第84話 賃貸住宅
人狼の女奴隷カーミラを買い取ることにした俺は、新居を探すことにした。
カーミラはこっちの世界の人間の言葉は、カタコトしか話せないようだ。
それで奴隷になってもほとんどコミュニケーションが取れず、凶暴な獣としてひどい扱いを受けていた。
でも、俺はそもそもこっちの世界の言葉がわかってるわけじゃなく、転生者への神サマのボーナスで、音声言語に限って自動翻訳みたいなのが働いている。(読み書きは未だに苦闘中だ)
だから、俺とカーミラなら、自動翻訳が働いて普通に意思疎通できるんじゃないか?それが、賭けの勝算だった。
本当の所は、最初に会った時からカーミラが気になってたこともあるし、カーミラも俺には吠えかかったりせず関心を持ってた様子だったから、仲良くなれるんじゃないかと、理屈抜きに期待してるところがあった。
彼女いない歴=年齢のオタクがずいぶん楽観的だって言われればその通りだ。
「心配したんですよ、ご主人様」
でも、ノルテには悪いことをした。本当にヒヤヒヤしてたと思う。それに、今後パーティーメンバーとして一緒に暮らすことになるんだから、先にノルテにも意見を聞いておくべきだったな。
「ごめんな、勝手に女奴隷を増やしちゃって・・・」
「え、そ、それはいいですけど、でも・・・よく見ると美人さんでしたね・・・」
やっぱりそう思うよね。
「ノルテのことはこれまで通り大事にするから、仲良くしてくれるか?」
「そんな、もちろん、ご主人がお決めになることですから」
「そうじゃなくて、ノルテがイヤなら今からでも断ってくるから」
「・・・大丈夫だと思います。あの、悪い子じゃないと思いました」
うん、冒険者パーティーに生け捕りにされたという話しだし、きっとワケありだと思う。
俺たちは一度ギルドに戻るところだった。
カーミラの購入は、一応俺たちを襲うことが無いよう高位の僧侶に“誓約”をかけてもらってから契約を交わすことになった。そのスケジュールが調整できたのが、明日の夕方だったんだ。
そこで、今日はもう夕方なので、またギルド本部の宿泊所に泊めてもらうことにした。もう紀元祭が終わって4日経ち、部屋の空きが増えているが、やっぱり二人部屋でいいよね?
明日からは二人きりじゃなくなるし、きょうは不安な思いもさせたから、絆を深めないとな。
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すっきり目覚めたきょうは、「二の月の下弦5日」になる。
太陰暦での2月20日ぐらいってことかな。
こっちの世界にもカレンダーみたいなのは一応あるが、まだ今ひとつ見方がよくわからない。ギルド本部の壁に貼られているそれを眺めながら、俺がこっちの世界に転生したのは、たぶん「一の月の下弦3日」になるはずだから、もう転生して一ヶ月経ったことになるんだな、と思う。
まだひと月しか経ってないのか、もう現代日本がはるか遠い世界に感じる。
そろそろカレーナたちは、スクタリに戻った頃かな。
今日の午前中やることは、住居の確保だ。
午後にはカーミラを仲間に加えることになるから、そろそろ宿屋とかに泊まり続けるのも非効率だ。
きのう、オザック村のハメット村長に村で家を借りる相談をしたから、いい物件があれば借りてしまいたい。
まだ、オザックの迷宮討伐がクエストとして掲示される前だが、俺はそこに挑むつもりだから当面そのそばに暮らすのは便利だし、オザックから王都までは5kmぐらいだから、こっちで仕事をするにも問題ないしね。
ちなみにギルドで王都の城壁内での相場を聞いたら、狭い一部屋だけの賃貸、つまりワンルームマンションみたいなのでも、ひと月に小金貨1枚が最低額だそうで、カーミラを買って懐がさびしくなる俺には、ちょっと厳しい額だった。
というわけで、昨日作っておいたセラミック製の無人馬車(自動運転車とも言う)に乗ってオザック村まで30分ほどで到着し、庁舎に向かった。
ハメット村長が話をつけておいてくれたおかげで、白髪交じりのガレスという女性が、あらかじめ2つ候補物件を見つくろってくれていた。
最初に見せてもらったのは、村の中心に近い地元の大農家の離れの建物だった。平屋で三部屋あるわりと新しい建物だったが、母屋の家族と日常的に顔をあわせる作りなのが、ちょっとコミュ障的には気が重いかな。ノルテはともかく、カーミラとかが近所づきあいが出来るのか不安だし、亜人への蔑視とかもあるかもしれないし。
もう一軒は、村の東のはずれにある古民家だった。
最近まで農家の老夫婦が住んでいたが、オニウサギが出るようになってから、中心部に引っ越して空き家になったそうだ。
かなりオンボロだが、平屋ながら土間のある大部屋の他に三部屋、さらに屋根裏にもちょっとした部屋というか納屋みたいなスペースがあって、のぞき窓からかなり遠くまで見通せる。ボロい分、ある程度は勝手に改修とか手を加えても構わない、と言われたのも好都合だ。
近所の家からはちょっと離れているが、俺たちにはその方が気楽だし、近くに森から流れてくる小川が通っているのも気に入って、こっちにする、と伝えた。
ガレスさん的には中心部の家の方がオススメだったようだが、月にわずか銀貨4枚でいいという。戸建てを月に3~4万円で借りられるってことだよね、やっぱり王都よりずっと安いな。
いつから住めるか聞くと、少し掃除しておくから明日以降ならいつでも、ということだったので、庁舎に戻って書類にサインし(内容はこっそりリナに読んでもらった)とりあえず2か月分前払いで払った。
言うまでもないけど、こっちの世界の生活で困るのが電気水道などのライフラインが無いことだ。
トイレなんて一番よくてくみ取り式で、街中で条件が悪い所は桶に入れて川に捨てに行くなんてとこもある。現代日本人的にはキツイ。衛生的にもなんとかしたい。
オザックは農村なので、農家が肥料化するために肥桶で引き取っていく、という仕組みがあって、まだマシな方だ。
その辺は明日入居したらさっそく工事だな。リナの魔法と俺の粘土スキルで色々試してみたい。
王都に戻る前に迷宮の様子をちょっと見てくることにする。村の東の外れにあるこの家からは、森を抜ければすぐ迷宮だ。それも、ここを選んだ一つの理由だった。
森の中に魔物の気配がないのは、まだ結界が機能しているからか、あるいは今察知している兵たちの存在のおかげかもしれない。
迷宮の前では、建設工事中だった。ハメット村長が行ってたインフラ整備だな。
警備している数名の兵だけは王都で見た国軍の紋章をつけてるが、作業してる人たちは村人っぽい。高齢者と女性が大半で、働き盛りの男は数えるほどだ。
「何者だ?」
兵の一人が誰何してきたので、なるべく愛想よく挨拶し、ギルドカードを掲げた。
「この村に住んでる冒険者なんですけど、これって、迷宮用の施設とかですか?」
「なんだ、知ってたのか、耳が早いな。新たに見つかった迷宮を冒険者たちに解放するんだが、迷宮から出てくる魔物がいるとまずいからな。一応兵の詰め所と防壁で囲ってるんだ。まあ、簡易のものだから明日には出来るだろう」
でかい迷宮だと、周囲に宿屋や道具屋とかも建って、ひとつの街みたいになるケースもあると聞いたことがあるけど、ここはオザック村が補給拠点、ってことか。
あの旅籠だけじゃ、2,30人しか泊まれそうにないし、そうすると泊まれない冒険者は王都から日帰りとか、野宿することになるんだろうか。
俺たちは一足先に自宅を確保できてよかった。
広さ的にもかなり余裕があるから、いずれもっとハーレムの、いや違う、パーティーのメンバーを増やしても大丈夫だ。
王都に戻り、まずギルドに一度寄った。
オザック村の新居を使えるのは明日からってことになったから、今夜もギルドの宿舎に泊まれるか聞くためだ。
今の部屋なら大丈夫とのことだが、今夜はカーミラが増えるから3人になる。そう告げると、三人部屋というのはないらしい。今、あいてるのは二人用を2部屋か、一人部屋はひとつだけあいてるので、一人部屋+二人部屋、らしい。
「・・・ノルテとカーミラでふたり部屋、俺はひとり部屋ってことでいいよな?」
と、紳士らしく提案したら、ノルテがちょっと困った顔だ。
「あの・・・信用してないわけじゃないですけど、カーミラさんといきなり二人って・・・」
あー、確かにあの猛獣状態を見てるからな、俺に従うように誓約をかけてもらうといってもノルテと二人っきりで大丈夫なのか、最初は心配だな、たしかに。
かといって、いきなりカーミラをひとり部屋にするのも別の意味で心配だ、どの程度一般常識があるかわらかないし・・・お前がゆーなってツッコミは却下だぞ、リナ・・・あ、そうだよ!
「リナ、等身大になってカーミラと二人部屋で面倒見てやってくれない?」
「あんた、あたしなら食べられないからいいか、とか思ってるでしょ?」
思ってた。
「いや、なんかまずそうだったら、“お家に帰る”で呼び戻すから。いきなり暴れたり非常識なことされると、ギルドに出入りしにくくなっちゃうしさ・・・」
「お願い、リナさん」
「しょーがない。その代わり、あたしが苦労してる間にふたりだけお楽しみ、とかやめてよね、聞こえてるんだから」
「す、するわけないだろー、なにを言ってるのかな」
「し、しかたないですね・・・いえ、なんでもないです」
ノルテが赤くなってる。リナはわざとらしくため息をついた。




