第85話 カーミラ
住まいを確保できたので、カーミラを引き取りに王都へ戻った。
「汝カーミラ、シロー・ツヅキを主人とし、主人がこの誓約を破棄するまでその命に服することを誓うか」
「・・・チカウ」
俺に続いてカタコトでカーミラが誓約の言葉を発した途端、呪文が効力を発揮し、鎖のような光が俺とカーミラを結んだ。
ステータスを俺とウドリオが確認し、隷属先が俺に変わっていることを確認した。奴隷の印である革のベルトは、チョーカーみたいに首につけることになった。手足だとすぐ噛みちぎっちまうからな。
「ありがとうござました、今後もどうぞごひいきに」
ウドリオは、またお好みに合いそうな奴隷が入ったらお知らせします、と帰り際に耳打ちしていった。どんなのがお好みだと思われてるんだかな。
「じゃあ、カーミラ、ついてこい・・・」
なるべく当たり前の顔で命じたけど、ちゃんと俺に従うのか?内心びくびくものだった。
けどカーミラは、くんくん俺に鼻を寄せて匂いをかぐと、俺の足に頭をくっつけて四つ足で歩き出した。
「いやいや、立って歩けって。立てるだろ?」
普通に立った。
しかもすらっとして姿勢がいい。やればできるじゃん。カーミラは立つと俺より少し低いぐらいで、女子としては長身だ。スタイルはアスリート体型っていうのか?胸は普通だけど引き締まってて、身のこなしとかもすごくしなやかで運動神経が良さそうだ。
だが、何しろ半分破れたボロ布をまとっているだけだから、これでは外に連れ出すのも気が引ける。俺は貫頭衣の上に羽織っていたトーガをぬいで、それをカーミラにまとわせた。これなら体格とか関係なく体に巻き付ければいいからな。
カーミラが激しく匂いを嗅いでるのが、どうにもムズムズする。
「これからなるべく二本足で歩くんだ」
と言うと、こくっとうなづいて、肩に頭をくっつけて歩き出した。
「ち、近いです」
うしろについてたノルテが抗議する。
「あ、一緒についてこい、って言ったからか。そう言う意味じゃないから、くっつかなくていい」
ちょっともったいないが、歩きにくいのはたしかだ。
俺の後ろをノルテとカーミラが並んでついて来る。夕方までに必要な買い物を済ませたい。
まずは着る物だ。
この間俺たちの服を買った店に行き、サイズが合いそうなのを下着まで含めて3セットほど、ノルテに選んでもらった。カーミラ本人はおしゃれに関心がないどころか、ほっとくと吊されてる服に噛みついたりしそうだったから、選ばせるわけにもいかなかった。
そして、武器と防具の店だ。
ノルテみたいな革ブーツを買おうとしたんだが本人が嫌がって裸足でいたがる。それでとりあえず革のサンダルを履かせた。これだって変な物を踏んだりしない分、少しはマシだろう。
兜とか籠手とかも本人がいやがるのであきらめ、最小限の革鎧だけ試着させて選んだ。最初からあまりにわがままを聞くのも動物のしつけだと思うとよくなさそうだし、やっぱり命に関わることだからな。
背嚢や革袋もまとめて買う。
武器は別の意味で選択肢が少なかった。身のこなしは俊敏なのに、手先が不器用なのだ。人狼族の特徴なんだろう。弓をひくような複雑な動作はできないようだし、武器を持たせても、わしづかみみたいに握るだけになってしまう。これだと扱える武器が限られるよな。
そこであらためてカーミラのスキルを見てみた。
戦闘スキルだと「格闘(LV2)」と「短刀技(LV1)」ってのがある。格闘はまあ格闘だよね。やっぱり武器なしでの戦いに慣れてるんだ。でも直接触るのがヤバい敵っても考えられるし、護身用の意味も含めなにか得物はあった方がいい。
そうすると、この「短刀技」ってやつか?
店員に「短刀技ってスキルが生きる武器ってある?」と聞くと、ナイフとか、それより大きく剣よりは短いダガーとかがそうですよと、それらが並ぶコーナーを案内してくれた。盗賊とかがこの手のスキルを持ってることが多いそうだ、失礼な。
とりあえず、そこで持ち手の部分がナックルガードって言うのか?リング状になった、刃渡り30cmぐらいのダガーがあった。これなら手を通すように握れば落としにくそうだ。試しにカーミラに持たせてみると大丈夫だったので、これに決めた。
今回の買い物は全部で小金貨1枚でおさまった。
ギルドに戻ると、掲示板の所に人だかりが出来てる。新たなクエストが張り出されて冒険者たちが集まってるようだ。
背伸びして後ろから覗いてみると、俺にはよく読めないけど、「オザック村」って書かれてる気がするので、リナ人形を持ち上げて見てもらう。
「あれってさー」
<そうだね、“オザック村のそばに迷宮が見つかり、下弦の7日から冒険者に公開される”って>
7日っていうと、あさってからだよな。
夜明けに迷宮前の衛兵詰め所で登録を始めるので、希望者は現地へ、ということらしい。なんでも1日に十組とか限定だそうだ。まあ、迷宮の洞窟って狭いから、あまり大勢殺到しても混乱するだけなのは確かだが。
後は代表者の必要レベルが10以上とかって参加できる条件と、詰め所では通常より高い値段で魔石を買い取ってくれる、とかの、冒険者をひきつけるためのお得情報も書かれていたようだ。
登録窓口でカーミラも、ノルテと同様に俺の奴隷と言うことで初級冒険者の仮登録をすませ、夕食にした。
ギルド宿泊所についてる食事は、そう上等じゃないかわりに量はたっぷりある。肉体労働する冒険者向けだからね。
でも、ノルテは相変わらず小さな体のどこに入るんだってぐらい食べるし、カーミラはカーミラで、ずっと「モットニク、ニク」って言って、お行儀とか無視して手づかみで俺の肉料理まで食べちゃうし・・・代わりに野菜ばっかり食べるハメになった俺は、食事が終わるともうぐったり、って感じだった。
そして、とりあえず俺たちの部屋で、お湯で体を拭きあった。お楽しみタイムだ。
これまで身ぎれいにしていたとはとても言えないカーミラを拭こうとすると、嫌がるわけじゃないけどくすぐったがって暴れるので、ノルテと二人がかり、最後はリナも大きくして三人がかりで拭いた。
突然現れたリナに、最初カーミラは驚いてたが、ひとしきり匂いをくんくん嗅ぐとすんなり受け入れたようだ。なにが基準なんだ?
しかし、カーミラはやっぱりスタイルがいい。引き締まってるけどマッチョなわけではなく、むしろ表向きそんなに筋肉を感じさせないのに必要なところは付いてて、柔らかさと弾力が絶妙のバランスですよ。そして汚れてた顔も拭いてやると、本当に美形だ。少し中性的な美少女だな。灰色の髪はちょっと伸びすぎてるので、ノルテが紐で束ねてポニーテールにしてやった。なんだか狼の尻尾みたいにも見える。
そして、惜しいけれど一番のお楽しみは新居に行ってからってことで、昼間決めた通りリナとカーミラをもう一つの部屋に連れていく。お休みと言って家族みたいなキスをして置いてこようとすると、とことここっちについてきちゃう。
「カーミラはこっちで寝ろ」
と言ってるのは理解してるはずなのに、首をかしげてわからないフリをして付いてくる。
うーん、もう一緒のベッドで寝るとかでよくね?・・・いや、ノルテもリナもそんな目で見るなよ。わかってるって、最初が肝心だ。主人の威厳をしめさねばな。
俺は心を鬼にしてカーミラに命じ、リナの部屋に残してきた。
「大丈夫でしたか?」
「も、もちろんだ」
明日も早いからな、とか言って誘惑に負けないうちにノルテに背を向け、ベッドに入った。
だが、まもなくリナから悲鳴のような念話が入った。
(この子、あたしのベッドに入ってきて離してくれないよーっ)
え、カーミラって百合っ子?そっち趣味だったの?予想外だ・・・
(違うみたい、匂いなのかなんなのか、あたしとシローがつながってるってわかってる感じだよ)
俺が身につけてる革袋に入れてるから匂いがついてるってことか?でも、そんなに好かれてるのか?主人だから?
(あ、ペロペロなめないで・・・いや、そこだめ・・・はぁん)
結局カーミラが無邪気にぐーすか眠りにつくまで、リナの実況中継のせいで俺も全然眠れなかった・・・




