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第53話 地底の雷

迷宮ワームの結果に再び挑むことになった一行。カレーナには強い決意があった。

 昨日はほとんどなすすべも無く撤退した、迷宮ワームの結界。

 そこに踏み込む前に船の上で皆が携行食を取っていた時、俺の後ろでカレーナが何か小声で唱え始めた。


 俺にはわからない言葉だが、これは聞いたことがあるぞ。


 振り向くと、カレーナの体が一瞬、白いかすかな光に包まれた所だった。俺が何か問いたそうにしている様子を見て、カレーナはちょっと迷ったそぶりを見せたが、近づいて耳元でささやいた。

「命をかけてワームを討伐するって“誓約”したわ。誓約をかけると、それを破れなくなるかわりに、実現のための行動全般が強化される効果があるの。本来、誓約はこういう使い方をする呪文なのよ」


 そうだ、あの時の呪文と同じだと思ったんだ。

「・・・なぜ、そこまで?」


「私みたいなただの小娘にみなが従ってくれるのは、私が領主だからでしかないって自覚してるから。領主というのは、この地と民を命にかえても守護する存在。それが出来ないなら、国王陛下から認められようと認められまいと、領主たる資格はない。お父様にもお兄様にもあわせる顔がないわ」


 俺を騙して奴隷にしたことは許せない。色々残念なところもある姫さまだ。

 けど、俺よりひとつ上でしかない女の子が一人でここまでするってのは、すごいことだと素直に思うよ。俺なんか、あんな親でも一応片方はいたわけだし、未だに自分がなにをしたいのかさえ、よくわからない。


「だから、私はここで投げ出すことは絶対にしない」


「・・・それってさ、俺にもかけられるの?」

「えっ?」


 驚いた声をあげるカレーナに、俺は声をひそめて続けた。

「どうせ俺は迷宮の討伐完了まで縛られてるわけだから、命がけがもう一つ増えても同じだろ、なら、少しでも戦力になる方がいいんじゃないか?」


 カレーナはまじまじと俺の顔を見つめた。

「誓約を二重がけするのは難しいの。だから・・・でも、ありがとう」


 それからカレーナは、全員の準備が整ったのを確認してパーティー全体に物理防御アップの“守護”と魔法防御アップの“心の守り”をかける。

そして、一呼吸すると“破魔”を唱え、先頭に立って結界内に踏み込んだ。



 昨日と同じく、視野いっぱいに広がるワームの巨体。だが、心持ち昨日より俺たちの立つ空間が広がっている気がする。

「ワームが掘り進んでるから、かな?」


 セシリーが誰とはなしに聞くが答えるものはない。ただ、動ける空間が少しでも広いのは悪いことじゃない。腐食液を噴出されてもよける場所が増えるわけだし。

 

「まず、わたしが」

 ベスがそう言って、結界の魔法を唱え、ワームの殻自体がまとう結界にぶつけて相殺しようとする。

 右手から半透明のさざ波のようなものが出て、ワームの殻に沿って広がっていく。目をつぶって一心不乱に何かを探っている様子だが、なにも起きないまま、額に汗が浮かぶ。


「交替しましょう」

 大きく息を吐いたベスの隣りに、カレーナが立って破魔の詠唱を始める。

 今度は白い光がワームの殻を照らし出す・・・だがやはり、簡単ではないようだ。


「そうだ、グレオンさん」

 ベスが何か思いついたように声をかけ、グレオンの持つ剣に結界の呪文をかける。


「カレーナ様の呪文で、ワームの結界が弱体化していると思うんです。それなら相殺できるかも・・・」

「そういうことか、やってみる!」


 グレオンが、さざ波をまとった剣で、狙いを定める。

「ハァッ!」


ワームの殻の白い光が一番明るい部分に、一気に突き込んだ剣は、ギンッと鈍い音を立てた。

 刃先がかけたようだ。だが、その視線の先では、

「傷が入った」


 確かに、昨日はまったくかすり傷さえ負わせることができなかった迷宮ワームの殻が、2,3センチだが確かにえぐれ、殻の破片が足もとに落ちている。

「いける!」


「グレオン、これを使ってよ、代わりはいくらでも創れるから」

 思いっきり硬化させたセラミックの剣を創り出して渡す。

 グレオンは頷くと、同じ所を狙ってさらに突きを続けた。徐々に傷が深くなっていく。

 セシリーも負けじと隣りで結界をまとった剣の渾身の突きを始めた。


 だが、やはりと言うべきか、ワームの体に傷をつければ、ワームもこっちに気づくに決まってる。

 俺の出番だ。


 ベスが“麻痺”の呪文を唱えて、ワームの動きを一瞬だが遅らせてくれた。その時間を使って迷宮ワームの尻の穴?の内部に、ありったけ粘土を出現させて詰め込む。奥へ、もっと奥まで!・・・そして、そのまま紙粘土が乾いて石膏になるように、どうやってもひり出せないぐらいカチカチに固めてやった。


 迷宮ワームの体、と言ったって見えるのは尻だけだが、がぶるんと震えるような動きをして、次の瞬間、強力な腐食液が噴出しようとして、そして詰まる。


 ワームの体が、いきんで膨らんだように見える。身もだえしているようだ。

 “便秘作戦”成功か?

 周囲の岩盤がギシギシと揺れ、天井から岩石がバラバラ降ってくる。それをベスが、魔法盾で防いでくれる。

 自分の腐食液が排出できないと、腸の中はどうなるんだろう?苦しそうだが。


 グオォォォーッ!と突然、鳴き声ともうなりともつかない重低音が、迷宮いっぱいに響き渡った。

 そして、ぎゅるぎゅるぎゅるッと、何かが急激に流れるような、こすれるような嫌な音がする。


 まずい!

 ヤバい直感に、俺はワームの尻全体を覆うような曲面状のセラミック板を、視覚イメージだけで作り出す。さらにそれを支える粘土の足場を作り出すイメージをしたのと、猛烈な破裂音とは、全く同時だった!


 栓をしていた粘土塊ごと、耐えがたい臭気を伴った腐食液が、ロケット噴射のように飛び散る。

 その勢いで、セラミックの“巨大おむつ”が吹っ飛ばされ、狭い結界空間の中で、俺たちを押しつぶしそうになるのを、つっかい棒がわりの粘土をありったけ出して、かろうじて圧死を防ぐ。

 グレオンとセシリー、リナが必死に支えようとしているのが見えるが、俺は粘土を出すことしか考える余裕がなく、変な体勢のまま挟まれている。


 ドババババッと激しい噴出音が、セラミック板の向こう側をたたきつけているが、まだなんとか破れてはいない。

 そのほとんどの噴出物が、“おむつ”に遮られ、ワーム自身の体に回り込むように浴びせられているようだ。


 グオオッ、オォォォッ!と、さらに悲鳴のような轟音がとどろく。苦しんでいる?


 噴出が終わるまで、セラミック壁を補強し続け、位置を支え続けるのに、急激にMPが消耗していく。


 ようやく、噴出が止まった。

 セラミック壁は所々、向こう側が透けて見えるぐらいのギリギリの薄さまで削られている。ジュワジュワとまわりのあらゆるものが溶ける音と、熱気と、異臭とが立ちこめる。

 俺は魔力を使い切ってがっくりと倒れ込み、それと同時にセラミック壁を無意識のうちに吸収していた。


 紫色の瘴気を通して、目の前に見えるワームの体は、2カ所がはっきりと溶け、ジュクジュクと体液が流れ出している。

 ひとつの穴は人の拳よりも大きく、もう一つはそれより小さいが、あれは、さっきグレオンとセシリーが傷をつけた場所だ。


 やっぱり殻を破られた所は、ワーム自身も、自分の腐食液に耐えられないんだ。


 だが、腐食液で覆われ、さらにワームの体液が流れ出しているそこに、直接武器を持って近寄ることは出来そうにもない。


「ベス、凍らせてくれ!」

 俺はぐったりしながら、指さした。


「氷?はいっ!」

 ベスが魔力を練って、水系統魔法を強化し、ワームの体表を凍らせる。


 これで腐食液を直接浴びることはなくなった。でも、武器で攻撃するわけじゃない。

「雷撃を!薬で目一杯強化して、なるべく深くまで!」


 ベスだってかなりMPが枯渇してるはずなのに、酷な要求をする。

 でも、わかってくれたようだ。覚悟を決めた顔で魔力回復丸を口に放り込み、魔力を練り始める。


 下半身が凍らされたワームの動きは鈍く、反撃の気配は無い。


 そうだ。魔法抵抗力があり、特に炎系統に強いというワームを倒すには、これしかない。

 あいつも体内にはたっぷり体液が詰まってる。その液体に思い切り強い電流を流すんだ。デンキウナギの電撃は、時に馬やワニまで殺すという。


ベスの指先から、まばゆい稲光が発して、ワームの傷口、流れ出す体液が凍った部分から、巨大な体内に送り込まれる。

奥へ、ここからは見えないおそらくは全長100メートル以上ある巨体の奥へ、体の隅々へ、ありったけの魔力を電気エネルギーに変えて流し込む。


 濡れた壁面を伝って、俺たちの体にもびりびりと電気が流れ出したので、とっさに俺は、壁面の露出している部分を乾いた粘土で埋め、漏電を食い止める。


 やがてワームの体が白く光り出し、殻を通じてその内部に膨大なエネルギーが満ちるのがわかる。


 ビクビクと震え始めたワームの体が、まわりの洞窟に激しい地震を広げていく。

 時間としては多分そんなに長くは続かなかったと思う。けど、俺たちにとっては永遠のようにも感じる、息詰まる時間だった。その震えは、最後にドンッと激しく揺れて・・・そして、止まった。


 その余波で、また天井がガラガラと崩れ始めた。

 ベスが魔法盾を張ろうとするが、MP不足か十分な大きさが出せない。


 その時、ひときわ大きな岩がカレーナとセシリーの真上に落下した。瞬間、目に入るものがスローモーションになる。

 俺はもう切れているはずのMPで、その二人の上に傘上のセラミック盾を出して、ああ、固定するのに脚がいるよな、支えられるMPはもうない、でももう一度だけ・・・と思った。


 だが、その結果を見届ける前に、俺の意識は焼き切れていた。

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