第55話 解放①
ついに迷宮ワームを倒したはずだ。だが、それを見届けることなく帰還せざるを得なかった俺たちは、翌日、討伐完了の結果を確かめるため再び迷宮に向かった。
きょう迷宮に向かうのは、いつもの6人だけじゃない。
既に迷宮ワームの結界がなくなったことで、人数制限なく入れるはずだから、最初に討伐の主力だったザグーやイグリらの幹部も、最深部を見たい、と同行している。
なんと、戦場を離れて久しいセバスチャン老まで同行している。
セバスチャンは、何十年も前だが迷宮討伐が完了した状況、つまりワーム討伐後の最奥部を見たことがあるらしいから、確認のために、ということのようだ。
「あれは先々代様の治政下、それがしが若き気鋭の騎士よと期待を集めておった頃にござるが・・・」
あー、年寄りの昔話が始まったぞ、まわりの連中もちょっと面倒くさそうだ。
だが、迷宮の入口を入ると、みんな警戒の色が強まった。そこここに、天井が落ちて積み重なった土砂が散っている。
昨日、ワームが暴れてからかなりの落盤が起きたんだ。
調査の間に洞窟が崩落して生き埋めになるのはゴメンだから、ベスが「地」魔法で修復したり、俺が粘土壁で内側を補強したりしながら、ゆっくり進んだ。
だが、そうしてワームの粘液で発光していた壁面が覆われると、洞窟内はその分暗くなる。初日以来、久々に松明も必要になった。
「いるよ、コボルド3匹!」
ラルークが警告するとすぐに、暗い洞窟の奥から、小柄な素早い人影が飛びかかってきた。
だが、今のこのメンバーなら、コボルドぐらいは問題にならない。ラルークと共に先頭を歩いていたグレオンが、あっという間に2匹を始末し、すり抜けてきたもう一匹は、イグリが切り伏せた。もう怪我の影響はなさそうだ。
イグリもパーティーを外れる前の戦いで経験値を稼いだようで、騎士LV7になっている。
そして、スキルで“剣技(LV4)”を持ってるから、なかなかの腕前なんだな。
そう、俺もけさ目覚めたら、ついに冒険者LV15に上がっていた。
『ジョブ 冒険者(LV15)/奴隷(隷属:セシリー・イストレフィ)
スキル お人形遊び(LV9)
粘土遊び(LV9)
剣技(LV3)
投擲(LV1)
弓技(LV1)
騎乗(LV1)
薬生成(LV1)
判別(中級)
HP増加(中)
速さ増加(小)
アイテムボックス
パーティー編成
パーティー経験値増加
察知
地図
発見 スキルポイント残り 4 』
そして、手に入れたいと思っていた、判別(中級)というスキルを身につけたことで、パーティーを組んでなくても、見た相手のスキルや能力が見抜けるようになったんだ。
すごくゲームっぽい便利スキルだ。別に知りたくないが、イグリは、
<人間 男 31歳>とかいうことも表示されるようになった。
他のパーティーメンバーは、ベス以外が全員1レベルずつ上がり、カレーナ、セシリー、ラルークがそれぞれLV12に、グレオンはLV13になった。
昨日のMVPはどう見てもベスだったのに、ちょっと複雑だ。
パーティーで経験値が均等割されたことと、その前日、他のメンバーがあがらないのにベスはLV11にあがっていたこと、そして魔法使いはレベルアップに必要な経験値が少し多いらしいから、それも影響してるんだろう。
魔法使いは、そういう意味では活躍の割にレベルが上がりにくいジョブなのかな。ただ、それを避けようとソロプレイするのは、HPがおそらく低めな魔法使いにとってリスクが大きいだろうし、難しいところだ。
俺がジョブチェンジする時は、よく考えないとな。
「それにしても、討伐完了したはずが、一階層から魔物が出るのか」
バタの嘆息に俺は我に返った。
そうだよな、そこは問題だ。
「迷宮ワームは確かに倒したはずですが・・・」
「各階層を隔てていた結界も無くなっていますから、魔力が湧き上がってきている、ということも考えられますな」
カレーナの少し不安げな様子に、ザグーがフォローしている。
結局、4階層までの間に、さらに三度戦いがあった。
いずれも湧いたばかりと思われる低レベルの魔物だったし、今日は総勢12人なので問題はなかったが。
一度はセバスチャン老が、レベル3のオークを一刀のもとに切り倒した。
それがなんと、剣舞みたいな華麗な剣さばきで、正直すごくびっくりした。そのあとゼーゼー肩で息をしていたから、やっぱり無理はして欲しくないけど、「まだまだ若いもんには負けん!」とかテンプレな台詞がめちゃくちゃはまってて、お見それしました、って感じだった。
  
そんなこんなで、四階層までは戦闘面では危なげなかったので、ベスと俺は土木作業員として、迷宮が崩れないよう補修に専念しながらついて行った。
だが、五階層に降りた途端、空気が変わった。
これは、よくないな。
既に通った所なので、地図スキルが使える。そこに多数の赤い光点。また大量に湧いてるようだ。索敵スキルをフル稼働させてるラルークと目で合図をする。
「ちょっと大掃除が必要そうだよ」
接近戦メインの幹部たちには少し下がってもらい、ベスと、おそろいの魔法使い衣装にチェンジしたリナを前に出す。
少し歩くと、天井・壁・地面と、肉食蔦に覆われていた。スライムがそこに多数へばりついてるが、レベル1と2ばかりで、湧いたばかりなのがわかる。
そこを、ダブル魔女っ子の火炎放射で焼き払う。
「一日でこれだけ魔物が湧くなんて、いくら剣を振るってもキリが無いな」
セシリーが無力そうにつぶやく。たしかに、これを一々武器戦闘で片付けることになったら気が遠くなるだろう。
水辺に着いてセラミック船を出現させると、初めて見る幹部陣は唖然としていた。
「どうやって渡るのかと思ったが、まさかこんなことが・・・」
セバスチャン老が過去に攻略した迷宮にはこうした水域はなかったそうで、これは必ずできるものではなく、地下水脈なども関係するのだろう、と言う。
他領の迷宮討伐では聞いたこともあるとのことで、その際は大勢の人夫に木材を運ばせ、船大工に迷宮内で船を作らせるという、大仕事になったらしい。
地下の迷宮にこんな水域があるとは、他の幹部たちは予想していなかったようだ。
俺たちも最初見たときは目を疑ったからな。
湖には昨日、感電作戦で掃討したはずなのに、また少なくない魔物が湧いていた。ただし、レベルの低いクラゲ程度だが。
ここは、再びベスの独壇場だった。強化した雷撃を水中に通すと、昨日よりはかなり少ないクラゲの死骸が浮かび上がってきた。
これを放置すると、また魔物が湧く元になるかもしれないと、きょうは領内の川漁師たちから網を借りてきてあった。
幹部たちも総出で、クラゲの死体をすくい上げ、それを僧侶モードに変身させたリナと、カレーナ、そして同行していたヴァロンの3人で、片っ端から魔石に変えた。
石というのも微妙な、ほとんど砂粒ぐらいのサイズにしかならなかったが。
「こういうのも、魔除け札や魔法具を作る原料になるから、一応売れるんだ」
ヴァロンのおっさんが教えてくれた。
そして、湖水を渡り終える頃、薄い霧を通して、ワームの巨体が見えてきた。
昨日までは結界のために光る霞しか見えなかったから、やはり結界が消えた、つまりはワームは仕留めたってことで、間違い無いんだろう。
同じことを思っていたのか、隣でカレーナとセシリーがほっとした様子だった。
だが、近づいてみると、そこには異様な、そして気色悪い景色が広がっていた。
ワームの亡骸には、びっしりと光る苔と、うごめくスライムが群がっていたのだ。
「う、うぇ・・・」
ベスが吐き気をこらえているようだが、俺だけじゃなくてよかった。
既に腐敗し始めているのか、あるいはスライムに消化されているのか、昨日の腐食液の匂いなどともまた異なる、鼻が曲がりそうな匂いだ。
巨大な殻は半透明で中が見えるが、その殻の内側にも無数のスライムがうごめいている。
特に昨日グレオンたちが穴をあけた部分や、腐食液を噴出した尻のあたりに多数が群がっているから、あそこから中に入ったのかもしれない。
「これは、確かに討伐完了ですな・・・いや、しかし」
「早めになんとかした方がよいな」
ベリシャとザグーが、あまりの惨状に、鼻をつまみながら会話している。
「浄化するにも、まずまわりのスライムたちを排除しないと、ベス?」
「・・・はい、大丈夫です」
ベスは青い顔をしながら、魔力を練り始めた。
俺も、リナを再び魔法使いに着替えさせた。後の浄化はカレーナとヴァロンもいるしな。
そして、この日一番の大きな炎が、巨大なワームの殻を包み込む。
迷宮の壁とワームの間にはほとんど隙間が無いから、完全には行き渡らないかもしれないが、少なくとも見える範囲のスライムは焼き払われ、僧侶組が殻に近づけるようにはなった。
カレーナとヴァロンがコーラスのように詠唱を合わせる。これだけの大物だから、二人がかりで浄化しようということかな。
「浄化!」
凜とした声が洞窟内に響き、巨体が淡い光に包まれ、少しずつ、少しずつ霞んでいく。
俺はふと気づいて、ベスに目配せする。
ベスも思い至ったようだ。あわてて小袋から、魔力回復丸を取り出した。そして、ちょっと考え、半分かじってから、まわりの目を気にしながら俺に残りを渡す。
「まだ、枯渇したってほどじゃないんで・・・」
リナに向かって言い訳してる? ってか、リナもなんだよ、その目は。
そんな場合じゃねーんだよ。
迷宮ワームの巨体が完全に消え、初めて見る大きな、ソフトボール大ぐらいあるオレンジ色の魔石に変わった。
その時、巨体に支えられていた、洞窟の最奥がガラガラと崩れはじめ、ズズズズッという激しい振動が響き始めた。
ほら、来ただろっ!
俺とベスは頷き合って、全力で粘土スキルと地の魔法を発動させた。
ベスがまわりの地盤に生じている亀裂と動きを押さえ込み、俺はその内側に、粘土のアーチ構造を貼り付け、一気に硬化させる。
他のみんなは盾を持ってきた者に身を寄せ、それで落ちてくる土砂を必死に防ごうとする。
俺のイメージは、昔、図鑑で読んだトンネル工事だ。
山の中で大きなトンネルを掘る工事では、掘った先から、速乾性の液状にしたコンクリートをスプレーのように壁面に吹きかけていく。「吹き付けコンクリート」って呼ぶらしい。
これは力づくで土砂の重みを支えるんじゃなく、地盤をくっつけて一体化させることで、土砂自らの重みが、アーチ状に互いに押し合う圧縮力になって空間を維持するのだ、とか書いてあった。
圧倒的な質量の土砂と力比べをして敵うはずはない、が、集中して力を注ぎ込み続けていると、徐々に振動は収まり、降り注ぐ土砂は小やみになっていった。
ベスはさらに、見えない地下の水脈に精神を向けて、冷凍魔法をかけているようだ。これで崩落は止まるだろう。
「おさまったか・・・」
壁が粘土で覆われたことで、場を満たす光が消え、あたりはほぼ真っ暗だ。誰かが松明を探しているようだが、その前に、リナが小さな灯火をともした。
魔法使いに戻しておいてよかったな。
「ようやく、迷宮の魔物の脅威から、我が領内は解放されたのですな」
セバスチャンが、感極まったように言葉を紡ぎ出した。
「やっと、“武”のみならず“政”で民を安んじ富ませるすべを考えられるところまで来ましたな、姫」
「そうですね、これからも、いえ、これからますます大変です・・・」
カレーナの厳かな声が、暗い洞窟の中に響いた。
「みな、これからも頼みにしております」
 




