第466話 もしも願いがかなうなら
魔王を倒した俺たちは、女神から生き残った者1人につきひとつ、願いをかなえると言われた。サヤカは魔王に起因する不幸が今後は生じないように願い、俺とカーミラは戦いで命を落としたエヴァとルシエンを甦らせた。最後にモモカの願いを尋ねようとした女神に、リナが突然立ち上がって訴えた。
リ○ちゃん人形みたいなドレス姿。人形サイズのリナが立ち上がって、後光を背負った女神を恐れ気もなく見つめ、口を開いた。
「わたしの願いも、かなえてちょうだい!」
「リナ!?」
俺だけでなく、女神も予想さえしていなかったようだ。
しばらく無言で、リナを凝視している。
<・・・汝は人形だ>
「だから?わたしは魔王を倒したうちの1人。そしてわたしは生き残った。女神様は言ったよ。<最大のつとめを果たした汝らに、生き残った者1人につき1つずつ願いをかなえる>って!」
それは幼子が、遊園地に連れて行くという約束を守ってくれなかった親に抗議しているような口調だった。
<・・・>
驚いたことに、女神は俺たちの顔を見回した。
意見を求めるように。
「・・・あ、たしかにリナは俺のボーナス・スキルで与えられた人形だけど、単なる人形じゃないって言うか、大事な相棒ってかパートナー・・・いやいや、でもパーティーの仲間だってことは間違いないし、リナがいなかったら今回もだけど、勝てなかった戦いが幾つもあったし、そもそも俺もとっくに死んでたはず・・・です」
俺はしどろもどろになりながら答えた。コミュ障に逆戻りだ。
「そうね、リナは私たちパーティーの欠かせない一員です。勇者の名において証言します」
サヤカが堂々と宣言し、モモカとカーミラも頷いた。
いつの間にか等身大になったリナが、俺の隣りに跪いていた。
俺が大きくしようと念じたつもりはなかったのに、なぜか。
<・・・願いを言ってみなさい>
「「「「!」」」」
女神の低い声に全員が息をのんだ。
リナは驚いたことに、一瞬も迷わずこう言った。
「わたしを人間にして」
「「「「<!>」」」」
今度こそ、俺は言葉が無かった。
あの事故で死んで女神と出会い、こっちの世界に転生した時に目の前にあった祠で、小さな女の子がお人形遊びをするような、この人形を拾った。
スキルレベルの上昇と共に、動き回り考える力や魔法まで身につけて成長し始めたリナは、いつのまにか単なる人形じゃなく俺の欠かせない相棒になっていた。
それでも、リナが1人の人格?を持ってこんなことを考えているなんて・・・人間になりたいと願っていたなんて、想像もしていなかった。
だが、女神の答えは“否”だった。
それは半ば予想していたものの、予想外だったのは女神が続けてその理由を説明し始めたことだった。
<この世界に存在する人の数は、汝らが思うよりはるかに厳格に管理されているのです・・・>
その説明は思った以上に深くこの世界そのものの成り立ちに踏み込んだもので、以前モモカから聞いたモモカとロマノフの仮説が正しいことをうかがわせるものだった。
<この世界でひとたびシステムに登録された存在、汝らの言葉では魂とでも言おうか・・・それは、この世界内で死んだ後も抹消されるわけではなく、後に輪廻転生することもあります。ただ、その生者と死者を合せた存在の数自体は、厳密に増減が管理されているのです・・・>
女神はリナの目をじっと見つめた。
<人形の娘よ、汝はこの世界のシステムに知的生命体として存在を登録されていない。汝はどれほど人間のように見えても、あくまで補助システムの1つであり、汝のためのキャラクター・データボックスは存在していないのです・・・>
その説明は、俺にもちゃんとは理解出来てはいなかったし、こっちの世界の人たち、カーミラはもちろんルシエンやエヴァが目を覚まして聞いていても、理解できないものだっただろう。
けど、リナには理解できているようだった。
絶望的な、それでいて諦めきれない思いが、その表情ににじみ出ていた。
<・・・>
女神が、これで終わり、という表情を浮かべかけた時だった。
「待って下さい。解決法があります」
割って入ったのは、これまで無言だったモモカだった。
「私のキャラクター・データボックスをリナに譲ります」
「モモカ!?」
「なに言ってるのよ!?」
俺とサヤカがそろって大声をあげた。
<・・・どういうことですか、聖女よ?>
「可能ですよね?この世界の“アクセス権”の一端を持つ者として私は理解しているつもりです。この戦いの結果として私の存在を消去し、かわりにそのキャラ・データボックスを使って、リナの存在をこの世界の、今でなくともいずれかの時代かに登録することは可能なはずです」
<・・・なにを言っているのか、わかっているのですか?>
「そ、そうよ!モモカ、それってあんたがこの世界から、死んで消えちゃうってことでしょ!?」
「モモ姉、どうして・・・リナのためにそこまで」
サヤカも俺も動揺しまくってた。モモカがこの世界から消えちまうなんて、せっかくみんなで生き残れる、って話になりかけてたのに。
「違うわ・・・いえ、リナちゃんのためももちろんあるけど、それだけじゃない。これは私の“願い”でもあるの」
<聖女よ。汝の願いは、なんなのです?>
モモカはすぐにそれには答えず、別のことを切り出した、ように思えた。
「戦いの後、ついさっきね、気が付いたんです。“アクセス権”がとうとうLV10になっていることに」
それは、モモカが転生した時に得たボーナススキルのことだった。
サヤカの“勇者の魂”、俺の“お人形遊び”と“粘土遊び”のように。
ただ、そのボーナススキル“アクセス権”は、200年以上経ってもLV8止まりで、魔王との決戦の直前、最大最古の使徒アムートを倒した後でようやくLV9になっていた。
それがとうとう、いましがたLV10になったと。
だが、それが何なんだろう?
「“アクセス権(LV10)”は、《ルート選択》というものだったの・・・」
「!?」「っ!」
モモカの言葉にサヤカは怪訝な顔をしたけど、俺には閃いたものがあった。
そしてモモカは女神に向かい、俺が想像したこと、本能的に聞きたくないと思ったことを告げた。
「神様、私を『私があの夏、あのバスジャック犯のせいで死ぬことが無かったルート』に戻してほしい!それが私の願いです」
***
<・・・それは、私の権限を越えています>
再びシステム上を検索しているような沈黙の後に、女神が答えたのは、“理解出来ない”でも“不可能だ”でもなく、“自分には権限が無い”だった。
「ど、どういうこと!?モモカっ」
血相を変えたサヤカが問い詰める。
俺は、呆然とモモカを見つめていた。
「落ち着いて、サヤカ。ちゃんと説明するから・・・しろくんは理解しているみたいね、さすがだわ。しろくんがサヤカについていてくれたら、私も安心してこの世界を去ることができる・・・」
いつの間にか、ルシエンとエヴァも目覚め、まだぼんやりとしながら、けれど途中から食い入るようにモモカの話に聞き入っていた。
俺たちには以前モモカが話してくれた、言わばこの世界に関する“ロマノフー如月仮説”の続きだった。
この世界は、俺たちのいた元の世界で未来の情報物理学の実験によって生み出された、複素時空上の存在だ。
実次元から必要なエネルギーを複素変換して虚数時空に送り込み、量子コンピューターで設計・計算した世界を創り出した。
その世界のデザインは、元の世界で死んだ者たちの残留思念を元に、彼ら彼女らが最大公約数的に望んでいた『剣と魔法の中世風異世界』として構成された。
そこに存在する人やエルフなど諸種族や魔物は、その設定に沿った一種のNPCとしてシステム上に構成され、物質化されて“実在”している。
俺たち“転生者”は、死亡した直後の精神活動を元にこの世界に人格を再構成された存在。
そして、その転生者にも、元々この世界に存在する人やエルフなど諸種族の知的生命体にも、それぞれの存在データを収めるキャラクター・データボックスを割り当てられ、システムが管理している。
転生者用のボックスは容量が大きく、色々と特別な機能があるらしいが。
そして、ロマノフ-如月仮説のとおり、俺たちの元いた世界も、複素時空の中に確率論的に無数に存在する並行世界の1つに過ぎない。
並行世界の中には、サヤカとモモカの乗ったバスがバスジャックに遭わなかった世界や、遭ったけれど生き残った世界もある。
そして・・・
『如月桃香は生き残って、後に都築史朗のパートナーとなる世界』も、あったはずだ。
<その世界にいるのは厳密には汝自身ではなく、汝とは別のもう一人の如月桃香です>
「わかっています。でも、その如月桃香に、私の記憶を追加データとして送り込むことはできるでしょう?」
<!・・・それ自体は仮に可能だとしても、それは汝が“生き返る”わけではありませんよ?>
可能なのか!?
別ルートの桃香に、このモモカの記憶を付け加える?ことが?
サヤカは双子の姉が言い出したことに絶句して、ただ固まってる。
「それで構いません。・・・私が死んでこの世界で経験したことの全て、私の想い、私の痛み・・・そうした私が私となった要素を“その桃香”が受け継いでくれるなら、それは私が生きているのとニアイコールでしょう。少なくとも、私はもう既に一度“死んだ”のだし、本当の意味で死をなかったことにすることはできないのですから」
<・・・>
女神は再びなにかを検索し、あるいは問い合わせでもしているようだった。
長い沈黙のあと、口を開いた。
<・・・可能です>
「待って!!」
女神が願いを実現しようとしたのをさえぎったのは、サヤカだった。
「ねえ、モモカ、考え直して!私たちずっと一緒だったじゃん。なんでここで、あたしを置いて行くのっ?やっと勝ったんだよ!これからシローと結ばれて、みんなで幸せに暮らすんじゃなかったの!?」
「・・・ごめんね、さやか」
モモカはそう言うと、双子の妹を抱きしめ、頬をつけて話し始めた。
「ルシエンが死んでしまって、その直後にボロボロになったリンちゃんから連絡があって・・・わたし、父さんと母さんのことを思い出しちゃったの」
「えっ?」
それは予想しなかった言葉だった。
元の世界で、如月家の両親は双子が死んだ後まもなく、どこかよそに引っ越してしまい、俺はその後会うこともなかった。
「もちろん、この世界のシステムでも、アクセス権LV10を使っても、本当の意味で、死んだ私たちが生き返れるわけじゃない、それはわかってる。別ルートの私に、言わば“憑依”しても、そっちのモモカは元々死ななかったわけだから、物理的には違いはないの。でもね、死んで、こっちの世界で必死に生きて、そしてサヤカも幸せになった、いえ、これからきっとなるって知ってる私の心が、憑依してあっちの世界に戻れたら、そうじゃない私よりもずっと、父さんと母さんにやさしくできる。サヤカの分まで親孝行できると思うの。それに、しろくんにも・・・」
「そういうこと・・・」
「そうか、そういうことか・・・」
サヤカと俺は、ようやくモモカの考えていることがわかった気がした。
モモカは、あのバスジャック事件で、『不幸にもサヤカは命を落としたものの、モモカは生き残った世界』に自らの精神を戻そうとしているんだ。
そして、深く傷ついた両親━━如月の両親は俺の戸籍上の母親と違って本当に娘たちを愛していた━━と、そしておそらくは、2人を失ってダメダメになっていった俺のことも、救おうとしている・・・。
「モモカ・・・お姉ちゃん」
「あは、何年ぶりだろ?おねーちゃんって呼んでくれたの。うんうん、だからね、最後に姉らしいことをひとつだけ言わせて。さやか、あなたはこっちの世界でしろくんと幸せになりなさい。私の分まで。私は向こうの世界でしろくんと幸せになるから。そう、あなたの分まで・・・」
モモカとサヤカがぎゅっと抱き合い、俺が2人の肩を抱くと、2人も腕を伸ばして3人で抱き合う形になった。
「しろくん、サヤカを幸せにしてね」
「約束する」
輪の後ろから、モモカと俺の間に形のいい頭が寄せられた。
リナだ。
「・・・モモカ、ありがとう」
「リナ、あなたも苦労するわよ。人間なんて、つらいことだらけだよ?物好きにもほどがあるよ」
「うん。うん、わかってる、わかってるよ・・・でも、ありがとう」
いつのまにか、カーミラとルシエン、エヴァも抱きついてきた。
女神の声が聞こえた。
<汝らの願いをかなえよう。“かくあれ”>
そして、俺たちの意識は再び光に包まれていく。
最後に遠く聞こえたのは、女神の声とは異なるあのシステム音声だった。
《大型あっぷでーとヲ開始シマス・・・》
いよいよ完結へ!




