第47話 石化
ベスと薬草作りに熱中した翌日、いよいよ迷宮四階層の主との戦いに挑むことになった。
きのう一日、戦いを休んだおかげだろうか?
夜明け前に自然に目が覚め、疲労感が抜けている気がした。
ベスと薬草採りに歩き回ったり、その後の薬作りの作業も重労働だったが、殺し合いなんかとは全然違うし、いい一日だった・・・
リナと練兵場で少しだけ剣の稽古をして、一応具は入ってるけどまずい配給のパンをかじる、今や日常になってしまった朝も、昨日までとはちょっと違う感じだ。
気をつけろ、こういうのは何か悪いフラグかもしれない・・・俺にそうそう良いことが起きるはずが無いからな。
集合した時、ベスがニコッとしたのが普通に嬉しかった。ちょっとでも、昨日落ち込んでたのが吹っ切れてたらいいな。
今日は銀レオタードでなく、胸当て付き革鎧にローブという元の装備に戻してしまったが、別に残念だなんて思ってないぞ。
パーティー編成をすると、全員が1レベルずつ上がっているのがわかった。
やっぱりアンデッドに比べたら昨日の魔物は経験値が多かった、っていうか、これが普通なんだろう。
トリウマの背に揺られながら、みんなが新たに得たスキルや呪文をステータスで確認した。
ベスが魔法使いLV9になって新たに覚えたのは、“結界”の呪文。これは、三階層のボスパーティーに使われて苦労したやつだな。こっちが使えるとしたらどういう場面だろう?
カレーナは僧侶LV10になり、“大いなる癒やし”という呪文を覚えたようだ。“癒やし”がHP回復だったから、これはその強化版か?それとも、複数メンバーを回復できるとか?名前だけでははっきりしないが。リナ先生どうかな?
(強化版、の方だね。かなりの大けがまで一回で治せるし、状態異常も一緒に治るから、戦闘中に大ダメージをもらった時には助かるね。複数メンバーの治療が出来る呪文もあるけど、それはもっと上のレベルだよ)
念話で教えてくれる、助かる知恵袋だ。スマートスピーカーみたいだな。
グレオンは戦士LV11、セシリーが戦士LV10になりグレオン同様“闘志”という何やら戦闘に関わりそうなスキルを得ている。
そして、ラルークもスカウトLV10まで上がり、“判別(中)”というスキルを得たようだ。
(それは、簡単に言うと今のあんたが見てるのと同じ。冒険者が、パーティーを組んだ仲間のステータスを見たときに得られるような情報を、誰でも見た相手を“判別”すると見られるの)
リナ、助かる。でも、それってよく考えるとすごくないか?敵が使えるスキルとか呪文とかがわかるってこと?
(そうだね。冒険者もLV15になると取得できるスキルだよ)
マジか。俺は今、LV13だから、そこまでは転職せずレベルを上げた方がよさそうだな。
しかし、こういう情報系のスキルは、やっぱりスカウトの方が上だ。冒険者って、そういう意味で中途半端感はある。
魔法も使えないし、戦闘系スキルは戦士にかなわない。
俺には“お人形遊び”と“粘土遊び”ってヘンテコスキルがあるから、それなりに戦えているが、いずれ別のジョブを真剣に考えた方がいいかもしれない。
そういえば、目が覚めたら“薬生成LV1”なんてスキルを得ていた。ベスが持ってたスキルだ。薬を作るのを手伝ったからだろう。
俺一人じゃレシピもわからないし何も出来そうにないけど、いつか何かの役に立つかもしれない。
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この日は番所の兵2人に付き合ってもらい、迷宮一階層の奥まではトリウマで入る事になった。少しだけ時間短縮するためだ。
そこからはロープで降りる必要があるので、全員のトリウマを引き連れて番所に戻ってもらうわけだ。
帰りはベスの“帰還”で迷宮出口まで飛べるのでだいぶ楽になったんだが、往路の時間は馬鹿にならない。もっと高レベルになると、術者が記憶している場所なら自在にワープできる、“転移”という魔法が使えるようになるらしいが。
四階層の主の結界の前までたどりつくと、小休止して水分補給。そして、光る霞に包まれた迷宮ワームの結界を抜け、一昨日目にしたワームの抜け殻の前に出た。
あらためて、ラルークが気配を探る。
「おかしいね、一昨日と違って気配が1匹だけだ。でも、この気配は一昨日もいたやつだね。レベルは相当高いよ」
入ってみないことにはわからないようだ。いつものように、グレオンとセシリー、俺と等身大にしたリナで、抜け殻の亀裂に手をかけ、力をこめて少しずつ開く。
こっちのレベルも上がってるが、抜け殻も一階層より一回りでかく厚くなってるから、時間がかかる・・・
ようやくラルークが滑り込める隙間があいた。
「いくよ」
合図と共に隠身スキルを全開にしたラルークが身をくぐらせ、ベス、カレーナと後に続く。
ラルークが中に入った瞬間、パーティー編成で情報が共有され、これまで以上に広い空間と、その一番奥にいる、大きな人型?女?の気配を皆が感じ取る。
「メデューサ!? LV16だ、高い!」
ラルークが小さく叫ぶ。
レベル16だと。
これまでの敵は、最高でも三階層の主のパーティーにいたリッチがLV13だったから一気に3レベルアップか。ただ、1体だけなら・・・
そう思いながら亀裂を開いていた俺たちも隙間に潜り込み、散開する。
あれか、と目を向けようとした瞬間、脳裏にラルークの言葉、“メデューサ”だって?それは、やばい!
「ダメだ、見るな! 石化するッ!」
相手のスキルを判別したラルークが叫ぶ。
こちらを振り向いたメデューサの視線の先にいたのは・・・
セシリーがいたところに、ドサッと重い音が響き、名工が刻んだような女戦士の姿の石像が転がっていた。
「セシリーっ!!」
「ベス、結界を」
カレーナの絶叫に重ねて、俺はベスに覚えたばかりの呪文を頼む。
「カレーナさまっ」
「え、そうだわ!」
ベスの声に、カレーナも我に返って新たな治療呪文を唱える。
「神の御恵みよ、“大いなる癒やし”を」
ベスの結界に包まれた空間内で、手をかざしたカレーナから、まばゆい光がセシリーの体に吸い込まれ、じわじわと石化が解けていく。
やはり、強化された治療呪文ならなんとか治せるようだ。
だが、時間がかかりそうだし、もしカレーナが石化させられたら、その時点でゲームオーバー確定だな。
青ざめたセシリーが、カレーナに礼を言って身を起こす。まだしびれているようだ。
その時、ガラスにひびが入るような音が響く。
「くっ、結界がもちません!」
「たぶん向こうも同レベル以上の結界魔法が使える、それで相殺されてるの」
リナが、声に出してみんなに伝える。
パリンッと、その瞬間結界が砕け散り、再び、メデューサの前に俺たちはむき出しになった。
間髪おかずに俺たちを睨み付けてくる気配に、俺は目を合わせず、粘土壁を構築した。
これで「見られない」。
ホッと息をつく間もなく、メデューサが何か聞いたことのない呪文を詠唱しているようだ。
空間がゆがむような嫌な感触があって、次の瞬間、魔物の気配が、増えた!?
隠身で壁の外から隙をうかがっていたラルークが、その姿を目撃した。
(なんだあれは?)と驚愕するのがパーティーの感覚共有で伝わってくる。
「双頭魔狼LV15 スキルは、“ブレス攻撃”だ」
「召喚魔法まで使うなんて!」
どうやら、あのメデューサが召喚した魔獣らしい。一昨日、察したのはこの気配か。
次の瞬間、暴風が吹き荒れ、大小の岩がそれと共に粘土壁にぶち当たってくる。これは「風」と「地」の複合魔法か。
今のところ壁は持ちこたえているが、これだと矢も放てないし、いつまで持ちこたえられるか?
ベスの詠唱が完了し、こっちからも炎の渦が放たれる。しかし、相手の暴風の威力の方が勝っているようで、届かない。
しかも、暴風と共に凶暴な殺気が壁を回り込んでくる。
二つの頭を持つ魔狼だ。
その巨体は、熊ぐらいはあるだろう。グレオンの長剣がたたきつけられるが、硬い金属音と共に弾かれる。
そして、こいつ、4つの目が全てつぶれている?
ひょっとして、飼い主?のメデューサが、石化しないようにやったのか?
弱点を狙い矢を放とうとしたラルークが一瞬ためらった時、鼻をひくひくさせながら巨体で飛びかかってきた。見えなくても匂いでこっちを見つけてるのか。
その鋭い牙をラルークは危ういところでかわし、横っ腹に至近距離の矢を打ち込むが、やはり剛毛が金属製でもあるかのように、矢が弾かれてしまう。
リナが火炎を放つ。一瞬毛皮が燃え上がるが大したダメージではないのか、構わずリナの方に、いやその隣の俺に飛びかかってきたのを、横っ飛びでかわす。ヤバかった。ひょっとして、人間ではないリナは、匂いではよくわからないのか?
ベスの強力な炎が双頭のひとつをかすめるが、危険と察したか、身を翻して避けた。巨体のくせに動きがめちゃくちゃ速い。
そして・・・
「ブレスだっ!」
呪文を唱えたばかりのベスは、魔法の盾が間に合わない。
俺がセラミックの大盾をパーティー全体をかばうように出現させる。
そこに、大量のしぶきのようなモノが吐きかけられた!
ジュワジュワと音をたてて嫌な臭いが充満する。
「腐食か?」
強力な酸かなにか、腐食作用のあるブレスをまき散らされたようだ。
セラミックは酸にも強かったと思うが、一部溶け出しているようで、形がぐにゃっとしかけている。魔法的な腐食作用があるのかもしれない。
背後のワームの抜け殻まで、ジュワジュワ溶けかけている。
再びベスが炎を飛ばすと半身が火に包まれ、いったん逃げていく。
その瞬間、これまでを上回る強烈な岩石の嵐が粘土壁にたたきつけられ、穴が開き始めた。
俺は粘土を“すごい粘土”で硬化させ、なんとか持ちこたえる。
「やむを得ないわ、魔法戦は分が悪い。“静謐”を!」
カレーナが呪文封じの呪文を唱え、やわらかな波動が空間を満たし、魔力の凪が訪れた。
確かに、魔法力ではベスよりメデューサの方が上のようだったから仕方ないが、魔法抜きであのブレスを吐く魔獣を倒すのもたいへんだぞ・・・
俺は崩れかけた粘土壁を吸収し、強化セラミックの大盾を張り直す。
一人で動かせる重さぎりぎりだ。なるべく面積は大きく、ただし薄く。これは攻撃を防ぐより、メデューサからの目隠し用だから。
「これで、まずメデューサを」
「直接見るな、ラルークの“索敵”とシローの“地図”で位置を共有するんだ」
グレオンとセシリーが突撃しようと声をかわす。
魔法を使えなくなったメデューサをまず狙って、俺は大盾を構えて進む。
その後ろに弓を持ったラルーク、ベス、カレーナ。双頭魔狼に備え、グレオン、セシリーとリナは剣で背後を固める。
メデューサまであと20歩ぐらいと迫ったところで、再び双頭魔狼が襲いかかってきた。
グレオンとセシリーが二人がかりで攻撃を防ぎながら、口の中や腹など、弱そうな所に剣を突き刺そうと試みる。
相手はそれをかわしながら、2つの頭で噛みつこうとしてくる。
さらにリナも後ろに回り、しっぽを斬りつける。どちらも大きなダメージは与えられないが、再び魔狼がブレスを吐こうと大口をあいた瞬間、ラルークが渾身の矢を打ち込む。絶叫をあげながら、それでも喉からブレスが吐き出されるのを、とっさに地に伏せて避けるが、背中をしぶきがかすめ、革鎧が煙をあげた。
「クッ!」
その口の中に、斜めからカレーナとベスがさらに矢を打ち込んだ。
魔狼の頭がひとつ、がくっと落ち、もう一つの口から苦しげな咆吼があがった。
その途端、すさまじい怒気がふくれあがり、人のものではあり得ない絶叫と共に、メデューサが襲いかかってきた。大事なペットを傷つけられて激怒してるのか。
手にしているのは魔法使いの杖のように見えるが、ずっと太く長い、棍棒か槍のようにも見える。
皆、目をそらしているから迎撃できない。俺は半身で大盾をかざし、パーティーを守る位置に立ちふさがる。無謀だと自分でも思うが、多分これしかない!
女の姿とは思えない怪力が、一撃で俺の腕から大盾をはね飛ばし、そのままメデューサは俺に馬乗りになるようにして、杖を振り上げた。
その時、メデューサの目が赤く強烈に光った、というのは、横から見ていたリナに後から聞いた話だ。
反射的な動きだった。
俺は、間一髪のタイミングでアイテムボックスから出したそれを、目をそらしながらメデューサの眼前に掲げた。
一瞬、ビクッとメデューサの体が震え、動きが止まり、それから重みを増してのしかかってきた。
それと同時に、野獣の絶叫があがる。
俺は石化したメデューサの体に押しつぶされながら、その隙間から、魔狼の姿がゆがんで霞のように薄れていくのを見た。
召喚者が死んだことで、召喚された魔物も消えるのか?
やがて一筋の煙を残して、双頭魔狼は消えていった。
みんな脱力して座り込んでいる。
いや、それどころじゃない。重いっ、助けてくれ!おい! 胸をつぶされて声が出ない。
(あっ)
あっ、じゃねぇよ! お前は一心同体だろ、わかってるだろ、リナ。
「大丈夫かっ!」
グレオンが、俺の上から石化したメデューサをなんとかどかしてくれた。さんきゅー。
「痛たたっ」
最後に重みがかかった右腿がじんじん痛む。折れてるかもしれん。
リナ、いや姫さまに手当てしてもらいたい。
「・・・もしかして、私が預けたやつか?」
遅れて駆け寄ってきたセシリーが聞いてくる。
「うん、アイテムボックスに入れっぱなしだった」
そう。俺が最後の瞬間にかざしたのは、ぴかぴかの鏡面になっている銀の盾だった。
アンデッドとの戦いが終わった一昨日の帰り、セシリーから、“重いからお前が運べ”と押しつけられたものだ。アイテムボックスに収納してたんだが、帰った後、それを出すのを忘れて、きょうも持ってきてたんだ。
それがこんな形で俺の命を救うとは。
「やはり、私のおかげだな!感謝しろよ、さすが私だ」
いや、それ違うから。 むだに胸はるなよ!




