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第435話 魔王軍との開戦

 霧が少しずつ晴れていく。


 カテラ万神殿の高僧たちが声を揃え結界を破る詠唱を続けるに連れて、風が勢いを増し、眼前の世界が広がっていく。


 だが、光はほとんど差し込まない。


 極北の地ではあっても季節は盛夏と言える七の月、白夜に近く日の長い時期で、日没まではまだ1刻=2時間ほどあるはずだが。

 それほど厚い雲が垂れ込めているのだ。


 瘴気に満ちた魔王の版図は、太陽神の存在すら認めないと言うかのように、黄昏の暗さに覆われていた。


 そして、視界が徐々に開けるに連れて、臭いと音と気配と、五感の全てが敵の存在を捉える。

 まだ気配は弱いが、数が多いことだけはわかる。


 既に結界の破れた部分から、まず召喚士たちが耳目となる鳥獣を放ち、スカウトや忍びのジョブを持つ斥候隊が、最近では各国にも普及しつつある遠話の魔道具を身につけて侵入していく。


 俺もパーティー独自の目として、“隠身”スキルも付与した小型の鳥形ホムンクルス、ピッピやポッポの群れを放った。


《第一陣、展開を開始せよ!》


 総司令部からの伝令で、連合軍が動き始めた。


 どんな状況が待ち受けているか全くわからない中で、この短時間に各国参謀らが練り上げたのは、“どう転んでも損にならない動きから始める”ことだった。


 結界を破った北側へと最初に踏み込むのは、罠があることを前提に考え、少数の隠身スキルを持つ者たちによる部隊のみ。


 そこで侵入が可能と判断されれば、次の優先順位は日没までの2時間の間に、

①夜戦に耐えられる防衛ラインの構築

②その防衛ライン周辺の制空権も確保

③並行して、今後の攻略目標を速やかに選定

④その上で可能ならば、“先手”をとった今だからこそできる戦果をあげること、だ。


 霧が風に散らされ、結界の破れが大きくなり、視野が広がっていく。


 いる。


 距離はかなり遠いものの、膨大な数の魔物の存在がホムンクルスの視覚を通じてパーティー全員に伝わってくる。


 各国偵察隊からの報告の遠話も入り始めた。


《エルザーク第12偵察隊より。現在の視程はおよそ北方へ2クナート、東西各1クナート程度。地形はこれまでと大差なく低い岩の丘陵と湿地帯が連続、ただし水域は視野内になし・・・》


《こちらテビニサ第1索敵隊。上空にヤミガラスを視認、視界範囲に概算5百から1千。こちらを発見している様子なし。地上は視野の範囲で半クナート以上先に、魔狼系などの魔物多数散在。組織化されている様子は確認出来ず》


《アンキラ先行旅団より発信。進路上に吸血蔦と見られる植物系魔物の群落。また侵入発動型の魔道罠の設置も感知した。大火力で排除可能と見られるが、その際は侵入も察知される可能性極めて大と判断す・・・》


 こちらが結界を破れるとすれば北側、魔王の本拠地側しなかいことは向こうも当然わかっていて、進入路にあらかじめ罠や吸血蔦を仕込んであるようだ。

 人間の城塞なら堀や落とし穴みたいなものだな。


 そして、それを破壊すれば敵に気付かれると言うわけだ。当然これは、俺たちも想定の範囲だ。


《第二段階に移行する!各軍急速展開の用意を。魔法工兵隊、除去を開始せよ!》

 すぐに総司令部から指示が飛んだ。


 魔法戦闘の主力になるほど高レベルではない魔法職と、土木作業に慣れた工兵たちの混成部隊が、障害の除去に取りかかった。

 まず、魔法使いが作業範囲を結界で覆い、その中で吸血蔦を焼き払い、魔道具を解体、それができないものは破壊していく。


 そして、突入路を広げながらも入れるようになったところから、どんどん兵力を送り込んでいく。



 この戦いでは、前回とは各国軍の配置を変えている。


 第一陣は、中央が突破力のあるイスパタ歩兵を中心にした都市国家軍。

 左翼がエルザークの国軍。右翼はアンキラ王国軍だ。


 状況に柔軟に対応できるようにするため、あえて最強戦力であるレムルスとパルテアの両帝国軍を第二陣に置いている。

 また、魔軍の得体の知れない罠に対応するため、第一陣の各所に、察知能力の高いウリエル山脈の亜人部隊が分散配置されている。


 その第一陣が、破った結界のラインを超えて扇状に兵力を展開していく。

 当然そうなれば魔軍にも気付かれる。


《敵の動きに変化あり!魔物が集まりつつあります!発見された模様!!》


《罠の有無を確認出来たところから展開を急げ!第二陣の侵入経路を空けるのだ!》


 俺たちはレムルス軍にある総司令部より一足早く、エヴァのドラゴンに乗って北の地に侵入した。

 ちょうどエルザーク国軍の頭上だ。


 肉眼で直接見えるようになった光景は、息をのむようなものだった。


 荒れ果てた原野。

 ほとんど樹木が生えていない北のツンドラ。

 わずかな低木は、どれも奇怪にねじれ、魔王の瘴気によってゆがめられたかそれ自体が魔性の生物であるように見える。


 そして、その向こう、遠くの霧の中から次々と無限に湧き出すように溢れてくる、魔物たち。

 空には無数のヤミガラス。

 地には足の速い魔狼の大群。


 いや、霧の奥からだけじゃない。

 湿地や岩場には無数とも言える穴が開いていて、そこから尽きることなく何かが湧き出してくる。

 蜘蛛か蟹のような多数の脚を持つもの、蛇や巨大なワームのような脚の無いもの、スライムのような不定形のもの。

 どれも異形で、信じられないほど大きく、禍々しかった。


 数は数えることもできない。

 スライムなどはそもそも固体の区別も難しいほど、湿地を埋めるように蠢きながら、地のような色のゼリーがこちらに広がってくる。

 他の魔物の中には、その中に飲み込まれているものまでいるようだ。


「これは・・・魔物の巣ね。これが魔王軍の本拠地・・・」

 誰よりも遠くまで見通して、ルシエンがそう漏らす。


 これは、一匹ずつ倒すなんてことをしていたらきりが無いだろう。

 総司令部もそう判断したらしい。


《第二陣の制圧火力を投入する。第一陣は前線のラインを形成せよ!》

 グレゴリ・バイア元帥の命令が伝えられた。


 第一陣の都市国家、エルザーク、アンキラ軍は、扇形を広げる速度を中央ではやや緩めて、防衛に向いた横陣に変形していく。


 その後ろから、レムルス軍の大砲部隊が速度を上げて前進してくる。

 アンキラや都市国家などの持つ大砲も、それと合わせて配置に向かう。

 一方パルテア軍は、大型の投石車らしい車両を多数、馬に牽かせている。大砲は使徒アムートとの戦いで多くの損害を出したが、手持ちのカードは他にもあるらしい。


 視界を埋め尽くすほどになって迫ってくる魔獣の群れに対し、砲撃命令が出された。


《撃て!!》


 ズズン!

 ドドンッ!!


 耳をつんざくような轟音と共に数百の大砲が火を吹いた。

 魔獣のただ中で大地がはじける。


 続いてパルテア軍の投石車から放たれたのは、巨大な火薬と油を詰めた弾丸だった。

 スライムのゼリーの赤が、真っ赤な炎の海の赤に変わった。


 後から後から押し寄せてくる魔物の波を、物理的な火力が爆破し、焼き払って食い止める。



《魔軍飛行戦力、あと20カウントで防衛ラインに到達します!・・・15!》

《防空部隊、発進せよ!!》


 ワイバーンに乗った飛行兵たちが一斉に離陸する。

 その数は数百体に上るだろう。チラスポリの戦いの時より一桁多いのは、まさに大陸中からかき集めた総力戦であることを表している。

 それに数倍する、鷲や鷹もまわりを囲むように飛び立った。


 今回、各国の召喚士たちには、自らが騎乗して空を飛ぶワイバーンや大型獣ではなく、地上から鷲や鷹などの猛禽をできるだけ1人が多数操るよう指示が出されていた。

 その方がより多くの数を動かせるからだ。


 圧倒的な数の魔軍に対抗して、日没までに制空権を何としても確保することが優先事項とされていた。

 それができないと、暗闇の中で頭上からの攻撃に怯え続けなくてはならないからだ。

 ある意味、防衛ラインを頭上にも三次元的に引くという考え方だ。


 そして、総司令部から飛び立つ1人の姿があった。

 事実上の司令官、グレゴリ・バイア元帥その人だ。


 猛将バイア元帥は、これまでの戦いでついに<魔法戦士LV35>となり、“飛翔”の魔法を得ていた。

 数十万の軍を動かす総司令官が自ら最前線に一兵士として出るなんて、本来ありえないしヒロイック・ファンタジーすぎるけど、うちのパーティーを除くと“飛翔”を使えるのは全軍でも彼だけなのだ。


 彼がワイバーン騎乗兵や召喚獣たちを直接指揮することで、空戦を少しでも有利に運ぶのが狙いだ。


「よし、行こう!」

 だから、当然、俺たちもそこに加勢する。


 正確にはドラゴンに乗った俺とエヴァとルシエン、そして自ら飛翔するサヤカとリナが、だ。


 モモカは総司令部に残って地上部隊の作戦参謀と広域のバフ、治療を担当。カーミラはその護衛につけてある。


 先に放っておいた飛行ホムンクルスたちは、このタイミングでいったん全て回収した。

 小鳥型のピッピやポッポには戦闘力はほぼ無いから、ここから先は撃墜されるリスクの方が高い。


《援護射撃第一射、撃て!》


地上から一斉に矢と魔法が放たれ、魔軍のヤミガラスが防衛ラインを超える前に打ち落とす。

 さらに第二射。味方を撃つことを避けるため、援護はここまでだ。


 大きく乱れたヤミガラスの群れに、まず俺たちのドラゴン、オラニエが猛火のブレスを放ち、大きく穴を開けた。


《右に散った群れを半包囲!左は召喚獣第2、第3隊に牽制させよ!》


 バイア元帥の指示が遠話で飛び、地上の召喚士たちがそれに従って上空の鷲鷹の群れを動かす。


 その間に、ワイバーン騎乗兵の部隊が弧を描くように飛んで、ブレスを避けて向かって右側に膨らんだヤミガラスの群れを包み込むように動く。

 戦闘用のワイバーンは、手綱を操る兵と、その後部に乗る射手または魔法使いの二人組が基本だ。

 中には魔法を使える騎乗兵が1人で操るものもある。


 俺たちはワイバーン部隊と連携し、範囲魔法とブレスでヤミガラスをまとめて焼き鳥に変えていく。


 賢者の“範囲魔法化”スキルはこういうときはかなり役立つのを実感する。

 使徒相手に通用するほどの高威力ではなくても、広範囲に炎の壁とか柵を形成するようなイメージで、弱めの魔獣ならまとめて始末できる。


 リナは飛翔しながら流星雨を水平発射し、薄暗い空に派手な打ち上げ花火を咲かせる。

 ヤミガラスの大群が統制を失って散り散りになる。



「いい調子よ。けど、気をつけて。左手奥に新たな飛行集団、おそらく・・・悪魔族だわ」


 自らも風魔法でヤミガラスをまとめてたたき落としながら、索敵担当のルシエンが次なる敵を見つけた。


 バイア元帥に遠話で知らせると、元帥は残ったヤミガラスを放置し、対悪魔戦用に空中部隊の陣形を組み変える。


 スカウトのスキルも持つサヤカが、隠身をかけたまま飛翔して一足早く敵の情報をつかんだ。


《全部で約200、ほとんどは下級悪魔だが・・・上級悪魔が3・・・4、5体!最高はLV27!警戒をっ》


 空中部隊全体に伝わるよう、遠話で知らせてきた。


《了解した!勇者殿らは上級悪魔だけを頼みたい。ワイバーン騎乗兵、二騎一組で下級悪魔に対処する。エルザーク隊は囮として左上方から突入通過後、防空弓兵の射程内に後退、誘導せよ。続いて・・・》


 バイア元帥が冷静に彼我の戦力を比較し、その場で策を立てた。

“猛将”と呼ばれて外見も無骨な大男だけど、実はかなり緻密で柔軟な用兵をする人物だ。

 そうでなければ、世界最強と言われるレムルス軍のトップにまではなれないんだろう。


《承知した、バイア元帥・・・シロー、いったんリナを借りるよ》


 そして、サヤカも普段は作戦立案をモモカに委ねてるけど、頭の回転は速いし勝負事に関する駆け引きは昔からうまいのだ。


 俺たちは、飛来した悪魔の群れに対して正面からファイアブレスをぶち込む。


 下級悪魔たちは、それを避けて散開し、以後はバイア元帥麾下のワイバーン兵部隊と交戦を始めたが、5体の上級悪魔だけは逃げることなく魔法盾でしのぎ、こっちに向かって来た。

 計算通りだ。


 ブレスの炎に紛れるように放たれたルシエンの矢が、一体の目を貫いてよろめかせた。そいつは俺が、“密度操作”で貫通力を挙げた雷撃を放ちとどめを刺す。


 もう一体はエヴァが、ドラゴンを操りながら自ら放った“竜槍”で貫く。


 さらにもう一発オラニエがブレスを放つと、思ったより手強いと悟ったのか、残る上級悪魔3体は軌道を変え、俺たちの右側面に回り込もうとした。

 

 だが、もともとそう追い込むために放ったブレスだ。


 悪魔たちが俺たちから目線を外さずに動いたその時、隠身をかけたまま飛翔できるチート勇者と、その胸元に人形サイズの上忍として潜んでいたJC人形が、目の前に出現した。

 上級悪魔たちはろくに反応もできないまま、サヤカに2体、リナに1体が斬り捨てられた。


《ミニマムサクセス達成、ここからはボーナスステージだよ!》


 サヤカがわけのわからない宣言をして、俺たちはバイア元帥たちの加勢に向かった。



 周囲が闇に包まれる前に、俺たちは制空権を確保した。

 だが地上では、終わることのない魔王軍の猛攻が続き、そのまま夜戦へと突入していった。

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