第51話 迷宮ワーム
迷宮五階層の最奥、そこに俺たちはついにたどり着いた。
船をゆっくりと、迷宮五階層の最奥に向けて進ませる。
先ほどまでの激戦が嘘のように静まりかえった洞窟内に、スクリューがセラミック船を進める水音だけが響く。
その先には、得体の知れない泥のような堆積物が、岸と呼べるのか、わずかな陸地を作り、そのすぐ先に結界を示す淡く光る壁がある。
船底が堆積物に着くと、俺はその先に通路のように粘土を出し、歩けるようにした。
判別スキルには、特にその堆積物が魔物だとかは表示されないが、あれを直接踏むのはなんとなくまずい気がする。少なくともズブズブに足が沈みそうだし。
“おうちに帰る”で即時回収できることがわかったリナを先頭に立たせ、その後をラルークに続いて一列で慎重に歩く。
粘土で固めてあっても、やはり皆が乗ると岸辺の堆積物はかなり沈み込む。元々の地下の土だけでなく、魔力を帯びた植物の腐敗物とかが積み重なった感じだ。
結界の前まで着くと、またカレーナが先頭に立つ。ベスのレベルが上がったことで、その結界魔法でワームの結界を相殺して抜けることもできるらしいが、MPの消費量を考えてのことだ。
きょうは皆、肉体的な怪我を負ったりはほとんどしていないため、カレーナのMPには余裕があるし、いざとなれば瞑想で回復できるからな。
なんとなく皆、この結界の先が、最後だという直感めいたものがあるのだろう。
いつも以上に緊張してうなずき合うと、カレーナが“破魔”を唱え、歩を進めた。
結界が厚い、そして濃い、そんな感覚が俺たちを包み、それを抜けると、ついに目の前にいた。
これまで何度も目にしてきた、迷宮ワームの抜け殻に似た巨大な壁。
だが、それは抜け殻ではなく、鈍く白っぽく輝き、ゆっくりと蠢いていた。
<迷宮ワームLV20>と表示された。
目にしているのは、あまりにも巨大な、レベル以上に巨大なイモムシ状の生物のほんの尻の先に過ぎない。俺たち自身が、その生物の体がぴったり収まった空間の端のわずかな隙間にいるだけだから、全体像はまるでわからず、ただ視界いっぱいにその白っぽく光る、イモムシの表面の一部があるだけだ。
猛烈な異臭と瘴気、そしてずっとなにか重低音の振動が響いている。
俺たちは息をのみ、その存在感と濃厚な魔力に、圧倒されていた。
ひそひそ話さえ、この巨大すぎる魔物を目覚めさせるのではないかと、声をあげることが出来ず、パーティー連携で結ばれた意識に、ベスの遠話を仲立ちとして、それぞれの意思が伝わってくる。
ラルークのスキルでも、このワームの持つスキルや特殊能力はわからないようだ。おそらくそれ自体が結界のようなものに守られた存在なのかも知れない。
そして、カレーナの強い意思が伝わってくる。
全員が目を合わせ、狭い空間の横いっぱいに広がった。それを確認し、カレーナが挙げた右手を振り下ろす。
開戦だ。
グレオンとセシリーが、剣に体重を乗せて突き込むが、まるで岩のように刃が立たず弾かれる。
ベスが集中した魔力を絞り込んで炎のビームを至近距離で打ち込んだ、が、それも白っぽい外殻の表面を赤熱させるが、貫通はできないようだ。
ベスはそのまま火炎の帯を掃射し、中央やや下のくぼみのような所、もしかすると尻の穴か?そこに至った瞬間、白い巨体が身じろぎした。
効いてるのか?
その時、周囲の洞窟が激しく振動し、バラバラ頭上から土砂が振ってくる。
俺はとっさにセラミック盾を出して皆の頭上を守った。身じろぎひとつで地震が起きるとか、洒落にならないデカさだ。
だが、それで終わりではなかった。
攻撃された、と初めてワームが俺たちのことを意識したのだろう、まわりで魔力が急激に膨れ上がる感覚と共に、ベスが炎を打ち込んだ、ワームの尻が持ち上がってくる。
「ヤバい!」
ラルークが叫ぶ。
さっきのナーガのブレスとは桁外れの量と勢いで、紫色の粘液が噴出した。
俺は瞬間的に奴の尻の中に栓をするように粘土の塊を出現させたが、それは一瞬の時間を稼いだだけだった。
何かが裂けるような嫌な音と共に、粘土自体も砲弾のように粘液と共に噴射し、
ベスが張った魔法の盾にぶち当たる。
パリンッ!と魔法障壁が音を立てて砕け散り、かろうじて間に合った二枚目のセラミック壁に、噴出物がまとめてぶち当たった。
ジュワジュワッッ! と、強化セラミックさえ腐食する音と共に、俺が体で支えている部分も熱を帯び、端の方から溶け始める。
「もたない!」
「撤退するわ!」
カレーナが声と共に、ワームの結界を再び破る。
リナに一緒にセラミック壁を支えてもらいながら、仲間が結界の向こうに撤収する時間、俺は粘土を出し続け、補強し続ける。
腐食のスピードとの競争だ。 MPが急激に食われる。
最後にグレオンが結界の向こうに飛び込むのを見て俺は壁を手放し、結界の隙間に身を投じながらリナを帰還させた。
腐食液が背中に降りかかり、猛火で焼かれるような激痛が走る。
気がつくとセシリーとグレオンに身を支えられ、カレーナが治療呪文をかけてくれていた。
全員、なんとか無事のようだ。しかし、迷宮の天井と壁が大きく揺れ、目の前の湖面が波打っている。
ベスが地の魔法を唱えて、天井の崩落を防いでいるようだ。
「ベス、撤収完了だ! “帰還”を」
ラルークの合図に、ベスが詠唱を切り替える。その表情も青ざめ、再びMPが尽きそうな様子だ。
途端に天井に張り付いていたスライムや土砂が降ってくる。
俺は横になったまま、皆の上を覆うドーム状のセラミック壁を作り出した。こっちもMP枯渇で意識が飛びそうだ。残してあった船を吸収することでかろうじてMPをひねり出し、さらに壁を支え続ける。
その間に皆が手をつなぎ、セシリーが俺の手を握った。
「帰還!」
ベスの呪文が完了し、まわりの空間がゆがんでいく。
俺たちは命からがら、脱出に成功した。




