第454話 最後の戦い② 魔王パーティー
魔王の玉座の間に侵入した俺たちは、隠身スキルや魔道具を使っていたにも関わらず、即座に攻撃を受けた。
頭上から焼けただれた溶岩のような紅蓮の砲弾が雨あられと降り注いだのだ。
衝撃波と轟音。
土煙があがる。
薄暗い闇の中、もうもうと土煙が上がり、そこに巨大な翼を持つ悪魔たちが下りて来た。
<バルフェル 上級悪魔 LV45>
<ベリト 上級悪魔 LV42>
<モルゴン 上級悪魔 LV41>
大鎌を構えた上級悪魔。
全長が数十メートルあったダズガーンほどではないが、悪魔化した時のゲルフィムやヴァシュティに匹敵する体格とレベルだ。
使徒クラスが3体一斉に。
だが、そいつらは何か違和感を感じたように、勇者パーティーがいたところに着弾した魔法攻撃の跡を見回す。
「「「!」」」
着弾点からほんの数メートルしか離れていない闇の中から、俺たちは反撃に出た。
やられたと見えたのは、俺たちの幻影だ。
リナが<上忍>ジョブでレベルアップしたことで、忍術で俺たちパーティーの幻影を作り出せるようになり、それを数メートル先に進ませていたんだ。
いったん玉座の間に連れてこられた“エサ”たちが反乱を起こして逃げ、入口まで壊された以上、魔王サイドが待ち構えているのは当然予想されたから。
とは言え、予想以上の範囲に予想以上の威力の攻撃を加えられたせいで、回避できたのはギリギルだった。
一番近くにいたLV41のモルゴンという奴に、サヤカとエヴァが“飛翔”して飛びかかった。
ルシエンが援護の矢を放つ。
闇の中、矢は悪魔にあたったはずだが、ほとんどダメージはないらしい。
それでも、2人が迫るだけの隙を作ることには成功した。
ミスリルの剣と槍がモルゴンの鎌をかいくぐり、一閃した。
巨体の首筋からしぶきが上がり、ビクンと痙攣する。
だが、その後ろから別の悪魔が再び溶岩砲を放った。
モルゴンが巻き込まれるのもお構いなしに、業火が俺たちを襲う。
紫に光る盾がそれを受け止める。
モモカの魔法“聖なる盾”だ。
「グアァアァッツ!」
奥から絶叫。
悪魔たちの背後に回ったカーミラと上忍のままのリナが、最後尾のベリットを襲ったのだ。
ゴロゴロゴロ・・・
突然頭上で雷の音がして、稲光が走る。
「あぶないっ!」
俺が短距離の有視界転移でみんなを飛ばした直後、今まで俺たちがいた場所に、雷が落ち、地面がバチバチと白くはじけた。
一番レベルの高いバルフェルと言うやつだ。
炎系だけでなく、雷撃魔法も強力なのを使うらしい。
この上級悪魔はそれ以上俺たちを攻撃することなく羽ばたいて、広大な空間の奥の方へと飛び立った。
奇襲が失敗した以上、魔王と合流した方がいい、と踏んだのか。
それを見て残る2体も飛び立つ。
どちらも致命傷は与えられていないようだ。
「追おうっ」
「そうね、エヴァ、お願い。天井が低いかもしれないから気をつけてっ」
「ええ!オラニエっ!」
先に飛び立ったサヤカを追って、俺たちは再び召喚したファイアドラゴンの背に乗り込む。
この玉座の間は魔王城の地下にあるにも関わらず、“天井”は今のところ見えない。
襲撃と同時に、なにか空間がぐにゃりとゆがむ感触があったから、一種の異空間のような状態になっているのかもしれない。
「たぶんそうね。あの時、まわりの結界が変化したんだと思う。今は迷宮みたいに人数制限がかかった結界空間になってる。広さも魔王の思うままなのかもしれないから、気をつけましょう」
モモカが“真実の鏡”を使ってまわりの空間を調べ、強風で声が聞き取りにくい中、肉声と遠話の両方でパーティーのみんなに伝えた。
前方では、先ほど手傷を負わせたうちの1体にサヤカが追いついたらしく、空中戦になっている。
(わたしも行くよっ)
魔法戦士に変わったリナが、有視界転移した。
サヤカに応戦するので手一杯だった1体が、リナの不意打ちを食らってぐらつく。
ついにサヤカの剣が急所を貫き、とどめを刺した。
赤い光点がひとつ消えた。
だが、その間に残る2体には距離をあけられた。
「いる!魔王が一番奥に」
ルシエンが叫ぶ。
俺にはまだ肉眼ではよく見えないが、地図スキルには大きな赤い点と、他にも赤い点がそばにあるようだ。
《オオオオォォォォォーンッ!!!》
遠く咆吼が聞こえた。
魔王だ。
一瞬後、魔力の暴風が俺たちにたたきつけられ、オラニエが木の葉のように揺れる。
「うわっ」
落ちないようにしがみつくので精一杯だ。
「まずいっ、“天井”が下がってくるわ!」
エヴァが悲鳴をあげた。
「仕方がない、ここからは走ろうっ」
俺はエヴァに指示してドラゴンを着陸させる。
魔力嵐の中では転移魔法も使えないし、落ちたよりマシってぐらいの胴体着陸になった。
粘土ホムンクルスのトリマレンジャーを取り出して騎乗するとすぐに、濃い瘴気の霧が迫ってきた。
これも魔王が咆吼と共に発したものだろう。
「この瘴気、魔物の匂い、いっぱい来るよ!」
「・・・そうね、魔物が湧出してくる気配だわ、気をつけて」
「え?迷宮のような人数制限のある結界じゃないの?」
カーミラとルシエンが察知した気配に、エヴァが先ほどのモモカの言葉との矛盾を指摘する。
「6体を超える魔物が存在できるのか?敵だけ・・・あっ」
俺もモモカに訊ねかけて、途中で自ら答えに気付いた。
「そうね・・・おそらくこれは、魔王の召喚とか使い魔を創り出すスキルの類によるもので、人数カウントに入らないんじゃないかな」
モモカの推理は俺と同じだった。
リナや粘土ホムンクルス、そしてエヴァのオラニエみたいなものか。
自分たちが日頃から6人を超える変則パーティーなのになんだけど、敵にやられるとなかなか厄介だ。
そう思う間にも、瘴気の中から次々魔物が湧き出してきた。
「来るよっ」
サヤカも魔力嵐で飛翔が困難になり、1人だけ突出するのもリスキーだから、俺たちと合流してトリマレンジャーを駆っている。
薄暗くて俺たち人間の視力には状況がはっきり見えないから、照明弾がわりの“雷素”を幾つか前方に飛ばす。
最初は不定形のスライムみたいに見えたものが、みるみる形をとって、蛇やトカゲ、蔦のようになっていく。
さらにそこから魔獣や人型のものまで現れてくる。
迷宮の魔物の階層ごとの変化を早回しで見ているような、異常な光景だ。
「魔物進化・・・魔物を一気に強化する、魔王の一種のバフね」
「オークリーダー・・・いや、オークロード、レベル12まで上がってる。あっちは・・・っ!気をつけろっ、アイアンゴーレムが出たっ」
雷素を飛ばしながら判別スキルをかけまくり、パーティーに魔物の情報を共有する。
言わば促成栽培だから、めちゃくちゃ高レベルのヤツはいないが、それでも一瞬でレベル2桁の魔物を数百匹、いやもっとだ、量産するとかチート過ぎる。
モモカが“流星雨”を水平射撃し、進路上の魔物をまとめて駆除する。
最初は矢で射ていたルシエンも、キリがないと気づいて魔法に切り替えた。
「・・・恵みを地に返さん、“霧の森”!」
ハイエルフLV40で得たデバフ系の領域魔法だ。
ほっそりした右手をふるうと、湿った風魔法のようなものが前方に流れ出し、瘴気とせめぎ合うように反応する。
直接魔物が消滅したりはしないが、俺たちの前を塞いでいた数十匹の動きが目に見えて鈍くなる。
そこをトリマレンジャーにも“火素”や“風素”を吐かせながら突破していくが、湧き出し続ける魔物の壁は尽きる気配が無い。
《なるべく魔王にモモカが接触するのを阻みながら、私たちを消耗させようって魂胆だね》
エヴァ、カーミラを左右に従え先頭で魔物の群れを切り開いているサヤカが、遠話で魔王サイドの意図を伝えてくる。
なるほど。
たしかに魔王の側から見れば、聖女のスキルをなるべく使わせず、自らの無敵性を保っておきたい。
だから最初は魔王から遠い所で配下の上級悪魔に奇襲させ、それがダメなら雑魚を盾にして接触前に俺たちを消耗させる、って寸法か。
俺は火炎を範囲魔法化して前衛の「上」から前方の魔物に叩き込みながら、気になったことを問いかけた。
《けどさ、龍脈は封じたんだよな?どうしてこれだけの魔力の供給が続いてるんだろう?》
俺の疑問はみんな同じように感じてたようだ。
しばらく間があって、モモカの遠話が届く。
《・・・しろくん、地図上、魔王のまわりに何体いる?》
《え?》
玉座の間の最奥、魔王がいるらしいあたりまでは、もう2、3kmまで近づいているらしく、スキル地図上ではかなり映るようになってきた。
リナに側面を守ってもらいながら、地図に意識を集中する。
《このデカい光点が魔王、他にさっきの悪魔のうち2体が合流してて、あと・・・1つ?》
全部で4体か?
《やっぱりそうね。まわりにいる湧出した魔物は数に入ってないはずだから・・・たぶんパーティー編成上はもう1体、魔力の供給源になっている者がどこかにいるのかもしれないわ》
《なんですって!?》
モモカの遠話に、驚きの声があがった。
そうだよな、魔力の供給源、だって?
《だとしたら、ジリ貧になる前に魔王のところまで辿り着かないと・・・ここはちょっと無理しても突破しよう!》
サヤカの言葉に、リナとカーミラ、エヴァの武闘派チームが賛成する。
《おけー》
《カーミラ、やるよ》
《そうですね》
エヴァが詠唱を始めたのが合図になった。
カーミラがトリウマから飛び降りながら狼化する。それに合わせて、粘土ホムンクルスでもあるセラミック鎧が変形し、衝角を備えた攻防一体の鎧に変わっていく。
《・・・“竜槍”!》
エヴァが魔法の槍で、正面の敵を蹴散らす。
その左右に展開したのがリナとカーミラだ。
リナは魔法戦士LV45で得た範囲攻撃スキル、“魔嵐剣”で扇状に魔物を薙ぎ払っていく。
カーミラはワーロードが持つ“狂化”のスキルを使って格段にパワーアップし、触れた魔物を全て見境無く駆逐していく。
その後ろから、俺とルシエン、モモカが無人の野を行くようにトリウマを走らせる。
前衛の討ち漏らしがこぼれてくるのを始末しながら、冷静に前方と周囲の様子を観察する。
魔王と側近たちと思われる光点まであと1kmぐらいのはずだ。
暗闇の中に遠く、赤っぽく光る姿が肉眼でも見えるようになってきたが、今のところ動きはない。
しんがりを務めるのがサヤカだ。
「見えざる6人目」のことがあるから、奇襲に備えてフリーで動けるようにしている。
だが、俺たちがギアを上げて魔物の群れを突破した、と感じたその時だった。
再び魔王が咆吼を発した。
びりびりと空気が震えると共に、俺の目にもはっきりと見えるようになった。
おそらく魔王は、それまでは玉座みたいなものに座っていたんだろう。
それが立ち上がった。
だから巨体が俺の肉眼でも目視できるようになったんだ。
全身に炎、あるいは溢れるエネルギーをまとった巨人。そのエネルギーによって、闇の中でも赤く光って見える。
足止めはここまでだと悟ったからか?あるいは、使い捨ての魔物がかろうじてまだ残っている今、俺たちに回復するいとまを与えず、全力で叩き潰すことに決めたのか?
いずれにしても、魔王はその配下たちを引き連れ、戦いに臨むことに決めたようだ。
ズズン、ズズン・・・
重い足音が、玉座の間の土砂の地面にめり込みながら、向かって来る。
魔王と、そのまわりには先ほど交戦した上級悪魔の残り2体。
だが、もう1体いるはずの奴はすぐに目に入らなかった。
スキル地図上ではもう1つの赤い光点が、上級悪魔以上の輝きで魔王のすぐそばにいることになっている。
「隠身スキル持ち?」
俺たちは湧出した魔物の群れを突破して、再びパーティーメンバーが肉声を交わせる距離まで集まっていた。
「それもありうるけど・・・そうじゃない、いるわ」
一番視力がよく夜目も利くルシエンが断言した。
「あそこ、魔王の足下に・・・人間!?」
「「「えっ!?」」」
俺たちにはまだはっきり見えないが、どうやら他の使徒のように巨体ではなく、人間あるいは人間サイズの眷属らしい。
ルシエンが目を細めて、判別スキルを使う。
「・・・ペンドラゴン・・・勇者の亡霊、ですって!?」
「なんだって!?」
俺は思わず声をあげ、サヤカとモモカを振り向いた。
2人はまるでメデューサに石化をかけられたみたいに、固まっていた。
「うそ・・・どうして」
「200年前の決戦にはいなかったのに、なぜ・・・」
どういうことだ?2人は知っているのか。
みんなの視線を浴びて、ようやくモモカは何かを恐れるように、低い声でこう言った。
「会ったことはないわ。もちろん、もう死んでいたはずだから。ロマノフ先生から聞いたことがあるだけ・・・ペンドラゴンは、魔王に敗れた先代の勇者よ」




