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第437話 史上最大の会戦

 人類及び亜人の諸族連合軍37万。

 魔王軍500万。

 後の世の文書には、この時の参加兵力をこう記しているものが多い。


 もちろん正確な数字など誰にもわからない。

 ただ、未曽有の大軍が激突したのは、今俺たちの眼前で起きている現実だ。


 魔軍で最も多数を占めている、言わば雑兵にあたるのが、<ゴブリン・リーダーLV6>から<ゴブリン・ロードLV10>あたりだ。

 それに混じって、複数のアイアン・ゴーレムを従えたシルバー・ゴーレムの姿も見える。

 こいつらが言わばハンマー・ヘッドのように連合軍の防衛網に穴を開ける役割を担うのだろう。


 だが、連合軍側もそれをただ待ち受けてはいなかった。


 数百門の大砲が連射され、ゴブリンの群れがはじけ飛び、アイアン・ゴーレムさえ直撃したものは破壊された。


 それを合図に左翼の大外から回り込んだ騎兵団が、魔軍の側面を削りながら内側に追い込んでいく。


 中央正面の魔軍の密度がさらに高まり、ひしめき合ったゴブリンたちの前進速度が鈍った。


「撃てっ!」

 パパパパパパンッと、甲高い銃撃音が響き渡る。

 連合軍の防柵にあと50歩まで迫っていた魔軍最前列が、バタバタと倒れる。


「第2列構え、撃て!」

 いったん途切れた銃撃音がすぐにまた鳴り響く。

「第3列構え、撃て!」

 さらに魔軍の列が崩れる。


 3千丁×3列の銃兵団が、弾込めと照準、射撃を順番に行うことで、途切れることの無い弾幕を形成した。

 織田信長の長篠合戦なんてこっちの世界の将軍たちは知らないはずだけど、それでも大量の鉄砲を持って効率的な用兵を追求すればこういう発想に至るんだろうか。


 魔物の骸が土嚢のように積み上がり、それが魔軍先頭の前進を止めた。


 それでも後ろからは、続々とゴブリンたちが押し寄せ、ゴーレムは他の魔物を踏みつぶすこともお構いなしに前進する。

 途切れること無く放たれる銃弾と、魔物同士で圧死するものと、もはやどちらが多いかわからないような有様になった。


 だが、魔軍もこの日は単なる数に物を言わせた烏合の衆では無かった。


 骸の山の陰から、強力な魔法の気配が生じ、多数の火の玉が一斉に発した。


 緩い傾斜を利用し三列に構えていた銃兵隊の一角が炎に包まれる。

 火薬に引火したか、爆発も起きる。


「あの陰に悪魔がいるぞ!狙えっ」


 人に倍する体格の悪魔族が数十体も、ゴーレムを盾に使い前進していたらしい。


 悪魔族の全てが翼を持ち空を飛ぶわけでは無い。

 使徒ゲルフィムのように飛んでいるところは見たことが無い者で、強力な戦闘力や魔法力を持つ者もいる。

 飛行する悪魔族は昨日の制空権争いでかなりの数を倒したが、歩行型の悪魔族がここで投入されていたらしい。


 そいつらはしかし、数で上回る鉄砲隊を減らすのが主目的では無かった。


 悪魔たちの魔法で援護を受けながら、骸の陰から発した後続の魔物の大軍は、斜めに前進を始めたのだ。


 鉄砲3千丁が横並びになっても、戦場全体をカバーすることができるわけでは決してない。


 この大会戦の戦闘正面は幅が東西十数kmにも及んでいるから、鉄砲隊が待ち構えているのはその一部に過ぎない。

 地形的に最も進軍しやすいところに待ち構えるように配置してはいるものの、そこを避けて連合軍を突破することは可能だ。


 魔軍はそれを短時間に見て取り、弾幕を避ける方向に戦力を向けたのだ。


 銃兵の隊列は即座に移動させることは出来ない。しかも、斜めに向かうゴブリンたちを射撃しようにも、先ほどまでに積み上がった骸が射線を遮って十分な戦果はあがらない。


 魔軍にも優秀な指揮官がいるようだ。


 普通のゴブリンは遠話なんて出来ないが、大軍の中に一定数混じっている魔法職のゴブリン・メイジや、あるいは悪魔族が指示を中継しているのかもしれない。


「魔法を使う悪魔をやれ!我らは突入してくるものを跳ね返す!」

「こちらに指図しないでっ!魔法兵、悪魔族を集中攻撃せよっ。武器兵はその支援と防御を」

 返事も聞かずに陣から飛び出していったイスパタの狂戦士に舌打ちしながら、女ながらアダン軍を率いるカサンドラは、配下の魔法職に一斉攻撃を命じた。


 都市国家アダンには魔法資質を持つ者が伝統的に多い。

 高い知性と豊富なMPを兼ね備えたアダン人は魔法使いにうってつけの民族だと言われる。

「上級悪魔10、下級悪魔100というところかしら・・・」

 ゴブリンの骸の陰から魔法を放つ悪魔族の集団を冷静に見極める。


 遅れをとることなど無い、と確信しているが、この会戦では味方の被害をいかに抑えて戦い続けられるかが重要だと理解していた。


「あの猪共は・・・この程度は問題ないか」

 カサンドラの視線の先には、自ら兵を率いて魔軍のただ中に飛び込んだクレオネメス将軍の姿があった。


 狂戦士LV35のクレオネメスは、敵のただ中で“狂化”のスキルを発動することで、周囲全ての敵をなぎ倒す範囲攻撃が可能になる。

 ゴブリンの上位種ごときを相手に不覚をとることなど無いと思ってはいたが、敵はゴブリンだけでは無い・・・

「遊撃隊!あの奥のシルバー・ゴーレムを牽制せよ。可能なら破壊を」


 さすがに狂化を使っても人間の剣で倒せるとは思えない大物がすぐ近くに迫っているのを見て取り、カサンドラは召喚士隊に指示を出した。

 昨日はバイア元帥の直率下に加わり、制空権確保に貢献したメンバーだ。


 10名ほどの男女が、ワイバーンに乗って舞い上がった。

 まさにイスパタの戦士団に襲いかかろうとしていたシルバー・ゴーレムに、タイミングを揃えた雷撃魔法を撃ち込み、行動不能に追い込む。

 それを知ってか知らずか、イスパタの男たちは信じられない膂力でウォー・ハンマーを振るい、まわりのアイアン・ゴーレムの膝関節を割ってたたき壊してく。


「あいつら非常識すぎるな・・・」

 その様子に、上空から召喚士隊の隊長があきれて首を振った。

 イスパタ歩兵は1人で他国の歩兵3人に相当すると言われるがそれ以上だと、あらためて長年敵対してきた隣国の力を認識したのだった。


 ***


 諸族連合軍は極めて統率の取れた、そして戦術を駆使した戦いを繰り広げていた。

 だが驚くべきことに、それは魔王軍も同様だった。


 その結果、圧倒的に数に勝る魔軍が徐々に押し込み始める。

 諸族連合は被害を最小限に抑えながら、隙を狙って反攻に出る巧妙な戦いを見せてはいたが、状況は容易に好転しない。


 戦場のそこここで数万規模の戦いが起こり、連合軍は局地的には大きな戦果をあげながらも、防柵のラインで防御に徹する時間が増えていく。

 遠く北の岩場に見える魔王城へと前進するまでには至らない。



 そうした中、俺たちは遊撃隊として、戦線に大きなダメージを与えそうな地竜や巨人族を狙い撃ちしながら転戦していた。


<ヘカントンケイル LV35>


「次はあいつを狙おう」

「はいっ」


 特にヘカトンケイルという身長10メートル以上の巨人族は、大岩を投げて防柵など全くお構いなしに守備兵を小隊ごと吹き飛ばしたり、虎の子の大砲さえ破壊してしまう。

 おまけにトロルなどより動きも速く、一体でも大きな脅威だった。


投げられる岩が無くなると、大木を丸ごと片手に握ったような棍棒をふるって、防衛ラインを飛び越えようとしてくる。


 今回の連合軍は長期戦に備えた補給部隊など防御が紙に等しい弱兵も伴っているから、防衛線を破られ内部に飛び込まれるのは非常にマズい。


 ドラゴンで接近し、ブレスと魔法でダメージを与えてひるませた隙に、サヤカとリナが飛翔して接近しとどめを刺す。


 この形で開戦してから既に10体以上を屠っていた。


 だが、一刻も早く魔王城へと侵攻し、魔王を倒さなければならないのは俺たちの方だ。

 このままではジリ貧だ。


 そんな時だった。


《シロー、ヤツがいるっ!》


 遠話で知らせてきたサヤカが、かなり離れた空を指している。


「あれがシローたちが言ってた新たな使徒?」

 目のいいルシエンにはすぐに判別できたようだ。


 俺の目にはまだ中空を舞う、妙な形の魔獣らしい姿しか見えていなかった。


<キマイラ LV29>

<ユーディ・クミンスク 魔人 LV38>

 

 翼の生えたライオンみたいな魔獣に、あの魔人使徒ユーディが騎乗しているようだ。

 距離は1km以上あるだろう。

 眼下の魔物に向けて指示を出しているような身振り手振りだ。


 あいつは魅了だけでなく魔物を操るスキルも持っていた。どうやらヤツが、この統率の取れた魔軍を指揮しているらしい。


 指揮官を倒せば、この劣勢を一気に逆転できるかもしれない。

 殺す理由がさらに増えた。


「ここで仕留めるべきね・・・みんな、ユーディという使徒と決して目を合わせないで!・・・しろくんとリナから情報共有してちょうだい」

 モモカの指示は、女を一瞬で魅了するユーディ対策だ。


《借りを返すっ》

「サヤカ、一人で突出しないでよっ。じゃあ、行くわよ」

 モモカが総司令部に単独行動で指揮官の新使徒を狙うと伝え、俺たちはキマイラに向けてドラゴンのオラニエを加速する。


 ヤツも気付いたようだ。


 指示を出していた動きを止め、まわりに似たようなキマイラがわらわらと十数体飛び集まってくる。

 これが護衛部隊か?


 オラニエより先に、そのキマイラの部隊が一斉に炎を吐いて突撃してきた。

 一つ一つの火炎はオラニエが放つものより小さいが、俺たちを囲むように巧みな動きだ。

モモカが半球状の“聖なる盾”を張ってそれを防ぐ。


 その間にリナがキマイラを相手にせず、らせんを描いてユーディに向かった。


 ユーディがキマイラより強力な火球を飛ばすが、リナはそれを対魔法の剣技で切り払い迫る。


 セラミック剣をユーディの魔力を帯びた杖がかろうじて防ぐ。


 だが、その背後に隠身をかけて飛翔したサヤカが、昨夜の借りを返すような一撃を放った。


「ぐぉっ」

 ユーディの片腕が切り落とされていた。だが、それはヤツの一か八かの策だったらしい。

 片腕を犠牲にサヤカを引き寄せ、その目を合わせようとした。


「くっ!?」

 だが、“魅了”が効かないことにユーディが焦りを見せた。

 サヤカは残心の姿勢のまま動かない。

 魅了を避けるため、サヤカは斬撃を放った後は目を閉じていたのだ。


 そして追撃はリナが放つ。

 だが、ユーディの全身から爆発的な魔力の暴風が発してリナをはじき返した。

 これでも使徒、ただの魔物とは違うってことか。


 ヤツが乗るキマイラは追撃を交わして逃走に移った。


「追って、オラニエ!逃がしちゃダメっ」

 エヴァがオラニエをせかす。


 他のキマイラたちが邪魔しようと囲んで来るのを、俺やルシエンの魔法で払いのける。


 追いすがる俺たちから必死に魔王城に向けて逃げるユーディ。

 ヤツが残る力を絞り出して、なにか叫んでいるのが聞こえる・・・


《許さぬ、わが美しい体に傷をつけるとは・・・魔王様、魔王様・・・どうぞそのお力をお示し下さい。愚かな者どもにその大いなるお力を!》


 背を向け、魅力をかけられる恐れがなくなったユーディを、全力の飛翔で追いついたサヤカが、容赦なく、ついにキマイラごと一刀両断にした。


 赤い光点が消え、真っ二つになった魔人と魔物が堕ちていく。


 だが、その時、上空で何かがピカッと光った。

 ユーディが残した呪詛のような声の最後の残響と共に、ただでさえ雲に覆われ暗い空に、ゴロゴロと雷鳴が轟き、雲が渦巻き始めたのだ。

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