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第66話 使者の帰還

ドウラスの鍛冶工房で、グレオンの知り合いのハーフドワーフの少女が、奴隷としてひどい扱いをされていた。グレオンは救出を約束した。

 俺とグレオンがスクタリに戻ったのは、そろそろ夕暮れになる頃だった。


“それ”とタイミングがあったのは、まったくの偶然だったはずだ。

 ちょうど屋敷の門衛のところを通り過ぎ、坂を上りかけたところで、薄暗くなった館の前に、光の繭のような物が浮かぶのがたまたま見えたんだ。


「シロー!」

「ああ、行こう!」

 俺たちはトリウマをダッシュさせて(俺の騎乗技術も上達しているのだ)、坂を駆け上がる。

 あれは、“転移”だ。


 館の正面にたどり着いた時、わらわらと出てきた館の使用人たちに囲まれていたのは、予想通り、王都の巡検使メイガーたち3人だった。

 忍びのヨナスはきょうは、あるいはきょうも、姿は見えなかった。


「ほお、そなたたちか。ちょうどよかった」

 メイガーが昨日とは何かしら異なる態度で、俺たちに、いや、俺に目を向けた。


「そなたは、まことに転生者なのか?」


***********************


 俺はメイガーの問いを肯定し、カレーナたちも同席した客間で、幹部たちには既に話してあるこれまでのいきさつを簡単に伝えた。

 やつは、信じてるのかいないのかわからない無表情で、だが真剣に訊いていた。


 その流れで、奴の再訪の本題である、王都からの通知の場にもなし崩しに同席するはめになったんだが、よかったんだろうか?

 もちろん、謁見の広間の一番端っこの方に控えている、衛兵みたいな役柄だが。


 館で最上級の儀礼の場である謁見の間で、カレーナは本来領主が座る席を立って、メイガーの前でスカートの裾をつまみ、片足を後ろに引き腰を折って、公式な礼で迎える。


「カレーナ・フォロ・オルバニアどの、正式な王命はきたる二の望月の日、紀元祭にあわせ招集される王国会議の初日に下されるでありましょう」


 メイガーが単刀直入に切り出した途端、セバスチャンら幹部が一瞬ざわめく。

 これは、人事を申し伝えるから急ぎ上京せよ、との命を意味する。だとすれば、それは・・・


「しかるに、それに先だって、内務次官ヴァルデン侯爵からの内示をお伝えする、これはあくまで非公式の内示に過ぎず、言うまでもなく他言無用である」

 メイガーが懐から、王家の紋章入りの筒に入った書面を取り出した。


「故オルバニア伯爵の娘、カレーナ・フォロ・オルバニアを、オルバニア家の継承者と認定し、新たにオルバニア子爵に叙する」


 座が静まりかえった。え、これってどういう意味だ?


 だが、わずかな間を置いて、カレーナが淑やかに一礼した。

「次官様よりの内示、謹んでお受けいたします」


 上げた顔は上気し、目は潤んでいた。

「王命を拝受すべく、ただちに参内の準備を致します・・・使者殿、心よりの謝意を」


 セバスチャンやザグーらが、一斉に歓声をあげ、抱き合って喜んでいた。

 メイガーはやれやれ、といった顔でその様子を見ていたが、その場ではそれ以上、何も言わなかった。


 その後、場を移してささやかな晩餐会が催され、カレーナの向かいに座ったメイガーは、あくまでここだけの話ですが、と王都でなにがあったかを話してくれた。

 昨晩、王都に転移してすぐ内務省に戻ったメイガーらの報告は、既にオルバニア家の所領を没収して、それを功績のあった貴族にどう与えるか?という議論を詰めていた官僚たちに、少なからぬ混乱をもたらした。


 もともとメイガーに期待されていたのは、オルバニア家からの申告は信頼性に欠け考慮に値しない、という既定路線に沿った形式的な調査結果を提出することだった。それが正反対の、迷宮討伐に成功し領主たる資格あり、という報告をするとは何事か、と当初は叱責されたという。


 だが、今日の昼頃になり状況が一変した。

 国王の側近を通じて内務大臣に、“ドウラスのブレル子爵に税収の過少申告など複数の不正の証拠が寄せられた”として、シキペール地方の賞罰の再検討を求められたらしい。

 ゲンさんか、これは? けさのあれだと思うがいくら何でも早すぎる。それにすごい影響力だな。

 

 さらに、王都の商業ギルドからもシキペール地方の権益についての嘆願が寄せられ、当初濃厚だった、カレーナは形だけの騎士身分に落としてブレル子爵預かりの身とし、実質的にこの地域の権益をブレルに与えるという案は立ち消えになった。

 一方で長年、広い所領の治安維持に成果を上げられなかったオルバニア伯爵家に、そのままお咎め無しで、ブレル子爵をその配下に留めることも、実態との乖離が大きすぎる。


 そこで、オルバニア家は伯爵から子爵に降爵とすることで、これまでの失政に対するけじめとする。

 またブレルとは同格の子爵とすることで、互いに独立した貴族家として双方の顔を立てる、という玉虫色の政治決着になったというわけだ。


 料理を隅っこの席でつまみながら、隣の席のイグリと懐のリナ先生の解説で、ようやく俺の頭でも事情がのみこめた。


「さらに、今回の迷宮討伐の功に対しては」

とメイガーが続ける。


「所領の加増も検討中です。現在、シキペール地方辺境の自由開拓民の村や町から、魔物や盗賊の脅威に対し、王国の保護を求めてきております。迷宮討伐を成し遂げた貴家の武力、そして先日説明のあった内政の振興策、そうしたものを生かしてもらう機会があるやもしれません・・・」


 俺には政治のことはてんでわからないけど、カレーナの嬉しそうな顔を見ると、これでうまくいったんだろう。

 俺が奴隷契約に縛られていた務めも、今度こそ本当に終わった気がする。



 そして、記憶にないぐらい高級なディナーを、堪能させてもらった。

 紫色のワインみたいな酒は、甘すぎずフルーティーですごくうまかったし、魔物じゃないちゃんとした豚肉?のソテーとか、元々うまいスクタリの野菜を各種じっくり煮込んだシチューとか、パンだっていつもよりずっと上等だ。


 こんな生活が続くなら、この異世界ぐらしも悪くないかも、と思った。


 でも、気持ちよく酔っ払って部屋に戻った俺は、翌朝早く、思わぬ来客によって一瞬で二日酔いの頭を覚まされることになったんだ・・・

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