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第54話 凱旋

ついに迷宮ワームを倒した、はずだ。だが、そこで俺の記憶は途切れていた。

 目が覚めると、迷宮の出口が見えた。

 あぁ、戦いはどうなったんだっけ?


「目が覚めたのね」

 これは、カレーナの声だ。視線をあげるが、影があって見えない。この自己主張の強いふた山のシルエットは、間違いないな、確かめたいが腕が持ち上がらない。


 胸の谷間から、カレーナの顔がのぞいた。

 そうすると、この後頭部の柔らかい感覚は・・・ひざまくら? おぉっ、男の夢だ。これは夢だな、もう一回寝るか。


「寝るなっ!」

 セシリーだ。まったく、もうちょっとぐらいいいだろーと思ったが、セシリーが無理矢理、カレーナの膝から俺の上半身を起こしやがった。


「いけないわよ、急に起こしたら。頭も打ってるんだし・・・」

 そうだそうだ。しかし・・・

「ワームは!?」


「大丈夫よ。魔石にする余裕はなかったけど、結界は破れたし、間違いなく倒したと思うわ」

「ベスも最後の力を振り絞って、帰還を唱えてくれた」

 セシリーが目で示す先では、ベスが壁にもたれかかって座っていた。


 あれ?俺は完全にMP切れだったはずだが、そこまでひどい頭痛でもないな。

「あの、俺、なんでMPが回復してるの? ひょっとして丸薬を口移しで飲ませてくれた?とか・・・」


「するわけでないでしょっ!」

 カレーナが真っ赤になって叫ぶと同時に、セシリーに頭をボコッと殴られた。

「いたっ」

「お前の頭の中は、そんなことしか詰まってないのか!」

 いや、わかったから。俺、頭打ってるんだよね?殴んなくても・・・


「リナが?」

「そう、シローの胸に手を触れてた。そうしたらシローの顔色はよくなったんだけど、かわりに・・・」

 意識を失ったままの俺に、リナが触れて精気を送り込んでるように見えた、と。ただ、その後リナが小さくなって消えてしまったという。


 俺は慌てて、自分のまわりを調べた。

 いた。


 リナは定位置の腰の皮袋の中に、命の無い人形のように動かず収まっていた。どういうことなんだ?リナが俺とある意味で“つながってる”として、主である俺が倒れても、しばらくはリナは稼働可能ということはわかった・・・ダメだ、今の頭じゃ考えられない。


 俺は貴重な丸薬を半分だけかじってみた。

 じわじわと効き目が回ってきた。それと同時に、リナが目をパチリと開いた。


(回復した?)

「ああ、お前のおかげで助かった、のかな?」


(念話の方がエネルギー消費が少ないから。

 私はあんたの理解できる言葉で言えば、

 外部バッテリーみたいなものだから)


 どういうことだ?


(私はあんたからMPを充填されてるけど、

 あんたがMP切れになっても、充填済みのMPは

 残ってるからそれをあんたに戻すことはできる)


 そうか!ガス欠でおそらくは致命的なレベルだった俺に、リナが自分の中に残ってたMPを戻してくれたんだ。そのおかげで、俺はなんとか持ち直した。そして俺は最低限動けるようになれば、MP回復薬を使える。俺のMPが回復すれば、そこからリナにも再充填が始まり、こうしてリナもまた動けるようになる・・・


(まだしばらく動けないからね。

 へンなこと、しないでよね)

 するか!


 俺は心配げなカレーナたちに、念話の内容を伝えた。


「本当に不思議な話ね・・・でも、よかった、二人とも無事で」

 カレーナが姿勢を正して言葉をつないだ。


「あらためて、感謝しているわ。あの時、あなたが必死に落盤を防いでくれなければ、私たちは死んでいたかもしれない。最後の最後でね。だから、本当にありがとう」

 セシリーまで、神妙な顔で一緒に頭を下げていた。



 その時、小さな地震のような揺れが伝わってきた。それとともに、少し奥の方を調べに行っていたラルークとグレオンが戻ってきた。

「迷宮全体の魔力が拡散してる。そのせいでか、小さな落盤が続いてるんだよ。早く出た方がいいね」


 カレーナのおかげで肉体的な怪我は全員治してもらっていたが、それでもなお疲労で重たい体を引きずって、俺たちは立ち上がった。


「ベスは大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です。いま、お屋敷のセバスチャンさんに遠話でお知らせしましたから、王都への親書と早馬の準備をさっそく整えておくとのことです」

 親書とかって、どういうことだろう?


 足もとがおぼつかないベスに、俺は半かけの丸薬を見せた。

「えっと、半分かじっちゃった残りなんだけど、もったいないし飲まない?」


「え、シローさんこそ・・・でも、貴重な物だし・・・いただきます」

 躊躇していたが結局、口に入れた。ベスもやっぱりギリギリだったんだ。


(ひゅーひゅー、二度目は間接キスかぁ)


 お前は厨坊か! って皮袋をこづいたが、こいつは厨坊だった。


 他には聞こえない念話のはずなのに、なぜベスが赤くなってるんだ?


***********************


 トリウマに運んでもらい、館にたどり着いた時にはもう夕暮れになっていたが、騎士たち・兵たちが歓声と共に出迎えてくれた。


 ザグーやイグリら迷宮に一緒に挑んだ幹部たち。領内掃討戦で肩を並べた兵たちや、名前を知らない館の使用人たちまで。無事に帰ってきたカレーナの名を呼び、俺たちの肩をたたいて笑顔で讃えてくれた。


 俺には誰かに褒められたり、認められたりって経験がほとんど無いから、どういう顔をしていいかよくわからなかったけど、なにかじんわり温かい感じだ。


 だが、喜びもそこそこに、カレーナはセバスチャン老に付き添われ、なにか難しい顔で執務室に向かう。


 セシリーが珍しく俺に説明してくれた。

「迷宮の討伐完了は、大きな名誉であると同時に責務だからな、一刻も早く王都に報告しなくてはいけないのだ。特に、今回は期限を切られていたからな。すぐ早馬を出すことになる。書面はセバスチャンどのが作ってくれたが、カレーナ様の署名が必要だからな。祝い事とかは、その後さ」


 貴族とか領主とかってのもたいへんだな。

 だが、いずれにしても俺は今は休みたい。奴隷房のベッドだろうが藁の上だろうが構わない。

 それは、他のメンバーも、セシリー自身も同じようだった。


「明日は迷宮を平定したことの確認に行かなきゃならないと思うが、出発は遅めになるはずだ。ゆっくり休もう」

 

 俺はグレオンと肩をたたき合って、奴隷棟に向かった。体は重く、精神的にも疲れ切っていたが、それでもじわじわと達成感みたいなものがわいてきた。


「ところで、王都ってどこにあるのか知ってる?早馬を出すって言ってたけどさ」

 俺はふとグレオンに聞いてみた。


「あー、ずっと北の方だ。もちろん行ったことないがな。普通の旅なら7~8日かけて行くはずだ。早馬だって片道2、3日はかかるんじゃないか?」


 だから、明日は迷宮の掃討確認だとしても、しばらくはのんびりできるはずさ、とグレオンは疲れた笑顔を見せた。


 だが、その予想はすぐに外れることになるのを、俺たちはまだ知らなかった。

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