第78話 オニウサギの巣穴
オザック村の畑を荒らしているという魔物オニウサギの巣穴らしいところが見つかった。
物見台に上っただけで、地中に穴を掘って住むオニウサギの巣がわかった、という俺を、ハメット村長たちは信じかねているようだ。
無理もないよな、俺だってスキルのことを知らなかったら、なに言ってんだコイツ的反応をすると思う。
とりあえず見てもらうのが早いので、一番近い巣穴と見られる場所に向かう。
地図スキルで大体このへんだろう、と照合した場所は、村の東端の用水路の土手だった。近づいた所で再び“発見”スキルを意識すると、土手の草の陰に隠れているメロンが入りそうなぐらいの穴が見つかった。
「こ、これは本当に巣穴らしいのう」
ゼベットじいさんが驚きの声をあげた。たしかに、見せてもらった毛皮のオニウサギがギリギリ入れそうな大きさだ。村長とガザックもなぜわかったのかと首をひねっているが、とりあえず何も言わなかった。
しかし、あんな長い角があったら穴を掘るのにかえって邪魔じゃないのかな?と思ってじいさんに聞いたところ、メスはずっと小さくて平べったい角を持っていて穴掘りに適しているそうだ。オスはそういう地道な仕事はせずに複数のメスとハーレムを作るらしい。いい身分だ。
ここでノルテをパーティー編成して、俺とリナが察知したオニウサギの位置を脳内地図上にプロットし、イメージを共有する。
「どう?わかるか」
「はい!すごいです、ご主人様」
「これで、穴から出てきたり向かってくる時はわかるから・・・」
俺とリナが穴の周辺をあるいてオニウサギの居場所を確かめて見たところ、巣穴は入口から数十mも伸びているようだ。
どうしたものだろう?
俺の粘土で埋めると言っても、見えてない地下の穴を正確に埋めるのは難しいし、穴掘りが得意なんだろうから逃げられそうだ。リナが水魔法を覚えたが、地下に水を流し込んでも、穴の伸び方によっては大して効果はないだろうな。
そうすると前に迷宮戦で使ったあの手か?
俺は村長たちに、駆除作業に入るんでちょっと離れてて下さい、と声をかけ、穴に3人で近づくとまわりを粘土壁で囲んだ。
突然壁が出現して村人たちは驚いてるだろうな。でも、これでリナを魔法使いモードに変身させても見えていないはずだ。
そして、巣穴の入口から炎の魔法を打ち込ませる。威力は小さくていいので、火炎放射器みたいに燃やし続けるイメージだ。そして、十分穴の中まで炎が入り込んで、巣穴の中の枯れ草とかにも燃え移ったかな、というあたりで入口を粘土で密閉する。ただし、破れるように薄くだ。
これで可哀想だが巣穴の中は熱さに加えて酸欠状態になったはずだ。
しばらくするとバタバタ魔物が動きまわる気配が察知され、こっちに上がってくる。
薄く封じた入口の粘土を突き破って、次々オニウサギが出てきた。
角の長いオスがLV2、短いメスはLV1だ。子どもはこの時期まだいないのか、メスと見分けがつかないのかもしれない。
粘土の壁で囲ってあるから、オニウサギは逃げ散ることが出来ず、俺たちのまわりで足止めされる。
角の長いオスは俺とリナで排除し、手強くなさそうなのをノルテにハンマーで狙わせてみる。ノルテは動きが素早くてオニウサギに十分ついて行ってる。初めての魔物退治だというのに、短時間に3匹もしとめた。
この巣穴から出てきたのは全部で10匹ほどだった。退治を終えると、リナをスカウトに戻してから粘土壁を消し、魔石に変える前にオニウサギの遺骸を村人たちに確認してもらった。
「なんと、これほどの数をあっという間に仕留めるとは、さすが冒険者ですな・・・」
さっきまでは不信感がありありだった、ガザックのおっさんの態度が変わった。これで今後はやりやすくなるかな。
ハメット村長も満足げに、
「それじゃああとは宿と夕食の手配をしておきますから、夕方になったら庁舎にまた寄って下さい」
と言い残して、仕事に戻っていった。
村が広いので歩き回るのに時間がかかったが、夕方までに、きょう地図スキルで把握できた巣穴は一通り回って駆除することができた。
全部でオニウサギを50匹ぐらい退治しただろうか。リナの魔法使いレベルが上がってることで、使えるMPも増えたようで、俺もリナも枯渇ってほどではなかった。
ただ、魔猪は一度も見つけられなかったのが気になる。それと、きょう物見台から見えた範囲以外にもいる可能性はあるよな。南側は全部地図スキルの範囲に入れられたが、北側は地形的に見えてない部分もかなりあったと思う。
とりあえず今日は泊まらせてもらい、どうするか考えてみよう。
村庁舎によってハメット村長に挨拶した。
「お疲れ様です。村の旅籠の部屋を押さえております。食事もご用意しましたので、オザックの産物をぜひ堪能して下さいね」
ふと思いついて、夜の間、畑に出てもいいか聞いてみた。
「たしかにそうですね、夜行性ですし、そうしてもらえると助かります。自警団の者に声をかけておきますから、夜中になると思いますが、宿に呼びに行かせましょう」
村の旅籠は庁舎のすぐそばで、このあたりが村の中心だってのがわかる。旅籠と言ってもそれなりに立派で、バンの宿より大きいぐらいだった。
主食は雑穀のおかゆだったが、コクとうまみがあっておいしい。俺もノルテももちろんおかわりした。そして、野菜だけでなく子羊っぽい肉やチーズ菓子みたいなデザートもあって、どれもうまかった。畜産も盛んだと言ってたからな。
農村と言っても味付けは洗練されていて、さすがは王都近郊だ。
麦の酒、つまりビールも勧められたんだが、夜中に起きるつもりだったから、残念だったが遠慮した。
旅籠の部屋は木の香りがする質素だが落ち着いた部屋だった。基本的にシングルルームというのがないらしく、リナとノルテ用に二人部屋がひとつ、俺には一人でもう一部屋用意されていた。ちょっと寂しい。
リナを人形サイズに戻せばノルテとひとつの部屋でも大丈夫だ、でもそんなことは言わない、残念とか言わないよ、今夜は仕事だしね・・・
そういうわけで早めにベッドに入ったのに、結局、
「ご主人様、起きて下さい・・・」
とノルテに起こされることになってしまった。
「まだ真っ暗じゃないか・・・あっ、そうだった」
とか相変わらずのダメ男だ、でも、こうして女の子に起こされるのは気持ちいい。
見るとノルテは既に革鎧も着込んで準備完了だ。
まあ、女子部屋はリナが眠らなくてもいいし、昨夜はスカウトにしておいたから、宿に自警団の人が近づいてきた段階で察知してノルテを起こしてくれたんだろう。
俺はあわてて着替えて、自警団の面々に挨拶した。
自警団って言っても御年60以上のおじいさんが3人だけ、『戸締まり用心、火の用心』とか言って、見回りするようなイメージだ。
普段の見回りで魔物を見たことがあるところを中心に歩いてもらったところ、さすがに今日、巣を駆除した村の南半分は全く魔物の姿は見えないし、察知スキルにもかからない。
それがわかったので、早々に北側に向かうことにした。
すると、北側には別に巣があるようで、ちらほら出ている。
じいさんたちによると、それでも普段よりずっと少ないそうだから、南側の巣からこちらに来ているオニウサギもいたんだろう。
松明を持った自警団のじいさんたちが近づくと、オニウサギは大抵逃げていくし、まれに向かってくるものは、もちろんその場で剣で退治する。
弓はさっぱり当たらなくて恥ずかしかったが、それで逃げてくれれば狙い通りだ。もともとその場で退治するより、巣を見つけるつもりだったからな。
スカウトモードのリナと二人で察知を使い、地図スキルに反映させて逃げた方につけていくと、村の北側で新たに2つオニウサギの巣を見つけた。ただ、暗い中で松明を掲げながら素早いオニウサギと戦うのは危険もあるので、多めの粘土で穴をふさいでおいて、明るくなってから来ることにした。
自警団のじいさんたちにお礼を言って別れ、一旦旅籠に戻ろうと村はずれのあぜ道を歩き出した時、これまでより大きな魔物の気配を察知した。
これは、ひょっとして魔猪か?
迷った末に、気配のする方に向かってみた。
<3,4・・・5匹ぐらいかな?>
リナの察知スキルにもかかっているようだ。
とにかく一度目視して地図スキルに反映させられれば、あとの追跡が楽になるはずだ。
そう思って気配のする藪に近づいた時、突然、巨体が飛び出してきた。
あっ!と思った時には俺のすぐそばまで来ていて、反射的に剣を振り下ろしたが、外れた。そいつが突進したのは俺じゃなく、斜め後ろにいたノルテだった。
悲鳴があがり、小さな体がはね飛ばされた。




