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第90話 人狼伝説

オザックの迷宮一階層が初日で制圧された。俺たちはまだ日が高いうちに家に戻った。

 夜明けと共に迷宮に挑んだから、家に戻ったのはまだ昼過ぎだった。

 目の前で他の冒険者の遺体を見たり、オークの大群と戦ったり、現代日本人の俺には刺激が強すぎる半日だった。ちょっとのんびりしたい。


 ちょっとうたた寝をして目が覚めると、カーミラは俺にくっつくように丸くなってて、ノルテはみんなが脱いだ革鎧とかを陰干しにしたり、甲斐甲斐しく家事をしてくれてた。


「わるいな、なにか出来ることあるか?」

「いえ、ご主人様はお昼寝してていいですよ」

 そう言って、瓶に入れてある果汁ジュースを持ってきてくれた。


 ノルテだって命がけで戦ったんだし、さすがに年下の女の子にばかり負担はかけられない。奴隷ってのはこっちの世界の仕組みだが、俺にとっては自分のハーレムメンバーは彼女で家族だ。


 日差しが強い間に洗濯をしたいと言うので、家のそばの小川に洗濯用の洗い場を作ることにした。地魔法で土手を削って流れを少し引き込み、粘土でそこに洗い場にする足場と階段を設けた。


 洗剤なんて無いけどどうするんだろう?と思ってると、ノルテは昨夜の料理の時に出た野菜の煮汁を持ってきて、それを汚れのひどい衣類につけている。

「本当は灰汁があるといいんですけど、これでも汚れがちょっと取れるそうです」


 なんだっけ?サポニンとか植物の成分にそういう界面活性剤があったよーな気がするがよく覚えてない。こっちの人たちの生活の知恵だと思うけど16歳でここまで生活力があるって、すごいよな。戦闘力以上に貴重かもしれない。

 石けんってのはこの世界には無いのか聞いたら、そういう便利なものがあるような噂は聞いたことがある、ということだったので、一般的ではないけど石けんなり洗剤的な物も存在はするのかもしれない。


 せめて夕飯ぐらいはノルテの負担を減らそうと思って、村の店で早めに夕飯を食べることにした。夕暮れになると、他の冒険者たちも食事しようとして混むんじゃ無いかと思ったからな。

 幸い庁舎前の通りにある小さな食堂に入れた。やっぱり大人?の冒険者たちはもう少し遅い時間のようだ。まだ早いけど麦酒を一杯ずつ、相変わらずノルテはけろっとしてるが、カーミラは一口で赤くなってる。対照的だ。この村で美味いのはなんと言っても野菜だけど、さすがにそれだけじゃ物足りない。カーミラの希望にあわせてトリの丸焼きも取ってシェアする。

 帰りに雑貨屋で聞いたら灰汁を扱ってたので壺で一つ買ってきた。



 本当は風呂にも入りたいところだったが、大量の湯を沸かすにはリナの、つまりは俺のMPが結構残り少ないこともあって、きょうは体を拭くだけですませた。

 それはそれで楽しいけどね。


 日没からまもなく、俺たちはベッドに転がった。

 早くもお楽しみ、じゃないよ?今夜はまずカーミラと話がしたい、ってのがあった。

 ずっとパーティー編成して意思疎通してたからか、それ以前に俺たちとよく会話するようになったからか、カーミラの言語能力が急激にアップしている気がする。だからスムーズに、これまでのこととかを聞けるかな、聞けたらいいな、と思ったんだ。


「あるじ、カーミラのこと知りたい?」

「うん、俺が別の世界から転生してきたって話をしただろ?カーミラのことも知りたい」

「うん、カーミラの話する、いいよ・・・」


 そうして話し始めたカーミラの生い立ちもまた波瀾万丈だった・・・


 人狼族は今この世界に、どれぐらいの人数が残っているのかわからない。

 かつてはずっと沢山いて、王国を作っていたほどらしい。ただ、2百年前の「魔王戦争」で人狼の国は滅び、残された人狼たちは世界各地に離散したという。

 ある者たちは人間に混じって素性を隠して生きることを選び、ある者たちは人狼の誇りや血筋を守るため、山奥に引きこもって他の種族との接触を断った。そうして小さな集団に別れていった結果、人狼の血は薄まり、あるいは人間やオークやその他の魔物に徐々に押されてますます衰退し、今では小さな部族か一族単位で細々と暮らすため、他の仲間と出会うことも希になって、その結果ますます数が減っているらしい。


 人狼は男の長が複数の女と子どもを従える一夫多妻の群れが単位になっているらしく、カーミラが育ったのも、そうした屈強な族長、おそらく父親と、自分の母を含む複数の女子どもがいる群れだったらしい。

 カーミラたちの群れは、ゆるやかに人の開拓民の村と関係を持ち、山一つを縄張りとして里の人々と物々交換をしたり、それなりに良好な間柄を築いていた。

 ところが、カーミラがまもなく成人になって群れを出て行く年齢になった頃、その地域をはぐれものの竜が襲った。


 人間たちは村を捨てて逃げ、人狼たちは竜と戦い、敗れた。長と母親を含む大人はみな殺され、子どもたちは逃げろと言われてちりぢりになった。カーミラはしばらくの間、山から山へと渡り歩きながら、自力で獲物を捕らえて生きていたが、ひと月ほど前に、荒れたその地方を討伐に訪れた冒険者のパーティーと行き違いから戦いになり、捕らえられたのだと言う。


「人間、きらいじゃない。カーミラも人間殺さなかったし、人間もカーミラ殺さなかった。きらいなのは竜。長も母さんも殺したから」

 闇の中でかすかに光る目で俺を見つめて、そうつぶやいた。

「人狼はおとなになったら群れを出る、カーミラはもうおとなだから群れに戻れなくても大丈夫・・・でも、いつか他の群れに会いたい」


 俺はカーミラをなぐさめる言葉を思いつかず、無言で抱きしめた。カーミラの方が俺をなぐさめるように、頬をぺろっとなめてきた。

「俺はカーミラを買ったけど、カーミラもノルテも家族だと思ってる、家族ってのは群れのことかな。だから、カーミラがつらくない、楽しく生きられるようにしたい・・・」


「カーミラ、つらくない。あるじ、カーミラ愛してくれる。おなかいっぱい。ノルテもトモダチ。だからつらくないよ?」

「・・・うん、俺もカーミラがこうしていてくれて嬉しい」

「カーミラ、わたしもカーミラと一緒、トモダチだよ」


 俺は一度死んだし、ノルテもカーミラも大事な人たちを失ってきた。

 でもこうして生きてる、たぶんそれは、それだけですごい価値あることだ、と思う。俺のコミュ力じゃ、それを上手く伝えられないから、ただ、ぎゅっと抱きしめた。


***********************


 その夜の夢の中、俺はレベルアップ空間で、錬金術師のレベルが4まで上がっていくのを見た。


 早寝したからだろう、目が覚めたのはまだ夜明けまで一刻ぐらいありそうな時間だった。

 俺を抱き枕にしているカーミラの柔らかな弾力を楽しみながら、ステータスを確認する。


 錬金術師LV4で獲得したのは、LV1で得ていた「鑑定(初級)」の他に、「火素」「水素」「地素」の3つだった。呪文ではなくスキルという分類になってる。これが、静謐をかけられてても使える、魔法の呪文ではない、って意味か。

「火」や「水」ではなく「火素」「水素」ってのが違いがわからないが、「火や水のエレメント、もとになるもの」的な意味かな。「すいそ」って化学のH2じゃないよね?


 ついでに寝ているノルテとカーミラを判別してみる。

 ノルテは<鍛冶師LV5>に上昇し、新たに「器用さ増加(小)」ってのと、「弓技(LV1)」を獲得してる。昨日、オーク相手に何度か矢を命中させてたからかな。

 カーミラも<人狼LV9>にアップしていた。もともとLV8で残り経験値が少ないところまで行ってたのかもしれない。

 新たに、「結界察知」ってスキルを得てるようだ。結界が張られてるのに気づけるってことか?鼻とか耳がいいだけなじゃく、第六感みたいなものか。つくづく人狼ってスカウトの上級職みたいな種族だよな。


 リナは・・・寝てるわけじゃないもんな。

 俺が目を向けるとぱちっと目を開いて、念話で答えた。

(おはよー、あたしは僧侶ジョブがレベル6まで上がったよ)


 一気にLV6か。ずいぶん上がったな。やっぱり俺と同様、「成長速度二倍」なんだろう。

 それに昨日は、あえてずっと僧侶で戦わせた他、浄化で魔物を魔石に変えるときは、わざとパーティー編成を解いてリナにだけ浄化の経験値が入るようにしたんだ。とにかく、治療能力を早く上げてもらうのがパーティーの生存率を高めるのに重要だからね。


 ステータスで見ると、呪文は「浄化」「癒やし」「誓約」「治療」「破魔」まで覚えている。他に「HP増加(小)」だ。このあたりはカレーナの時と同じだと思う。

 状態異常を治せる「治療」と結界を突破できる「破魔」を覚えたのは大きい。ようやくパーティーとして安定感が出てきた気がする。


 あとは俺の新たに得た魔法というか呪文風のスキルが、どの程度威力があるかだな。それによってリナをこのまま僧侶主体でいくか、魔法使いメインで育てるかが変わってくるだろう。



 ノルテとカーミラを起こして朝食を取り、今日は遅れず夜明けまでに迷宮前に行く。


 2日目以降はリタイヤしていないパーティーの順番が尊重されるみたいで、俺たちは繰り上がって5番スタートになるそうだ。

 こういう攻略が始まったばかりの迷宮と違い、既に数十階層まであるような大迷宮では、特に制限を設けず入らせる所もあるそうだ。深い階層は本当の熟練者たちじゃないと危ないようだが、いつかは行ってみることもあるだろう。


 きのう大きな損害を受けなかったパーティーは大体来ていて、先頭が階層突破を決めたイリアーヌたち、修道士六人組は、きのう階層主との戦いをパスして後ろにまわった順番で7番手にいる。

 8番手も見覚えがある。昨日2番目にスタートして、階層主に挑んで負傷者を出して撤退した男女のパーティーだ。リーダーがデモスというLV20の騎士。ここはメンバーのレベルも高いし、治療を終えて再挑戦するようだ。

 その後ろの二組は昨日は迷宮に入ってないパーティーだな。


 夜明けと共に開門が告げられ、オザック迷宮2日目の攻略が始まった。

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