第48話 迷宮五階層
なんとか銀の盾でメデューサを退けることができた俺たちは、さらに深く、地下五階層に挑むことになった。今度こそ迷宮最下層であってくれと願う。
「あー、効くぅー、やっぱり治療効果も増してるんじゃないのかな、んー、いぃー」
「もう、へんな声ださないの」
カレーナに“大いなる癒やし”をかけてもらい、つぶされかけた体が回復した。
普通だったら一生不自由な暮らしになりかねない重傷が、こうしてあっさり治っちまうってのは、さすがゲーム的異世界、さすが高レベル呪文だ。現代医学だってここまで出来ないだろう。一方で現代医学に出来てもこっちの世界では救えない命もきっと多いはずだけど。
元気になった俺はグレオンとセシリーと力を合わせ、自らの魔力で石像と化してしまったメデューサを、結界の端まで引きずっていった。
浄化した途端に結界が破れるので、地面が陥没するのに巻き込まれないためだ。毎回、慌てて逃げてたからね、ちょっとは俺たちも学習したのだ。
「では、“浄化”」
カレーナが落ち着いて呪文を唱え、かなり大き目の魔石を得る。
そして、先ほどまでメデューサらと戦っていた結界内は、広く陥没していった。
どういうわけか、それと共に、ラルークがすぐ近くの地面に埋まっていた宝箱を発見する。なぜいつもこのタイミングなんだろう?結界に隠されてるってことなのか。
解錠された箱から出てきたのは、やはりいくらかの砂金と、なにか灰色の砂を固めたような指先ほどの丸い小石、というか丸薬のように見える。
「なんだろねー、ベス、わかるかい?」
「うーん、見たことないですけど、ひょっとしたら・・・リナさんは?」
リナが近づいてきてじっと見ている。
「鑑定スキルはないから確実じゃないけど
石化の治療薬じゃないかな」
「なるほど、それはありそうね」
カレーナが納得顔だ。たしかに、特殊な状態異常のスキルを持つボスキャラを倒したら、その治療薬が得られるってのは、ゲーム的にもお約束っぽい。
どのパーティーにも高レベルの僧侶がいるとは限らないし、カレーナが石化させられたら、って俺も心配してたわけだし。
眼下に広がった窪地の先には、また次の五階層の迷宮となる洞窟の入口が見える。
魔物の気配は濃密にあるものの、すぐ近くには強い敵意は感じられない。
「みんな大丈夫ね?では、ともかく様子を探りに行ってみましょう」
次こそは、最後の階層であって欲しい、そんな思いを誰もが抱きながら、ロープを張って順番に降りていった。
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地下五階層の印象は、なんて言うか、下等生物の生態系?だった。
これまでの階層と違い、全体にじめじめして、足を踏み入れた地面は苔のようなものに覆われ、滑りやすい。四階層で使った装甲車両モドキを出して乗っていければ安全そうだが、車重で軟らかい地面にめり込むと身動きがとれなくなりそうであきらめた。
壁から天井にかけても、苔や蔦のようなあまり高等ではない植物っぽいものに包まれ、その苔が淡く発光している。
小さな蟲やヒル、ナメクジっぽい生き物がその上を這い回ったりしている。
<肉食蔦LV2>とか、<魔ヒルLV1>とか表示されるものもいるが、判別スキルをかけても、特になにも表示されないものが多い。
ただ、これまでのどの階層より、魔力が濃い感じがする。
ゲゲゲゲッという鳴き声に視線をあげると、猫ぐらいある毒々しい赤と緑の模様のカエルがぴょこんとはねてきて、人の手より長い舌を伸ばして小さな蟲を口に運び出した。
<迷宮蛙LV5>とか表示されてる。
さっきからベスは一番後ろをびくびくしながら、でも置いて行かれるのも怖いといった様子で歩いている。そういや、蛇とか蟲の類は苦手そうだったな。
俺もあんまり耐性がある方じゃないから、上から何か落ちてこないか、とか気にな・・・うわっ!
「天井に蛇っ!」
「ひやぁいぃーっ」
女のウエストぐらいも太さがある大蛇に、ラルークが刀子を投げつけるのと、ベスがヘンな悲鳴を上げたのは、ほぼ同時だった。
<マダラオオヘビLV8>と表示されたそいつは、開けた大口の中にチラチラ動いていた舌を、刀子で切り落とされ、シャーッと鋭い怒りの声をあげて、長大な身をうねらせた。
でかっ、人間ぐらい簡単に丸呑みされるだろう。
リナを魔法使いモードに変身させる。カレーナが矢を命中させたが、胴体に刺さっても大してダメージもなさそうだ。
むしろ怒って、こっちにヌーッと伸びてくる。その顔面にリナが炎を命中させると、体に脂分でもついているのか、派手に燃え上がった。
のたうち回りながら巨体が、べしゃっと落ちてくる。湿った地面から、苔やら得体の知れない蟲やらが飛び散って、ベスがまた悲鳴を上げる。
俺も泣きたいよ。
顔についた気色悪い蟲の死骸みたいなのを払いのけて、大蛇の頭上に大量の粘土の塊を出現させ、押しつぶす。しまった!そのせいでまた、キショいものが大量に飛び散った。
みんなゴメン、そう睨まないで。
1トンぐらいの粘土で押しつぶしたつもりだったが、頭部が潰れてるはずなのに、それでも生きてるのか、胴体の方はメチャクチャにのたうち、尾を振り回してくる。
当たらないよう俺たちは距離を取る。
ようやく動揺が収まったらしいベスが、過剰なまでの炎を放って大蛇を丸焼きにした。
その大蛇が焼ける炎に、それまで濡れた地面に見えていたものがうねうねと動き出した。半透明のそれは、波打って盛り上がり、炎から逃れようとしているようだ。
そいつを認識した途端に、<魔素スライムLV1><魔素スライムLV3>・・・とそこら中の壁や地面に、“それ”がうごめいているのがわかった。
地図スキルに突然、数え切れないぐらいの赤い光点が浮かぶ。
「げっ」
声をあげたのは俺じゃない。ラルークにもわからなかったのか。
「隠身?それかもっと、原始的な、まわりに溶け込む能力みたいなのがあるのかもないね・・・」
ものに動じないラルークも、これにはちょっと引いてるようだ。
幸い、俺たちの踏んでいる真下にはいないようだが、振り返ると通り過ぎてきた所にも何匹かいるようだ。
そして、前方にはうようよいる。
「ラルーク、相手の能力は?」
グレオンに聞かれて、あわてて探りなおしたようだ。
「特殊攻撃はなさそうだけど、取り込まれたら消化されちまうよ!それと物理攻撃無効だ!」
そもそもジェル状のスライムの群れを、一匹二匹って分けて数えられるのかさえよくわからないが、アメーバだって分裂すれば別の個体だから、一応それでいいのか。
LV1の小さい奴でも、ド○クエのスライムより大きい。そして・・・
<魔素スライムLV12>なんて大物までいるぞ。
俺の独房をまるごと埋められそうなサイズだ。飲み込まれたら確実に溶かされちまうな。
「ベス、リナ、頼む」
「は、はい」
「りょーかい」
二人の魔法使いの炎が、行けども行けども続く、スライムと蟲の仲間たちの絨毯を前進しながらひたすら焼き払う。
スライムを焼くと、それと共生していたのか、どちらかがどちらかのエサだったのかわからないが、大小の蟲やカエルや蛇が、ぞろぞろと逃げ出したり、襲ってきたりする。
それを俺たちはひたすら盾で防ぎ、剣で切り払い、あまりにも数が多いときは、粘土の壁でせき止めておいて、魔法組に焼き払ってもらった。
きのうベスと作った魔力回復丸を使えば、まだ行けたかもしれないが、やめたのは、燃やしすぎで酸素が足りなくなりつつある息苦しさを、みんなが感じだしたからだ。
「これは本当にキリがないな」
「そうね」
セシリーとカレーナがあうんの呼吸で、停止の合図をする。
俺たちが立ち止まったのは、焼いても燃えないほど地面が湿っぽくなってきたあたりだった。
「これまでの階層の長さからすると、あと三分の一は切ってるはずだけどね」
ラルークの意見に俺も賛成だった。
足もとの湿地には、細い水の流れのようなものも浮かび、100歩ほど先の暗がりには、どうやら水が溜まっているようだ。
そこにも多数の魔物の気配がする。
と言うか、スライムに遭遇したあたりから、この迷宮自体が魔物であるかのように濃い魔力を満たし、気配を分けて察知することができなくなっているほどだ。
「ここまでにしましょう。様子はかなりわかったわ」
反対の声はなかった。
ともかく、ヤバい魔物が充満した中を、誰も大きな怪我もせずに前進できたことで今日はよしとしておくべきだろう。
これまでとはかなり勝手が違って、踏破したエリアの魔物を掃討したとは言えないが、一応、目の前に粘土壁を建てて、その先の空間と隔てておく。
気がつくと楕円形の洞窟の横幅は7~8メートル、高さも5メートル以上ありそうだ。一階層に比べずいぶん大きいな。
そして、これが、ここを通ったワームのサイズだっていうんだから、本当にとんでもない。
俺たちは輪になって手をつなぎ、ベスが残りわずかのMPを使って、“帰還”を唱えた。誰もがぐったり疲れていた。
ワープの異空間に吸い込まれる感触の中で、今度こそ、最後の階層であってくれ、と心底願った。




