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第70話 奴隷商人

王国会議の当日、列席を許されない俺たち下っ端は半日の自由を与えられた。俺はノルテの身の振り方をなんとかしようと思う。

 賑やかな音楽が王都に響き渡る。辻に立つ楽団だろうか。

 わきあがる歓声は、珍しい大道芸か曲芸団の見物か。


 夜明けと共に、王都は祭り一色に包まれ、国中から集まった人波の熱気に、遠くコバスナ山脈の雪さえ融けてなくなりそうだ。


(紀元祭は、エルザークの初代国王エミネスの建国物語に由来するの。夏の祖霊祭、秋の豊穣祭と並ぶ王国の三大祭りって言われてるわ。それと、王都は冬は寒い地域だから、そこに春の訪れを告げる祭り、って意味もあるんだよ)

 リナ先生の豆知識だ。


 思いつきで、リナをはっぴ姿に変身させてみたが、今ひとつの出来だった。

「お神輿とか無いからはっぴじゃないでしょ。夏祭りは浴衣でよろ」

とのことだ。


 夜明け前にカレーナたちは王宮に向かった。

 同行を許されたのは騎士身分を持つセバスチャンとイグリ、そしてセシリーがかろうじて“侍女”という扱いでついて行っている。


 夜明けと共に王国会議が始まり、重臣らの推挙に基づき、国王が新年の叙爵・叙任を発表する。その新たな人事に基づいて、午後は上級貴族らによる評議会が開かれるという流れだそうだ。

 カレーナは午後の評議会に列席する身分ではないが、新貴族の責務の説明を受けたり、叙爵のお礼や挨拶に宮廷内や有力貴族を回るとかで、結局、戻ってくるのは夕方になる見込みだ。


 叙任結果は、昼にはセシリーが速報しに戻ってくることになっているが、それまでの間、下っ端は明日の帰り支度以外は仕事がなく、祭りを楽しんで良いということになっている。強行軍のご褒美だな。


 そこで俺は、同じく今日まででつとめを外れる(と言っても公式には雇われてさえいない密航者だが)ノルテを連れて、昨日場所を聞いておいた王都の鍛冶ギルドを訪ねることにした。


「すみません。鍛治師の見習いとして、雇ってもらえるところを探してるんですけど・・・」

 王城内ではかなり外れの方にあった、鉄の扉の立派な建物を見つけて、俺は受付で、精一杯礼儀正しく切り出した。俺はやれば出来る子なのだ。


だが、ギルドの対応はけんもほろろ、というやつだった。

「その子どもがか?紹介状は?」と始まって、スタータスを開示すると、「奴隷で所有者が登録されていないとは、もしや逃亡奴隷ではあるまいな?」と疑いの目で見られ・・・たしかにそうだが言えるわけもない・・・何も得るものなく、追い返されてしまった。早すぎる玉砕だ。


 それでも一応、二の矢として、近くの神殿に行くことまでは考えていた。

 神殿はジョブチェンジなどを司るようだし、たしかスクタリの神殿でも就きたい仕事の相談とかを、(有料で)していたからな。


だが、王都の神殿は祭りのためか参拝者で大混雑していて、銅貨1枚分の喜捨を求められたあげく、ろくに相談にも乗ってくれなかった。

こういう時、自分のコミュ力のなさが悲しくなる。ノルテが何も文句を言わず黙ってついてくるので益々心が痛い。


 神官の相談口から外れて、どうしていいかわからずぼーっとしていた俺たちに、一人の女が話しかけてきた。さっき神官の側で書類を受け取ったり、下働きをしていたおばさんかな。詐欺師とかスリではなさそうだ、と俺は警戒を解いた。

「あんたたち、要するにその子の身分をどうにしかしたい、ってことかい」


「え、っと、そういうことになるのかな」

「だったら、その子は所有者登録のない奴隷身分だから、そのままだと逃亡奴隷と見なされて、どこでも雇っちゃもらえないよ?」

 俺とノルテは顔を見合わせた。


「じゃあ、どうすればいいのかな?」

「あんたの使用人として囲ってるだけなら、そのままでも困らない。けど、いずれ表に出したいなら、奴隷商人に売るか、あるいは金を払ってあんたの奴隷として登録するかした方がいい。あんたが主に登録されてれば、売るなり、奉公に出すなり、いずれ働き次第で解放する、ってことも出来るからね」


 要するに一度俺に、「管理者権限」みたいなのがつかないと、ノルテの扱いを変えられないってことか。

 それも公式なギルドみたいなところでは、逃亡奴隷と見なされる現在のノルテの登録はしてくれないから、ちょっとアングラな奴隷商人に金を払ってさせる必要があるらしい。


 実はあたしも解放奴隷だからね、と、おばちゃんは融通が利きそうな奴隷商人を教えてくれた。

 礼を言って神殿を出たが、どうしたもんだろう?


 その奴隷商人のところに向かうべきなのか?別にこのままでも俺が保護してる分には問題なさそうだが、ステータスを見られる場所には出せないってのも可哀想だ。

 並木道の木陰で休憩がてら座って、聞いてみた。

「ノルテはどうしたい?」

「シローさまの奴隷にしてもらうのがいい、と思います」

 幼い外見に似合わないしっかりした口調で、即答だった。


「グレオンさまからも元々そうしてもらえ、と言われてますし、それに・・・」

「それに?」

 ノルテは、うつむきながら続けた。

「その、経験はありませんが、夜のおつとめも大丈夫ですから・・・」

 えっ・・・


「亜人なんて汚らわしいとお思いでなければ・・・ズデンコはそういう人だったので、殴られたり鞭で打たれたりはしてましたが、私に手を出そうとはしなかったので・・・」


 俺はあわてて手を振った。

「いや、汚らわしいとか全然そんなこと思わないから。ノルテは可愛いし、俺なんかよりずっとしっかりしてるし・・・」

 もっとマシなこと言えないのか、俺。


「私はご主人様ならいやではありませんし、ただ食べさせていただくより、むしろお役目を与えていただいた方が安心できますので」


 呼び方がシロー様からご主人様に昇格してるような降格してるような・・・そこじゃなくて。

 結局、グレオンに言われていた通りってことか。


 元々、『一度は死んだのにせっかく転生できたんだから、この世界を思う存分堪能して、ついでに美女を集めてハーレムでも作ってやるぜ』って、考えてはいたな。

 ただ、そのイメージは、対象年齢がもうちょっと上だっただけで・・・ノルテは可愛いし、メイド服とかも似合いそうだし、このまま知り合いもいない王都で一人放り出すわけにはいかないし、本人もイヤじゃないなら問題ないよな・・・


「わかった、ただ、どんな仕事をしてもらうかはまた話し合おう。とりあえず俺が主ってことで登録はするから。えっと、その、ノルテが笑顔でいられるのが一番だから・・・」

「ありがとうございます、ご主人さま!」


 紹介された奴隷商は、そこからさらに二筋ほど街の中心から外れた、いかにも場末な路地にあった。看板も出てない石造りの建物の一角で、場所を聞いてなければ、そして地図スキルがなければ、たどり着けなかっただろう。


 古びた鉄扉を開けると、いきなり地下への階段だ。しかも、何か獣じみた叫び声が聞こえる。ここは迷宮かよ。

 きょうは武器を持ってない。でも、いざとなればセラミック剣なら出せるし、腰にはリナ人形もいる。それを心の中で確かめて、石階段を降りた。


「・・・いらっしゃいませ。買い取りですか?」

 カウンターの奥に座る年齢不詳のやせぎすの男が、立ち上がってこっちを一瞥し、じっと見てから声をかけてきた。これは、なにかステータスを見てたんだろうな。そして、ノルテが奴隷だと知った、という反応だ。


<ウドリオ 人間 男 29歳 商人(LV18)

  スキル 鑑定(初級)  人物鑑定(中級) 

      商業    値切り    契約

      目利き   アイテムボックス

      真偽    交渉     登録

      信用    剣技(LV1)  >


 奴隷商人も「商人」ジョブになるんだな。意外に若いらしい。

 山ほど得体の知れないスキルを持ってるようだが、たぶん、この「人物鑑定」というスキルを使ったんだろうな。だとすると、向こうにも俺が「判別(中級)」スキルを持ってることとか、見えているかもしれない。お互い様だ。

そのウドリオの隣には、首に奴隷の金輪をつけた逞しい男が用心棒のように立っている。


「いや・・・ど、奴隷の所有者の登録、っての、できるのかな?」

「これは失礼、ではどうぞ、こちらへ」


 薄暗い地下室には、カウンターの他に、小さな4人がけのテーブルがあった。

 俺は椅子に腰を下ろしたが、ノルテは後ろに立ったままだ。ウドリオはそれを当然という態度で、まずノルテに近寄った。小さな体がびくっとする。


「ステータスを見せろ」

 ウドリオが命令し、ノルテは左手をかざした。これは、人物鑑定(中級)では見えない情報もあるってことか、念のため確認、とかなんだろうか?


「ふむ、元々の所有者はどういった方でしょうか?」

 これは俺への質問だ。どう答えるか迷ったが、正直に答えた。


「俺の友人の父親が、この子の元の主人だったんだけど、所有権を移さずに亡くなったらしくて、その友人からこの子の面倒を見て欲しいって託されたんだ」


「なるほど、矛盾はありませんな。失礼、逃亡奴隷の扱いには我々も気を遣うのですよ。業界のルールというものがありましてな、それで確かめさせていただきました」

 よかった。やっぱり、詳しく見るスキルを持ってたんだな。


「とは言え、通常の所有権移転とは異なりますので、手数料として銀貨10枚いただきます」

 え?銀貨10枚って、高くね? この間最後の銀貨を崩してレダさんにおごっちゃったから残りが・・・そうだ!ゲンさんからもらった金貨があったじゃないか。俺はちょっと焦りながら、アイテムボックスから金貨を取り出した。


「これは、王国大金貨では。もう少し細かい持ち合わせはございませんか?」

「え、と、これしか持ってないんだけど、まずいのか?」


「いやいや、もちろん最も信用の高い王国大金貨に不満などございません。ただ少々おつりが多くなりますので、お待ちを」

 ウドリオもアイテムボックスを開いたのだろう、じゃらじゃらと俺のより小さめの金貨と銀貨を並べだした。

 大金貨と小金貨って違うのか。


「では、小金貨19枚と銀貨10枚でございますな」

 あれ?思ってたのと計算があわないぞ。


 慌ててるのを顔に出さないように暗算してみる。どうやら大金貨ってのは小金貨20枚、そして小金貨が銀貨20枚に相当するらしい。銭貨-銅貨-銀貨は10倍ずつだったのに、金貨だけは20進法なのか。知らなかった。

 そうすると大金貨は銀貨400枚分ってことで・・・え?日本円だと百万どころか二百万ぐらい?高っ!ゲンさんそんなにくれたのか。


 俺が何も答えられずにいる間に、ウドリオは素早く俺とノルテの肩に触れ、「登録」と唱えた。


 パーティー編成の時に似た、ノルテとつながる感覚がして、ウドリオの「完了しました」という声に、ノルテを判別してみると、ちゃんと変わっていた。


<ノルテ - 女 16歳 鍛治師(LV1)/奴隷(隷属:シロー・ツヅキ)

    スキル 鍛冶(LV1)

        工芸(LV2)

        料理(LV2)

        御者(LV1)

        鎚技(LV1)   >


「うん、確かに」

 俺は確認したことを告げる。

 奴隷の境遇をすぐには変えてやれなかったが、ともかく俺がノルテを大事にしてやればいい、そう自分に言い聞かせた。


「さて、王都でも他の多くの都市でも、奴隷は持ち主の名を記した輪を体につけねばならぬのが公式な規則です。まあ、あまりうるさくは言われませんが、無用のトラブルを避けられます。サービスでおつけしますが?」

 ウドリオが安っぽい革のベルトを見せた。刃物で切ろうと思えば簡単に切れそうだから、確かにトラブル防止用、といったところなのだろう。首か手首か足首にするものらしい。

 ノルテに聞くと、では足に、というのでウドリオが羽ペンで裏に俺の名前をサインしたものを、細い足首にアンクレットのように締めた。


「ところで」

 要件が終わったところで、ウドリオが別の話を切り出した。

「お客様は冒険者とお見受けしますが、他に奴隷のご入り用はございませんか?」


 たしかに俺は、カレーナの所を離れたら、当面は冒険者として稼ぎながら、色んな所を旅しようか、なんて考えていたが、それがわかるってスキルじゃないよね?


「冒険者として稼ぐには、おひとりよりパーティーを組んだ方が有利なのは言うまでもございませんが、報酬の配分などでもめたり、クエストを自分の意思で自由に選べないなど不都合もございます。その点を考慮して、奴隷でパーティーを固めている方も多いことはご存じかと」

いや、全然ご存じじゃないですよ。


 そんな俺の表情を見て、初心者と思ったのか、カモと思ったのかはわからないが、ウドリオは戦闘用に使える奴隷を熱心に勧めてきた。

さっき大金貨を見せたからかもな。


 俺はさっさと引き上げようと思ったんだが、その時、入口でかすかに聞こえた獣の叫び声が、激しい音量で響いた。足下だ。

「申し訳ありません、お耳汚しを。ただ、よろしければ優秀な奴隷が幾人もおりますので、ご覧になりませんか。あの声は入荷したばかりの人狼族ですが、あれなども戦闘で頼りになるという意味ではこの上ないかと存じますよ」

人狼だって? 人狼ゲームかよ、異世界ハンパないな。


 俺はちょっとだけ怖い物見たさで、地下二階の奴隷の独房を見学することにした。


 薄暗くてジメジメはしているものの、そんなに異臭がしたりはせず、清潔さは最低限保っているようだ。奴隷と言ったって売り物だからな。


 階段の近くには、薄物をまとった女奴隷の独房が並んでいるが、途中から明らかに様子が変わり、目つきの悪い、いかにもごろつき風な男の奴隷房になった。ここから戦闘奴隷か。いや、これ怖いよ、従わせる自信がない。戦闘以前に俺が危険じゃん。

 ウドリオが盛んにいかつい戦闘奴隷のステータスとかをアピールしてくるが、耳にも頭にも入ってこない。


 そして、その一番奥まった所から凄まじい絶叫が聞こえ、ドシンと何かにぶつかる音がする。


 そこにいたのは、灰色の毛並みをした狼だった。口からよだれを垂らしながら、鉄格子に体当たりしている。いや、これただの凶暴な狼だけど。


「本日はちょうど望月ですので、人の姿を取ることさえ忘れてしまっておりまして・・・」

 なるほど、狼男は満月の夜に狼に戻っちゃう、ってやつか。

 俺は判別スキルを使い、そして言葉を失った。


<カーミラ 人狼 ♀ LV8>

狼女、なのか。


 俺の姿を見ると、突然その狼は急に鼻をヒクヒクさせ、咆吼をとめた。ハァハァ息を荒げてる。いや、俺食べ物じゃないよ、おいしくないよ。

 だがそいつは、獲物を値踏みするように荒い息をつきながら、じっと俺を睨めつけていた。

次回、第一部、最終話です。

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