第464話 最後の戦い⑨ 光
勇者サヤカと魔法戦士リナの連続攻撃を浴びてよろめいた魔王は、しかし再び体勢を立て直し、これまでとは異なり全方位に強力な雷撃を放った。
既に魔王に味方する配下は無く、まわりには生き残った勇者パーティーだけ。
全て敵だと覚悟を決めたような攻撃だった。
俺たちは魔法盾を張ってその攻撃を防ぐ。
「大丈夫かカーミラ」
「うん、シロー、ありがとう」
俺の粘土トリウマに身を寄せてしのいだカーミラが、大きく息を吸う。
「カーミラも行く」
トリウマから飛び降りたその体が、再び狼化していく。
だが、姿を変え始めたのは、カーミラだけではなかった。
《魔王が?》
《こんなこと、200年前にもなかったわ》
黒に近い紫色の鈍い光に包まれ、魔王が変形していく。
リナが飛翔しながら魔法剣で斬りかかるが、その光は強力な結界でもあるらしく、はじき返される。
光が消えた時そこに立っていたのは、これまでより一回り小柄な、とはいえ使徒ダズガーンより二回りは大きいから全長7,80メートルはある姿だった。
「ゲージが戻ったわっ、気をつけて!」
自らの粘土トリウマ、トリマパープルを魔王の攻撃で失い、サヤカが乗り捨てたトリマシルバーで俺のところに合流したモモカが、遠話でみんなにそう伝えた。
形態を変え、一回り小さくなる代わりに、HPとMPのゲージがフル回復したらしい。
どこまでチートなんだよ。
「おそらく、これが“氷雷の魔巨人”ギンヌガープの本来の姿。“魔神の魂”によって魔王化していたのが解けたってことだと思う」
その姿は、巨人族と上級悪魔の両方の特徴を持つように見えた。
ねじくれた角の生えた頭部と黒い鱗に覆われた体躯は、先ほどより少し小さくなったかわりに、むしろ引き締まって俊敏さを増したような印象だ。
腕は一対減って、大剣を持つ4本と大盾を持つ2本のみになったが、背中にはこれまで無かった二対4枚の翼が生えている。
飛べるってことか。
「グアアアアアアア――――ッ!!」
そして回復した魔力を使い、魔の咆吼を放った。
荒れ狂う魔力嵐によって、飛翔していたサヤカとリナが吹っ飛ばされる。
いや、ただの魔力の嵐じゃ無い。
同時に凍てつくブリザードが吹き荒れる。
モモカの“聖なる盾”が、俺とカーミラも直撃から守ってくれた。
だが、巻き込んでくる冷気の嵐にあっという間に、ブーツが凍てつき大地に縫い付けられていく。
俺は錬金術の炎でそれを溶かしながら、嫌な予感に包まれ、それを中断する。
「しろくん?」
モモカが振り向いた途端、上空に雷雲が湧く。
「くっ・・・“対魔法”!」
上空に稲光が閃きだした瞬間、俺が放った魔法無効化の魔法はかろうじて間に合った。
「あ・・・ありがとう。そうだったのね」
氷魔法は見せ球だった。濡らした上に重ねて雷撃を放ち、威力を増すつもりだったんだろう。
魔王の真体を滅ぼされ、“魔王化が解けた”本来のギンヌガープは、むしろ知能が高くなっているようにさえ見える。
《サンキュー、シロー・・・行くよっ!》
立て直したサヤカが再び飛翔する。リナが続く。
そして、狼化したカーミラが助走をつけて、“跳躍”した。
モモカは味方を巻き添えにしないよう、ギンヌガープの顔面に向け“魔槍”を放つ。
4本の剣と2枚の盾が振りかざされ、交錯する。
やはり一回り小柄になった分、奴の動きは素早くなり、より器用になっている印象だ。
攻撃の多くは防がれ、躱され、そして反撃が来る。
それでも、もはや無限ゲームではなくゴールが見え、迷いの無くなった俺たちは、少しずつ、だが着実に、ギンヌガープのHPを削っていく・・・
「グオォォォーッ!!」
再び、氷雷の魔巨人が咆吼をあげた。
だが、それはこれまでとは違い、頭上へと向けられたいた。
ズズズズン・・・ガラガラガラガラ!!!!
信じられないことに、明るい光が差し込んできた。
「・・・地上、なのか?」
「追って!!逃がしちゃだめッ」
モモカが叫ぶ。
“魔王”ギンヌガープは、ついになりふり構わず逃走しようとしているのだ。
「ここで逃がしたら回復されるわっ!!」
《わかったっ!》
サヤカとリナが、飛翔して追う。
俺とモモカ、カーミラは、粘土トリウマに魔道具化で付与してある“飛翔”を使い、後を追った。
とは言え、錬金術の魔道具化の威力はそれほど強力じゃないから、サヤカたちにもギンヌガープにも引き離されていく。
粘土トリウマの消費魔力は全て俺のMPだ。はっきり言って厳しい。
俺は覚悟を決め、アイテムボックスに入れていたベス謹製の魔力回復薬をさらに1錠飲み込んだ。一日に3錠目。ヘタをすれば命に関わるとも言われる禁忌の量だ。
頭にカッと血が上るような感覚と共に激痛が走った。心臓が暴れ回り、俺はトリマブラウンの首にしがみついて耐えた。
「しろくん!?」
驚いてこっちを見たモモカに、無理矢理の笑顔を見せる。
心なしかトリウマの飛翔速度が上がった気がする。
大穴が開いた魔王城の地下から、地上の空を目指し上昇していく俺たちを、途中の階層の魔物たちが、呆然と立ちすくんで見ている。
魔王が逃げている――――それを魔物たちは理解しているのか?あるいは魔王の真体が滅んだことで、ヤツらも魔王の支配下から離れたとでも言うのだろうか?
それを探る余裕は今は無い。
ぽっかりと空いた大穴から、俺たちは魔王城の上空、そして戦場の上空へと躍り出た。
空が青い。
暗闇の中から出てきたから余計にそう感じたのかもしれないが、突入前の霧に覆われた薄暗い空じゃない。既に封印が解けているからか。
地上で最初に目に入ったのは、けさまで俺たちがいた“奴隷牧場”らしき場所だった。
そこでは信じられないことに、気力と体力を失い死を待つだけの様子だった数え切れないほどの奴隷たちが、魔物の群れと戦っていた。
ヨーナスが、俺たちの突入にあわせて反乱を扇動したらしい。
だから、俺たちが玉座の間の外で戦い始めた時、集まってくる魔物が少なかったんだろう。
俺たちは、ギンヌガープと空中戦を繰り広げるサヤカとリナを追って、粘土トリウマをさらに飛翔させる。
戦場が見えた。
昨日の朝まで俺たちもそのただ中にあった、魔王軍と連合軍との戦場。
そこは、どうやら悲惨な状況になっていた。
圧倒的に多く目に入るのは、魔物の群れだ。
地を埋めていた程の数は既にいないようだが、それでも至る所にオークや魔狼が、ところどころにトロルやオーガが我が物顔に闊歩し、残り少なくなった人間や亜人の集団を求めてうろついていた。
だが、まだ全滅はしていない。
もう軍旗などは見えないから、どこの国軍かはわからないが、間違いなく小規模な人間たちの集団が、そこここで抵抗している。
頭上を飛び抜けるギンヌガープの巨体と、それを挟み込むように飛翔し攻撃する人間の姿。
既に勇者サヤカのミスリルの鎧姿は全軍に知られているから、空を見上げた兵たちにはきっとわかるだろう。
歓声が上がった。
気付いた兵がいるのだ。
モモカが、目についた兵士たちに上空からバフをかける。
カーミラは、魔獣系の魔物がいると“百獣統率”の咆吼をあげて動きを抑える。
俺は、人類部隊を攻めていたオーガの群れに、範囲魔法化した炎の魔法を撃ち込んだ。なるべく派手に目立つように。
地上からさらに歓声が上がった。士気があがるのがわかる。
ここまで生き延びた連中には、なんとか最後まで無事でいて欲しい。
だが、“魔王”ギンヌガープは、なお強力な敵だった。
奴はただ逃げ出したわけでは無かったのだ。
何度目かの咆吼が飛翔する巨人から放たれた。
それは眼下の人間たちを吹き飛ばし、瘴気によって焼いただけではなかった。
叫びを浴びた魔物たちが、再び狂ったように凶暴さを増し、襲い始めたのだ。
人間たちを。
そして、俺たち勇者パーティーを。
既に魔物を湧出する力は残っていなかったのかもしれないが、魔物を操る力はあった。
だからこそ、依然圧倒的に多くの魔物がいる戦場に俺たちを誘い出すのが奴の狙いだったらしい。
数は少なくなったものの、それでもまだ数百、あるいは千を超える飛行能力を持つ魔物たちが、広い戦場中から殺到してくる。
魔王を援護すべく、サヤカとリナに向かって。
一番多いのはヤミガラスだが、キマイラや悪魔族もいる。
「急ごうっ!」
MPがどんどん減っていくのを感じながら、俺たちは粘土トリウマの飛翔を加速する。
サヤカもリナも既にMPが残り少ないから、大群に取り付かれて苦戦している。
そして、ギンヌガープは魔物を巻き添えにすることなど全く躊躇せず攻撃を放っている。
「仕方ない、飛ぼうっ」
3回目の回復薬のおかげで、まだMPは持つはずだ。
俺はカーミラとモモカを編成し、有視界転移で飛んだ。魔王の頭上へ。
モモカが再び粘土トリウマで飛翔しながら、サヤカたちを囲んでいた魔物の群れに“滅魔”を放った。
上級悪魔やキマイラは平気そうだが、ヤミガラス程度の魔物はまとめて消滅した。
カーミラは狼化してギンヌガープの頭に着地し、“貫通攻撃”で延髄に牙を突き立てた。
巨体が跳ねあがるように揺れた。
そして俺は、リナを“お家に帰る”で手元に戻すと、人形サイズのリナを手に握ったまま俺の残りMPを注ぎ込んだ。再び頭痛が激しくなってくる。
「リナ、これで決めてくれっ」
「・・・わかった」
なにか憎まれ口をたたこうとしたんだろうか?けれど、返ってきたのはらしくない真面目な返事だった。
ギンヌガープは腕の1本で頭部のカーミラを払いのけようとし、残る腕の大剣を振るってサヤカを迎撃する。
だが、魔物の群れから解放された勇者は、それをかいくぐって飛びこみギンヌガープの鱗に接触すると、大魔法“魔力崩壊”を叩き込んだ。
勇者サヤカが200年前に魔王を封じる時にも使った、“魔力崩壊”は強大な魔力を持つ存在を自らの魔力で自壊させる、一種のブラックホールのような魔法攻撃だ。
射程ゼロで接触状態でしか放てないし、MP消費が莫大なために、滅多に使えない。
ギンヌガープの巨体が硬直し、体表に沿って黒い靄に包まれる。
だが、200年前もそうだったように、桁外れの抵抗力を持つギンヌガープはこれだけでは倒せない。
それでも奴の動きを止め、その身にまとう魔力の鎧とでも呼ぶべき力を消す効果はある。魔力の行使を止めなければ自壊してしまうためだ。
俺は粘土トリウマを魔王の眼前に回らせ、最後に残ったMPを絞り出して“密度操作”で針のように絞った雷撃を、赤い眼のひとつに撃ち込んだ。
これまでになく深く貫く感触があった。
巨人は必死に抗うように盾を持った腕を俺にたたきつけてきた。
粘土トリウマがわずかにクッションになったと思うが、俺は意識を刈り取られながら吹っ飛ばされる。
だが、それでもかろうじて見えた。
リナとモモカが至近距離から流星雨を撃ち込む。
カーミラが貫通攻撃で再び延髄を穿つ。
そしてサヤカが最後のMPを絞り出して放った光閃剣――――光の刃が、氷雷の魔巨人ギンヌガープ、魔王だったものの巨体を両断した。
その瞬間、俺の目に映る世界は白い光に包まれた。
 




