第52話 傾向と対策
ついに迷宮討伐の最終局面にたどり着いた俺たちだったが、ワームはあまりに巨大で打つ手が見えなかった。
昨日は街に帰り着いた時には、既に夕暮れだった。
水上戦・ワーム戦と続けて消耗が激しかったことと、攻略の目処が立たないこともあって、いつものように夜明けの出発ではなく、ゆっくり休息を取って朝は軍議を行う、ということになっていた。
要は策を練るってことだな。
どっちにしても地下の奴隷房には日の光は入らないから、夜が明けていてもわからないが、それでもぐっすり寝たことで、昨日の二度のMP枯渇や背中を焼かれた痛みも(傷自体はカレーナが治してくれたが)楽になった。
目覚めると冒険者レベルは14まで上がっている。これでHPやMPが少しは増えてるはずだし、もう1レベル上がると、“判別(中級)”を覚えるんだったな。
配給食をかじってから練兵場に行き、今や日課になっている戦士モードのリナとの剣の稽古をこなす。引きこもりの元ゲーマー&浪人だった俺に、一ヶ月前に戻ってこの生活を伝えても絶対に信じないだろう。
気づくと館の方から当番の兵が呼んでいた。軍議の招集のようだ。
軍議にはパーティーメンバーだけでなく、セバスチャン老やザグー騎士長らの幹部も出席していた。
カレーナや幹部たちの前には飲み物や軽食が置かれていたから、先に作戦を検討していたのかもな。
メンバーの中では、俺の他はベスだけがレベルアップしていた。
ベスはレベルが低かったから、必要経験値が少なめだったってことだろう。それでも今やLV11だ。パーティ編成していないのでスキルまではわからず、直接聞くと、新しく「雷」という魔法を使えるようになったという。
全員がそろったところで、セバスチャンがパーティーメンバーをねぎらい、セシリーがあらためて昨日の戦いの状況を報告した。魔物の詳しい情報はラルークが補足した。
一昨日掃討した範囲にも、わずか一晩で新たに魔物が湧いていたことには、ザグーたちも警戒感をあらわにしていた。
そして本題はむろん、迷宮ワーム対策だ。
「とにかく、剣が全く立たなかった。もう少し切れ味の良い剣なら、とかいうレベルじゃなく、何というか全く通じる手応えがありませんでした・・・」
グレオンの報告には、その力量を認めているからこそ、幹部たちも首をかしげていた。
(それはね、レベルが足りないんだよ)
「えっ?」
突然の念話に、俺は驚いて声をあげてしまった。腰の皮袋からリナがひょこっと顔を出している。
「なんだ?シロー」
バタがこっちを見ている。いや、皆見ている。
これは、しゃべらせてみるか、コミュ力が無い俺が中継するより、直接の方が説得力がありそうだし、俺も知りたいし。
「リナ、どういうことか、教えてくれよ」
そう言って、テーブルの上に立たせた。
ここにいるメンバーは一応全員、リナのことを知っているはずだが、それでも実際に会話したりした者はほとんどいない。
驚愕に顔を引きつらせているおっさんもいるが、今は無視だ。
「わたし、リナだよ。シローの特殊スキル
で召喚された、妖精みたいな存在かな」
誰が妖精だ、盛るなよ。ポーズを取るな。
「あのね、迷宮ワームは物理結界を持つ魔物だから
武器で傷をつけられるのは、ワームと同等以上の
レベルを持つ者だけ、って言われてるの」
レベルだって?ほとんどの者が意味がわかっていないようだ。だが、セバスチャン老がなにか思い当たることがあるようだ。
「むぅ、そう言えば・・・先代様がお若い頃に、一度迷宮討伐に成功したことがあったのだが・・・その時、ワームとの戦いでわしの剣はまったく通じなかったのじゃが、当時の騎士長らは傷を与えておった。あの時はわしがまだ未熟だからだと思っておったのだが・・・」
「セバスチャン、そのワームのレベルを覚えてますか?」
カレーナが勢い込んで訊ねた。
「たしか、レベル15?だったかと・・・騎士長のベスニク殿は、そうじゃレベル16だと聞いた覚えがありまする」
「そういうことか!」
セシリーが一瞬、希望が見えたような表情をしたが、ラルークの言葉にしゅんとなる。
「あのワームはレベル20だったよ。そうすっとこっちもレベル20以上ないと、物理攻撃は通らないってことっすかね・・・」
「ただ、物理結界を破れれば、誰の武器も通るよ」
「結界を破る?それって・・・」
再び、リナ先生の知識に注目が集まり、カレーナがおそるおそる訊ねる。
「破魔が効くってことかしら?」
「それは、魔力次第かな。破魔か結界の相殺か、
やってみないとわからないけど。
それに、昨日やったように魔法は効くよ。
ただ、魔法抵抗力もあるし特に火への耐性が
高めだから、覚えておいてね」
つまり、武器が効くかどうかはやってみないとわからない。しかも効いたとしたって、あのデカさで与えられるダメージは蚊に刺された程度かもな。
やはり魔法戦がメイン。ベスと、使い方次第でリナと俺だけか。
「あとは、あの腐食液の噴出をどうする?」
セシリーがもう一つの問題を提起する。あれは確かにヤバい。だが、
「えっと、それは俺に・・・」
「シローか、何か考えがあるのか?」
ザグーが水を向けてくれた。
「昨日はタイミングが遅くて塞ぎきれなかったんだけど、あれってワームの尻の穴みたいなとこだと思うんだ、だからさ・・・」
「べ、べんぴっ」
そういう反応になるよね、ベス。女子たち全員引いちゃったよ・・・
うん、要は戦いが始まったらすぐ、穴の中のなるべく奥まで粘土をびっしり出現させて、それを思いっきり硬化させちまおう、ってことだ。
「ま、まあうまく行くといいな」
グレオンがフォローしてくれたけど、目が信じてないよね。
もちろん、ダメだった場合のことも考えるさ。
「その、すっぽり穴のまわりを覆っちゃうようなセラミックのぱんつでも作って、 噴出したらこっちにかからず、ぱんつ内でおもらしした状態に、みたいな・・・」
紙おむつのイメージなんだけど、こっちの世界にはなさそうだから伝わるかどうか。
「お、オホン」
セバスチャン老もあきれ顔だ。誰かなんとかしてくれ、この空気。
「まったくお前って奴は下ネタ、いや、尾籠なことしか考えてないのかっ」
セシリー、その軽蔑した目はやめてって。俺なりに真剣に考えてんだからさ・・・
「で、ではともかく、腐食液対策はシローに、攻撃のメインはベスの魔法、そして結界をなんとか破れれば武器攻撃で支援すると、こういうことですな」
イグリがまとめに入ったよ。いーのか?これで。
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迷宮には四階層から、魔物が湧いていた。
四階層と五階層を隔てる結界がなくなったことで、魔力が上層にも上がってきているんだろうか?
幸い、吸血蔓や毒ネズミなど、大したレベルのものではなかったので、昨日見せ場が少なかったグレオンとセシリー、ラルークの武器攻撃組が中心になって片付けた。
小さな魔石だがかなりの数が回収できたので、少しは伯爵家の台所事情改善にも役立つかもしれない。
五階層では、やはり水辺からまた多数の魔物が出てきている。
しかし、こっちは考えがある。
俺は粘土の足場を作って、皆をその上に避難させた上で、ベスに新たに覚えた雷魔法を使ってもらった。
一瞬で、スライムたちが感電して動きを止める。
「え?どうして」
ベスも思った以上の効き目で驚いている。やっぱり。
こっちの世界ではまだ電気ってものがよく知られてないんだ。
俺は、水に濡れた状態では“電気”というエネルギーがよく伝わること、雷は強力な電気を一気に流す現象だってことを、なんとかざっくり説明した。
「雷って、天界からもたらされる力、なんだとしか思ってなかったわ」
カレーナの認識が、この世界のたぶん常識なんだ。
「じゃあ、あの湖でも使えます?」
ベスが思いついたように訊ねる。
「うん、たぶん、あの水の成分にもよるけど」
なにしろ魔力の湖だから、普通の水とは違うかもしれない。
だが、効果は俺の予想をも超えていた。
再び船を出して湖の中央付近に止め、俺たちが濡れて通電しないよう気をつけて、魔力を強化して練り上げたベスに、水中に雷撃を放ってもらうと、感電した魚やクラゲが数え切れないぐらいプカプカと浮いてきた。
予想以上に、強化されたベスの魔法の威力は増しているようだ。
おそらく、これでしばらくは魔物の発生が抑えられるんじゃないだろうか。
そして、どうやらナーガのような大物はもう潜んでいないと、ラルークが受け合った。
俺たちは湖を渡って、再びこの迷宮全体の主、ワームの結界へと向かった。
次回、いよいよ迷宮ワームとの再決戦です。




