エピローグ1 サヤカエンド
アマナヴァル歴987年7月
王家の紋章をつけた30騎ほどの男女は、軍装ながら隠しきれない華やかさにも満ちていた。
辺境の村人たちは、一行が近付いてくると一斉に平伏する。
だが、誰もが視線だけはチラチラと白銀の鎧を着込んだ美女へと向けて、ささやき交わす。
形式張ったことは好まない気さくな方だと噂されるから、これぐらいでお咎めはないはずだ。
(おい、あれが勇者女王さまか、なんというお美しさ)
(それになんと凜々しいお姿でしょう)
(お隣にいるのが王子さまか?15におなりと聞いたが・・・)
(後ろの美女も、有名な竜騎士伯さまじゃないか)
(ねえ、父ちゃん、あんなにやさしそうな女の人が本当に魔王を倒したりできたの?)
(こら、疑うなんぞ罰当たりな。あの方は地上に降りた女神さまなんじゃ・・・)
民がひそかにざわつく様子に、お付きの騎士らはしかめ面で咳払いなどするが、当の女王の方は和やかにまわりを見回し、木の上からこっそりのぞいている腕白小僧たちを見つけると、笑顔で手を振ってみせる。
この日、女王の行幸を目にすることができた村人たちは、生涯それを知り合いたちに自慢したと言う。
「こちらが魔物の湧いておる洞窟にございます、女王陛下」
街道を外れかなりの山間に入った森の中には、既にまわりを簡単に整備し、調査が進んでいると思われる洞窟の入口があった。
勇者女王サーカキスこと、サーカキス・サヤカ・キサラギは、しばらく無言で暗い洞窟の内部に意識を集中し“察知”と“索敵”のスキルを駆使した。
「なるほど・・・たしかに、迷宮ではなく自然の洞窟に魔物が棲み着いたものらしい。種類は、いえ」
女王が元スカウトジョブで、高度な索敵スキル持ちであることを知らなかった若い騎士たちが驚いた顔をするが、サヤカはそれには構わず、傍らの少年に声をかけた。
「これは、そなたに探ってもらおう。セイヤ、“察知”してみなさい」
「はっ、はい母さん、じゃなかった、陛下」
いつもながらの母親の気まぐれぶりに、まわりに臣下らがいるのも忘れて普段の言葉遣いをしてしまった王子セイヤがうろたえる。
「・・・邪悪なものがいるのは感じられます。が、種類や数までは・・・くっ、すみません」
15歳の少年は悔しそうに答えた。
負けず嫌いの血も母親譲りだ。
「王子さま、探索者ジョブを得られたとは言え、LV1では察知スキルの精度は限定的ですから、魔物の存在を感知できただけでもお見事にございます」
背後から、母親とはまたタイプの違う銀髪であでやかな美女がそう慰めた。
ちなみに探索者ジョブは、大型アップデートに伴って生まれたジョブで、従来のスカウトと冒険者に代わるジョブだ。
「う、うん。ありがとうエヴァ、伯爵」
父の妻の1人であり母王の友でもある竜騎士は、セイヤにとっては幼い頃から世話をしてくれた身内であり槍術の師でもあるが、その色香に満ちた美貌は、思春期の少年にはかなり刺激的だ。
「まったくもう、エヴァも甘いなぁ」
こっそりと不満げに漏らしたサヤカが、一行に下知した。
「では、ここからは予定通り私たち6人でパーティーを組み、セイヤとレオナールの初陣を兼ねて、魔物の討伐を行う。他のものは出入口の警備と、中に入る者は少し距離をあけてついてくるように」
「はっ、しかしよろしいのでしょうか。王子様がたの初陣に、万一のことがあっては・・・」
何度も繰り返された会話だが、お付きの騎士らにとっては、女王自身と実戦経験の無い王子が少人数で魔物と戦うことに、一抹の不安もある。
無論理屈では、誰もが最初は未経験なのだし、世界最強の勇者女王がついている以上の護衛などありえないのだが。
「マックス、気持ちはよくわかるが心配はいらぬ。なにがあろうと私が女王陛下と王子殿下の盾となりお守りする。それとも、“元”親衛隊長では力不足か?」
「と、とんでもない。ベルワイク伯爵様が護衛の任にある以上、不安などございませぬ」
現在の親衛隊副隊長である騎士が、あわてて頭を下げる。
王子と同じくきょうが初陣となるレオナールの母親として6人のパーティーに入るのは、勇者女王に次ぐ実力者と称される“竜騎士伯”なのだ。
「レオナールも、準備はよいですね?」
「は、いつなりと」
セイヤ王子より10日遅れで生まれたレオナールは、15歳とは思えない長身に母親譲りの銀髪の美少年だ。今月、騎士のジョブを得ている。
王子の異母弟であり親友、同時に互いを意識しライバル心も持っているのを母親たちは知っていた。
6人のパーティーは、サヤカとセイヤ、エヴァとレオナールの他には親衛隊の2人。実力に加え、パーティーのバランスをとるために、修道士と魔法戦士のジョブを持つ者が選ばれている。
最初は前衛にこの魔法戦士がサヤカとエヴァと並び、後衛に初陣の2人と修道士が続いた。
女王は、出来る限り王子に索敵役の責任を担わせる考えだった。
至らぬ点は自分がカバーすればよいし、戦況全体を把握する意識を持たせるためにも良策だろう。
それで少し経験を積んだら、次は武器による直接戦闘にも参加させるつもりだ。
「セイヤ、パーティー遠話を結ぶから、探知した情報を共有しなさい」
「はいっ、陛下・・・」
***
エルザーク王国の北に接し、旧プラト公国までも含む広大なサーカキス王国が建国されてから16年。
現在の人口は300万を超え、旧プラトの人口を既に上回ってさらに増加中だ。
あの天変地異によってキヌーク村付近から流れ出た河は、コバスナ山脈の北側を流れて濃紺の海に注ぐ新たな大河となった。
このコバスネル河に沿って、新街道と多くの街が形成され、これがサーカキス王国南部の発展を加速した。
それより北では、旧プラト領内を東西に流れるドニエスト川に沿った、チラスポリやザトカが復興の象徴になっているが、首都は昨年あらたに建設された、王都モカへとチラスポリから移った。
言うまでもなく、“魔王との最終決戦で命を落とした”とされる、勇者女王の双子の姉、聖女モカにちなんで名付けられた“大陸一美しい”とされる都だ。
だが、急ピッチで進んだ農地開拓や都市開発の陰で、各地に散った魔物の脅威は無くなったわけではない。
おそらくこの世界のシステムとして、一定数の魔物の存在は無くならないのだろう。
この16年、勇者女王サヤカとそのパーティーメンバーらが中核となって、領内の迷宮討伐や魔物の巣の掃討が進んだが、それでも辺境にはこうして時折、新たな魔物の群れの発見が報告され、掃討が行われている。
今回はそれを、15歳になりジョブLV1を得た王子らの初陣として使うことになったのだ。
勇者女王サーカキスは、“賢者宰相”と呼ばれる夫シロー・ツヅキ公爵との間に、3人の子を産んでいる。
15歳の王子セイヤ、11歳の王女レイカ、6歳の王子シュウトだ。
シローが女王の他にも4人の公妃を持つことから、王子らには多くの異母兄弟がいる。
現在は外務卿として外交政策で女王を補佐するエヴァ・ベルワイク伯爵が産んだ、レオナールとハンナ。
国軍参謀も務める“エルフの公妃”ルシエンが産んだ、14歳のリンデール。
工務卿として産業振興や都市計画で活躍し、“ドワーフの公妃”と通称されるノルテ・バズシードが産んだ娘のアルトリアは、去年15歳になって初陣も済ませ、現在は既に<錬金術師LV5>になっている。
そしてもう一人、6歳になった娘ノーマがいる。
そして、“人狼の公妃”カーミラは、13歳の娘カリナ、11歳の息子カリオン、5歳の娘コリンを産んだ上に、現在も妊娠中だ・・・。
サーカキス王国の王位継承権を持つのは、女王が産んだ3人の王子王女のみだが、異母兄弟にあたる宰相公爵の子らにも、既に多くの縁談が大陸各国から舞い込んでいる。
新興でありながら、既に経済的にも軍事的にも大陸の主要国の1つとなっており、しかもまだ何の係累も持たない王国と、縁戚関係を結ぶことを多くの国が望んでいるのだ。
***
「シロー、ただいまぁー、つっかれたー」
後宮と言えば、普通は王の妻子が暮らす王城の奥宮だが、女王が治めるこの国では女王の私邸のようなエリアを指す。
気心の知れた侍女たちしかいないこの建物の一室に入ると、鎧兜を脱ぎすてたサヤカは、こちらも政務を終えて帰ってきたばかりの夫の胸にダイブした。
「うわっと、イタタっ。サヤカ体重増えたんじゃないのか?」
「こら~っ(怒)、危険な仕事を終えて帰ってきた愛しい妻に、第一声からそれかっ!?」
「ナニ言ってんだよ。俺が行くって言うのに“久々に暴れられるチャンスは譲れない”とかってウキウキして出てったくせに。こっちは2人分、陳情やら外交やら片付けなきゃならんから、もうへろへろだっての」
ケンカなのかじゃれ合っているのか、いつも通りの両親の様子に、王子は妹弟と苦笑しながら顔を見合わせる。
「母さん、まず水浴して汚れを落とさない?それに、きょうはエヴァさんたちと夕食を一緒にするんだから、あまり時間もないよ?」
「そうそう、ルーヒト兄さんも来てるって、ハンナが言ってました」
「あら、ルーヒトも?久しぶりね」
“竜神の器”としていずれ白嶺山脈の竜王になると目されているルーヒトだが、そのいずれは、明日かもしれなければ百年後かもしれない。
竜王のもとで基礎的な修行を終えたルーヒトは、今は世界の理を理解することが学びになるとして、諸国を放浪している。
人間のいない所では竜の姿になって飛んでいるらしいが、時折、人の姿になって人界の母であるエヴァのところを訪ねてくるのだ。
「兄さま、たたかい、どうだったの?」
幼いシュウトが兄の初陣の武勇伝を聞きたがる。
「え・・・その、うん、もちろん、軽いもんだよ。オークなんか何十匹もやっつけたんだぜ」
「さすが兄さま、みたかったなぁ」
「こらこら、セイヤ、話を盛らないの。やったのはほとんどあたしとエヴァじゃん。途中で転ぶわ、剣はすっぽ抜けるわで、大変だったじゃないの。このあと反省会だからね」
「ええっ、母さんそれはもうさっきので・・・」
「・・・」
身長ではもう母親を抜いて父と同じぐらいになっているセイヤだったが、LV1の少年が、目の前の勇者の戦いぶりを見せつけられて、その次元の違いに圧倒された一日だった。
「まあ、それは時間のあるときにゆっくりな。明日は慰霊祭に行くことになるんだから、夕飯済ませたらその支度もあるだろ?」
「・・・そうだったわね。もう16年経つのか・・・今年からセイヤも参加するんだしね」
毎年この時期には、魔王城跡であるシャマノラ王国、旧モルデニア北部で大陸各国共同の慰霊祭が行われるのだ。
隣国の女王である以前に、大戦の英雄たる勇者サーカキスが出席しないというのはありえない。
「シャマノラ王国は初めてだし、ちょっと楽しみだな」
「いいなぁ、兄様。わたしも行きたいな」
「ぼくもぼくも」
「こらこら、遊びに行くんじゃないぞ。なくなった大勢の人たちの慰霊なんだからな・・・・」
魔王大戦を知識としてしか知らない若い世代が増えている中、教訓を後世に伝えるための行事でもある。
まだ王子には伝えられていないが、初陣を終えたセイヤを、そこで各国首脳に王太子として披露するのがサヤカとシローの考えだった。
「慰霊式の翌日はスヴェトラナの封印の地に、各国代表を案内するから、父さんたちは2日間、不在にするからな。ノルテに頼んでおくけど、いい子にしてるんだぞ?」
「えー、母さん、あしたもあさってもいないの?」
「あ、じゃあ、ノルテさんのところにお泊まりしてもいいの?」
まだまだ母に甘えたい盛りのシュウトと違って、レイカの方は後宮の別棟にあるノルテの館で、仲良しのアルトリアとノーマと一緒に寝られるのが楽しみらしい。
かつて魔王が封じられていたモーリア坑道などの“封印の地”は、現在はサーカキス王国内の重要な史跡となっている。
今も魔物が集まりやすい地勢だし、火山活動を監視する意味もあって、亡き北の巫女の名をつけたスヴェトラナの街が築かれ、代官が置かれている。
慰霊祭に参加する遠方の国の代表の中から、シャマノラとは隣国なのでこちらも併せて視察したいという要望があり、こちらはサーカキス王国が受け入れ準備中だ。
「シュウちゃんと一緒に寝られないのは母さんも寂しいよ、なるべく早く帰ってくるからね、ちゅっ」
勇者女王サーカキスは、夫や長男には厳しいのに末っ子にはデレデレ、というのは王宮関係者の秘密なんだとか。
「さっき外務省から連絡があって、今年はマリエール女王も参加だって」
「あら、マリちゃんも来るんだ、それは楽しみね・・・」
サーカキスとメウローヌのマリエール女王、そしてシャマノラのアメストリス女王は、『大陸3女王』と呼ばれ、大戦後の新時代を象徴する存在になっている。
いずれも優秀な為政者であることを示した3人は、性格はそれぞれ全く異なるにも関わらず意外に気が合って、大戦後に結ばれた多国間条約などは、この3人の“お茶会”で合意されたものが多いと言われる。
中でもサーカキスとマリエールは親友と言える間柄だ。
それぞれの夫であるシローとヤレスが、知る人ぞ知るエルザーク王国冒険者ギルド時代からの知り合いだということもあって、直接会う機会は乏しいながら家族ぐるみの親しい関係を結んでいる。
「ジャンヌ姫も15歳になったはずだから、連れてくるかもしれないな」
「え・・・ジャンヌちゃん」
突然、セイヤがあせりだした。
サヤカがにやっと、肉食獣の笑みを浮かべた。
「そーかそーか、ジャンヌにいいとこ見せたいよねぇ、楽しみだなぁ~」
「か、母さん、そんなつもりは・・・」
「いーからいーから、ジャンヌちゃんかわいいもんねぇ。かーさんも応援するよ~」
「そういうのは、いいから。いや、マジうざいから、やめて」
「コラ!母親に向かってなんつー口を・・・」
「サヤカもセイヤも、やめようよ・・・」
いつもグダグダで、王家の威信もナニもあったもんじゃない一家なのだ。
後世の(ごく一部の)歴史家によれば、これもまた、勇者女王の知られざる秘密?であったとかなかったとか・・・。
長い間愛読いただき、ありがとうございました。
これにて、長きにわたったシローの転生物語、本編完結です。
明日、最後の「エピローグ2」を更新します。




