第455話 最後の戦い③ 魔王防御無効化
最終決戦を期して、魔王城の玉座の間に踏み込んだ俺たちは、魔王とそのパーティーとおぼしき数体の魔物と遭遇した。だが、そのうちの1人は、200年余り前、魔王に敗れて死んだはずの「先代の勇者」だという。
先代の勇者ペンドラゴン――――その名前と人となりは、サヤカとモモカも先代勇者パーティーの唯一の生き残りだった賢者ロマノフから聞いたことがあるだけだと言う。
サヤカとモモカがこの世界に転生した205年前には、既に先代勇者たちは殺された後だった。
“勇者は世界に1人しか存在出来ない”ユニークジョブだというのが、このゲーム的世界のルールだから、当然と言えば当然だ。
人間族をはるかに上回る視力を持つルシエンが判別したのは、
<ペンドラゴン 勇者の亡霊 LV44>というものだった。
“ステータス秘匿”がかかっているらしく、持っているスキルや呪文までは見えなかった。
距離が近づいて“情報解析”を持つ俺や“真実の鏡”を持つモモカの視界に入ればわかるかもしれないが、ともかく、大変な敵なのは間違いないだろう・・・ってか、“敵”なんだよな?
「勇者の亡霊っていうのがアンデッド化しているのか、文字通り霊化しているのかわからないけど、少なくとも元々の勇者ペンドラゴンでは無いはず。魔王のパーティーにいる以上は敵と考えるべきでしょうね。勇者は同時に2人は存在出来ないんだから・・・来るわよ!」
モモカが声をあげた。
いったん魔王の元に逃げていた上級悪魔2体が、再び飛び立ったのだ。
そして俺たちの背後からは、湧出した魔物の残党が追いかけてくる。このままじゃ挟み撃ちされる。
サヤカがそれに応じて方針を打ち出す。
「モモカ、あんたが魔王の絶対防御を無効化するのがまず最優先だよ。とにかくあたしが切り開いて隙をつくる!」
たしかにそうだ。
まずは聖女の固有スキル“魔王防御無効化”が使える距離までモモカが接近する必要がある。
「後ろは俺が引き受ける!」
「頼むわ。エヴァ、ワイバーンは召喚できる?」
「ワイバーン、オラニエじゃなく?そうね!ええ」
エヴァが“竜召喚”を習得してからはほとんど使っていなかった、漆黒のワイバーンを召喚する。
聖女と2人だけで乗るなら、これで飛べる。
隙を突くには小回りが利く方がいい。
俺は壁役のシンタロスはじめ、手持ちのホムンクルスたちを惜しまず出す。
「こっちを片付けたら援護するから」
「うん、でも“もうひとり”がどこにいるかわからないから油断しないで。ルシエン、カーミラ、援護頼むっ」
サヤカが飛び出していく。
魔王パーティーが迷宮結界の人数制限通り“6体まで”だとすると、魔王と勇者の亡霊、2体の上級悪魔、既に倒した1体の他にもう1体いていいことになる。
既に地下の龍脈からの魔力供給が断たれているのに、依然として魔王が大量の魔物を湧出させられることも謎だ。
だが、それらをじっくり考えてる余裕は無い。
背後から追いついてきた魔物の先頭はスピードの速い魔狼たち、残数は10、いや20体ぐらいか。
前方の仲間たちを追わせないため俺に注意を引きつけようと、炎の魔法をばらまいて壁状に広げる。
そこに突っ込んで炎上した魔狼の群れ。
だがダメージが少なかったやつらは、突破してこっちに殺到してくる。
エヴァが残したトリマレッドと粘土犬のキャンに左右にからファイアブレスを吐かせて、さらに内側に集める。
正面に立つシンタロスが大剣を振るって、魔狼の群れをまとめて刈り取る。
ぶつかられてもゴーレム並みの巨体はびくともしない。
それでも数体がすり抜けて俺の方に向かってくるが、今度は“密度操作”で絞り込んで高密度ビームにした火炎でとどめを刺していく。
「ふう・・・次はオーク系か」
第二波はオークロードが数十体。接触まで十数秒はありそうだったから、錬金術師の“思索”スキルを使い、わずかだがMPを回復させる。
まだ虎の子の回復薬や魔力ボンベは使いたくない。
スキル地図を意識しながらちらっと振り返ると、サヤカたちも戦いに入る所だった。
突然、闇の中に雷光がきらめき、頭上から轟音と共に稲妻が走った。
ピシャンッ!ズズン!!
みんなうまく回避したが、振り向いた先の地面に大きなクレーターができ、土煙が上がってる。
魔王の支援砲撃か。
自らは聖女との接触を避けたいのか、あまり前に出ないようだ。
まず2体の上級悪魔が低空飛行して向かって来たのを、サヤカが同じく飛翔して迎え撃つ。
1体が身をよじったのは、風魔法で強化したルシエンのミスリルの矢が顔面をとらえたらしい。
そして、一筋の影が飛びかかった。
狼化したカーミラが“跳躍”スキルで手負いの奴に追撃をかけたのだ。
だが、その背後から螺旋を描いて飛んできた別の影が、カーミラを弾き飛ばした。
「キャウンッ」
カーミラの悲鳴がパーティー編成を通して聞こえた。
勇者の亡霊だ!
奴も飛翔できるらしい・・・勇者だったなら不思議はないのか。
もう1体の上級悪魔と空中で白兵戦を繰り広げていたサヤカが、カーミラが危ういと見て身を翻した。
ルシエンの矢が、上級悪魔の追撃を防ぐ。
勇者と元勇者の戦いが始まった。
それを囮にして、エヴァのワイバーンが高度を上げ、飛び越えていく。
手負いの上級悪魔たちが気付いて魔法の溶岩を飛ばすが、身軽なワイバーンはそれを回避し魔王へと向かう。
すれ違いざまに、エヴァが“魔槍”をぶち込んで1体を遂に撃墜した。
的が大きい分、こっちの攻撃はあたりやすい。
だが、もう1体、レベルが高い方のLV45の上級悪魔バルフェルは、ワイバーンに向けて炎の竜のような魔法を放った。
そいつはまるで追尾式ミサイルでもあるかのように、軌道を変えながら飛ぶエヴァたちの背後からしつこく追って行く。
しかも正面に見えてきた魔王も、ギラギラ光る雷を投げつけてきた。
前後からの挟撃だ。
かろうじて魔王の雷撃はかわしたものの、追尾式の炎の魔法からは逃れられなかった。
2人はワイバーンが炎に包まれる寸前に、飛び降りたようだ。
「!!」
だがその直後、何かが砕け散る幻音が戦場に響く。
魔王とそのパーティーに動揺が走った。
そして、遠話が俺たちパーティーの脳裏に届いた。
《“魔王防御無効化”成功!エヴァ、リナ、大丈夫!?》
《大丈夫よ・・・ルーヒト、ルーヒト、聞こえるっ?》
《おけー、リナも大丈夫だよ》
エヴァはモーリアの地下深くに潜入しているはずのルーヒトに知らせようとしている。これで“魔王の真体”を滅ぼすことも可能になったはずだからだ。
魔法戦士に戻ったリナも、エヴァと共に飛翔しながら答えてきた。
そうだ、“聖女の外見に着せ替えたリナ”とエヴァも最初から囮だった。
“勇者たちが魔王の配下と戦っている隙に、小回りの利くワイバーンで聖女が魔王に接近する”――――そんな狙いだと思わせておいて、最初からモモカが単独で魔法転移する計画だったのだ。
そのために、コモリンを飛ばして魔王に接近させ、座標を共有した。
みんなその時間を稼ぎ出すための陽動だったんだ。
聖女も同じ時代に1人しか存在できないユニークジョブだから、リナが“着せ替え”で真似できるのは外見だけだ。
だが、この場合は魔王パーティーの注意を引くことさえできれば十分だった。
《みんな!魔王の間合いの内側に入れっ》
俺は指示を飛ばすと、自らもシンタロスたちを回収して、モモカの座標のそばに飛んだ。
巨大な魔王は、間合いの内側に入った小さな俺たちには力を振るいにくいだろうし、残っている上級悪魔も誤射を気にして戦いにくくなるだろう。
カーミラとエヴァ、リナもそれぞれ魔王の背後、足下付近に集まってくる。
モモカと手分けして傷を負った3人を治療する。
幸い治せないほどのダメージはない。
「サヤカは・・・押されてる!?どうする?」
ペンドラゴンと渡り合っているサヤカは、魔法転移の詠唱をする余裕もないらしい。
《こっちはなんとかする!魔王を頼むっ》
早口の遠話が届いた。
だが、それと同時に俺たちを見つけた魔王が、再び咆吼を放った。
「「「っ!!!」」」
全長100メートルはありそうな魔王の巨体から全方向に放たれた魔力嵐で、俺たちはバラバラに吹っ飛ばされる。
ゴロゴロと転がされた地面が砂地に近かったおかげで大したケガは負わなかったが、魔王からは数百メートル引き離されたらしい。
「シローっ!」
俺に駆け寄ってきたのは、狼化が解けたカーミラだった。
リナがかなり離れた所にスリープ状態になって転がっているのを察知し、“お家に帰る”で回収する。
スキル地図で確認すると、エヴァとルシエン、モモカは俺たちとは反対側だが、3人がわりと近い場所にかたまっている。
サヤカとペンドラゴンも、さらに遠くに飛ばされている。
だが、そっちを援護に行く余裕は無かった。
攻撃できる間合いを取り戻した魔王が、漆黒の鱗に覆われた四対八本の腕を高く差し上げると、そのうちの半数の腕に雷をまとった巨大な剣が生えた。
さらに二本の腕には、青白く光る氷の盾のようなものが現れる。
物質創造系のスキルも持つらしい・・・厄介だ。
そして、魔王はまず俺たちが目に入ったのか、三対の眼に赤く光る憤怒の色を浮かべ、突進してきた。




