第65話 ハーフドワーフの娘
ドウラスの工房街で、グレオンの父親がかつて営んでいた鍛冶工房を訪ねた。そこでは職人たちがみな奴隷となって働かされていた。
「あのさ・・・鍛冶職人って奴隷が多いものなの?」
俺はなるべくさりげなく訊いたつもりだったが、グレオンは驚いて立ち止まってしまい、こっちを凝視した。
俺はグレオンの脇腹をつついて、店の正面を通り過ぎた。
「どういうことだ?」
狭い路地に入ったところで、グレオンに問い詰められた。
「いや、俺のスキルでステータスを見たら、目に入った人たち全員、ズデンコって奴の奴隷って表示されたんだけど・・・」
「まさかっ、いや、やっぱりそうだったのか・・・」
グレオンが大きく肩で息をしてる。
「どういうこと?」
「ズデンコってのが、親父の店を乗っ取った男だ。あいつ、職人たちの雇用は保障してやるとか言うから、親父は泣く泣くサインしたんだ。だが、その後腕のいい職人が次々やめたって聞いたから、なにかあると思ってたんだ」
グレオンの父親は、値段の割に質の良い刀剣を打つ職人として、冒険者の間ではそれなりに人気があったそうだ。ところが、ズデンコという男は質は今イチだがとにかく安い武器を大量供給することで、同業者を次々追いつめていったのだと言う。
そして、それは多数の鍛冶スキルを持つ奴隷を抱えて、劣悪な条件で働かせているからだと、当時から噂されていたらしい。
「昔から働いてた、ボノじいさんの姿も見えたんだが、じいさんも奴隷にされてたのか・・・」
手前のひとりだけレベル7と高めだった奴隷が、そのボノじいさんだったようだ。
「すいやせん・・・グレオンぼっちゃん、ですかい?」
路地で話し込んでいた俺たちは、突然声をかけられてビクッとした。
グレオンが、声の主に振り向き、目を見張った。
「ボノじいさん!」
今、話題にしたばかりの、そしてさっき見かけた奴隷鍛治師だ。
年齢は73だから、こっちの世界では相当な高齢だろう。薄汚れた汗まみれの布きれを体に巻き付けただけの格好で、むき出しの肩にはみみず腫れが走ってる。鞭で打たれた痕か。
「やはり、そうでしたか。戦闘奴隷にされたと聞いて心配しとりやしたが、ご無事で、いやご立派になられて・・・」
グレオンが子供の頃から、古参の職人として働いていた男だそうだ。
ズデンコが店を買収した後は職人全員が理由をつけて解雇され、働きたいものは奴隷契約を結ばされたのだという。
ズデンコの後ろ盾は既に当時からドウラスの実権を握りつつあったブレル子爵で、他の鍛冶屋や鍛冶ギルドにも圧力がかかって職人たちを雇ってくれる所もなく、独立することもできなかったらしい。
腕の良い職人は、他の地域に逃げていったようだが、病気の妻を持つボノは街を離れられなかったそうだ。
「わしのことは、もう先も長くないし構わねえんですが、ノルテのやつが哀れで・・・」
「ノルテ?今もいるのか!」
グレオンの少年時代、幼子を抱えた女奴隷を父が買い取り、工房の飯炊き女として使っていた。その女は、なんとドワーフの男との間に子を産んだため、さげすまれて奴隷に堕とされ、母子ともども行き場がなかったのを引き取ったといういきさつらしい。
母親の方は工房が人手に渡る前に病で亡くなったが、残された幼い娘の方が今も工房で雑用をさせられ、ひどい扱いを受けているという。
この世界には、やっぱりエルフとかドワーフとかがいるんだな。
そして、彼ら「亜人」と呼ばれる種族の扱いは、土地柄や領主の方針で差があるが、このあたりでは結構差別的で、中でもそのズデンコという男はひどいらしい。
「それって、さっき店の奥の方で鞭で打たれてた子のこと?」
俺が口をはさむと、ボノじいさんは首を縦に振った。
「見てたかね、お前さん。あの娘だ。職人でも飯炊きでも、まともに扱ってもらえりゃともかく、ズデンコの野郎、極端に亜人蔑視がひでえからな、ハーフドワーフなんて丸っきり獣扱いだ。虫の居所が悪いとなんでも無いことで鞭打ってゲラゲラ笑ってやがる」
「な、なんだと・・・あの野郎っ、親父の店を乗っ取っただけでなく、そんなことまで!」
グレオンは、今にも剣を抜いて討ち入りそうな形相だ。
「いけねえ、ぼっちゃん。はやまらねえでくだせえ。ただ、もし出来れば、わしらはどうなっても構わねえんで、あいつだけでも助けてやってほしいんで・・・厠だって言って抜け出してきたんで、もう戻らねえとなりやせんが、できればぼっちゃん、後で工房の裏口の方に・・・」
ヒステリックな中年男の怒声が、店の方からボノじいさんを呼んでいた。じいさんは、まわりの目を伺いながら帰って行った。
俺たちは、少し時間をおいてから裏通りにまわり、鍛冶工房の裏口が見える場所に回った。煙突からモクモク煙が上がっている。熱気が通りまで漏れてくる。
しばらく待つと、裏口が開いて、天秤棒に大きな木桶を二つぶら下げたあの女の子が出てきて、俺たちとは反対向きに歩き出した。
目で合図をして早足で追いかける。近くの共同井戸に水を汲みに行くようだ。
「ノルテ」
グレオンが声をかけた。
女の子は足を止めて、天秤棒を振り回さないよう最初は首だけ振り向いた。
一瞬、いぶかしげな顔をして、慌てて天秤棒と桶を降ろし、こちらに向き直る。
「グレオンさま、ですか?」
「ああ、ノルテ、大きくなったな」
さっきは一瞬だったステータスを、今度はしっかり確認する。
<ノルテ - 女 16歳 鍛治師(LV1)/奴隷(隷属:- )
スキル 鍛冶(LV1)
工芸(LV2)
料理(LV2)
御者(LV1)
鎚技(LV1) >
やはりこの子だ。
ごく小さい子だと思ったら、16歳なのか!
見たところ身長は、向こうの世界の小学生ぐらいしかない。おけにすっぽり入れそうなほどで、これで水を運べるのか?って思った。
ただ、近くで見ると小学生じゃありえない。体格は年齢以上にぽっちゃり、と言うか、はっきり言えばロリ巨乳だ。
グレオンとノルテが一緒に暮らしてたのは、15歳と5歳の時までだそうだから、グレオンからしたら「大きくなったな」ってのはその通りだよな。
ドワーフの血が半分入ってるからこういう体格なんだろうか?
俺たちだと名前と性別の間に「人間」とか表示されるところが「-」になってるのは、ハーフドワーフってのが、うまく判別されてないのかもしれない。
しかし、奴隷の隷属ってところも、他の職人のようにズデンコの名でなく、「-」になってるな。
短くざっくり切られた髪、煤で汚れた顔、なにより何か人生をあきらめたような目が痛々しい。
裸足の足首には、ついこの間まで俺たちの首にはめられていたのとそっくりの金輪がはめられ、そこに小さいが鉄球までつながれている。これで水汲みとか、虐待だよ、完全に。
二人がこれまでのことや今の身の上を話し込んでいる間、俺は周囲を警戒しながら、地図スキルを駆使して工房の建物の配置とかを頭に入れていた。
「・・・そろそろ水を汲んで戻らないと。遅れるとまたぶたれるんです」
「そうだったな、いや、もう少しだけ。シロー、すまんが代わりに水を汲んできてくれ」
俺は、井戸の場所を聞いて地図スキルで確かめ、リナを等身大にして二人で天秤棒と桶を持って駆けだした。
いきなり出現したリナにノルテは目を見張っていたが、グレオンが気にするなと強引に話を引き戻していた。
<重いよ、こんなことに使わないでよ>
文句を言うリナをなだめながら、俺だって腕力には自信ないんだよ、グレオンと役割が逆だよ、とか思いながら水汲みをした。
お、重い。この桶、重すぎる、よくこんなのを女の子一人で担ぐよな。さすがはドワーフの娘ってことか。
へこたれそうになりながら裏口の所まで戻った俺たちに、ノルテはすまなそうに頭を下げる。
「本当にすみません。シローさまとリナさまですね、ありがとうござます」
人形にまで様付けはいらないけど、しっかりした礼儀正しい子だ。
ただ、粗末なボロ切れみたいな服からのぞく首筋や腕にも、みみず腫れの痕があるし、唇も切れてる。ほんとにひどい扱いをされてるんだ。
グレオンが、片膝をついてそのノルテに背を合わせ、目をまっすぐ見て言う。
「どうすればいいか今はまだわからんが、必ず助け出すからな。信じててくれ」




