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第451話 龍脈への潜入

七の月・上弦7日の夜明け

《どうか、ご武運を・・・》

 粗末な身なりに鋭い眼光を隠した男が、見張りの魔物たちに囲まれた俺たちに遠話でそう伝えてくる。


 同じように薄汚れた奴隷姿の俺たちを代表して、サヤカが短く答えた。

《ええ、ヨーナスさん、どうかあなたもご無事で》


 棘だらけの鞭を振るうオークロードが、脅すようなうなり声をあげたのを合図に、俺たちを含む数百人の奴隷が、絶望にこわばった表情でのろのろと歩き出す。


 先ほどまでは、なんとか今日のエサになることを逃れようと逃げ散っては、待ち構えたオークの群れにむち打たれ殴られ、半死半生になりながら、とうとう囲い込まれてしまった奴隷たち。


 魔王城の通用門とも言うべき入口に向かって、うなだれた男女の列が動き出した。


 俺たちは、魔王の「朝食」なのだ。



 魔王城の裏手、城壁に囲われた谷間には、魔物の監視下で十万を超える人間が奴隷となって“飼われて”いた。

 当初、モルデニアやプラトなどから集められた奴隷たちは、城の建設のために働かされていたが、工事が一段落した今、最大の役目は魔王や高位の魔物たちの日々のエサとなることだった。


 昨日、その言わば“奴隷牧場”に潜入した俺たちだったが、そこから魔王城の中に簡単に入れるわけではなかった。


 エサとして一定の人間が毎日連れられていくとわかったから、そこに紛れ込むという大方針だけは考えたものの、それを具体的な作戦にできたのは、ヨーナスのおかげだった。


 そう、レムルス帝国のプラト駐留軍を率いていたヨーナス将軍だ。


 俺とカーミラは極北の封印の地で行動を共にしたこともある、あのヨーナスが、ここにいたのだ。



 昨日の午後この奴隷牧場に潜入した俺たちは、オークたちに目をつけられないように気配を殺し、武器防具はアイテムボックスに収納して、なるべく地味な服をさらに泥で汚して目立たない格好をしていた。


 それでも、ヨーナスは異質な者たちが紛れ込んだことに気づき、向こうから接触してきたのだ。


 プラト北部が魔王軍に飲み込まれる中、最後まで抗戦していたヨーナスだったが、チラスポリの戦いを前にプラト駐留軍は崩壊した。

 市民を少しでも多く南に逃がすため盾となり、魔軍勢力下に取り残されたヨーナスらは、その後素性を隠して奴隷に紛れこんだ。


 ただ死ぬよりは、こうして諸族連合が最終決戦に臨む際に、魔王軍内部で少しでも破壊工作を試みようと考えたらしい。


 数人の部下も同じように奴隷に紛れ込み、これまでに様々な情報を集めていた。


 おかげで、日の出と日没ごとに数百人の「朝食」と「夕食」が、かなり適当に選ばれて城内に連れて行かれること、そこに自然に紛れ込むには、どのオークロードの目につくところにいればいいか、などを知ることができた。


 城内に入った奴隷は再び生きて出ることはないから、現在の内部の様子はよくわからないが、魔王城建設に使役された者たちの証言では、魔王の玉座の間は地下のかなり深い階層にあり、さらにそれとは別の地下深くに、おそらく龍脈に通じる施設があるらしいこともわかった。


 龍脈から魔王に無尽蔵に魔力が供給されている仕組みを破壊することができれば、おそらく魔王が無限に復活する現象は止められるんじゃないか?

 少なくとも、際限なく魔物が発生することはなくなるはずだ。

だから、まず城内に入ったらこっちを狙う。


 

 そしてもう一つ展望が開けたのは、もちろん、ルーヒトのおかげだ。


 昨夜、エヴァに念話が届いた。

 魔法の遠話も一切外部と通じない、この魔王の結界の中にだ。


 それ自体も驚きだったが、念話を放ったのが白嶺山脈の竜王の元にあずけたルーヒトからだったことにさらに驚いた。


 俺とリナがボーナススキル“お人形遊び”の働きで、通常の魔法通信ができない環境でも念話が結べるように、エヴァとルーヒトも“竜の絆”の効果で結界無視の遠話が結べるらしい。


 そして、ルーヒトを通じて竜王から聞いたことは、モモカが“未来視”で得た予測を裏付けるものだった。


 このままでは、使徒ゲルフィムがモーリア地下の“魔王の真体”を手に入れ、もう一体の魔王と化してしまう。

 それを食い止めるためには、ドワーフ王オデロンの血を引く者が、真体の破壊に向かわなくてはならない。


 ところが、既にゲルフィムがドワーフたちの拠点であるシクホルト城塞を襲い、オーリンの次男アドリンらを斬殺してしまった。

 そしてゲルフィムは、モーリアの地図を奪い姿を消した、と。


 最悪の知らせだった。



 続くルーヒトの言葉は予想だにしないものだった。


 身重のノルテがアドリンに代わって、モーリアに向かうと言うのだ。


 当然俺は止めようとした。


 だが、エヴァは行かせるべきだ、と言った。

 エヴァだけでなく、パーティーのみんなが同意見だった。


 魔王の真体を滅ぼすことができなければ、この戦いに勝利することはできない。

 そして、それはこの地にいる全員、俺たちパーティーのみならず数十万の連合軍が全滅することを意味し、遠からず世界が魔王軍に支配されることをも意味する。


 それを止められるのは、今魔王の結界の外にいる者では、ノルテしかいないのだから、本人にその覚悟がある以上、止めるべきではない、と。


 俺が最終的にみんなの言葉に同意したのは、ルーヒトから、助っ人としてリンダベルさんと吸血鬼リリスが同行することになった、と聞いたからだ。


 リンダベルさんは前回の勇者パーティーの一員であり、病身だから長くは戦えないにせよ、結界の外にいる者の中では最も信頼出来る。

 そして、あのリリスが味方してくれるとは信じがたかったが、戦力としては申し分ない。



 そして、この作戦を決行することになった。



「・・あれね、とてつもない魔力を感じる」


 何度も鞭打たれながら遂に逃げることをあきらめ、のろのろと歩を進めた数百人の奴隷は、魔王城のそびえるように高い第二城壁をくぐり、ついに城自体の通用門の前にたどり着いた。


 ルシエンが言うとおり、城の建物自体が強烈な結界を形成し、通用門の鋼鉄の扉も、強い魔力で封じられているのを感じる。


オークロードがその扉の前に立つと、中からくぐもった咆吼らしきものが聞こえ、それに応えてオークロードが何かを吠え返した。合い言葉のようなものらしい。


 金属のこすれる不快な音と共に、厚い鋼鉄扉が左右に開き、中から吐き気を催すような腐臭と死臭が流れ出した。


 ゼッタイこんなとこに住みたくねーよな。


「ハイレ!モタモタスルナッ」


 下っ端のオークリーダーたちがてんでに鞭を振るって、奴隷の群れを暗い城内に送り込んでいく。


 俺たちはさも慌てて怯えた様子で、一群に混じって中に入る。


 暗闇の中に入り目が慣れてくる頃には、予定通りサヤカとモモカ、ルシエンとカーミラは隠身をかけ、姿をくらましていた。



 数百人の奴隷の中で少しばかり人数が減ったことには、幸い誰も気付いていないようだ。


《・・・いるわね、かなり深い。地下十階ぐらい?》

《そうだな。予想通り結界内に入ったから、わかるようになったみたいだ》


 パーティーの仲間と遠話を交わす。


 俺たちが地図スキルで共有したのは、俺が粘土スキルで創った小さなホムンクルスたちの所在だ。


 昨日の日没時、「夕食」として連れて行かれた奴隷たちに、ネズミや虫の姿をしたホムンクルスたちを十匹ばかり紛れ込ませておいたのだ。

 モーリア坑道の地下へホムンクルスを放ったのと同様、龍脈の場所を探らせるためだ。


 魔王城自体が強力な結界だから、俺たちが外の奴隷牧場にいる間は、ホムンクルスの所在を把握することはできない。


 だが、あらかじめ地下の最も魔力の濃いところを察知して向かうよう、だが近づきすぎないよう命令を与えて放っておいた。


 一晩かけて、どうやらそれらしい所にたどり着いているようだ。


 俺たちも結界の内側に入ったことで、その気配が捕らえられるようになった。


《うん、座標共有したよ》


 人形サイズのリナが、モモカの胸元から知らせてくる。


《じゃあ、しばらく別行動だね》

《ああ、こっちはおとなしくしてるつもりだけど、何があるかわからんから、お互い気をつけて》

《了解。破壊工作、はじめるよ》


 俺と同様にパーティー編成スキルを持つサヤカが、隠身をかけたメンバーとリナをパーティに組んで、転移した。

 ホムンクルスのいる、龍脈の近くへ。


「奴隷ドモ、コッチヘコイ!」

 オークロードの号令がかかる。


 俺とエヴァは目で頷き合って、奴隷の群れの中に再び目立たないように紛れ込み、血糊のついた地下への階段を下り始めた。

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