第61話 封印
俺たちが迷宮の討伐を成し遂げたことを、王都の使者たちは全く信じようとしなかった。
「ついて来てよ、おっさんたち」
「お、おっさんだと!」
むかつく、俺のカレーナと俺のセシリーと俺のベスを邪険にしやがって・・・
俺は尊大な巡検使メイガーたちを地下湖の岸に連れて行くと、わざと大きな声で「出でよ、大いなる粘土の船よ!」とか呪文っぽく唱えて見せた。
突然セラミック製の船が出現して、3人は絶句している。
「俺のスキルはさっき見たんでしょ? これが“粘土遊び”だよ」
パーティーのみんなは慣れたもので、とっとこ乗り込む。
「このようなスキル、見たことがないぞ・・・」
冒険者LV19がぶつぶつ言っている。
「で、では聞くが、“人形遊び”というのはどんなスキルなのだ。正直に答えるがよい」
メイガーがエラそうに聞いてきたので、革袋からリナを出して見えるように高く持ち上げる。
<ワタシ、リナチャン、オハナシシマショ>
無表情な人形が棒読みの台詞をしゃべる。
「ってことが出来るんだけど、もっと遊びたいかい?騎士サマ」
「痴れ者が、もうよいわ! なんだそれは・・・ふん、たまたま水場を渡るのに適したスキルを持っていたということか、運の良い奴らめ・・・」
「まだ、魔物が源泉から湧いているようですな。“大雷”!」
湖水の中の魔物の気配に対し、魔導師LV18のノイアンが、ベスの魔法より強力な電撃を涼しい顔で叩き込んだ。
またクラゲや小魚がプカプカ浮かんでくる。
「メイガー卿、湖水ごと浄化しておいた方がよいでしょうな」
「う、うむそうだな。“大いなる浄化”!」
メイガーも自分の仕事を思い出したのか、呪文を唱える。
カレーナの浄化に似ているが、もっと広範囲に作用する魔法のようだ。湖水全体がキラキラ光ったと思うと、ゆっくりと瘴気がかき消え、船が進む水が粘り気をなくした本当の水のような感触に変わった。
さすがにレベルが高い分、性格は別にして実力はあるんだな。
湖水を渡って、結界と迷宮ワームの体がなくなった跡地に立つ。
壁面と天井を俺の粘土とベスの地属性魔法が固めているため、ワームの魔力が放つ光がなく、あたりは真っ暗だ。
ベスが小さな灯火を浮かべて照明代わりにするが、メイガーはノイアンに指示して、自分が見たい分を順番に照らし出させ、確認していく。
「ふむ、この大きさ、残留魔力、レベル20というのは誇張ではないな・・・」
そうつぶやくと、メイガーは再び、“大いなる浄化”を詠唱し、さらにもう一つ長い呪文を唱え出した。
「・・・魔力の源泉をここに閉ざし、平安をもたらさん。“封印”!」
迷宮ワームの頭部があったあたりの地面に、いやそれよりもっと地底深くのどこかに向けているように、両手をかざした。
すると、なにか重力が変化するような、圧迫感がその場を満たし、しばらくすると消えた。
それと共に、なにかこれまで、迷宮全体に通底音のように流れていた低いうなりのような音が、不意に静まりかえったように感じた。
「これでもう、魔物が際限なく湧くことはない。ここにこの迷宮の源泉が封印されたことを宣言する!」
メイガーの言葉は、それで終わりではなかった。
「カレーナ・フォロ・オルバニアどの、貴女はなぜ迷宮ワームが迷宮を作るか、真の意味を理解しておられるか?」
「え? い、いいえ」
カレーナはうなだれる。
「そうでしょうな。迷宮ワームが卵から孵化し、成長するのは、地中深く魔力の源泉たる“龍脈”が流れている場所です。その上に位置する地中には魔力がしみ出している。ワームはそれを求めて地下深くをめざし、ワームが言わば消化することで、魔力は他の多くの魔物に利用しやすいエネルギーの形に変わるのだと、王国の博士らは主張しておるのです。」
龍脈とか、本当にあるのか。
「ゆえにこれを放置し、もしワームが龍脈まで掘り至ってしまうことあらば、地上にまで膨大な魔力があふれ、魔物だけでなく大いなる悪魔や魔王すら、姿を現すことになりかねぬ。だからこそ、国王陛下から版図の一部を預かる領主には、それを阻止する重い役目が科されておるのです」
重々しく、そう言い放ったメイガーに、冒険者のデラシウスが何か問いかけたようだが、メイガーは小声で「ここではまだだ」と制していた。
その場ではそれ以上の話はなく、俺たちはここからベスの“帰還”とノイアーの“転移”で外に出るのかなと思い、集まった。
ところがメイガーが、いや帰途で確認したいこともあるので、船でまた湖水の向こうに戻ってもらいたい、と言い出した。
その時、俺はようやく欠けていたピースがなにか、わかったような気がした。そして後ろで照明役をしていたベスに、こっそり話しかけた。
セラミック船で湖水を戻り、四階層へのハシゴに向かって歩き出したその時、メイガーがカレーナに声をかけた。
「やはり、あなた方がこの迷宮の討伐を自力で成し遂げたと認定することはできぬ。他者に依頼した、と自らお認めになる気はありませんか?」
カレーナも、他のみんなも言葉に詰まった。ここまで来てまだそれを言うのか?と。
だが、メイガーは自信ありげだった。
「たまたま湖水を渡るスキルがあったと言うだけで、実際に討伐を行ったのは貴家のパーティーではないでしょう?」
「なにを証拠に、そのような無礼な言いがかりを繰り返すのですか」
「証拠はその剣だ」
メイガーが俺を指さした。
「アイテムボックスから、先ほどの銀の剣を出せ」
どういうことだ?
俺はゲンさんから借りた銀の剣3本を取り出して見せた。ゲンさんから・・・そういうことか!
「その剣の柄に刻まれた紋様には見覚えがある。自由騎士にして悪名高き守銭奴、ゲンツ卿の私兵団のものでありましょう。たしか、ここスクタリからさほど遠からぬ所にかの者の本拠があったはずだ。やつが金にあかせて作り上げた私兵団なら、この迷宮の討伐も容易だったでしょうな」
メイガーは鬼の首でも取ったように宣告する。
「よろしいか?領主貴族は傭兵団や他の勢力に迷宮討伐を依頼しても構わぬが、その場合はそうと王都に届け出るしきたりです。本来、領主として王領への魔の侵食を防ぎ民を安んじるのは領主貴族の責務であるのに、その管理能力のみを発揮し、実力行使の部分は他者に委ねるわけですからな。特に貴家の場合、期限内にその実力を示すことこそ求められていたわけですからな」
「そ、そのようなことは承知しております。その剣がなんだと言うのです。ゲンツ卿にはこれらの武器を借りました。ただ、それだけのこと。ゲンツ殿の兵力は一切お借りしておりません」
「それが嘘だと言っておる。かの者の強欲ぶりは誰もが知っておる。そのような利のないことをするものか!大きな見返りを求め、ゲンツが自らの兵団を動かしたのであろう」
「一体、大きな見返りとはなんですか?あなたは何がおっしゃりたいのです」
メイガーもカレーナも、もはや隠しようもない対決モードになっている。そして、メイガーの次の言葉が、決裂を決定的にした。
「ふむ、淑女の恥となることははっきり言わぬが情けと思うて手控えておれば・・・よいでしょう。さる影響力のある貴族より告発がありました。ゲンツ卿は以前からカレーナどのに執着しておった証拠がある、カレーナどのをおのが妾として迎え、それによってスクタリと周辺の所領を我が物にしようとしているに相違ない、カレーナどのが自らの貞節を差し出してゲンツ卿に救いを求める使者を出したという、その使者を目撃したとの証言も得ておりますぞ!」
あ、あほか、こいつ・・・
「ば、ばかにしないでっ!わたしがいつあの、気持ち悪い変態の女になるなんて!そんなことするぐらいなら死んだ方がマシよっ!!」
その場を沈黙が覆った。
「あの、メイガーのおっさん、それ絶対ないから・・・」
しょうがないんで、コミュ障が証言します。
「ゲンさん、ゲンツ卿だけどさ、あの人、真性のロリ、って通じないか、幼女趣味のド変態だから、カレーナ姫みたいな巨乳、もとい、豊満な女性は好みじゃないって明言してるし・・・その“使者”って俺なんで、はっきりこの耳で聞いたから」
あれ・・・さらに重たい沈黙が。
え?カレーナさん、なんでそんな恨みがましい目で見るの? 俺、姫の味方したつもりなんだけど・・・
「なんなのだ、お前たちは!」
メイガーが怒鳴った。
「まったく身分もわきまえずに失礼千万な!それどころか、ここで非を認めれば虚偽の申告による罪だけは免じてやろうと思っておったものを」
ダメだコイツ。まるっきり、どっかの貴族の讒言をうのみにしてるみたいだぞ。
「よかろう、最後のチャンスをやろう」
メイガーは息を整えると、俺たち全員を見回した。
「あくまで自分たちの力で、この迷宮を討伐したと言い張るなら、その実力を証明してもらおう」
そして、再びカレーナに向き直った。
「模擬戦だ。貴女方が我々のパーティーを倒すことができれば、その主張を認めましょう」




