第9話 レベルアップ
部屋に戻った俺は、色々なことがありすぎた一日の疲労で、ベッドに突っ伏した。
なぜだか子供の頃のことが意識の水面にわき上がってくる。
物心ついた時には、ナースをしていた母親と2人暮らしだった。
父親の記憶はないし、それを聞くと母親がキレるので、子供心にそれは聞いちゃいけないことなんだとわきまえた。
夜勤の多い母親は、家に居るときは大抵寝ていて料理とかもしないし、コンビニ弁当とかを買ってくるのは機嫌のいいときだけだったので、俺は保育園の年長になると、家事は一通り覚えていた。
炊飯器に米と水を入れて、コンセントをつなぐとご飯になるのだから簡単だ。
今思うと結構貧乏だったし、間違いなく育児放棄っていうやつだったが、別につらいとは思ってなかった。よそは違うと知らなかったから。
母親が買ってすぐに投げ出したノートパソコンがあったので、それで知りたいことはなんでも調べられたし、夜勤でいない時は夜通しゲームをしたり、それだけじゃ飽き足らず小学校3、4年の頃には自分でゲームのプログラムを組んだりもしていた。
近所に2つ上の双子の姉妹がいて、遊んでくれたり腹を空かせているとお菓子をくれたりもしたし、誘われて地元の小学生の草野球チームにも入った。
姉妹がそのチームの主力選手だったんだ。
今思うと、実はあの頃が一番幸せだったかもしれないな。
おかしくなったのは、小学校高学年の頃からだ。
母親が男を連れ込むことが増えて、そのうち一人が半ば自分の家のような顔をして居座り始めた。そいつは、俺にタバコの火を押しつけたり、酔って殴る蹴るの暴力をふるった。
それ以上にたちが悪かったのは、母親も男におもねるように俺を折檻したり、これまで以上にネグレクトがひどくなったことだ。
いつも汚い格好で通学するようになって、当然のように学校でもいじめに遭い、半分登校拒否になった。
中学2年の時にさらに最悪のことがあった。
唯一味方になってくれていた双子姉妹が亡くなったのだ。
それからは、男がパチンコかギャンブルに行ってる時は俺は家に引きこもるようになり、うちに戻ってくると押し入れに引きこもってパソコンをいじっていた。
だが、地元の県立高校を勝手に受験してたのがばれてボコボコに殴られた時、初めて俺も本気でキレて反撃した。
気づいたら、男は顔を血だらけにして、家から出ていった。
それからは母親が男を連れ込む頻度は減ったが、相変わらず家にいるときは寝ているし、起きている時は再三、
「あんたがいるせいで条件のいい男をつかまえられない、あんたはあたしの時間も金も奪った、だから利子つけて返せ」
と言っていた。
おまけにナースだからなのか“医師信仰”がやたら強く、
「あの世界は医者にならなきゃダメ」
が口癖だった。
そのせいで、大学に行きたいと伝えたら、地元の公立医学部に受かったら行かせてやってもいい、と言い出しやがった。国公立なら医学部でも授業料変わらないからね、と。
理系科目は、まあ得意だったとは言え、無茶ぶりにもほどがある。
そして受験は惨敗し、これで俺はもう終わった、と途方に暮れた。
ところが、どういう風の吹き回しか、母親は宅浪ならもう一年だけ受けてもいいと言い出した。
もちろん家事は全部俺がやること前提だったが。
冷静に考えると、母親にとっては滑り止めの私立に行かせる金はないわけだから、俺を高卒で働かせるか、もう一年受験生をさせてハイリターンをめざすかの二択だったわけだが、単に無給の住み込み家政夫を失いたくなかっただけかもしれないし、たまたま男がいない時期だったからかも・・・まあどうでもいい。
ところが、そこまでして一浪したあげく、俺はこうなった・・・
学校にも行かず、彼女もおらず、何もできず、何者にもなれないままでこの世から消えた。残ったのはこの脳内妄想みたいなものだけだ。
18年と11か月、俺の存在になにか意味なんてあったのか?
食料とエネルギーを浪費し、二酸化炭素とゴミを排出する、生物学的にはそれだけだ。存在自体、増殖するゴミみたいだ。
悪酔いするほど飲んじゃいない。
ただ、何歳頃からだったろう。時々不意に大波のように襲ってくるようになった、こんなドス黒い感情に抵抗も出来ずに飲み込まれて、俺は眠りに落ちていった。
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気づくと、自称神様と出会った所のような、真っ暗な中にそこだけ光がさしこむ場所に立っていた。
女神はいない。
ただ、賛美歌みたいな音楽が響くと共に、正面に大きな石版が浮かび、そこにステータス画面みたいな表示が刻まれていた。
『冒険者(LV1)』と刻まれた文字が点滅し、(LV2)(LV3)と、カチカチ時計が時を刻むように見る見るうちに変わっていく。
『冒険者(LV4)』で表示が止まった。
そして、音楽がひときわ高まり、切ない音色と共に完奏する。
再びまわりは、そして俺の意識も、闇に包まれていった。
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小さな窓から朝日が差し込んでいた。
夕方早い時間に食事に降りてあの男たちに色々話を聞いて、俺はあまり飲まなかったのにやはり疲れきってたんだろう。寝落ちしたのが何時ぐらいかわからないが、せいぜい8時とか9時ぐらいじゃなかろうか。
夜型の俺としては普段寝るような時間じゃない。それが、腕時計を見ると朝6時だから、10時間近く眠ってたことになる。
全てが夢だった、なんてことは? 俺はベッドに身を起こす。
なさそうだ。
現代日本のビジネスホテルとは思えない部屋。俺自身の服装も、昨日宿のおばちゃんから入手した、中世ヨーロッパの農民みたいな格好のまま。
そして、ベッドに立てかけた、布で拭きはしたが汚れの残った古い剣。
そして、あの夢・・・そうだ、レベルアップ? 寝ているときに見た、あれだ。
左の手のひらを見る。うっすら淡い光と共にステータス画面が浮かぶ。
『ジョブ 冒険者(LV4)』
夢の中?で見たように、変わっていた。
確かにRPGなら自分よりずっと高レベルの敵を、しかもパーティーを組まずに1人で倒したんだから、相当な経験値が入るはずだよな。
一気に3レベルアップか。それでも、レベル6のオークリーダーを倒したんだから、控えめなぐらいかもしれない。
なぜ、戦った直後じゃなく、寝ている間にレベルが上がったんだろう?
そうか、そういうゲームもあったな。
古典的なアメリカ発の迷宮RPGとかだと、経験値を稼いだ後、迷宮から生還して、宿屋で休んで初めてレベルがあがる仕組みだった。この方がルールとしては、ずっときつい。
この世界は、そういうシステムらしい。
レベル4っていうと、あの感じの悪い魔法使いと同じか。
あっちももしかすると昨日の戦闘でレベルが上がったかもしれないが、それにしたって、ソロプレイで格上を倒した俺の方が、上がり方は大きいだろう。
しかし、まとめて上がっちまうと、レベルごとの必要経験値とかがよくわからないな。
一定の数値ごとか?倍々で所要量が増えるのか?その間の上がり方をするゲームも多くて、何らかの法則性があるものだが。 気になる。
そしてもっと知りたいのは、レベルアップでどれだけ能力が上がったり、できることが増えたりするのかってことだ。
左手にさらに意識を集中すると、冒険者レベルの下に、スキルの情報が浮かんだ。
『お人形遊び(LV3)
粘土遊び(LV4)
判別(初級)
剣技(LV1)
投擲(LV1)
HP増加(小)
察知
パーティー編成』
増えてる。
ずいぶん増えてるぞ。
『剣技』と『投擲』っていうのは、オークと戦う時に剣を使ったり粘土球を投げたことで、スキルを獲得したのか?
投擲はともかく、剣技はたぶんこれから戦闘があるなら必須のスキルだろう。素直にうれしい。
『HP増加』とか、『察知』『パーティー編成』ってのは身に覚えがない。
ひょっとすると冒険者レベルがあがったことと関係あるんだろうか?なんとなくどれも冒険することと関係ありそうだ。
そう思って『冒険者(LV4)』の表示をタッチすると、案の定、
『初級職 獲得条件 生誕地の外へ旅立つ
固有スキル 判別(初級)、HP増加(小)、察知、パーティー編成』
と出てきた。
具体的にどんな効果があるスキルなのか、までは表示されない。
『お人形遊び』がLV3、『粘土遊び』はLV4って、上がり方が違うのもなぜなんだろう?
冒険者のジョブレベルの上昇とは必ずしも連動しないようだ。
スキルレベルは、ジョブレベルとは独立して、そのスキルごとの使用頻度などに応じて経験値がたまる、とかいうシステムなのかな。
そして、スキルポイントを自由に割り振れたりもできなさそうだ。
この辺はリアル志向とでも言うのか、難易度高そうなルール設定だな。
そういえば、HPとかMPも具体的には表示されないんだな。
「HP増加(小)」というのがあるわけだし、粘土を出すときにMP消費とか書かれていたから、どちらもデータとして存在しているのは確かだ。
それに、「ちから」とか「STR」、あるいは「賢さ」か「INT」みたいな、RPGのキャラだとお約束の能力値みたいなものも、存在するのかもしれないが、今のところ見た覚えがない。
なにか知る方法があるのかもしれないが、これも今後の課題だな。
粘土を出すのにMPを消費する、で思い出したが、お人形遊びと粘土遊びはレベルがあがると、できることは変わるんだろうか?
ステータスの『お人形遊び(LV3)』に右手で触れると、表示が増えていた。
“お人形と話ができる”に加えて、“着せ替えできる” “動ける”だと・・・
あの女神はとにかく、俺をいい年してお人形を着せ替えて喜ぶ変態にしたいらしい。
そして、『粘土遊び(LV4)』の方は・・・
“粘土を生み出せる(MP消費)” “お片付けできる” “どこでも粘土” そして “形が自在に” だ。
・・・期待した俺が馬鹿だった。やっぱり幼稚園の人気者になれと?
二度寝することにした。