表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/503

第91話 もうひとつの結界

レベルアップし様々なスキルを得た俺たちは、オザックの迷宮二階層に向かおうとしていた。

 もとの世界でゴルフをやったことはないけど、こうやって早朝から一組ずつ間隔をおいてスタートしてくらしいよね。こっちは命のやりとりだから、緊張感がハンパないけど。


 けさは5番スタートだから30分も待たされなかった。カーミラを先頭に、その後ろに俺、リナとノルテが左右って形で迷宮に入る。


 一階層は昨日制圧済みだから、地図スキルで先行してるパーティーの居場所もプロットされる。一階層に見えるのは2グループだ。一つの塊はもう階層の奥近くに行ってて、もう一つは横穴に湧いた低レベルの魔物を狩っている様子だ。

 時間的に多分、イリアーヌたち先発の2組はもう二階層に降りているんだろう。


 カーミラの嗅覚では、他に一階層の横穴に数匹の魔物がいるらしいけど、そこはまだ後ろに続くパーティーもいるので、俺たちもスルーして先に進むことにする。


 多少の凸凹があったり警戒しながらだけど、2、30分で一階層の最奥まで来た。結界の破れたワームの抜け殻が見える。その亀裂をくぐれば、地面が陥没して二階層に降りられる所に出る。

 ところが、そこでカーミラが立ち止まった。


「あるじ、結界があるよ?」

「えっ」

 どういうことだ?目の前のワームの抜け殻はもう単なる抜け殻になってて、普通に通れそうだが。スカウトモードのリナにも、特になにも感じられないと言ってるが、多分、カーミラがレベルアップで得た「結界察知」に何かがかかってるんだろう。


 気をつけて気配を探ると、俺の「発見」スキルにも何かあるようにも感じられる。

「あの抜け殻のもっと向こうか?」

「うん、後ろにもう一つ、結界感じる」


 昨日、イリアーヌたちが破った階層主のいた抜け殻は、洞窟をほぼ隙間無く埋めていて、尻の部分しか見えない。ワームが掘ったのがこの洞窟なんだから当然だ。 その向こうに行こうとすると、地魔法で土砂を操って少しずつ掘っていくしかないか。二階層に進むつもりなら大きな時間のロスだ。でも、気になる。


 リナを魔法使いモードに着せ替えて、抜け殻の横の洞窟の壁とのわずかな隙間を掘り広げていく。俺も新たに得た、錬金術師の魔法というかスキル「地素」を使ってみる。

 なかなか感覚がつかめない。魔法使いの呪文は、自分の中の魔力を練って対象にぶつけるイメージらしいが、それを意識してもうまく働かない。


 リナの知恵を借りたいが穴掘りを頑張らせてるところだからな。

 試行錯誤していくと、“まわりの空間から素材を集める”ようなイメージだと、発動させやすいとわかってきた。


 どうやら錬金術ってのは、自分の魔力ではなく、もともとその世界に薄く存在している「素」を濃縮させて利用する、って術なんじゃないか、とか思い至った。まだシロー仮説だけど。


 とりあえず、それがイメージできるようになってリナと二人がかりで穴掘りが出来るようになり、大幅にペースアップした。

 俺たちの後から来たグループが、「こいつらなにやってんだ」的な雰囲気で追い越して、二階層に降りていくが気にしない。


 このワームの抜け殻は直径4メートル、長さ3~40メートルあったが、その横を人ひとりが何とかすり抜けられる程度にまで広げられた。ワームの殻が発光しているから視界は悪くない。


 驚いたことに、この先にも空洞が広がっているらしい。

 そして、魔物の濃厚な気配がある。


「カーミラ、隠身で探ってこれるか?」

 そうささやくと、こくっとうなずき、姿が消えた。

 パーティー編成と地図スキルで俺たちにもカーミラの居場所はわかる。カーミラが広い場所に出た途端、その視野に映ったであろう範囲が地図にも示され、赤い点が幾つも浮かんだ。

 その嗅覚か聴覚が魔物の素性を捉えたのか、俺たちにもなんとなくわかる。これは魔猪や魔狼じゃない・・・気色悪い感じだ。


 パーティー連携で意思疎通をとって、俺たちは素早く隙間を抜けて、空洞に出た。

「うわっ」

 足がずぶっと沈みそうになる。ジメジメしてる窪地だ。そして・・・


「いやぁっ」

 ノルテが小さく叫ぶ。あー、ベスと同じくノルテもダメなタイプか。気持ちはわかるよ。


 目の前の湿地には、ヌメヌメした蛇の群れがいた。

<マダラオオヘビLV4><マダラオオヘビLV3>・・・

 たしか、スクタリの迷宮の五階層にいたやつだ。あれよりは小さくてレベルが低いけど、ここはまだ一階層だぞ?それが、十匹、いや二十匹はいやがる。そしてたしかあの時は天井にも・・・いた!

 ってか、後ろを振り返ると、ワームの抜け殻の上からニューっとのぞいてる。

「うわっ!」


 リナを魔法使いにしておいてよかった。

 そいつが飛びかかってくるのと同時にリナの火球が命中する。脂分が多いのか、よく燃える。俺もようやく我に返って、「火素」をまわりの空間から集めるイメージをする。


 あとはもう必死だった。俺とリナはひたすら目に映る魔蛇の蒲焼きを作り続けた。

 途中からようやく思い出して、粘土スキルで例のハニワゴーレムを出し、「とにかくやっつけろっ!」と命令した。とりあえずこっちに襲いかかってくる蛇の的が分散しただけでも良かった。


 カーミラは冷静に蛇の攻撃を避けながら、頭の後ろに回ってダガーで急所を突いていたようだが、ノルテはとにかく自分に近づけたくない一心からか、ひゃーひゃー言いながらハンマーをぶん回していた・・・


 長かった。永久に続く苦行のようだった。気づくと戦いは終わっていた。


「ハアハア、ぜぇぜぇ・・・」

 しんどかった、体力的にも精神的にも。

 地図スキルで他に魔物が残っていないことを確かめて、ようやく息をつく。


 そして、気がついた。

 ジメジメしめった窪地の向こうに、白くぼんやり光る靄がかかってる。


「なぜここに結界があるんだ?」

 そう、ワームの抜け殻は俺たちの背後にある。なのに目の前にもう一つ、階層の主がいるような結界が見える。


(ごくまれに、2匹のワームが双子みたいに生まれて作る迷宮があるって。わたしの知識はこの世界のデータベースみたいなものだから、そこにそんな記録があるようね・・・これがそうなのか、わからないけど)


 リナが念話なのはMP消費を抑えるためか。パーティー編成してるからノルテやカーミラにも伝わったはずだ。

 僧侶モードになったリナがマダラオオヘビの遺骸を浄化した後、俺たちは慎重にそこに近づいてみた。


 間違いなく、階層の終わりにある結界だろう。


「リナ、破魔で通れるか?」

(ためしてみる)


 僧侶LV6で破魔を覚えたばかりのリナの魔力で、この結界が破れるのか心配だったが、なんとか小さな穴があいた。リナに続いてひとりずつ通る。


 やっぱりそうだ。目の前には、オレンジ色に輝く迷宮ワームの抜け殻があった。サイズ的には、昨日イリアーヌたちが突破したものより少し小さいように思うが、紛れもなくもう一匹の抜け殻だ。


「どうしますか?ご主人様」

 ノルテが緊張した声で聞いてきた。階層の主と戦うのは初めてだから当然だ。クンクン匂いを嗅いでるカーミラの顔にも警戒の色が浮かんでいる。


 殻の亀裂は、例によって地面に近い位置にある。細身のカーミラなら、少し広げれば通れそうだ。

「カーミラ、こっそり中の様子をのぞいて、階層の主がどういう魔物か探ってきてくれ」

厄介そうな相手なら引き返そう。わざわざ無理に危険を冒す必要なんて無い。


 3人で亀裂に手をかけて広げた隙間に、カーミラが姿を消して潜り込んだ。パーティーに地図スキルで中の様子が共有される。奥行きは30メートルもないぐらいか?俺が知る中ではもっとも狭い。一匹の魔物がいた。


<魔甲蟹LV10>

 そう認識できたと同時に、カーミラが戻ってきた。


「物理攻撃無効、だったな」

 昨日、イリアーヌたちが戦ったのと同じだ。とすると、使えるのはリナと俺の魔法だけか。正直MPは残り少ない、頭が痛い。


 あす出直すか?その方が安全だ。でも、他のパーティーもここを見つけるかもしれない。せっかく蛇の群れを掃討したのに、階層突破をとられるのは惜しい気もする。

 俺はアイテムボックスから、ベスの魔力回復丸を取り出し、ちょっと迷って、半分に割ってかけらを飲み込んだ。激マズだ、相変わらず・・・


(セコいわねー、半分?)

 うるさいよ、経験上、半分でもかなり効果があるんだよ。半分だけでも残しといたら、いつか助かるかもしれないし。


「いいか?相手は物理無効だから、攻撃しなくていい。中に入ったらハニワゴーレムを出すから、そいつを壁にして避けることに徹するんだ。攻撃は俺とリナに任せて」

 ノルテとカーミラに念押しして、再び広げた亀裂に身を滑らせる。


 内部はこれまで以上に湿っぽかった。中央の窪地には液体が溜まってる。スクタリ迷宮五階層の魔の湖みたいだが、こっちは水たまり程度だろう。

 そこに体の大半を沈め、潜望鏡みたいな2本の目を伸ばしている奴がいる。あれが魔甲蟹だな。水の中だと炎の攻撃が効きにくそうだ。


 まず、奴の頭上からばらばらと粘土を降らせる。単なるけん制だけど、水深の深い所を粘土で埋めちまおうって狙いもある。

 ひっかかった。


 挑発に乗って、魔甲蟹が真横に逃げる。やっぱ魔物でもカニは横歩きなのか?

 アホなことを考えてたら、方向転換してこっちに横向きで突進してきた。速い!


 水から上がった体長は1メートル以上ある。体重は、俺よりは絶対重いね。

 収納していたハニワゴーレムを再び出現させ、盾にする。体重が重い分、足がずぶずぶ沈んで動きはのろくなるが構わない。

「そいつを倒せ、俺たちに近づけるな!」


 都合のいい指示だが、愚直に実行しようとしてくれる。魔甲蟹は、はさみを振り上げてゴーレムにぶつかるが、さすがにびくともしない。

 そこにまずリナの火球が斜めから直撃する。ジュワッと水蒸気が上がり、焼ける臭いがするが蟹の動きは止まらない。


 ゴーレムの巨大な腕が振り下ろされ、蟹を地面にたたきつける。が、つぶれもしないし、動きも止まらない。

 逆に蟹のはさみが一閃した。

 ボトッと音がして、ゴーレムの右腕がちぎれ落ちた。マジか・・・


 俺の「火素」が練り上がり、蟹の片目を炎に包む。

 ゴーレムの左腕が振り下ろされ蟹をさらにたたきつけるが効かない。そしてはさみが一閃し、ゴーレムの右膝が破壊された。巨体がズズンっと音をたてて湿地にめり込む。


 蟹が再び走り出そうとした瞬間、リナの火球がもう片方の目を焼く。

 動きが止まった。だが、わかってるのか適当なのか、再びこっちに突進してくる。倒れたゴーレムの体が邪魔になってるが、乗り越えた。


 俺は役に立たなくなったゴーレムを“お片付け”で吸収し、MPを補充。それで再び「火素」を練る。

 リナが再度火球を放ち片側の脚を焼くが、何しろ脚の数が多い。


 魔甲蟹がみるみる迫ってくる。

 ノルテが渾身の力でハンマーを振り回し叩きつける。一瞬動きが止まった。そこにようやく俺の火素が命中して、片側の残った脚を焼き払った。

 ギリギリで蟹が倒れた。残った側の脚だけで狂ったようにぐるぐる動き回る。


 俺たちは飛びすさって距離を取り、呼吸を整えて魔力を再び集中させる。

 後はリナと二人で、蟹を焼き尽くすだけだった。


 しんどかった。イリアーヌはこれを一人でやったんだよな・・・姐さんさすがだよ。ハーレム作るにはそれぐらいじゃないとな、俺はまだまだだ。


(なんか別のこと考えてるでしょ?)

 人の心を読むな。いいじゃないか、勝ったんだから。夢があるから頑張れるのだ。


 さて、リナを僧侶に戻して、浄化する前に退避の準備だ。

 本当は蟹の死骸を縁まで運べればいいんだが、重すぎるからな。いや、もう一度ゴーレムを出せばいいのか?

 一度吸収しちゃったから再度創らないといけない。細部は適当でいいや。

 

(雑だね)

 言わないでくれ。

 

 粘土ゴーレムに重い魔甲蟹の遺体をワームの殻の縁ギリギリまで運ばせ、そこでリナに浄化させた。

 大きな魔石を回収して、殻の外側に出た途端に湿地の底が抜けていった。


 そして、すぐにカーミラが宝箱を見つけてくれた。残念ながら、俺たちには解錠するスキルを持つ者がいないから、力尽くで壊すことにする。

 そうそう、古典的なRPGだと、盗賊とかの解錠スキル持ちがいないと宝が入手できないって設定があるけど、あれをやるたびに「なんでぶち壊さないんだろう」とか思わなかった?俺だけかな。


 粘土ゴーレムに踏ん付けさせた。「象が乗っても壊れない」って筆箱のCMがあったっけ。壊れました。

 つぶれた箱の蓋を引きはがさせると、中にはいくらかの砂金と、一枚の盾が入ってた。

 錬金術師LV1で得た「鑑定」スキルで見ると、「魔甲蟹の盾」って出たよ。これなに、物理無効とか?そこまででなくても守備力高そうだね。その割にそんなに重くはないから、役に立ちそうだ。

 とりあえずノルテに持たせておこう。ちょっと大きめだけどね。


 水たまりの水が流れきった陥没跡を見下ろすと、二階層の洞窟があいているのが見える。やっぱりこの迷宮は2本あるってことが確定だ。


 その奥からは魔物の気配がしてくるが、さすがに今日はこれ以上はキツイ。それに、この妙な迷宮の構造を報告した方がよさそうだ。


 俺は残りのMPをはき出して二階層の洞窟を封印した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一筋縄ではいかない、いい展開。 続きが楽しみ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ