第56話 解放②
迷宮の討伐を完遂し、俺たちは帰途についた。この日はまだこれで終わりじゃなかった。
スクタリに帰り着いて間もなく、俺は館に呼び出された。
それも珍しく、正式な客間の方だ。
来客でもあるのか?と、俺は鎧を脱ぎ水浴びして、館の階段を上った。
待ち受けていたのは、カレーナとセシリー、セバスチャンの3人だけだった。
「シロー、これまで本当によく尽くしてくれました」
カレーナが公式な謁見の場のような口調で切り出した。
「転生者である、というあなたの言葉を疑ってはいませんでしたが、それでもなお、期待以上の働きでした」
これはもしかして?
「盗賊から私を救ってくれた時に話したように、あなたに恩賞を与えられるのは、伯爵家の継承が認められて私に領主の正式な権限が任されてからになります」
「ただ、迷宮の討伐は完了しました。王都が公認してくれるには日がかかるとしても、その事実は変わりません。あなたは約定を果たしてくれた。だから・・・本日この時をもって、あなたの誓約を解除します」
その言葉と共に、セシリーがカレーナの前にひざまずき、頭を垂れた。
俺は見よう見まねで同じようにする。
カレーナがあの俺にはわからない言語、真正語と言うのだろう、で長い詠唱を始めた。そして、最後に「ペデクト!」と唱えた途端、金属が共鳴するような音と共に、俺の首のまわりに光る鎖が浮かび上がり、それがセシリーの右手首につながれているのが見え、そして・・・砕け散った。
「ふむ、見届けました」
セバスチャンが立会人として厳かに告げる。そうだ、この老人は俺と同様に人のステータスを見られるスキルを持っていた。
「自分でも確かめて見るがよい」
促されて、ステータスを開く。
『ジョブ 冒険者(LV15) 』
解放された。
俺は、奴隷の身から、再び当たり前の、ただの都築史朗になったんだ。それがこんなに重いことだと、これまで思ってもみなかった。
「あなたは、自由です・・・シロー」
カレーナが再び、厳かに言った。そして、口調が少し変わった。
「これまでのことを許して、とは言いません。許しがたいことでしょうから。ただ、その上で、私はあなたが信頼できる人だと、そしてもしかなうものなら、自由になったあなたが、あなたの意志で、これからも私たちに力を貸してくれたら嬉しいと、心から望んでいます」
伯爵家の政務を取り仕切るセバスチャンが、続けて言った。
「そなたにその気があれば、当家に仕官せぬか?相応の立場で迎えると約束しよう。そなたの力は、当家にも、そして当家が治める領内の民のためにも大いに役立とう」
ムシのいい話だと思う。
人を騙して奴隷にして、命の危険にさらして働かせた。
それで役目を果たして解放したら、あらためて雇われないかって。貴族ってのはこういうものかも知れないが、客観的に見たらとんでもない主張だろう。少なくとも俺がいた世界では。
俺もずっと、いつか仕返ししてやろうと思ってた。そうだったはずだ。
けど、カレーナの言葉は、この時なぜか俺に恨みとか怒りとか、そう言う感情を引き起こさなかった。
そういうのを忘れたわけじゃないけど、正直これもありじゃないか、とも思ったんだ。
俺が奴隷にされたばかりの頃、カレーナはたしかこう言ったんだ。
“私は、領民たちを守るためには手段を選ばないと決めたの。そのために、今は嫌でもあなたに力を貸してもらう”って。
そして、それを実践しきった。自分の命も危険にさらして迷宮討伐を完遂した。
カレーナだってまだ19に過ぎないのに。
『風とともに去りぬ』のスカーレットのセリフに似たようなのがあった。
“嘘をつき、盗み、騙し、人殺しだってします”って神に誓って故郷を守り抜いたんじゃなかったっけ。
ムカつくけど、ある意味あっぱれな覚悟だとは思った。だからだろうか?
わからない。
そして、すぐには心を決めることもできなかった。
セバスチャンの“領内の民”という言葉に俺の脳裏に浮かんだのは、貧しい格好で花を売るレダさんの姿だった。
ああ、そうだ。行かなくちゃ。
「すぐに決断できずとも良い。当面は館の客間に滞在できるようにしておくゆえ、考えてくれるがよい。それまでは当家の客人として扱わせてもらう」
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もう夕暮れ時だったが、俺は街に出ていた。
そして、後悔していた。
二度も会ったのに、次にどうやったら会えるか?まったく聞いてなかった、レダさんに。
いくらデート技能レベル0の初心者でも、まぬけすぎる。JCにだって笑われそうだ。
(笑ってほしいの?)
あぁ、むなしい突っ込みをありがとう。
「リナ先生・・・先生の叡智で俺がレダさんとめぐり会える方法を教えて下さいっ」
「それは、来年の株価を当てるより難しいわね」
わざわざ声に出して宣告しなくても。たぶん、この世界に株とかないだろ?
俺は三たびバンの宿に向かいかけ、あそこにはもう俺の荷物もないし、と思い出して、中央広場に戻りうろうろし、丸太に座ってぼーっと店や屋台の呼び込みなんか眺めて、気がつくと粘土をこねていた。
カレーナが身につけていたブローチっていうのか、花が咲いたような、ちょっとそれをアレンジしたような意匠の曲線的な造形が、なんかいいな、と思ったんだ。
ただ、あそこまで大きくも派手でもない方がもっと似合いそうだな、色はカレーナみたいな薄紅色って言うより、水色とちょっと薄い紫が入ったイメージかな、で、すべすべしてラメ感のあるセラミックに固めてみる・・・
「・・・素敵ですね」
「そーかな、気に入ってくれるかな、むしろ、ナニこいつキモっ的な?・・・えっ」
びっくりして顔を上げると、レダさんもびっくりしてた。え?えっ?
「呼んだのに、気づいてなかったんですか?」
ちょっと心外そうな、っていうか、どこから見られてた?
「シローさんが細工師の技を持ってるなんて、知りませんでした。でもこんな通りの真ん中で、もう暗くなるのに、ぶつぶつ独り言を・・・」
「えっと、これは、そうじゃなくて・・・」
見なかったことにして、お願いだから。
「体が冷えるし、屋台にでも行きませんか?」
「は、はい! 行く、いきます、行けたら、いこか?」何段活用だ、おい?
なんか頭がついてってないが、また会えたとか、これはフラグが立ってるに違いない。
幸運の神様には前髪しかない、だから通り過ぎた後から追っても掴めないのだ、ってどっかの国のことわざだ。どんなハゲだよ、とか今は関係ないのだ。
そうだ、最後の銀貨1枚、残ってる。
「おごりますっ」
レダさんおすすめの、魔物の肉じゃない串焼き屋台で、俺は見栄を張った。魔女っ子とのデートの苦い失敗を繰り返すな、俺。
くすっ、と笑われた。
「ちから入りすぎですよ、シローさん・・・でも、ありがとう」
くっ、これがオトナの女の余裕か。
熱々の串焼きを頬張って、しばし無言になる。
それから、レダさんの視線が、ちらちら俺の懐とあさっての方を行ったり来たりしてから、さりげなさそうに口を開いた。
「・・・どなたかにプレゼントですか?」
「えっ」
俺はさっき懐にとっさに納めた、ブローチもどきを押さえた。頭に血が上った。
「うらやましいです。手作りのアクセサリーなんて、きっと喜ばれますよ」
「・・・えーっと、その」
「この間の・・・花束の方、もしかしてカレーナ様に、ですか?」
「いやいや!違うから、ほんとに。カレーナさんはピンクのイメージだけど、レダさんは水色か紫かなって・・・」
「あ、たしかにカレーナ様はピンクがお好きですものね。え・・・はへっ!?」
レダさんがヘンな声をあげた。あわてて両手で口を押さえてる・・・
「あ・・・」
「え・・・」
俺は、頭が真っ白になって、ぐびっと、つばを飲み込んだ。
「あの、レダさん、これ、受け取ってくれるかな、って」
レダさんが真っ赤になってた。初めて見る。俺たちはじっと見つめ合って、立ち尽くしていた。
「いいねえ、若いってのは・・・」
不意に、屋台のおばちゃんの声に、はっと我に返った。
「いいとこだとは思うけどね、お客さんがた、屋台の前でずっと続けられると、ちょっとねぇ・・・」
「ごめんなさいっっ!」
こんなに足速かったんだ、ってぐらいの勢いで逃げ出したレダさんを、俺はあわてて追っかけた。
 




