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第5話 女戦士とタンデムシート

馬より小柄なトリウマの二人乗りは、密着感たっぷりだった。

考えてみたら乗馬なんてしたことがなかったな。


 揺れる騎乗から落ちないように脚で挟み込むようにして乗ってるだけでも意外に体力を使う。腹筋も背筋も疲れてくるし、お尻も痛くなってきた。

 けれど落ちないようにってのを理由に、引き締まった体の美人に後ろからずっと抱きついてる状況だからこそ耐えられるわけです、これが。


 トリウマはダチョウよりはかなり大きいけれどサラブレッドとかよりは小柄だと思う。しかも脚は2本だからか、二人乗りだと人間が小走りするぐらいの速度しか出ていない。


 それでも、俺がこの世界に転生して現れたあの祠があったところまで、さっき歩いた時間の半分ほどで戻ってきた。不思議なことに周りの景色からこの辺だったとあたりをつけていたにも関わらず-景色は確かにあの場所だ-小径沿いに少し木の生えていない空き地があるだけで、あの祠は見当たらなかった。


 本当にあったことなんだろうか?リュックの中にはリナが入ってるが、しゃべる人形なんて痛いDTおたくの妄想でしかないかもしれない。

 俺は自分をあまり信用できないんだ。


 そのまま祠のあった場所の脇を通り過ぎ、カレーナが言っていた街に向かっているのだろう、5人で3頭のトリウマの隊列は休みなく進む。

 セシリーは隊列の一番後ろを守るようにトリウマを操りながら時々、後ろを振り返る。そのたびにちょっときつめの美貌と、鎖帷子に包まれていても結構なボリュームの胸が揺れるのが実に素晴らしい。


 命がけで戦った後だというのに、いや戦った後だからこそ憩いが必要なのだ。そうだとも。

 セシリーは俺など眼中にないとわかってるが、それでも街に着くまでの1時間ほどで、少し言葉を交わした。

 元の世界では女子と話をしたことなんて、この5年で数えるほどしかない俺が欧米人っぽい美女と、しどろもどろになりながらとは言え会話ができたというのは信じがたいが、異世界だからこれでいいのだ。夢の中みたいなもんだからな、きっと。


 セシリーによると、一行は領内のはずれにある迷宮の魔物の討伐というか、本格的な討伐のための言わば威力偵察に行っていたのだという。

 迷宮で魔物討伐とか、実にRPGの定番だ。


迷宮の討伐は、国王から所領を与えられた領主貴族の義務なのだそうだ。

 迷宮を放置して、そこから魔物が周辺にあふれるようになれば近隣の住民は安心して暮らせないだろうし、治安の維持は為政者の役目だというのはそうだろうな。

 ただ、その割にわずか4人で、しかもオークに追われるようなレベルで大丈夫なのか?と思う。伯爵の令嬢が自らそんな危険な任務をする必要があるとも思えない。


「そこがカレーナさまの偉いところなのだ。領民を守るために領主自ら立つ姿を見せることで、民も結束し、先代伯爵さまに続いてカレーナ様に忠誠を誓う気持ちになるのだ。けっして多くの兵を雇う金がないからではないぞ」


 いや、十分な兵力を雇えないって、ほとんど白状してますよ。

 女戦士のセシリーは、残念な美人らしい。


 しかし、伯爵令嬢自らオークと命がけで戦っていたのが、そんな理由だとは。


 セシリーは伯爵家に仕える騎士の娘として生まれて、跡取りの令嬢であるカレーナと姉妹同然に育ったらしい。子供の頃から屋敷のメイド仕事もしていたが、いずれは父同様に騎士になって、今はうまくいっていない伯爵家を再び盛り立てるのだという。えらいぞ、なでなで。


「オルバニア伯爵家は王国でも指折りの名門なのだ。先代の頃まではシキペール地方全域が所領と言ってよいほどで大臣だって何人も輩出してきたんだ」


 伯爵家やカレーナについて話す時だけは、きつい目つきが一転してキラキラと効果音をつけたくなるような表情豊かな顔になる。部外者の俺が聞いても、忠誠心補正みたいなのがかかっていてすごく美化されている感じだ。

 話の中身を素直に聞くと、現在はすごく落ちぶれているってことじゃなかろうか。


 小川の上流に向かって進んでいたゆるやかな坂道をのぼりきると、川の合流点に出た。

なるほど、もっと大きな川だったんだな。主流はここから別の方に流れていたんだ。

 その川の合流点に近く、石壁が見えてきた。


「あれがスクタリの街だ」

 セシリーの言葉にちょっと戸惑う。

 確かに中世ヨーロッパの城市のように石壁に囲まれた街なのだろう。だが、壁の高さはせいぜい3メートルぐらいか、はしごでもかければ上れそうな高さしかなく、ゆるい傾斜地のため、ここからでも壁の内部の集落がかなり見える。平屋中心で背の高い建物は少なく、街と言うより村に毛が生えた程度じゃないか。

 はるか奥の丘の上に、唯一豪壮な屋敷らしいものがポツンと見える。


 一行は川にかかった古びた木製の橋を、ギシギシと音を鳴らしながら一頭ずつ渡り、石壁に設けられた、開いた門にたどり着いた。このあたりだけ、小径に石畳が敷かれている。


 革鎧に槍を持った2人の門衛が両側にだらけた様子で立っていたが、おそらく先頭のカレーナの姿が見えたのだろう。1人が門の奥に消える。すぐにもうひとり、少し立派な格好をした年かさの兵と共に出てきた。隊長みたいなものか。

 3人そろって片手を胸にあてて一種の敬礼だろう、カレーナを迎える。


 隊長格が<戦士LV5>、兵士は<スカウトLV3>と<戦士LV2だ>。

 スカウトとかレンジャーとかってRPGだと偵察系のスキル持ちって設定が多いよな。だとしても職業軍人としてはレベルが低めだと思う。この二人は俺とそう年も変わらなそうだが。

 見たところ門の詰め所には他に人影がないが、交番の2階で寝てるおまわりさんみたいに、交替勤務の兵が他にもいるのかな。

 これで街の入り口を守るには頼りないんじゃないか。


「領主様、どうぞ」

「ご苦労です。なにか問題はおきていますか」

「いえ、きょうは特に被害の報告はありません」


 カレーナはほっとしたのだろう、戦闘中からの張り詰めた雰囲気が抜けて、一瞬容姿に似合ったゆるふわモードの口調になった。

「よかったー」


 それからハッと、まだ皆の目があるところで早かったと思ったのか、恥ずかしそうな表情を見せると、領主モードに戻り俺の方に向き直った。

「シロー、きょうはご苦労でした。あす夕刻にあの丘の上の屋敷に来て下さい。褒美を取らせます」


 セシリーが隊長らしい男に伝える。

「よそ者だが我々の助太刀をしてくれたのだ。入市税は免除で仮登録をしてやって、後で誰かに商工ギルドとバンの宿を案内させてくれないか」

「わかった。降りてこっちへ来い」


 ジロジロといかにもうさんくさげに見るのはやめてくれ。セシリーに密着して腰に手を回してるのがうらやましいんだな?

 いやそうじゃない。セーターにジーンズとか、こっちの連中には妙な格好だからか?


 脚を曲げて身を低くしてくれたトリウマから、俺は名残を惜しみながら降りた。

「商工ギルドでさっきの魔石を見せれば買い取ってくれる。それで何日かの宿代には十分なるはずだ。ではな、明日夕刻に丘の上の屋敷に。カレーナ様のお招きを忘れるなよ」


 あれ、行っちゃうんだ。てか、宿代も自分で払えと?ずいぶんシブいな。

 あっさり俺を残して、カレーナら4人は中央の通りをまっすぐ丘に向かって去って行った。


「名前は?シローだったか」

 隊長があれこれ尋ねてくる。


「ジョブは?左手をこちらに見せて、“開示”と言え」

 ん、開示?指示通り口にしてみる。おっ、なんか俺の手が光った気がする。


「冒険者、レベル1か?それで領主様の手助けとは、荷運びでも手伝ったのか?」

まあ、ゲーム開始直後のキャラがソロで3匹魔物を倒したとか思わないよな。

 そしてどうやら、判別みたいなスキルがなくても、相手がステータスを開示しようとすれば人に見えるようにできるらしい。


「まあいい。本当は身分証が無い者が街に入るには銀貨1枚の税がかかるが免除だ。これを持って行け。兵や店で求められたら提示するのだ」


カードサイズの木片に羽ペンで何か書き付けている。自分が左手のステータスを読めたのと違い、文字らしきものは単なる記号みたいに見える。音声言語と違って、文字は自動翻訳されないのかな。

 つまりは、俺はこの世界の文字の読み書きができないってことか。苦労しそうだ。多分、俺の名前とジョブ、そして隊長とかここの組織のサインみたいなものを最後に書いたんだろうと思う。


「なんだ、字は読めんか?」

 するどいな、隊長。そんなにしかめ面をしてたかな。俺がうなずくと、稼げる仕事につきたいなら読み書きぐらい覚えた方がいいぞ、と意外に常識人なことを言うよこの人。

「ひょっとして、これが俺の名前?」

「『職業、冒険者』だ。名前はその下、音で書いたがシローとは変わった名だな。まあ、その服装の方がもっと変わっているが、どこの流行だ?」

 やっぱり服装の方か。どことか、まあ遠い国から来たってことで勘弁してくれ。


「これで5日間は滞在できるが、その間に商工ギルドでなにか仕事の登録をするか、いやその前にお屋敷に呼ばれているんだったな。そこで何かお話があるのかもしれんな・・・」

渡された仮身分証という名の木片をジーンズのポケットに入れ、そのギルドとやらと宿に案内してくれるんだったよな、と目線で尋ねる俺に隊長はニヤリとした。


「商工ギルドは中央の通りを行って2本目の角を曲がってすぐだ。あそこに、茶色い屋根がのぞいているだろう、ひとつだけ3階建てだから目立つのだ」

 あー、たしかに平屋が多いし建物がそう密集しているわけでもないから、大きな建物が見えるな。


「バンの宿は、その右手の壁沿いの道をまっすぐ行ったところだ。トリウマが外につながれていて、看板にもトリウマの絵が描かれているからすぐわかる。もっとも、めしは今ひとつだから、俺なら外で食うがな」


 わざわざ案内する気はないようだ。面倒くさいって顔に書いてあるぞ。

 まあ、3人しかいない衛兵が持ち場を離れるのもどうかとは思うよ。それに、修学旅行とかだっていつもグループ単位の行動からあぶれてぼっちだったしな。

平気だよ、うん。

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