第6話 スクタリの町
初めて訪れた異世界の街は、思ったより寂れている印象だった。紹介されたギルドを訪ねることにした。
「ひったくりに気をつけろよ」
若い兵士がそう言って笑うのに送り出されて、俺はとりあえず、言われた通りに商工ギルドというのをまず目指すことにした。
なにげに、領主の兵は市中犯罪は取り締まってくれない、ってことか。ひったくりも何も財布の中には日本円しかないわけで、この世界じゃ一文無しですが。
いずれにしても、ここでのお金にあたるものを手に入れないと、めしも食えないからな。
オークから得られた“魔石”とかいうのはどのぐらいの価値なんだろう?
そんなことを思いながらてくてく歩いていくと、一応は目抜き通りということで車がすれ違えるぐらいの幅はあって、少ないながら店や屋台の呼び込みの声がかかる。
「串焼きはどうだい」「肉まんじゅう、できたてだよ~」
食べ物の匂いに、急に腹が減っているのを自覚した。
知らないスパイスのような匂いがする。時間的にはそろそろ夕方が近いし、何しろ必死に戦ったり走ったりした後だから、空腹なのは当然と言えば当然だ。
何か食べるにもまず先立つもの、だ。
しかし、正直ここが街の一番栄えているあたりなんだとすると、やっぱり“街”と言うより、せいぜい“町”という字を当てたいところだ。
屋台の他には、飲食店らしいのが2,3軒と、よくわからない雑貨とか、こっちは武器じゃなさそうだが農具だろうか、数えるほどの店と、トリウマをつないだ幌つきの車が停まっている建物がある。
他の街へ行く駅馬車みたいなものが、あるのかもしれない。
1本目の十字路を過ぎると、ようやく二階建ての建物がならぶ。
この辺は酒場かな。上階は個室とか、あるいは宿とかなのか。一階が店で二階が住居、みたいなつくりかもしれない。
あとはオフィスみたいなものだろうか。字が読めないと本当に不自由だ。
人通りはそれなりにあるが、スリに注意する必要があるほど人混みじゃない。だから、ひったくりに注意、だったんだな。
住民の服装はなんて言うか、中世ヨーロッパの庶民っぽい。
ゆったりした布が腰の下まであってウエストで簡単なベルトで締めている感じ。チュニックとか、いわゆる貫頭衣っていうのかな。その下にズボンとサンダルみたいなのを履いている。
男女問わずそんな姿が多いが、他に女性だと裾まであるワンピースドレスにエプロン姿、みたいな格好も多い。「アルプスの少女・・・」とかに出てきそうな姿だ。
異国情緒、っていうのかな。引きこもり気質の俺は、旅の経験もあまり無くて紙やネット上の知識だけだが、意外にこういうのもいいかな、と思う。
いや、甘い。勘違いだ。俺なんかネットも漫画週刊誌もない、それどころか多分電気もガスもない不便な暮らしが耐えられるとは思えない。
すぐに音を上げるだろう、うん、そこは自信があるな。
だが、とりあえずトラブルに直面するまでは気にしすぎても仕方がない。どうせこれまでも人生トラブル続きだ。
2本目の十字路は、ちょうどここが町の中央なんだろうか、ちょっと広場っぽくなっていて、右側の通りを振り向くと、確かにあの茶色い屋根の3階建てがあった。
看板を見上げると十数文字のアルファベットに似た記号が書かれているが、これが商工ギルドとかを意味しているんだろうか。
やっぱり、文字は読めるようになりたいな。本が読みたい、禁断の魔法書とかも。せっかくの「剣と魔法の世界」なら必須だ。
木製の扉は開かれていて、特に門衛なんてのもいないが、中に入るとすぐ案内所っぽい机があり、中年の女性が話しかけてきた。
「こんにちは。商工ギルドになんのご用かしら」
体重は俺よりありそうなおばさんだけど愛想がよくきびきびした感じだ。
「えっと、魔石っていうのかな、ここで売れるって聞いたんだけど」
「あー、冒険者さん?それなら3番のカウンターね」
そう言って奥の方を指さした。方向からしてあそこかな。
「そのもう一つ左、そっちは2番よ」
俺が自信なさげに歩き出したら、訂正された。ということは、あのカウンターに立てられた札に書かれている記号が数字の2で、あっちが3なんだな。あとで数字を手帳に書いとくか。
「魔石の買い取りかい」
カウンターの初老の男が、会話が聞こえていたんだろう、先にそう声をかけてきた。受付の女性と違い愛想は悪い。
「あぁ、これなんだけど・・・」
俺はリュックを開けてカウンターに3つの赤い小石を並べた。
「その前に身分証を見せな」
と男がさえぎる。なるほど、免税店ではパスポートチェックが先、ってな感じか。
「仮登録か。この街は初めてか。何日かいるつもりなら、ギルドに会員登録しておいた方がいいな」
そう言いながら、虫眼鏡を取り出して魔石を鑑定し始めた。
「オークだな。こっちはオークリーダーになってるか・・・」
魔物の種類が、見るだけでわかるのか。
「うーん、質的には上等とは言えんし、最近魔物が多くて相場が下がってるんでな。大きいのが銀貨4枚、小さいのは1枚ずつなら買い取ろう」
げ、固定価格じゃないんだ。価格交渉とか、そういうのはただでさえ苦手なのに、相場を全く知らないからな。これってどうなんだろう。
「えー、ここの領主さん、カレーナさん?たちと一緒に戦って、そしたらここで買い取ってもらうようにって言われたんだけど・・・」
「なに、カレーナさまのお供をしたと、嘘をついているんじゃなかろうな」
なんかまずいことを言ったんだろうか?
「お供というか、たまたまというか・・・」
「ふーむ、まあ領主様の口利きだというなら特別にもう1枚出そう。しめて銀貨7枚だ」
おっ、なんか効果があったようだ。ラッキー。
相場なんてしらないが、それらしくうなずいて承諾する。
500円玉より2まわりぐらい大きな銀貨を7枚、リュックにしまってから気になったことを尋ねる。
「ところで、さっき言ってたギルドの会員登録ってのはなんなの?ここは商工ギルド、だよね。俺は別に商売とか、腕に職とかも持ってないけど」
「うむ、ここは小さな街だからな、うちが商業ギルドと職人ギルドを兼ねている他に、冒険者ギルドへの登録も代行しているのだ」
なるほど。RPGとか中世の社会だと、職能ごとにギルドがあるものだよな。ここは街の規模が小さいから、それをまとめてひとつの組織でやってる、ということだろう。
さらに小さな村とかだと、そもそもギルドなんてないのかもしれない。RPGの知識で少し想像はつくが一応確認だ。
「実は遠いところから来たもので、基本的なことを教えて欲しいんだけど、ギルドって入っておいた方がいいもんなの?」
「なんだ、そんなことも知らんのか。まあまだ若そうだしな。・・・どこの街のギルドでも登録しておけば、他の街に行ったりそれこそ王都でも共通の身分証になる。それにギルド会員だけが聞ける情報があったり、仕事も斡旋してくれるぞ」
そういうことだな。お約束では、登録にお金を取られそうだが。
「逆にギルドに入っていない者が、その分野の仕事をすることは、場所によっては禁じられているからな。処罰されることもあるぞ。まあ、ここは田舎だから、そううるさくないがな」
「冒険者ギルドに入りたいんだけど」
「オークを倒したようだからな、可能だぞ。5番に行け。銀貨2枚、銅貨5枚だ」
やっぱり登録には金をとられるんだ。それも結構な額じゃないか?
さっきもらったお金がさっそく戻っていくわけだ。
隣の隣のカウンターで、でっぷりした中年の男に銀貨を3枚渡すと、おつりとして銅貨が5枚帰ってきた。
銀貨1枚=銅貨10枚だな。わかりやすい。これで残る全財産は銀貨4枚、銅貨5枚だ。
さっきまで無一文だったのに、いったん手にした金が減る方がなんだか心細い、経済の真実を悟った気分だ。
仮登録の木片を渡せと言われ、男はそれを見ながら今度は青銅かなにか金属のカードを取り出して、釘みたいなもので表面をひっかいて文字を刻んでいく。俺の名前とかを引き写しているようだ。これが会員証になるのか。
「初級冒険者登録だ。俺の後に続けて復唱しな。『我ここに冒険者として一歩を刻み・・・』」
会員証に手を置いて誓約の文言らしきものを唱えさせられた。
終わるとなんだかボワっとカードが光った。なにかあるとこうした、魔法っぽい効果が起きるのにも段々なれてきたな。
文字は読めないと言うと、羊皮紙っぽい説明書類を一応はくれた上で、口頭で冒険者ギルド員の心得、みたいなものを簡単に説明してくれた。
要約すると、身の安全は自己責任だから無理はするな、そしてギルドに寄せられた依頼の仕事はなるべく受けろ、魔物を倒して得た魔石はヤミ取引せずギルドに持ち込め、といったところだな。
つまり、ギルドより高値で魔石を買ってくれるやつがいるってことか。
物珍しいんでギルドの中を少し歩き回ると、カウンターの脇には掲示板みたいなものがあって、幾つか手書きの貼り出しがある。
これが依頼かな。字が読めないから今の所関係ないな。
2階はギルド会員たちの交流場なのか、幾つものテーブルと椅子、簡単な飲食物を出すカウンターがある。武器や魔法の杖みたいなのを持った冒険者らしい姿はなく、商談中の商人のような人たちが何組かいた。メインは商業ギルドなのかな。
3階への階段は低い立て看板で遮られている。上は職員限定とか、偉い人のオフィスなのかもしれない。
通りに出て紹介された宿屋に向かうことにする。
一旦門まで戻って壁沿いに行けば確実だが、街が城壁に囲まれた楕円形みたいな形だとすると、方角的にはここから直接壁に向かって右に曲がった方が近いんじゃないだろうか。
そう思って歩き出すと、ちょっと中心を外れたとたん、家並みが粗末になり、店がつぶれたらしい建物や廃屋が目立つようになってきた。
ぼろ布をまとっただけの裸足の子供が何人も道ばたに座り込んでいる。そのうちの一人、まだ幼児がこっちに来て、手を出す。乞食だろうか。それをなぜか少し年かさの子供が止める。
かわいそうだが、まだ俺には自分の身の振り方さえわからないからな・・・そもそも元の世界だって子供とどう接していいかわからず苦手だったんだ。
じろじろ見られているのは服装が珍しいからか。だが、貧しい途上国の子供が旅行者をわっと囲むテレビの映像とかに比べると、べたべた触ろうという距離までは近づいてこない。
そうか、腰にオークリーダーから奪った長剣を差しているから、警戒しているのか。そりゃそうだ。もし日本刀を抜き身で持ち歩いてる男を東京で見かけたら、絶対に逃げるもんな。
この世界の犯罪率ってどうなんだろうか?そもそも警察とか司法とかがちゃんとあるのかも怪しい。
ちょっと罪悪感も感じつつ、貧しい子供たちに取り囲まれずに通り抜けられたのにホッとする。
壁の内側に突き当たって右に曲がるとまもなく、トリウマの絵が看板に描かれた宿屋っぽい建物が見えてきた。