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第50話 湧き出ずる魔の湖

地下五階層に広がる水域を、俺たちは粘土スキルで作り出した船に乗り、ベスの魔法で帆に風を受けて進み始めた。

 俺たちを乗せた小さな魔法帆船は、ゆっくりと迷宮内の水上を進んでいく。


 これまでの迷宮の階層の長さを考えると、最奥まではあと数百メートルしかないはずだ。

 だが、壁も湖水もかすかに光を放っているものの、粘っこい湖水の上には濃い霧のようなものが湧いて視界を遮っている。

 不思議なことに、ベスが魔法で起こしている風が帆を押しているのに、この霧は吹き払われることもない。


 俺の地図スキルでは、一度は行ったり見たりした場所しか表示されないし、ラルークの索敵スキルでも、魔力が濃すぎて個々の魔物を判別できないようだ。

 魔法使いモードのリナに、天井からヒルや蟲が落ちてこないように焼き払わせる。

それでも、魔物の気配はあまり弱まらない。


 クラゲや魚だけでなく、強い魔力を持った魔物が水面下にいるのは間違いない。

 それは、水中を船に並行して進みながら様子をうかがっているようだ。


 船底に、ガツッと何か硬いものが当たる音がして、衝撃が走る。次々にぶつかり始めた。船が揺れる。


 浅瀬とかじゃない。


 この水域が、本来のワームの掘った穴だけでできているなら、迷宮は進むにつれ傾斜しているとは言え、水深は何メートルもないだろう。

 だが、セラミックで測量用の竿もどきを作って、さっきグレオンに測ってもらったところ、岸からしばらく進んだら、5メートル竿を伸ばしても底に触れなくなった。

 何かの魔物が、迷宮ができた後で底を掘り広げてでもいるらしい。すみかにするためか、エサなどを採るためか、そこはわからないが。


 だからこれは生き物、いや魔物だ。

 すぐに、一匹の姿が水面上に現れた、ゴツゴツした節のある殻のようなもの、だがワームではないだろう。そう、甲殻類のようだ。人間より大きな胴体に続いて、何対もの脚と、平べったい、巨大なナイフみたいな腕?が見えた。


<底蝦蛄LV10>と表示された。巨大シャコだ。


 そいつは、船体に体当たりしたり、ナイフみたいな腕をたたきつける。ひょっとすると、あの腕で湖の底を掘ったりしているのかもしれない。


「特別なスキルは持ってないみたいだけどね・・・」

 ラルークが敵のステータスを詳しく見たようだ。


だが、大きな図体で何度も体当たりされたり、巨大ナイフをたたきつけられたりしていたら、船体がいつまでも持たない。こんなに揺れたら立ってることも出来ないし、転覆させられるかもしれない。


「ベス、操船を変わるから!」

 俺は声をかけた。もともと手強そうなのが出たら、俺がスクリューで船を操作して、ベスは魔法攻撃に専念してもらう予定だった。


 ついでに、測量棒を作り出した要領で、硬化セラミックの銛みたいな棒を何本か作り、そいつをメンバーに配る。あの甲羅じゃ、弓矢は効かなそうだからな。

 さらに、壊されそうな船底を粘土で補強。重くなるが仕方ない。

 

 グレオンやセシリーが、銛で巨大シャコの口や目などを狙って突くが、片手で舷側に捕まりながらだから力が入らない。そのため致命傷にはならないが、船を攻撃する動きは緩まった。


 そこにベスが水面から出ている部分を狙い、魔力強化した炎を叩きこむ。一瞬でその近くの水面が沸騰し、シャコがのたうち回る。もうもうと水蒸気が上がる。

 水面に現れた巨大シャコは、2匹、3匹と料理され、やっと静かになった。


 やはり魔力強化の威力は大きいな。

 だが、MPの消費も大きいようだ。ベスが肩で息をしている。


「ベス、今のうちにあれを使ってみたら?」

「・・・そうですね。貴重なものだけど、今使うべきですよね」

 ベスが小袋から取り出したのは、一緒に作ったあの丸薬だ。


「それは?」

 カレーナが興味しんしんで訊ねる。


「“魔力回復丸”です。子どものころ、死んだ祖母が作ってたので、思い出しながら作って・・・まだ試してないんですけど」

「大丈夫なのか、それ?」

 セシリーが、手作りで試してもいない、と聞いて心配そうだ。

 確かに、事前にテストしとくべきだったか?


「たぶん・・・それにもったいなかったし・・・」

 そう言いながら、ベスは丸薬を口に含み、のみこんだ。あの顔は、とりあえず味は最悪ってことだな。


 数秒で、変化は現れはじめた。MP枯渇で青ざめていたベスの血色がよくなってきた。効きが早すぎるよ、ゲーム的すぎる。

「うん、大丈夫・・・」

 右手をかざして魔力を集中させてみる。手のひらにほんのり明かりがともる。


「魔力が満ちてくる・・・おばあちゃん」

「すごい・・・これ、いい値段で売れるわよね」

 カレーナさん、戦闘中にそっちですか。


 MPが全回復とはいかないが、半分以上、一粒で戻ったらしい。

 わりと一般的に流通している体力回復ポーションと違い、MP回復は、“秘薬”扱いで、かなり大きな街のギルドなどでないと扱っていないそうだ。


「みんな、やばい気配だ!」

 ラルークの叫びと共に、湖面が大きく波立った。

 俺でも察知できる。この気配は、真下!?


 ドン!と突き上げられるように船が持ち上げられ、俺たちは船底にたたきつけられた。

 まずい! 亀裂が入った船底から水が噴き出してくるのを、ともかく粘土で塞ぐ応急処置をする。


 一匹じゃないのか?一番波立ってるのは船首から10メートルぐらい先だが?


 出てきた。恐竜?トカゲ?

 だが、目は無い。大口を開けてこっちを向いた爬虫類的な顔は、目も鼻もなく、普通の生物ではありえない。その頭だけで優に人の体より大きいが、水中につながったその首から下は・・・


 判別スキルを意識しかけた途端、再び下から船が突き上げられた。俺は船体がバラバラにならないよう、粘土スキルで形を維持し続ける。


 持ち上げられた船体の下に何かが見える。船の幅よりは細いが、船を前後に貫くように長く、それは、こちらに目のない口を向けている頭部とつながっていた。


「大蛇だ!」

 でかすぎる。全長20メートル?いや30メートルぐらいあるんじゃないか。


<ナーガLV17>

「気をつけろ!猛毒もある」

 反則だろう?この巨大さで、しかも毒ヘビとか。


 ラルークの警告と共に、ナーガの口が開く。ブレスのように茶色っぽい霧が吹き出す。

 ベスが魔法の盾を張って遮るが、透けたその表面に毒液が豪雨のようにたたきつけた。

 少しだけ回り込んできた毒液が舷側にかかり、シュワシュワと嫌な臭いがツンと鼻をつく。


 俺は、船自体を“粘土を動かす”スキルで強引に横にずらし、ナーガの背から逃れた。スクリューを回すより格段にMPを消費するからキツいが、そんなことは言ってられない。


 再びナーガが毒霧を吐き出したが、今度は方向が少しずれてる。

 さらにMPを絞り出して船を直接動かし、射線から逃れた。


 MP不足で悲観的になる精神状態と、ガンガン来る頭痛に耐えながら思った。

 やっぱりこいつは、目がないから正確にはこっちの場所がわかってないんだ。相手の温度とか魔力とか、何かで把握するんだろうけど、さっきのように背中に直接ふれてなければ、詳しい位置はすぐにはわからないみたいだ。


 俺は今のうちに、とベスから分けてもらった魔力回復丸を口に放り込む。

 うぇーっ!激マズだ。にがくて酸っぱくて臭くて・・・


(がんばれ、オトコノコっ!)

 リナが念話で励ましてくるのを聞きながら、吐きそうになるのを必死に嚥下する。

 リナは味覚ってないんだよな。今はうらやましいよ。


 ナーガが俺たちを探し身をくねらすことで起きる大波に揺られながら、急速に精神状態が良くなるのを感じた。行けそうな気がしてくる。

すごいなベス。


 ベスはその間に、魔力を練り込んで強化した炎を、さらに細く絞り込んでビーム上にしてナーガに放つ。眼鏡のおかげで今や照準も正確だ。

 炎のビームが目のない顔面を横になぎ、ジュワッと焼ける音とともに切り裂いていく。


 キシャアァーッ!とナーガが凄まじいうめき声を上げ、水中に沈む。水面に首がたたきつけられた瞬間、さらに大波が上がり、船は木の葉のように揺れる。

 俺は転覆しないよう操船に必死だ。


 まずいな、水中から時間をかけて探れば、目のないナーガもこっちの位置はつかめるだろう。しかも俺たちには水中を正確に索敵することも、攻撃する手段も無い。


 いや、本当に無いのか?


 いずれにしても、次が勝負だろう。

「ベス!」

 俺は揺れる船底で近づけない彼女に、遠話を使ってもらい全員に作戦を伝える。


「リナ!」

(わかった)

 念話でシンプルな返事が返ってくる。


 水面に向けて火球が次々放たれた。


 そして、一瞬後、水中から強力な魔物の気配が沸き上がると共に、船が弾き飛ばされるように宙に舞い、バラバラになった。

 ナーガの巨体がそれとともに水面上に現れ、破片となった船体に人間たちを探す。


 その無防備な姿に、ベスが結界を切る。


 突然現れた、もう一つの船と人間たちの気配に、ナーガが目のない顔を向けたが、その顔面に投じられたセラミックの銛が次々突き立つ。そして、大きく開いた口の中に、ベスが練り込んだ強力な火炎が叩き込まれた。


 口の中から炎上したナーガを水中に逃がさないよう、ベスは間髪おかず水面を凍らせる。


 胴体の下は氷漬けにされ、頭部を焼き潰されたナーガは、氷の上でヒクヒクとしばらく動き続けていた。

 だが再び、残ったMPを集中したベスの火球で完全に頭部を灰にされ、やがて動きを止めた。

 ナーガを倒したのだ。


 それとともに魔法の効力も切れ、湖面の氷が溶け始める。


 俺は、船をスクリューでその長大な遺骸に横付けし、カレーナが慎重に浄化を唱えた。長大な姿が徐々に消えていくと共に氷の中に現れた大きな魔石を、氷が溶けて沈んでしまう前に、グレオンが籠手をはめた手を伸ばして氷の塊ごとなんとか回収した。


 ナーガが死ぬと共に、湖面上を覆っていた霧が晴れていくようだ。この魔力の湖の生態系の頂点にいたのは、間違いなくこいつだったのだろう。



 うまくいくかは本当に賭けだった。

 

 俺たちの乗る船をベスの結界でナーガの感覚から消すと同時に、すぐ横にもう一艘のセラミック船を作り出し、リナを飛び移らせる。とっさに作った、ディテールなどない適当な、形だけの船だ。


 リナに、湖面に派手に火球を打ち込ませる。

 ナーガはそっちを俺たちの船と思い込み、一気に下から体当たりをかけた。


 そのタイミングにあわせてベスが結界を解き、集中攻撃をかける。出てくる場所がわかってるから狙い撃ちだ。


 そして、おとりの船が壊された瞬間、俺は、お人形遊びスキルLV9の“おうちに帰る”で、リナを回収した、というわけだ。


ひとつでもタイミングがずれたら破綻する。だが、ナーガが俺たちを仕留めようとするならこの展開になるはずだ、と思った。



 霧が晴れた湖水の向こうには、淡く光る壁が見えてきた。

 階層の果てだ。そして、おそらくは・・・

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