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第8話 酒場の噂

異世界メシは人を動かし、噂話は歴史を動かす、かもしれない。

 1階の酒場兼宿の食堂に降りると、カウンターの一番隅の席に、定食っぽい料理が用意されていた。


 黒パンとシチューっぽい深皿、それに豆が山盛りになった小鉢だ。


 考えてみると元の世界の朝食以来の、半日ぶりの食事だ。しかも、さんざん体を動かした後だから、ボリューム的にはちょっと物足りないが、黒パンはおかわりができるそうだ。

「飲み物は別料金だが、エラン水ならタダでいいぞ」


 エラン水?と聞き返したが、頼んで出てきたのは柑橘系の香りのする、ちょっと酸っぱい水だった。いわゆるレモン水みたいなものか。エランはオレンジかレモン、ってことで安直に理解しておこう。

 のどが渇いていたから、ごくごく飲み干して、おやじが呆れたようにかわりを入れてくれた。


 そういえば、飲み物もリュックのポケットに入れてた「はーい、お茶」のペットボトルをトリウマの上で飲みきってからは、何も飲んでなかったからな。

 

 料理の方は衛兵には悪評だったが、どうなんだろう?

 クリームシチュー風の深皿には、何かわからない肉が少しと、やはり種類はわからないが野菜は色々あって、たっぷり入っている。

 ニンジンっぽいブロック状に切られた、けれど色は紫の野菜をフォークで口に運ぶ。


 意外にうまい。

 空腹だから、ってのはもちろんあるだろう。俺はグルメ趣味はないから、舌が肥えてないってのもあるかもしれない。

 だが、塩コショウっぽい素朴な味わいに紫ニンジンの甘みが加わって、噛むほどに旨みが出てくる。クリームシチュー自体もあっさり味ながら適度なとろみの中に色んな具材の味が出ていて、なかなかいけると思う。

 食レポ、シローです。


 パプリカっぽいのやジャガイモっぽいの、これははっきりタマネギだろう、ってのを順番に食べてみるが野菜はどれもうまい。

 田舎町だけあって、農業が盛んなのかもしれないな。


 だが、わずかばかり入っていた肉の方はいただけなかった。ボソボソして、臭みも結構ある。

 これはなんの肉だろう?俺が食ったことがあるもので言うと、羊、それも子羊じゃ無く大人の羊か、あるいは一度だけ食べたことがある熊肉とかに近い感じかな。

 衛兵の評判がわるかったのはこの辺が理由かもな。


 カウンターのすぐそばのテーブルで飲んでた3人の男たちが、ちょうどおやじに呼びかけていた。

「おい、トリか山鹿の肉はないのか?」

「すまないな。もうずっと入荷してないんだよ。魔物が増えてデンのやつもろくに猟ができないってこぼしてる。山に入ると、コボルドか魔猪の駆除になっちまうってな」

 順番に商人LV4、商人LV8・・・もう一人は鍛冶屋LV6、だ。


「魔猪の肉なんてくさくて俺はごめんだね。ガンツの店ではトリ肉が食えるらしいじゃねえか」

「あそこは、ドウラスのギルドからつぶしたトリウマを回してもらえるらしいぞ。この間あそこで飲んでた兵隊たちが話してた」

 男たちのやりとりを、おやじはしかめ面で聞いていたが、やがて厨房に戻っていった。


 コボルドって、低レベルの魔物の定番だよな。ゲームによっては獣みたいな頭をした小柄な人型モンスターだ。魔猪は、猪の魔物か?

 このパサパサした肉はひょっとして魔物の肉なのか?食って大丈夫なんだろうか。確かめるのが怖い。


 それから俺は、無いコミュ力を振り絞って男たちに声をかけた。

「すみません。トリウマの肉を食べられる店って、どこだっけ?」


「おー、聞こえてたか。広場の角を領主様の館の方に向かったところにある、ガンツの酒場だ。俺は先週あそこで食ったばかりだから間違いねえぞ」

「ここも以前は山鹿の肉がよく食えたのになぁ」

「しかたねぇよ。伯爵さまがお隠れになってからは、この街も寂れるいっぽうだからなぁ。最近は街道筋だって魔物がうろついてて隊商も避けるようになっちまったろう」


 男たちは長くこの街に住んでいるらしい。かなりできあがっているせいか、話の多くは脈絡がなかったが、おかげで俺みたいなコミュ障相手にも、うさんくさがらずに気安く話を聞かせてくれた。


「あんな小娘に領主が務まるわきゃないんだよ。ずっと修道院にいて、世間ってもんをわかってねぇんだ」

「おいおい、偉い人の悪口はやめとけよ。壁に耳あり、だぞ」


「かまうもんか!みんな思ってることだろう。実際、魔物がうろつくようになったのに、神殿やら孤児院やらに寄進するばっかりで、すぐに討伐もしなかったから、山仕事もできなくなるわ、景気が悪くなって商人も逃げ出すわで、こうなっちまったんだろうよ」


 どうやらこの国では、あちこちで魔物が湧き出る?迷宮が発生しているらしい。領主貴族はそれを平定して領民を守り、領内の街道の安全を維持したりできてこそ、国王から所領を安堵される仕組みのようだ。


 ところが、この地方を領有していた伯爵家は、幾つもの迷宮が同時期に領内に見つかる不運もあって、討伐に失敗したのだという。

 その結果、増え続ける魔物相手に兵力の多くを失って没落し、周辺の貴族に領地を割譲せざるをえなくなって、ついには伯爵と嫡子も戦死したとか。


 浮かばれない話だ。それで魔物の脅威にさらされる領民は、もっと浮かばれないだろうし。


 それでやむを得ず、修道院に入っていた娘のカレーナが、還俗して領主の代行をしているそうだが、もともと大都市1つと町村7つを領有していた伯爵家の支配が、いまではこのスクタリの街だけになってしまったそうだ。


「それもな、ここだけの話だが・・・」

 一番年かさの男が声をひそめた。大店の雑貨商をしているという男だ。


「次の紀元祭までに領内の迷宮を討伐できなかったら、伯爵家の継承は認められず、お家は断絶らしい」

「おい、紀元祭までって、あと1か月しかないじゃねぇか!」

「声がでかい。この間ドウラスに仕入れに行ったときにな、ブレル子爵さまの所に出入りしてる御用商人から直接聞いた、確かな話だ」


「売り掛けの代金がなかなか払ってもらえないと思ってたら、そんなまずい所まで行ってたのかよ。これはいよいよ俺たちも見切りのつけどきかねぇ」

「冗談じゃねぇ。俺はじいさまの代からここで鍛冶屋をやってきたんだ。今更よそのギルドに頭を下げたって、ドウラスあたりじゃ店も持たせてもらえねえよ」

「そうは言ってもなぁ」


 カレーナたちの立場はかなり危ういらしい。

 こんな話を聞いた後では、俺がきょうカレーナたちを助けて知り合ったとか、明日館に呼ばれているとか、言い出せないな。

 領主のスパイだと思われかねない。


 しかし、貧乏領主で十分な兵や冒険者を揃えることも出来ず、お姫様自ら魔物退治をしていた、というか、魔物に追われていたわけか。

 まあ、人助けが出来たのはよかったけどね。

 これ以上危険な目にはあいたくない。


 せっかく一度は死んだはずが転生できたんだから、これが夢じゃないとしてだが、現実の世界ではかなわなかったことを実現したい。


 医者になれなんて親権者から押しつけられた目標はどうでもいいとして、自由に好きなことをして、異世界の珍しいものを見たりうまいものを食べて、美人と美少女をはべらせたハーレムを作って、毎日楽しく暮らしたい。


 酔っ払った3人にそろそろ、と礼を言うと、引き留められたり絡まれたりした。

 でも、3人が飲んでいた酒をもう一杯ずつおごり、俺も一杯付き合うと、上機嫌でまた飲もうぜ、と送り出してくれた。

 階段を上って見下ろすと、鍛冶屋のおじさんは寝落ちしてしまったらしく、テーブルにつっぷした背中を二人がばんばん叩いて、でも楽しそうだった。


「魔物退治なんかせずに、まったり暮らせたらいいな」と、そんな思いを気づいたら口に出してつぶやいていた。


 きっとそれは、フラグだったんだ。

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