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第92話 双子の迷宮

俺たちはオザックの迷宮の一階層の果てに、なぜだか2つ目のワームの抜け殻があるのを発見した。

 俺たちが外の詰め所に戻り、もう一つのワームの殻とその先の洞窟を見つけたことを報告すると、事態は猛烈な勢いで展開し始めた。


 洞窟の入口の上に刻まれていた紋章のようなものは、王都と遠話を結ぶスイッチのようなものだったらしい。

 間もなく、前回の調査にも来た魔法使いレンドロスが、前回とは違う調査官グループとパーティーを組んで転移してきた。


 俺たちはまた案内役を務め、二階層の入口まで連れて行き、いったん封印した粘土を撤去して調査に協力した。二階層の中には俺たちは入らなかったから、先の様子はよくわからなかったが。


 慌ただしく迷宮内を行き交う気配に、本来の二階層に挑んでいたイリアーヌら別パーティーも早めに切り上げて戻ってきた。


 そこで詰め所前に集まった冒険者たちを前に、ガイムという王都の調査官は、「あすは迷宮の解放を中止する」と告げた。


「どういうことだよ!こっちは他のクエストを取りやめて来たんだぜ」

 不満を漏らしたのは、今日からこの迷宮に入ったグループのようだ。まあ気持ちはわかるよ。危険はあっても迷宮討伐は稼ぎがいい、と期待してきたんだろうから。

 他のパーティーも口には出さないが不満そうだ。気性の荒い奴が多いからな。


 ガイムが言葉を選びながら説明した。

「迷宮が二股に分かれているケースはきわめて希だ。これまでに報告されているものでは、魔物の発生量も危険度もかなり大きい可能性があるので、あすは国軍による調査が行われる見込みだ。詳細は私からは言えぬ」


「軍だって?あんたたちは内務省じゃないのか」

 ガイム調査官は渋い顔をしてそれ以上はしゃべろうとしない。

 たしかに、こいつらは前回と同じ内務省の調査部のメンバーのはずだ。それが内務省だけでなく、軍が独自に調査したいってのはどういうことなんだろう?


「明後日から再開可能かどうかは、あすの晩までにここの詰め所と、王都のギルドにも通知する。今言えるのは以上だ」

 あくまでそれ以上の説明を拒む調査官は、レンドロスに迷宮入口を封印させると、すぐに転移して消えた。


「シロー、キミは事情を知ってるのよね?」

 イリアーヌが話しかけてきた。彼女たちはきょうは二階層でオーク狩りを続け、感覚的には階層の半ばぐらいまで進んだそうだ。ただ、これまで経験がある迷宮の二階層にしては魔物の数が多すぎ、他のパーティーでは少なからぬ重傷者も出たらしい。


 俺は、経験したことを他のパーティーの連中にも聞こえるように話した。

「双子の迷宮か!?」

「噂じゃ聞いたことがあったが・・・」

 ベテランの冒険者の中には、リナが言ってた話を知っている者もいた。昨日、オーク戦を仕切ってたLV24騎士のレジャって男だ。


 レジャが言うには、何らかの理由で自然の洞窟に二つのワームの卵が産み付けられ、少し前後して孵化するとこういうことが起こる、と言われてるそうだ。

「お前が見つけたもう一つの殻の方が小さかったんだろ?それが特徴だ」


 先行したワームの方が小さくて、後からより大きいワームがその穴をさらに掘り広げて進み、あるところで脱皮した。先行した奴はもっと先まで行ってから脱皮した、ってパターンじゃないかと言う。

 なんだかよくわからんが、スケールのでかい話だな。


「その先はどうなるの?」

 イリアーヌが訊ねた。

「はっきりしないが、三叉路のように分かれて二階層以降は2本になるとか、その2本の間を結ぶ横穴が出来たり、結構複雑な迷宮になるって話を聞いた覚えがあるな。俺も実際に経験したことは無いが」


 冒険者たちはみなレジャの話に真剣に聞き入っていた。命と生活がかかってるからね。

 いずれにしても再開されるかどうか、明日の晩、ギルドの掲示を見るしかないか、ということになって散会した。


 俺たちは一応、階層主を倒した証として大きめの魔石と砂金を詰めた袋を見せた。

 砂金だけでも結構な価値だし、そこに階層突破の報奨金ももらえたので、魔石の売り上げとあわせると、全部で今日の稼ぎは小金貨18枚分にもなった。

 これは、イリアーヌが酒盛りしたくなるのもわかるな。


***********************


 村の食堂で一番高い焼き肉で豪華な夕食にしながら、俺はノルテとカーミラに「明日は一日自由にしていい」と伝えた。迷宮には入れないわけだし、一日だけ別のクエストを探すほどでも無いだろう。せっかく大金も入ったんだし。


「なにかしたいことはあるか?」

と二人に聞くと、ノルテは

「できれば村の鍛冶屋さんを見学して来ようと思います」

と言う。


 カーミラの方は大体予想していた。

「森をお散歩するよ、おいしい物いっぱい」

 それは散歩でなく狩りだろ・・・どこまで野生児なんだよ。おとなしくしてれば完璧美少女なのに。

「汚れてもいい服で行けよ」

 あとで洗濯するのはノルテだからな。


 一応二人にそれぞれ銀貨1枚渡しておいた。昼食には銅貨1枚でも足りそうだけど、女子だし服とか小物を買ったりしたいかもしれないし(カーミラは多分ないけど)、何かあったときにも金があると無いとでは大違いだからな。


「ご主人様は?」

 金を渡しておくってことはどこかへ出かけると察したんだろう。

「王都のギルドに一応報告しといた方がいいと思うからな。ちょっと行って来る。リナを置いて行くから何かあったら連絡してくれよ」

 リナ・スマホだ。今の俺は低レベルの錬金術師に過ぎないから、単独行動は危険もあるかもしれないが、粘土スキルは使えるし、万一ほんとにヤバいことに出くわしたらリナを呼ぶこともできるからな。


 その日はまた風呂をわかしてみんなで入った。

 翌日が休みだと思うと夜更かしもさらに楽しい。3人でたっぷり楽しんで、4人でたわいも無いお喋りをして、あれ?俺っていつの間にこんな風に人と話が出来るようになったんだっけ?なんて思ってるうちに、一人二人とすーすー眠りについてた。


 これまで楽しい修学旅行なんて記憶はないけど、こういう感じなのかな?

 いやいや、こんなエロ甘な修学旅行なんてあるわけないか。とにかく、今を楽しむのだ。これが生きてるってことだ。


***********************


 翌朝目が覚めると、錬金術師LV7まで上がっていた。4系統の魔法の中で覚えてなかった「風素」の他に、「熱量制御」「生素」ってのを取得しているようだ。


 リナにどういうスキルなのか聞いてみる。


(「熱量制御」は文字通り物質に熱、つまりエネルギーを与えたり奪ったりできるスキル。使いみちは例えば水から熱を奪ったら凍らせることができる、とかね。「生素」は生命の素って言いたいとこだけど、そこまですごいものじゃない。生命活動を補助する要素、かな。僧侶の“癒やし”ほどじゃないけど、近い使い方が出来るはずだよ)


 治療魔法が俺にも使えるようになるとしたら大きいな。リナに何かあった時とかのためにも治療役は多い方がいい。「癒やしほどじゃない」ってところが相変わらず微妙なジョブだけど。



 ノルテも鍛冶師LV7に、カーミラは今回は上がらなかったようだが、リナの魔法使いがLV8になっていた。昨日は蛇やら蟹やらと随分戦ったからな。


 夜が明けると二人も起きてきたので、パンで軽く朝食を済ませ、3人で洗濯をして干しておく。

 そのまま小川を越えて森に行こうとするカーミラに、護身用にダガーは持ってけよ、と心配性の親みたいに伝えて送り出した。


 それからノルテを連れて村庁舎に向かう。ひとつには昨日の迷宮のことを伝えておいた方がいいと思ったからだ。実際には昨日、詰め所の兵が調査隊から聞いたことを報告したそうだがごく簡単なものだったそうで、村長としてはもっと詳しい事情が知りたかったらしく、ちょうどよかった。

 ついでに鍛冶屋のことを聞いたら、村庁舎の職員の実家が村で唯一の鍛冶屋だそうで、その職員が案内してくれることになった。

 そこでノルテと別れて、村を出た所で自走車を出し王都に向かった。


とりあえず行こうと思ってる場所は2カ所。


 まず、ベスに聞いてた古書店だ。マンジャニ老の店で買った文字絵本はなんとかクリアしてアルファベットにあたる文字は覚えたんだが、その先の読み書きが出来るようになるには、語彙や文法の知識が必要だ。それを学べる本が欲しかった。いつまでもリナに頼ってばかりじゃなさけないからな。


 門を入って近いところにある店なので先に立ち寄ると、さすがに王都だけあって、書物の種類も多い!古い羊皮紙の特有の匂いが充満しててむせそうだ。ベスはこの匂いにうっとりするとか言ってたけど、それは文字通りの「腐」女子だよ、意味がちがうけど・・・

 でも店員のレベルも高くて、俺がおずおず探してる本を伝えたら、すぐにこれだって候補を何冊か持ってきてくれた。銀貨2枚も取られたけど惜しくない。


 それから冒険者ギルドに寄った。迷宮が二股に分れていたことの報告と、オザック村に住み始めたことも報告する必要がある。ギルド登録の時に、会員の連絡先みたいなのを把握したいということで、もちろん冒険者は各地に出かけるわけだが拠点は知らせておけ、と言われてたんだ。


迷宮の話は、アトネスク副ギルド長が直接聞きたいと言うことで、また四階に上がって報告してきた。さすがにアトネスクは双子の迷宮に入ったこともあるそうだ。

「二本の洞窟の間に多くの横穴や空間が出来て、普通よりずっと多い魔物が湧き続ける傾向が強いのだ。階層数が少ないと甘く見ると危険だからな、くれぐれも気をつけるのだ」

 既に犠牲者が出てることも知っていて、心配してる様子だった。


 下の階に下りると、既に冒険者の間でオザック迷宮の話題が出ていた。その話の輪の外側で、じっと耳を傾けているパーティーに俺は注意をひかれた。

 まあ、正直に言うとその中の美女に、だけど。


 エルフだ。初めてエルフを見た。耳が長いし、ファンタジーのお約束の姿だ。

<ルシエン エルフ 女 33歳 LV19

    /奴隷(隷属:グレゴル・ケウツ) >

  

 呪文とかスキルとかも色々持ってるけど、ステータスよりその姿を見てたい、って思うぐらい美人だ。俺だけじゃないよ、きっと。

 まわりの冒険者たちも、見てない振りしてみんなさっきからチラ見してるし。


 ただ、すごく美人だけどお近づきになりたいってタイプではない。

 それは、奴隷だからとか以前に、その表情で。


 なんだろう?あの目、きれいな緑色の瞳が、何も望みを持たないような、意思を殺しているのにそこから漏れ出すまわり全てを呪っているかのような、暗いというかどす黒い空気をまとっている感じだ。

 察知スキルがなくても感じ取れると思う。


 33歳と表示されたけど、それはたぶんエルフは長命な種族だろうし、よく見ると、俺やカーミラと変わらないぐらいの年齢に見える。なのに、面やつれしてる、というも生ぬるい疲れ切って虚無的な表情で、何を見るでもなくボーッと立っている。


 簡素な革鎧を着てるがその下の衣服はかなりくたびれているし、首に銀の輪をはめられてる。ノルテやカーミラにつけさせてる、その気になれば自分ではずせる革の輪じゃなく、鍵穴のついたゴツい奴だ。


 彼女を従えて、高そうな金属性の胸鎧を着けた男が、冒険者たちの会話に耳を傾けていた。がっちりした体格で、顔立ちも整ってる方だろう。ただなんとも言えず、性格が悪そうな小ずるそうな表情だ。それは、俺がこのエルフの所有者だと気づいたから抱いた偏見かもしれないが。


<グレゴル・ケウツ 人間 男 35歳 ロード(LV15)>

 ジョブがロードって事は身分的にも騎士以上の貴族だ。レベルも低くはないが、奴隷のエルフほどではない。まわりに従者か奴隷と思われる者たちがいるが、混雑していて人の陰になってるからよく見えないな。


 やがて、グレゴルは何か納得したという様子で、うなずくと配下を引き連れて何も言わず出て行った。奴隷エルフの美女が、ちらっとこっちを見た気もするが、気のせいだったかもしれない。

 エルフには人狼と同じく、ジョブってなかったな、と思ったのは彼女の後ろ姿がギルドの扉から出て行った後だった。


 その後は、なにかカーミラやノルテにお土産を買っていってやろうと、店を見て回り、シュークリームかエクレアみたいな、甘いクリームが入ったシュー生地っぽいお菓子を買った。

 ついでにそのそばの衣料品店で、エプロンだよねこれ?っていうのを見つけて、衝動買いで2枚買っちまった。裸エプロンはオトコの夢だ、とかいう気持ちは・・・ちょっとだけだ、服を汚さない方がいいからだよ、そうなのだ。でも、俺の分はいらないけど。


 夕方、家に帰ってノルテとカーミラに合流すると、それぞれに余暇を満喫した様子で、きょうはオフにして良かったと思う。

 お菓子は好評だった。カーミラも甘い物も結構好きなんだ。

 エプロンは・・・ノルテは素直に喜んでくれた。カーミラはよくわからないみたいだった。いいんだ、それでも。スタイルいいし・・・


 夕飯は、カーミラが「お土産、カーミラも」と言って持ってきた山鳥と木イチゴとキノコをノルテが美味しく料理してくれて、これまた良かった。


 そして、忘れないうちにと、ノルテとカーミラで後片付けをしてくれてる間に、俺とリナで迷宮の詰め所に向かった。


 夕日を浴びる立て看板に掲示されていた文章は、俺にはまださすがに難易度が高かった。

「リナ、なんて書いてあるんだ?」


「明日から迷宮の解放を再開する。ただし、迷宮ワームに遭遇した者は戦わずに直ちに撤退し、報告すること。決してこの迷宮の討伐を完了してはならない・・・そう書いてあるわ」

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