第59話 王都の使者
話は少しさかのぼる。
レダさんにフラれたショックで、俺はすぐに館に戻るでもなく、ふらふら街を歩いていた。
返してもらった剣や絵本を、アイテムボックスに収納するぐらいの判断力はかろうじて残ってたけど、正直、ナゾのじいさんがやってる雑貨屋兼本屋にたどり着いたのは、偶然か無意識の行動だった。
だから、知った顔が店の前でじいさんと押し問答をしているのを見かけた時は、ちょっと驚いて、一瞬隠れようとしちまった。
「シローか?そうか、自由の身になったんだったな」
領内掃討の時に俺たちの班を率いた、ムハレムだった。俺の奴隷からの解放はまだ昨日のことなのに、領兵の間に知られてるようだ。
「どうしたんだ?あんたも本とか読むの?」
口にしてから、結構失礼な質問かも、とか思ったが、奴がちょっと微妙な表情をしたのは、そのせいじゃなさそうだった。
「ふむ、お主もわしのような偏屈じじいを口説きに来る暇があったら、この若いもんのように本でも読んだらどうじゃ」
「いや、そうは言ってもですね、マンジャニ卿、せめてカレーナ様の相談にぐらい乗ってくれてもいいじゃないすか・・・」
は?なんたら卿とか、聞き間違えじゃないよね。しかもカレーナが相談したいとかって?
「あれ、えと、おじーさんって、エラい人だった?」
うー、コミュ力がない。相変わらずの俺だ。
「・・・昔のことじゃ。今はただの本屋のじじいに過ぎん」
おー、昔はエラかったって自分で言ってるじゃん。
「この領内を豊かにしたい、という姫の気持ちはわかるぞ。出来れば力になりたいわい、わしは伯爵様がまだほんのお小さい頃からお仕えしとったんだからな。じゃが、いかな振興策を立案しようと、実現する金もない、人手もない、では絵に描いた餅じゃろうが」
「しかし・・・そこをなんとか」
ムハレムも困ってる。とにかく連れてこいとか言われてるのかな。
「・・・あれ、策はあるってことなの?」
ふと思いついて訊ねた。
マンジャニじいさんは、意表を突かれたようにしばらく黙り込み、それから
「あるさ」
と答えると、なんの気まぐれか、その領内の振興策とやらを語り始めた。
根っから兵士のムハレムには正直、ピンと来ない話だったみたいだが、現代日本から来た俺には、それは意外に普通の村おこしみたいなアイデアだった。
ゼネコンとかが公共工事でやったら、あっという間にできそうな。ただ、ブルドーザーもチェーンソーもない世界だからな。・・・あれ?
「あの・・・それってさ、普通にできると思うんだけど・・・」
「な、なんじゃと!?」
この世界には重機はないけど、魔法がある。
ベスに頑張ってもらえば、ゼネコンより早いんじゃないのか?
そんな話をしたら、じいさんは急に真顔になって考え込み始めた。ムハレムもベスの魔法を実際目にしているから、具体性のある話だと気がついたようだ。
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じいさんとムハレムが慌ただしく館に向かった後、俺は中断していた文字学習でもするかと絵本を広げ、通りの看板の表記を見て歩いたりしながら時間をつぶした。
思いがけず、レダさんとじいさんがどうも昔の知り合いらしい、なんて話も聞いて、世の中(この世かあの世か知らんけど)狭い、とか思ったり、いつの間にか、フラれた痛みもちょっと薄らいでた。
それでようやく、日が暮れる直前に館に戻り、女奴隷のおばちゃんから、
「夕飯を食べたいなら先に言っておいてくれないと」
と叱られた。
それでも、俺があてがわれた部屋に、兵舎の食堂に出していたメニューの残りをわざわざ運んでくれた。
「ありがとう」と言うと、「あんた、解放されてよかったねぇ」と笑ってくれた。
俺はほんの2、3週間だったが、ここの奴隷はムチで打たれたり鉄球を足につけられたりはしてないし、目が死んでもいない。たぶん、奴隷制が普通にある世界の中では、マシな扱いをされてる方なんだろうな。
満腹して、たぶんこの世界に転生してから一番いい部屋で、てか、元の世界の俺の寝床よりいいベッドで初めて寝た。
それで警戒感とかがまるで働いてなかったんだ。
もしこの時、迷宮内のように察知スキルを使っていたら、同じ館の中に、異質なヤバい気配をまとった奴らがやって来ていたことに気づいたはずだ。
でも、俺がそれを知ったのは、次の夜明け前、奴隷時代と変わらず強制的に起こされた後だった。
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「王都の使者を、迷宮に案内するらしい」
寝ぼけまなこの俺が、既に出動準備を終えていたグレオンたちに合流すると、やつは、
「こんなに早く来るってどういうことなんだ?」
と、予想が外れたことをブツブツ愚痴っていた。
グレオンも晴れて奴隷の身から解放されたそうで、やつはそのまま隊長格の領兵として雇われることになったらしい。鎧に小さな徽章が誇らしげにつけられている。
契約の年限より1年早い解放だったそうだが、こいつの働きなら、それぐらいのボーナスは当然だと思う。近接戦闘なら領内で一番強いんじゃないだろうか。
「せっかく解放されたのに娼館通いする予定がくるったってかい?宮仕えも不自由なんだよ、兵長さん」
でも、ラルークにニヤニヤ笑われて「そんなつもりじゃねぇよ・・・」とか言い訳してる姿は、なんか憎めないよな。
だが、そんな気心をわかりあったパーティーの空気は、カレーナとセシリーに伴われて、3人の男が姿をあらわすまでだった。
「王都からいらした、巡検使のメイガー卿です。そしてこちらのお二人は・・・」
カレーナが硬い表情で紹介する。
3人とも高級そうな凝った衣装だが、中でもこのメイガーという男は貴族っぽい。そして、揃いの紋章付きのペンダントみたいなものを首からさげている。これが公的な地位を表す物らしく、メイガーのペンダントだけデザインが少し違いサイズも大きい。
俺は手に入れたばかりの“判別(中級)”スキルでステータスを見る。
<ホルスト・メイガー 男 38歳 ロード(LV23)>
<センテ・ノイアン 男 41歳 魔導師(LV18)>
<デラシウス 男 29歳 冒険者(LV19)>
それぞれ、スキルと呪文は多数、だ。
最低の者でもLV18とか、ゲンさんのとこよりも上だな。さすがは中央官僚ってとこか。それに、ロードとか魔導師とかってジョブの奴を初めて見るが、いわゆる上級職だろう。たしか有名な古典RPGだと、ロードは“僧侶系呪文が使える戦士”だったはずだ。
冒険者のデラシウスという男が俺たちを見回して、メイガー卿と呼ばれたリーダー格の男に、耳打ちしている。
向こうも俺たちのステータスを確認したんだろう。LV19なら、俺が覚えたばかりの「判別(中級)」が使えるはずだからな。
メイガー卿が口を開いた。
「諸君、ではきょうはよろしく頼む」
そして、明らかに上から目線の冷笑を浮かべて続けた。
「これは、オルバニア伯爵家が存続を認められるか、それともお取り潰しとなるかを判断するための、重要な視察だ。そのつもりで、何事も包み隠さず、正直に我々の質問に答え、要求に応じてもらいたい」
一瞬、セシリーが怒りの表情で肩をふるわせ、背後に控えていたセバスチャン老が、こめかみに青筋を立てて拳を握りしめていた。
「我が意は、王都の内務大臣閣下の意である!そう心得よ」
カレーナは青ざめた顔で、なにも言えずに立ち尽くしていた。




