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第461話 最後の戦い⑦ 2人目の犠牲

 硬すぎる殻に全身を覆われたキング・ワームの弱点――――排泄孔に、俺たちが魔法攻撃を連射した直後、通常の迷宮ワームとは比べものにならない、強力な腐食液の噴出が、大洪水、いや土石流のように始まった。


 尻に撃ち込んだパイプの中から。

 このために、こんな代物を用意したんだ。


 細長いパイプの中を通って噴出することで、腐食液はほぼまっすぐ噴き出していく。

 周囲に広範囲にぶちまけられたりはしない。


 少量のしぶきだけは俺たちの方にも飛んで来たが、それは俺とカーミラが支える大盾の陰にみんな逃げ込んだことで、回避できた。


 よし、まずは作戦通りだ。


 と思ったら、キング・ワームがのたうち回るせいで、尻の向きが変わる。


 パイプが外れないようしがみついているシンタロスが振り回される。

 身長5メートルもあるゴーレムがだ。


「こっちに向くよ!」

「まずいっ」

 腐食液の噴出はまだ続いている。


「飛ぶしかないっ」

 慌てて転移魔法を唱える。


 セラミックは酸にも強いはずだが、飛んだ先から振り返ると、ジュワジュワ立ち上る蒸気の中で、既に大盾は見えなくなっていた。


 タロは・・・しぶきを少し浴びたようだが、なんとかしがみついている。

 体はまだそんなに溶かされたりはしてないようだ。

 もうしばらく頑張ってもらいたい。


 みんなのブーツを粘土で覆い、腐食液を踏むことに備えておく。


 ようやく噴出が収まってきた。

「・・・じゃあ、2巡目いくぞ」

「はいっ」


 エヴァとリナにあらかじめ詠唱を準備させながら、俺の魔法で再び尻のそばに転移した。


 噴出が止まったのを見て、カーミラが再び飛びかかる。

“スキル阻害攻撃”は効果の持続時間が短いから、頻繁に繰り返さないと再生されてしまう。


 エヴァが、尻から突き出したパイプの正面に回る。リナがそれに続く。

「“竜槍”っ!」

「“流星雨”っ!」


 2人が続けざまに、今度はパイプの中に魔法攻撃を叩き込んだ。


 コオオォォォッ!


 再び威嚇音が響き、巨体がズシンズシンと大地をたたくようにのたうつが、腐食液はまだ放たれない。そうすぐに連発はできないようだ。


 それを見て、今度はカーミラと俺も攻撃に加わることにした。


 カーミラは一気に跳躍し、魔法で焼けただれたワームの尻に牙を立て、“貫通攻撃”スキルを使って肉をえぐりとる。


 俺は体の方向が激しく変わるワームの尻の正面に回るのに時間がかかったが、密度操作で細く絞り込んだ雷撃魔法を撃ち込んだ。

 深く、なるべくワームの体の奥深くへ。


 まずい、そろそろ来そうだ。

「逃げるぞっ」


 転移して距離をとった途端、再び腐食液が噴き出した。

 先ほどの威力は無いのは、やっぱりすぐに腐食液は溜まらないんだろう。


 だが、こっちに都合のいいことばかりじゃなかった。


 腐食液の連射と、キング・ワームが激しくのたうち回ったことで、ついにパイプが尻の穴から外れて落ち、それとともに激しく周囲一面に腐食液が飛び散ったのだ。


 幸い俺たちの所までは届かなかったが、ワームはこっちを見つけたらしく、頭部を向けて這いずってくる。

 思ったより速い!


 反射的に粘土トリウマを出して逃走に移ったが、それじゃいけないと気が付いた。

「シローさん、回復してしまうんじゃ」

「そうだな、やるしか無いか。魔王と戦った時みたいに、頭と尻側に分かれて挑発しよう。俺がエヴァの転移役になるから、カーミラはリナとペアだ」

「わかった」


 そして、綱渡りのような戦いを続ける。


 頭側に回った方は、基本的に攻撃を避けながら見せかけの攻撃魔法で挑発するだけだ。

 尻側になった方が、パイプが抜けた後の尻の穴に攻撃魔法を撃ち込み、HPを削る。


 普通の迷宮ワームなら、魔槍と流星雨を連続で叩き込んだだけで倒せたのに、コイツはやはり桁違いだ。

 あるいはそれだけ再生能力が高いのか?


 腐食液も、量こそ減ったものの相変わらず時折放ってくる。これも再生によるものかもしれない、だとしたらまだダメージが足りないってことだ。

 既に俺たちも何度か噴出のしぶきを浴び、俺は治療役に専念するようになっていた。

 まずい。

 これでリナまで治療魔法を使う必要が出てきたら、ますます火力が落ちる。

 ジリ貧だ。


 

 遠くで魔王の雷が落ちる。

 それに対抗して、光閃剣と思われる光がきらめく。


 サヤカたちも苦戦しているんだろう。

 遠話すら交わす余裕もなさそうだ。


「・・・シローさん、試してみたいことがあるの」

「エヴァ?」

 いつになく思い詰めた声でエヴァが切り出したのは、何回目の攻撃のあとだったろう。


「キング・ワームを倒さないと、魔王への魔力供給も止まらないのよね・・・だとしたら、犠牲を出してもここでケリをつけないと。もう勇者と聖女ももたないわ」

「それは、そうかもしれないけど、なにを?」

「多分できるはず・・・もう一度飛んで、決めるから」


 エヴァは俺の問いには答えず、詠唱を始めた。

 それはこれまでと同じ“竜槍”の呪文だったから、俺はとりあえずさっきまでと同じように、ワームの尻の近くに飛んだ。


 既に足下には腐食液が水溜まりのようなって、粘土で覆われたミスリル張りのブーツが熱を持つのを感じる。


 ワームの頭側で、リナが見かけだけは派手な雷撃魔法をぶつけて注意をひいてくれている。


 エヴァは、こんな時だって言うのになぜか俺にキスをして、魅惑的な笑顔を浮かべた。


「シローさん、ありがとう。あなたのおかげで人間の女として生きる幸せも知ることができた・・・愛してるわ」

「エヴァ、なに言ってるんだ・・・」


 エヴァはそれ以上なにも言わず、ワームの尻の正面に回ると、これまでどおり“竜槍”を叩き込んだ。

 だが、心なしかその場所は少し不正確で、尻の穴そのものじゃなく、その近くの殻が破れた部分、カーミラがえぐり取ったあたりに当たったように見えた。


 そして・・・


「エヴァ?・・・やめろっ!!」


 エヴァの瞳が、母の吸血鬼リリスそっくりに深紅に輝く。

 大きく開いた口からニュッと牙が伸びた。


 その牙でエヴァはワームの肉に喰らいついた。


 エナジー・ドレイン ―――― 母譲りの吸血鬼の固有スキルだ。


 エヴァは、ワームの再生能力が倒すための障害になるなら、それ以上の勢いでHPを吸い取ろうとしているのだ。


 エヴァと遠話を交わしていたのだろうか?

 カーミラが前方で、ワームに“スキル阻害攻撃”を使ったのがパーティー編成の効果でわかった。

 感覚器や触手のある前方から直接攻撃するのは危険極まりないが、ここが勝負所と感じたんだろう。


 リナはワームの口の中に流星雨を叩き込んだらしい。


 ワームが口から腐食液を吐く気配があった。


 リナとカーミラの白い光点は消えていないから、うまく躱しているんだろう。


《シローさんも、今なら後ろ、に噴出は、無いか、ら・・・》


 エヴァの切れ切れの遠話が俺にも届く。


 俺は立ち尽くす。


《シロ・・・》


「わかったからっ!なんで・・・」


 俺は乱れる意識を必死に集中させ、密度を上げた雷撃をワームの尻の穴に叩き込む。


 相手のHPを吸収するだけならいい・・・けど、相手のHPがあまりにも大きく、あまりにも速く回復するのを上回る速度で吸収しようとしたら・・・水瓶は溢れるしかないだろ!!


 ワームがのたうち回る。


 だが、そこにはさっきまでの勢いは無い。


 前方でリナが再び“流星雨”を放った。

 連発なんてできる魔法じゃないのに、リナも必死だ。


 俺も再び雷撃を叩き込む。


 そして・・・ついに、うねり続けたキング・ワームが、一際激しく身をくねらせ頭部を高く突き上げ、硬直した。


「エヴァ、やったぞ!もういいっ!!」


 だが、まるでそれが合図だったかのように、どれほど振り回されてもワームの肉に喰らいついたままだったエヴァが、その瞬間、全身から血を噴き出した。



 崩れ落ちるワームの巨体。

 そこからスローモーションになって剥がれ落ちるエヴァの体。


 激しい地響きと視界を覆う土煙の中で転移魔法を使おうとして、俺はエヴァがパーティー編成から既に外れてしまっている事実を突きつけられた。


腐食液の溜まった地に落ちてジュワジュワと溶けかけている体を激痛に耐えながら抱き上げ、頭上に降ってくるワームの巨体を避けようと、無我夢中で転移した。

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