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第457話 (幕間)生への望み

七の月・上弦7日、勇者たちが魔王の玉座の間に突入し、ノルテたちはモーリア坑道で戦っていた頃、諸族自由連合の兵たちもまた・・・

「退くな、退くなぁっ、うわーッ!!」

 魔物の大波に飲み込まれ、最後の防柵が突破された。


 もはや戦線と呼べるものは完全に失われている。



 聖女の渾身のバフを受けて、いったんは立ち直った諸族自由連合の将兵。


 だが、その後さらに一昼夜に渡って休みなく魔王軍の攻撃を受け続け、ついに前線が崩壊した。

 全軍の指揮系統と呼べるものも、既に無い。


 この戦いで最前列の第一陣と呼ばれていた都市国家連合、アンキラ王国、そしてエルザークの国軍は既に魔物の大波に飲みこまれた。

 それぞれの司令部とは遠話もつながらなくなっている。


 そして第二陣のレムルス、パルテア両帝国軍が魔物と入り乱れ、後退すらできない乱戦の中で分断され、数十名、いや数名単位で必死に命を守っている。


 尽きることなく押し寄せてくる魔物の群れに対し、将も兵も、肉眼で見える範囲の仲間だけを頼みにして、目の前に現れる敵から必死に我が身を守るだけだ。


 防衛ラインと言えるものが無いから、魔物の群れは新たな獲物を求め、さらに先を争うように進む。


 メウローヌ、アルゴル、カテラ、モントナ、メサイの各国軍にも、そして大陸各地から集まった亜人たちにも、全ての自由の民の将兵に容赦なく襲いかかっていた。


 ***


 依然として、魔王が封じた結界は解ける気配も無く、外部に逃げ出すことも救いを求めることもできない。

 絶望的な戦いの中で、加速度的に被害が増えていく。


 それは全軍の総司令部となっていた、レムルス軍の司令部でも例外ではなかった。


「バ、バイア元帥が戦死されたとっ!まさかっ・・・ロッテル将軍、ロッテル将軍、応答をっ」

「准将殿、ダメです・・・もうここにもトロルの群れが、殿下を連れてお逃げ・・・わあああああーッ」


 陣幕を踏み越えて乱入してきたトロルの群れに、皇太子を守るため残されていた、司令部の将兵が必死に時間を稼ぐ。


「やむを得ぬ、レオノーラ、こちらへ・・・無事なものは私に続けーっ!無駄死にするな!固まって、向こうの岩場の奥の丘まで撤退せよーっ」


 軍を率いる元帥・将軍格の者たちは既になく、名目上の大将でしかなかったはずのアルフレッド皇太子自らが宝剣を抜き、手負いの兵たちを指揮して、少しでも安全な場所を求めて走る。


 皇太子と併走しながら、本陣から持ち出した槍を構えて背後を守るのは、美しい第四夫人レオノーラだ。

 騎士ジョブを持つ中級冒険者として魔物との戦いを少なからず経験してきた彼女は、こうなった今、貴重な実戦力だった。


 自らも剣を振るってオーク上位種を斬り倒しながら、アルフレッドが目をつけたのは、ただ一箇所、いまだ崩れずに持ちこたえているように見える岩場だった。


 そこはレムルス軍第一列の斜め後ろに配置されていた、ドワーフ自治領の軍の持ち場だった。


 わずか2千人の兵力しかおらず、武器の手入れや工兵としての働きしか期待されていなかった小柄な男たちが、この敗勢の中でよく持ちこたえている。


“岩同化”のスキルを持つ高レベルのドワーフたちは、得意とする岩場に小さく拠点を築き、守備範囲に入り込んだ魔物を奇襲しては素早く身を隠す戦いを繰り返していた。


「オーリン伯爵!我らはあの丘まで後退するっ」

 走り抜けざまに、50歩ほどの所で指揮を執っているドワーフの長に大きな声をかけた。 


「っ!?皇太子殿下っ、了解した!我らは岩場伝いに丘の下まで退きまするっ、オレン、あの丘の下の大岩を次の拠点にするぞっ。順に下がれっ」


 元々足の悪いオーリンは、短槍を杖がわりに後退を始めた。

 他に負傷した数名のドワーフが、それでもオーリンを守るようにまわりを囲み、岩陰伝いに動く。


 それは、アルフレッドがこの日目にした、最も統制の取れた一隊だった。



 ***


「皇女殿下、皇女殿下、ここはもう保ちませぬ!撤退を!」

「撤退と言ってもどこへ・・・などとも言うておれん状況じゃな。そなたはどうする気だ、准将」

 

 パルテア皇女アメストリスは、自らの護衛隊長たるアーレズ・アミラ准将が、配下の女兵士たちに撤退の段取りを指図をする様子に、予想はついていながらも尋ねた。


「・・・殿下をお守りする重要きわまりない任務を部下まかせにすることは重罪であると承知しております。ただ、もはやベハナーム元帥はじめ、将官クラスは誰も連絡が取れぬ状況。戦死した前提で考えねばなりません。そうなると現存する最上位の武官として、撤退する兵らの指揮を小官がとらねばなりませぬ。どうかお許しを」


 アメストリスは即答した。

「そうじゃな。そなたが妾を守ってくれる方が心強いのは間違いないが、このいくさを勝つつもりなら、そなたが軍の指揮を執る方が確率が高かろう。許す」


「・・・勝つ、と。この状況下で」

 女准将は意表を突かれたように目を見張った。


「あたりまえじゃろう。そのためにここまで来たのだ。我らの勝利条件は、あの勇者らが魔王を倒すこと、それだけじゃ。組織的な抵抗を我らがやめてしまえば、残った魔物どもも全て勇者らに向かおう。我らは戦い続けることが勝利の確率を上げ、そこで生き残りさえすれば“勝ち”であろうぞ」

「その通りでありますね、殿下。敬服しました・・・戻ったか!ブッチーニ隊長」


 もはや皇女の座所とも思われぬ破れた天幕の入口に、幾つもの傷を負った猫人族の女が姿を現した。


「はい、准将。退路の目処がつきました。今なら囲みは薄い、行けますっ!」

 皇女の付き人を務めていた女が、駆け寄って治癒の術を使う。

「・・・ありがと、マギー」


 それを見てアーレズ准将が、天幕内の兵らに告げる。

「ここからは護衛隊長の任をブッチーニ小隊長に委任する。もう1個小隊の人数すらおらぬしな・・・殿下、すみませんが遠話は直接私から殿下に」


 アメストリスは頷くと宝冠をはずして兜を被り、打撃武器としても使える魔法の杖を手にしながら答えた。

「承知した。他に遠話が使える者も残っておらぬしな。では、無駄死にはするな、なるべく時を稼げよ、准将」


「了解であります、では殿下もどうかご武運を・・・パルテア軍、将兵に告ぐ!アーレズ・アミラ准将である・・・」


 アミラは副官のみを連れて天幕から出ると、襲いかかってきた魔狼を魔法剣で両断しながら、遠話を放った。


 それを見送った皇女と十数名の護衛、侍女らは、反対方向へとブッチーニの先導で移動を始めた。


 既にこのまわりも乱戦になっていたが、アメストリスは巧みに結界を張りながら移動し、一行は魔物たちをすり抜けるように後方へと抜け出すことに成功したのだった。



 ***


 既に魔物に蹂躙された、当初の前線付近。

 そこに未だ、破壊された複数の荷馬車の残骸をバリケードのように使い、抗戦を続けている一団がいた。


 もはや周囲に抵抗する人間や亜人の姿はほとんどなく、だからこそ魔物たちも多くがそこを素通りして先へと先へと進んでいる。

 その結果生まれた、一種のエアポケットのような場所だった。


「負傷者を下げろ、そこの、手を貸してやれ・・・アンゲロ、そっちに5人回す。なんとかそれでしのげっ。カムルっ、あまり派手に被害を与えずになるべくやり過ごせ」

 遠話で十人単位の各グループに細かく指示を出し続けるノイアンに、後ろから治癒魔法がかけられた。


「センテ、指揮を変わるからしばらく休め。遠話だけでも、それだけ休みなく続けておってはおぬしがもたんぞ」

「・・・これだけの小勢では連携が乱れれば最後だからな。だが、助かる。ヨネスク、1小刻だけ頼む」

「半刻休め。子爵様がいればきっとそうおっしゃる・・・ダクワルか?しばらくノイアン卿にかわってヨネスクが指揮を代行する。なにかあれば“遠話器”で連絡するからな」

 連絡用の魔道具を手に、修道士ヨネスクが魔導師ノイアンと交替した。



 最前線の左翼を担当してたエルザークの国軍は、けさ未明に崩壊した。

 指揮を執っていた元帥もその時に討たれたらしい。


 領主貴族諸侯の軍は、補給部隊を護衛し最前線に物資を配給するため国軍の後方に配備されていた。

 ヤレス王子ら残った首脳が撤退するのを助けるため盾となって防戦するよう命じられたが、その王子らの行方も今は知れない。


 そして、国軍を打ち破った魔物の大軍を人員・装備共に劣る諸侯軍が支えきれるはずもなく、日が昇ってまもなく諸侯の軍もまた大波に飲み込まれた。



 キヌーク村の領兵団はヴェスルント辺境伯軍の端、ビストリア伯爵軍と隣接する位置を守っていたが、その両者が崩壊したのはほぼ同時だった。


 幸いにもと言うべきか、キヌーク勢の所を蹂躙したのは巨大なトロルやゴーレムの群れだった。

 不幸にも踏み潰された者がいくらかいたが、巨大な魔物は領兵団の「上」をまたぎ越して、そのまま先へと去って行った。


 もちろん、第一波の後も尽きることなく大蛇や魔熊、ゴブリンの群れが襲ってきた。

 だが、輸送隊の生き残りらと力を合わせて壊れた荷馬車をいくらか動かし、地形も利用して簡易のバリケードを作り、耐えしのいだ。


 ちょうど少し離れた所に魔軍から見て通りやすい地形があったことで、大半の魔物は正面から戦うことなくやり過ごすことができた。


 昨日の朝、開戦した頃と違って、その後の魔軍は統制はさほど取れておらず、敵中に取り残された孤軍を組織だって掃討するような動きはなかった。


 ただ、多くの人間がいるところを見つければ襲いかかり、魔物にもエサになりそうな兵糧などが集積されていれば、敵を放置して見境なく貪っていた。


 たまたまキヌーク勢が守っていたエリアの荷馬車は、糧食ではなく大量の矢や替えの武器を積んだものが多かったから、魔物にとってはうまみが無く、守る領兵らにとっては矢が尽きることを心配せずに射続けることができたのも幸運だった。


 特に、キヌーク領兵の半数以上を占めた騎馬民テモール族の男たちは、みな優れた弓の使い手だった。


 馬が目立つことと軽装のために、最も大きな犠牲を出したのが彼らだったが、泣く泣く馬を捨ててバリケードの内側に入ってからは、拠点を守る弓兵の役割に徹して大きな戦果をあげていた。



「戻ったぞ・・・指揮代行はヨネスクでよいのか?」

「ヤンカードか、無事であったか・・・その娘は?」


 退路を探るために偵察に出ていたはずのハーフエルフの忍びが、忽然とバリケード内に戻ってきた。


 だがヨネスクは、彼が小脇に気を失った若い女を抱えているのを見て、尋ねながらも“癒やし”の呪文をかけた。


「助かる。疲労困憊しているがケガはそれほど深くないはずだ。東方のダークエルフ族だが、仲間の隊とはぐれて魔物に襲われているのを救い出した」


 娘が気を失う前にヤンカードが聞き出したところでは、ウリエル山脈の亜人軍の一員で、シローら勇者パーティーとも面識があるらしかった。


「ヤンカード、どうだった?」

 斥候が戻ったのに気づいて、村の自警団のメンバーを束ねている村長の甥オレサンドルが声をかけてきた。


「残念だが退路と呼べるようなものは見つからなかった。むしろ、あたりではここが一番マシかと思う」

「友軍についてはなにかわかったか?」

「エルザーク勢はうちぐらいの規模で幾つか点在しているが、指揮するものはおらぬ様子だ。東側の都市国家軍はもはや生き残っている者がおるのかもわからぬ。西側のかなり遠いところに精霊王様の結界の感触があったから、大森林の者たちはおそらくかなり残っている。この娘もおそらくそれを察して向かおうとしていたのだろう。わかったのはそれぐらいだな・・・」


 ヤンカードの妻ネオレンが長を務めるザーオの隠れ里は、キヌーク村から大森林地帯に入る“門”のような位置づけだから、彼が精霊王の気配を間違えることはないだろう。


「いざとなれば魔軍を突っ切って、大森林勢の所まで駆け込むか?」

「最悪の場合は、だな。だが、距離もあるし何人逃げ延びられることやら・・・起きたか」


 3人が声をひそめて情報をやりとりしていると、ヤンカードが地に寝かせていたダークエルフの娘が身じろぎして目を覚ました。


 ハッと周囲を見回す。

 ヤンカードを見つけ、他も人間や亜人しかいないと知って安心したようだ。


「心配ない、味方だ」

 ヤンカードはいつもながら愛想のない、だが彼を知る者ならそれが彼なりの気遣いだとわかる口調で告げた。


 すると娘は、最初は男たちにはわからない言葉でなにかをしゃべりかけ、それから西方の者たちのレムリア語で言い直した。


「・・・わ、私はウリエルの民マルディル。山陰エルフの長マゴルデノアの孫の孫の孫で、風読みで弓使いだ。助けてくれて感謝する、平地の友らよ」

 言葉遣いは少し異国風だが、ちゃんとレムリア語も使いこなすようだ。


「マゴルデノアという名は、子爵様から聞いたことがあるな。たしか、パルテポリス冒険者ギルドの副ギルド長で、ハイエルフの賢人だと・・・」

 冒険者あがりのヨネスクが応じた。


「マゴルデノアさまを知っているか、ならたしかに味方だ。・・・私は大事なことを味方に伝えようとしていたの」

「・・・大事なことだと?」

 マルディルの言葉に、物陰からのそりと起き上がったのは、仮眠に入ったはずのセンテ・ノイアンだった。


 ヨネスクが困った顔をそちらに向けてから、マルディルに向き直った。

「貴女は味方とはぐれて魔物の群れの中を逃げていたのではないのか?」


 マルディルは少し考えてから首を横に振った。

「最後はその通りだけど、もともとこちらの前線を見に来た」


「こちらの前線を?わざわざ?」

 その話はヤンカードも聞いていなかったようだ。


 マルディルは今度は首を縦に振って、こう言葉を選びながら答えた。

「そう。しばらく前に、風が変わった。なにかはわからないけど、良い風」


「良い風、だと?この絶望的な状況でか?」


 相変わらずアンゲロとダクワルが率いる領兵たちが、散発的だが尽きることのないオークの襲撃を必死に防いでいる。

 その弓音、怒声、時に白兵戦の刃物のぶつかる音も、途切れることは無い。

 キヌーク勢も奇跡的な善戦をしているとは言え、もともとわずか百人あまりしかいなかった男たちのうち既に半数近くが命を落としているのだ。

 ましてや、周辺の諸族連合軍は既に全滅寸前と言っていいだろう。


 それでも、ほっそりしたダークエルフの娘は男たちの目を真っ直ぐ見て、なにかを確信しているように続けた。


「マルディルたちは最前線を見てきたの。仲間はみんな殺されたけど、はるか遠くで魔物の波が切れているのを確かに見た。風の精霊も言ってる。良い風が吹いたと。きっと魔物の大波はまもなく止まる、ここを耐えられれば光が見える・・・」

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