第69話 王都デーバ
一行は王都での叙爵式に出席するため、街道を急いでいた。
「カレーナ様、王都が見えてきました!」
随伴する騎上のセシリーの声に、侍女が馬車のよろい窓を開ける。カレーナが幼い頃に見たかすかな記憶があるという景色が広がっていた。
スクタリを立ってから4日目、上弦の13日の午前中のことだった。
「あぁ、来たのね・・・デーバの都に」
温暖なシキペール地方とは、まるで違う。この時期は葉を落としている並木道の彼方、王都の背後には、白く雪をまとったコバスナ山脈が見える。
王都を描いた絵はがきでは、このクルージュ街道からの風景はしばしば描かれ、吟遊詩人の歌にも登場する人気の情景だという。
日頃は自らトリウマに乗ることが多いカレーナだが、上級貴族として叙爵を受ける立場にふさわしく、ということで、急遽仕立てた馬車に乗ってきた。
護衛団も身分の高い半数はトリウマでなく、より正式とされる馬に騎乗している。
トリウマは飼育しやすく取り回しも楽でメリットも多いのだが、田舎の家畜、と見る向きもあるのだという。
俺はもちろんトリウマ組だ。まだ馬を一人で乗りこなせる自信はない。
それにしたって、上京する貴族の一行としては質素すぎる。正規の将兵は、往路だけ同行する俺を数に入れたとしても15名に過ぎず、その他に必要物資や献上品を積んだ荷車が数台。こっちは町民から徴発した御者や、仕入れに行く商人を使っている。
とにかく、呼ばれている紀元祭まで日数がなかったので、徒歩の者は一切連れてこられず、騎乗と荷馬車のみの編成だ。
俺の地図スキルで行程をざっと測ったら王都まで300km以上あったから、それを3日そこそこで踏破したわけで、かなりの強行軍だった。
しかも、現在の王国内は、太い街道でもあまり治安が良くないらしく、主要都市のアラドで宿を取れた一夜だけはよかったが、野営になった残る二晩は魔物と盗賊に襲われた。
幸いどちらも数が少なかったので、俺たち護衛隊が蹴散らして、御者たちを含めかすり傷以上のけが人は出なかった。この戦闘のおかげで、ベスも魔法使いレベル12に上がった。
俺は冒険者レベルは15のままだが、ついに「お人形遊び」スキルがレベル10になって、“成長する”というナゾの能力を手に入れた。
残念ながら、他の兵たちと同じ天幕で野営するため、どんな使い方ができるのかまだ試せていない。
リナ先生も、(請うご期待!)としか言ってくれないしね・・・
グレオンから預けられたハーフドワーフの少女ノルテは、荷車隊に紛れ込んで、結構うまくやっていた。
4日前に救出した後、ブレル子爵の手が届かないであろう王都に逃がそうということになった。
で、一晩だけラルークとベスの女兵士部屋にかくまい、翌朝から体の線が出ないぶかぶかの貫頭衣に帽子をかぶせ、ラルークの知り合いの少年、ということにして雑役夫扱いで連れてきたのだが、馬には乗ったことがないくせに荷馬車の操作はできたのだ。
鍛冶屋の奴隷として荷を運ぶ御者をさせられたことがあったためらしい。
おまけに料理も一通りでき、二人しか連れてこなかった侍女の下働きにも重宝された。
事情を知らないカレーナが、「これなんて料理?腕が上がったわねぇ」とか言い出して、ラルークから口止めされてた侍女が青ざめていたのはささやかな秘密だ。
とにかく、カレーナに罪が及ぶことがないよう、俺たちだけで密かに進めた逃亡計画だった。夜は男ばかりの荷車隊の野営場所ではなく、こっそりラルークとベスの天幕に入れてやっていたようだ。二人とも華奢だから可能なことだよな。
グレオンからは、「王都に着いたらお前の奴隷にしてくれ、食っていけるすべが出来るまではその方がいい」と言われていたが、俺はできればノルテを奴隷から解放してやりたい。
こっちの世界の制度では、すぐには難しいらしいんだが、方法は考えたい。
そして、ストリツァ河沿いに城外の中小の町並みを通り過ぎ、昼頃ついに王都デーバの城門にたどり着いた。
明後日の「望月の日」が、出席を求められている王国会議だから、相当に余裕のないタイミングでの到着だ。途中何かあれば、カレーナも馬に乗り、騎乗の者だけ先行することまで本気で検討されていた。
王都デーバの城壁の高さは10メートルを優に超え、その上には大弩も見える。所々に尖塔が立ち、本格的な籠城もできる作りだ。首都なんだから当然かもしれないが、やっぱりあの女神が言ってたように戦争の多い世界らしい。
騎士イグリが先頭に立ち、城門で王国会議に列席予定の貴族一行であると告げる。
城門の衛兵隊は、見える範囲でも10人以上いる。隊長格のやつは、戦士LV22だ。やはり高いな。ごつい女兵士もいる。
順番に荷馬車の御者らもステータスを見せ、後方の警備をしていた俺とベスも最後にチェックを受けた。
城門からの大通りは、四車線道路ぐらいの幅があって、右側通行になってるようだ。遙か奥の方に、浦安ディズ○ーランドみたいなお城が見える。
「ついに来ました!」
俺が思ったことを先に横から言われた。
本のオトナ買いのために志願した、と公言してるベスは、わざわざここで眼鏡をかけて、王都の景色を目に焼き付けてる。それを俺があきれて見てるのに気づいて、えへん、とか咳払いしてるけど、べつにいいから。わかってるって。
建国記念日みたいなのにあたるらしい「紀元祭」を2日後に控え、既に通りは王家の紋章の旗などで飾り付けられ、普段以上に華やかなムードに包まれているようだ。
一行は、かつて伯爵家が王都に来た際にも使ったことがあるという、さる貴族の別邸に向かった。さすがにバンの宿とかとは規模が違い、総勢30人ほどの俺たち一行は、その別邸の一棟だけで余裕で泊まれる広さだ。
三階建てのその建物の、俺たちは兵士は二階の部屋に分散して入る。荷馬車組の町民たちは一階の大部屋だが、それだってスクタリの自宅よりずっと快適だろう。
俺は顔なじみの僧侶ヴァロンと同室になった。おっさんも王都ははじめてらしい。
荷物を置いてすぐ、カレーナとセバスチャンらは、この宿舎の斡旋をふくめ今回の急な上京の面倒をなにかと見てくれた、旧知のミハイ侯爵という有力者のところに挨拶に行くそうだ。
俺も護衛でついて行くことになった。ヴァロンは滞在中の庶務を命じられて残留するそうだ。
前庭に並べられた荷車の所では、ノルテが体の倍ぐらいある荷物をかついで大部屋に運び込んでいた。目が合うと、どんぐりまなこでにっこり会釈していった。
物心ついてからずっとひどい扱いをされてたはずなのに、よくひねくれずにいい子に育ってるよな。
こっちでなんとかうまく、暮らしていけたらいいな。
ミハイ侯爵の屋敷は、城から徒歩でも10分ぐらいのところにあった。
侯爵の所領は王都から2日ぐらいかかる所にあるらしく、ここは別宅の位置づけだが、侯爵は国軍の幹部で実質的には王都に住んでいるため、えらく広くて立派な敷地と建物だった。
広い謁見の間の端に、随行の俺たちも一応案内された。
そして、カレーナを待ち受けていたのは、予想外の歓迎だった。
「おお、カレーナ姫か!なんと美しくおなりか。よくぞ来られた・・・」
ミハイ侯爵は白髪交じりの恰幅の良いじいさんだった。
<男 61歳 ロード(LV24)(老)>と表示された。
60そこそこでじいさん、っていうのは俺たちの世界じゃ失礼だろうけど、こっちでは間違いなく高齢者のはずだ。ステータスにも(老)って入ってるし。
軍の幹部だから若い頃はかなり鍛えてたんだろうし眼光も鋭いが、そのじいさんが今は、孫娘を見るように席を立ちカレーナの手を取って嬉しそうに頷いていた。
「この度の内示のことも聞いておる。亡きオルバニア伯も泉下で慶んでおろう」
やっぱり、子爵に一階級落ちるとは言え、継承と所領を認められるというのは、貴族社会の常識的には大成功だったのだろう。
カレーナの父は、貴族につきものの派閥争いでミハイ派の有力者だったそうで、若くして死んだその妻、つまりカレーナの実母は侯爵の姪にあたるらしい。
だから侯爵はなんだっけ、カレーナの大叔父とかにあたるのかな。
その割にこれまでは、特に援助してくれてたとかって話は聞かないが。
公式な挨拶はすぐに終わり、後はカレーナとセバスチャン、イグリの3名だけ、要するに騎士階級以上の者だけが、侯爵の私室に呼ばれていった。
「今後のことは、わしに任せておけ。まずは良い婿を取らねばな・・・」
去り際に侯爵のそんな声が聞こえた。あー、そういう話なのか?
カレーナの表情がちょっとこわばって、セバスチャンはそわそわしてるのが見えた。
後でイグリにこっそり聞いた話では、オルバニア家の所領が安泰となったことで、カレーナの婿の座が王都の貴族たちにも無視できない価値を持つようになったらしい。
貴族の次男、三男といった、親の所領を継ぐ望みの薄い若者たちにとっては、実質的な領主の地位につけるチャンスってわけだ。その家にとっては労せずして勢力を拡大できる、またとない機会となる。もちろん、カレーナやオルバニア家にとっても、有力な一族から婿を取ることで凋落した家を建て直すための後ろ盾を得られるメリットがある。
そして、侯爵にとってはその縁組みの面倒を見る立場になることで、双方に恩を売れ、貴族社会での発言力もさらに増すという計算があるのだ、という。
その一方で、侯爵からはスクタリの兵力についても詳しく聞かれ、あまりに少ない兵数に失望の声と、強化策の助言などもあったという。軍の有力者ってことだから、当然配下の貴族たちにもいざって際には戦力を期待されるわけだ。
俺も前から、スクタリの兵数はいくら何でも少ないんじゃないか?って思ってた。
ゲーム世界の知識しかない俺でも、領主持ち貴族の配下の兵が数十人のオーダーって、普通はケタが違う気がする。これもイグリによると、昔の伯爵家は、王国間の大戦の時など一千名規模の動員ができたらしい。
それが所領の大半を失い、迷宮戦で古参の騎士らを軒並み失ったことに加え、一番大きかったのは、これらの混乱の中で、借金が膨らんで財政的に破綻してしまったことだという。
それで5千名という人口の割に、常備兵として抱えているのがその1%未満なんていう、いびつな状況になっているらしい。
だから、台所事情が好転すれば兵力も大幅に増強できるんじゃないのか、俺は財政とかそういうのはさっぱりわからんけどな・・・とイグリは苦笑いしていた。
その晩、点呼ぎりぎりに帰ってきたベスは、重たい書籍を両手に抱えて幸せいっぱい、という様子だった。
「見て下さいっ、伝説の魔導師アマナールの魔法書もあるんですよ!それも、本人のサイン入りでっ、ふっふっふ、特別にちょっとだけ見せてあげよっかなー、あ、シローさん字が読めないんだっけ、なんて残念な!」
テンション高過ぎだよ、俺だって字ぐらい読めるよ、幼児並みだけど・・・
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翌日も朝からカレーナの護衛で、幾つもの貴族の屋敷を訪問した。
「セバスチャン老が徹夜で婿取りのための釣書を書いていた」とか、「カレーナ様がお茶会を三軒はしごしたら、ドレスのウエストがきつくなって侍女が急な“お直し”で困っている」とか、うそか本当かわからない噂が兵たちの間に流れて、みんな楽しそうだ。
こうした社交も、これまで疎遠だった貴族社会で少しでも味方を増やすための努力なんだという。
でも、なんたら伯爵の三男坊は切れ者だが女癖が悪いらしい、とか、どこそこ男爵は嫡男を出すと言ってるがスクタリ以上に借金まみれだ、とか、悪い噂も耳に入るから心配になってくる。
カレーナが幸せになれるんなら、それでいいんだけどさ。てか、俺が気にするようなことでもないはずだけど・・・
街は既に、祭り本番に向けて国中から屋台や大道芸人、吟遊詩人らが集まって、大盛り上がりだ。そこら中でパンパン爆竹みたいな音も聞こえる。
そんなこんなで、明日はいよいよ王国会議、叙任式だ。
そして、俺はこんな仲間たちともお別れなんだ。




