、あのドウラスの工房で、毎日鞭におびえながら気持ちの悪い主人の顔色ばかりうかがって息を潜めて生きてた頃に比べたら、はっきり幸せだ。

 新しい主人(シローさんをご主人様って呼ぶのはまだちょっと恥ずかしいけど)は優しいし、乱暴なこともしないし、ご飯もお腹いっぱい食べさせてくれる。

 リナちゃんやカーミラちゃんみたいなすごく可愛い子がいるのに、わたしにもあんなことをしたがるのは不思議に思うけど、別にそれでもいい。


 ただ、不満はないけど心のどこかで、魔物と戦うより金物を打って色んなものを自分の手で創り出す仕事をしたい、って思ってる。もちろん、鞭で打たれて無理矢理させられるんじゃなく、鉄の声と炎の声を聞きながら好きな物を創り出せるなら、だけれど。


 だから、お休みをくれるって言われたとき、すぐに村の鍛冶屋さんを見に行きたいって言い出して、後から「今の暮らしに不満なのか」ってシローさんに思われないか気になった。


 でもシローさんは、わざわざ村長さんに鍛冶屋さんを紹介して欲しいなんて頼んでくれて、役場のソールさんというおじさんがわたしを案内してくれた。ソールさんの兄のセールさんが祖父の代からの村で一軒だけの鍛冶屋さんを継いでいるそうだ。


 煙突からあがる煙が見えてきて、心がなごむ。ドウラスの鍛冶工房にはつらい思い出しかないけど、それでも鍛冶仕事は好きだ。きっと小さい頃に別れたきりの父さんが鍛治師だから、その血なんだろう。


 セールさんは50代ぐらいの、だいぶ髪の薄くなったおじさんだった。

「お前さんみたいな娘っこが鍛冶場を見たいなんて変わってるな」

と言われたけど、鍛冶工房の奴隷として働いてました、と正直に言うと、ちょっと同情したみたいに、まあ面白いもんは何もないが、まわりの物にさわらなきゃ見てるのは構わない、と許してくれた。


 ただ、見てるだけでも鍛冶工房は楽しい。ぼーぼー音をたてる箱ふいごとか、大小色んな形の挟みとか金床とか、使い込まれた道具からは使ってる鍛治師の人柄がわかる。

この工房では、鍋や釜のような調理器具から、鍬や鋤といった農具、そして馬の蹄鉄とか本当に色んなものを扱ってるみたいだ。

 村で一つだけの鍛冶工房だっていうから、村の暮らしを丸ごと支えているんだ。


「なんだ?そんなにニタニタして楽しそうに」

 手を休めて汗をぬぐったセールさんが不思議そうに聞いてきた。


「え?楽しいですよ、楽しくないですか?」

「あぁ、楽しいだぁ?これはやんなきゃおまんま食い上げだからやってんだ。仕事に楽しいも楽しくないもねぇ」

とかいいながら、でもハンマーを打つ様子を見てると、この仕事が好きな職人さんかどうかはわかる。


 この人はいい職人さんだ。ドウラスのボノじいみたいだ。前の前のご主人、もうほんのちょっとしか覚えてないけど、グレオン様のお父さんのガライン様もそうだった。ハンマーの音にリズムがあって音楽みたい。

 そんなことをつい口にしたら、セールさんは目を丸くした。

「面白いやつだな、ちょっと手伝ってみる気はあるか?」


 うん!

 ドウラスの工房にいるときは、便利屋的に一通り色んな作業を仕込まれたから、久しぶりにふいごで風を送ったり、鎚を打つときに挟みで支えたりもさせてもらったけど、たぶんセールさんの仕事を台無しにするようなことはなかったと思う。

 赤く焼けた鉄の色が変わっていくのはきれいだ。炎の色もきれいだ。


 お昼が過ぎて、そろそろ失礼しようとしたら、最後は少し金物を打たせてもらいさえした。売り物にならないかもしれないけど良かったんだろうか。


「なかなか筋がいいな。もし冒険者のご主人にクビにされたらウチに来い。給金は出せないが飯ぐらいは食わせてやる」

 そんなことにはならない方がいい。でも、鍛冶仕事は楽しい。


 帰り際に、ろうそくを立てて使う携行用のカンテラをくれた。薄い鉄板で作った軽くて持ちやすいカンテラだ。御代を払おうとしたんだけど、土産だと言って受け取ってくれなかった。

「冒険者なら、松明よりこっちの方がいいぞ」

 たしかにこれならちょっとの風とかでは火が消えないし安全に持ち運べる。私もそのうち、鍛冶の腕をいかして何か役立つものを作ってみたいな。


 そしてやっぱり、いつかはドワーフの国に行って最高の技を見てみたい、お父さんに会いたい、そうあらためて思った。いつかきっと。


***********************


 森の中は、命のめぐみでさわさわしてる。

 鳥やネズミや虫や、姿は見えないけど精霊たちも、それに木々や草やキノコも本当は自分たちの声をあげてささやきあって賑やかだ。


 カーミラは鳥やネズミの言葉はだいたいわかるけど、精霊や木々の言葉はわからない。森エルフにはわかるらしいけど。

 人間の言葉は、時々山の下に行って村の人間たちと話してたから大体わかる。でもカーミラは喋るのはあんまり得意じゃない。人狼の群れではしゃべらなくても感じてることは伝わるから。


 長も母さんも竜に殺されて、群れの仲間がいなくなって、もう喋る相手もいないし、他の群れも知らないし、きっと死ぬんだって思ってたけど、今度は“あるじ”が長になった。

 人間が長になるなんて思ってもいなかった。けど、狼の時に匂いを嗅いでも逃げなかったから、これがカーミラのつがいになる相手なんだと思った。狼の時は、自分が抑えられなくなって、気持ちが高ぶって誰かが欲しくなる。でも、あのとき食べちゃわなくて良かった。食べちゃうより気持ちいいから。


 だから長に獲物を持って帰りたい。群れの仲間にエサを捕って帰りたい。ノルテとリナは群れの仲間。「トモダチ」って言ってた。長と女が3人、まだ子供はいないけど新しい群れ。人狼じゃないけど、人狼の群れが見つかるまではこれがカーミラの群れ。


 美味しそうな匂い。ウサギだ。気配を消して忍び寄る。簡単だ。


 あれ?誰かいる。人狼じゃないけど・・・狼だ、普通の。三頭だ。


「ウサギ、カーミラのだ」

 オスの狼、メスが二頭。みんなそんなに大きくない、驚いている、カーミラに今気づいたばかりだ。人狼を見たことがないのかな?気配を消してたからか。


《・・・ウサギもらう、オレの》

 カーミラは今、武器も持ってるし強い。あるじがくれた刃物だ。

 狼もわかってるはずだ、汗の臭いでわかる、カーミラにおびえてる。なのに退かないのはどうしてだろう?

「子どもいるのか?」


《・・・なぜわかった?子どもいる。ウサギほしい》

 自分より強い者に戦いを挑んだら死ぬ。そんなことは狼は普通しない。

「なぜ?他にもウサギいるのに」


 3匹が困ってる。

《ウサギいなくなった。ネズミも減った》

「どうして?」

《魔物が増えた。魔猪なら戦える、でも魔狼、コボルド、たくさんで危険》

「魔物はカーミラたちがやっつけてる」


《魔物増えた。魔物がウサギもネズミも喰らうから減った。人間も罠かけてる、危険》

 長のオスだけでなくメスたちも答えた。

《魔物、追い払った。たくさん追い払う、でもまた来る、たくさん、たくさん》

《魔物、狼の仔も襲う、うちら戦う、たくさん戦った。子ども、ひもじい》


 そうだったんだ。迷宮がずっとあったのに魔物がなんで少ない?と思ってた。狼たちが必死に魔物を追い払ってたんだ。あるじに教えよう。


「いいよ、うさぎやる。仔に食べさせる」

《いいやつ、人狼は仲間か?》

「うん、人狼は狼の仲間。月が大きくなったら狼になる」

《うさぎもらう》


 三頭はあっという間に身を潜めていたウサギを囲んで捕まえた。三頭で3匹だ。


《カーミラ、人狼なのに人間の匂い》

「うん、カーミラの群れの長は人間、でも人狼と話せるいい人間」

《人間あぶなくないか?》

「あぶない人間もいる。村には近寄らない方がいい」


 それに、迷宮に沢山人間が来てた。冒険者は強いから戦うと危険だ。

「迷宮知ってるか?」


《迷宮知ってる。魔物どんどん出てくる。たくさん出てくる》

「迷宮の魔物退治に、たくさん人間来た。人間、魔物倒す」

《人間が魔物退治?いい人間?》

「いい人間だけど、狼も殺すかもしれない。だから近づかない方がいい」


 狼たちが話し合ってる。

《人間、魔狼と狼の区別つかない、殺そうとする》

《罠もしかけるから危険だ》

《村から離れるか?》

《迷宮のまわりも危険じゃないのか》


「迷宮の向こうの山なら大丈夫、村の近くは人間多いから。迷宮はたくさん人間が来たから魔物は減る。たくさんはいない」

《たくさんいないなら、負けない・・・》


 狼たちが人間とぶつからず、ひとつ奥の山に行くと決めた。よかった。これで狼が死なずに済む。人狼と狼は仲間だから死ぬのはいやだ。子どもも死ぬのはもっといやだ。


《うさぎもらった。カーミラにもエサやる》

《キノコと木イチゴの場所。狼は食べない。人狼は食べるか?》

「うん、キノコも木イチゴも食べるよ」

《こっち・・・》


 狼たちがお礼にキノコと木イチゴの場所を教えてくれた。探せばカーミラにも見つけられたかもしれないけど、でもこんなに美味しそうなのは珍しい。


 その後、山鳥の巣を見つけた。気配を消して近づいて・・・捕まえた!

 二羽一度に捕まえたから、一羽は狼にあげた。狼たちと体をこすりつけて、お互いの匂いを覚えた。これで仲間だ。またどこかで会うだろう。


 森のさわさわ声が聞こえる。この森は大丈夫、森のめぐみに感謝する。

 今度はあるじと二人で散歩しに来よう。

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