第433話 使徒ユーディ戦
連合軍を罠にはめた知謀と、策略をべらべら喋る脳天気さを併せ持った意味不明な使徒ユーディ。その正体は俺たちが以前倒した使徒ヴァシュティの配下だったらしい。
それまでの脳天気な様子から一転し、主たるヴァシティの敵である俺たちを殺すと宣告したユーディに、サヤカが瞬時に反応した。
《援護を頼むわ》
俺の方を振り向きもせずユーディを凝視したまま、遠話で一言そう発すると、突進する。
「はうっ・・・!?」
だが、ユーディがローブの下からねじれた木の杖を突きつけ、その両目があやしく光った途端、サヤカがびくりと震え、何かに躓きでもしたかのようによろめいて膝をついた。
「え!?」
なにがあったのかわからない。
だが、ユーディの目がサヤカを真っ直ぐ見つめ、その双眼の光が強さを増していくに連れて、手を着いたサヤカが身もだえする。
「うくっ・・・」
見たことがない反応だ、サヤカでは・・・けどこれって・・・
(シロー!)
リナが遠話で叫んだ。
そうだ!
俺は等身大にした魔法戦士リナを、ユーディに向かって飛ばした。
「ふっ、女か、まだ子供のようだが同じだ」
ユーディは視線と杖をリナに向け、その目が再びあやしく輝く。
だが・・・
「うごッ・・・」
リナの魔法剣が、ユーディの杖ごとその身を切り裂いた。
よろめきながらその左手が、至近距離から爆炎を放つ。
リナの華奢な体が吹っ飛ばされるが、ギリギリで張った“魔法盾”が威力を殺している。
俺は粘土ゴーレムのシンタロスを出現させユーディを攻撃させながら、魔法封じの“領域静謐”を唱える。
「ぬっ、魔法が・・・う゛おーッ」
得意の魔法を封じられたユーディは、リナに斬られ半分になった杖をシンタロスにたたきつけた。
鈍い音が響き、杖が粉微塵になったが、信じられないことに粘土ゴーレムの巨体がなぎ倒された。
見た目は普通の人間サイズだってのに、やはり使徒は使徒、と言うべきか。
だが、その時には俺と、飛翔して戻ったリナが前後から挟み撃ちにしていた。
俺は静謐の影響を受けない錬金術の“雷素”をなるべく派手に飛ばす。もちろんこれは目くらまし、本命はリナだ。
リナは“急所看破”スキルを使い、今度こそとどめを刺すべく斬りかかる。
その時、ユーディの体から膨大な魔力が放出され、静謐状態が砕け散った。
そして、二回りも大きな魔人本来の体になったユーディは、その次の瞬間には姿を消していた。詠唱を唱えるそぶりさえも見せず転移したのだ。
だが、消える瞬間にヤツの声がかすかに聞こえた。
《魔王サマガオヨビダ、モハヤ逃レラレハセヌ・・・》
二人の使徒に逃げられ、俺はハッとして振り向いた。
サヤカはいまだ、その場に両膝をついてへたり込んでいた。
「サヤカ!」
駆け寄った俺の前で、サヤカは体をひくひくと痙攣させ、見たことが無いような、うつろな目と上気した顔をしていた。
ドキッとするほど、色っぽかった。
これってもしかして・・・快楽の表情?
「サヤカ?」
慎重に肩に手をかけた途端、びくんっ、と激しく体が跳ね上がるように抱きついてきた。
鎧の上からでもわかるほど、体が興奮に震えている。
(シロー、治療と浄化をかけて、すぐに!)
言われるままに魔法を重ねがけする。
がくっとサヤカの体が力を失い、さっきまでの情熱的に抱きついていたのとはうって変わって、もたれかかってきた。
すーっと、なにかそれまで全身を覆っていた熱がひいてゆく。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
やっと呼吸が落ち着いてきた。
「だいじょうぶ?サヤカ」
「・・・うん」
何かに必死に堪えるように、サヤカがぎりっと唇をかんだ。
「シロー、あのさ・・・」
「うん?」
「みんなには言わないで・・・いえ、その、モモカにだけはあたしから話すから」
「・・・わかった」
そうだ。
わかっちまった。
サヤカは、ユーディに“魅了”にかけられたんだ。
俺が以前ヴァシュティに操られかけたときみたいに。
ユーディはおそらく、ヴァシュティが、あるいは淫魔ラハブが男を性的虜にしたみたいに、女を虜にするヤバすぎる魅了スキルを持つ魔人なんだろう。
だから、“女の子に見える”リナにそれが効かなかったことで、動揺した。
人形だからな、効くわけがない。
サヤカが治療魔法で回復したのは、それが魅了による状態異常を治癒させたからだろう。
ひとつだけはっきり言えるのは、俺の“殺すリスト”の最上位にユーディの名が刻み込まれたってことだ。
サヤカにエロいことしやがった以上、この世にもあの世にも断じて居場所はない。確定だ。
けど、ともかく今の優先順位はサヤカだ。
俺はまだ感度が下がりきってないサヤカを、できるだけそっと抱きしめた。
「俺も前、ヴァシュティに同じ目にあったから・・・わかるよ」
「ううっ・・・」
サヤカが頬を染めながらそっぽを向いた。
ちょっと涙目になってる。
可愛すぎる・・・こんなサヤカ、初めて見るからドキドキする。
それからしばらく、二人とも無言で、でも肩を触れあわせたまま座り込んでいた。
スキル地図上では、連合軍が、エヴァのドラゴンによる支援と連動して攻勢に出ているようで、俺たちのまわりには赤い点は見えなくなっていた。
ただ、やはり結界は破れていないらしく、友軍を示す白い光点は一定の範囲、外周の魔方陣があったあたりから外側には出られていない。
そんな状況を見ながら、二人で気をそらしていたけれど、やがて沈黙に耐えられなくなったのか、サヤカの方から口を開いた。
「・・・自分が自分でなくなっちゃったみたいで、やばかった。あんなになっちゃうんだ、って」
「・・・うん、わかる」
それから、サヤカはやっぱりこっちを見ないまま、俺の肩に頭を乗せてきた。
「あのさ、シロー・・・ぜ、絶対にあたしを離さないでよ。これからもずっと。じゃないとどうなっちゃうかわからないからね」
「うん、約束する」
俺はそう言って、今度はぎゅっとサヤカを抱きしめた。
魅了をかけられたせいじゃなく、サヤカは顔を埋めて抱きついてきた。




