第432話 饒舌な魔人
連合軍を封じ込め魔物を送り込んでくる魔方陣の破壊に向かった俺たちは、そこでゲルフィムともうひとり、新たな使徒ユーディという男と戦うことになった。勇者サヤカの一撃を受け傷を負ったゲルフィムは、転移魔方陣で逃げ去った。
「ちっ・・・逃げ足のはやいヤツ」
200年来の因縁の相手に逃げられたサヤカは悔しそうだ。
けど、以前ガリスで戦った時、俺たちがゲルフィムに手も足も出なかったことを考えると、一太刀でヤツに深手を負わせた勇者の力はやっぱりスゴいものなんだと実感する。
そして、俺やエヴァも以前とは違って戦える手応えは感じていた。
だが、ひとつ気になったのは、以前は見えなかったゲルフィムのステータスを詳しく知ろうと“情報解析”スキルを使った時、相変わらずスキルや魔法は秘匿されていたものの、ヤツの基本情報が以前とは異なっていたことだ。
一瞬だったが、こう表示されたと思う。
<アンゲリオス・フート(ドナルド・ミカミ) ロードLV22(預言者LV30)>
しょせん人型をとっているのは仮初めの姿だし、本来の<ゲルフィム 上級悪魔>と表示されない時点で信用できない偽装ステータスだろう。
それでも「預言者」ってのは、たしかイスネフ教徒を扇動して亜人戦争を引き起こしたり、魔王復活でも重要な役割を果たしたとされる男のジョブだったはずだ。
「シロー」
だが、ルシエンの声で、目の前の現場に引き戻された。
そうだ、当面の相手は、もうひとりの男だ。
そして、俺たちの目的を忘れちゃいけない。
「エヴァ、ルシエン・・・ここは俺たちで引き受けるから、上空から外周の魔方陣をできるだけ破壊して回ってくれないか」
「そうね、でも、気をつけて。あの男もただ者じゃ無いわよ」
ルシエンが眼下のローブ姿の男をじっと見つめて答えた。
「わかった。そっちも、大軍が迎撃してくるようなら無理はせずに。遠話で司令部にタイミングを合わせて攻勢に出るよう伝えるから」
俺はリナを革袋に戻してサヤカの隣りに転移した。
それを見届けて、エヴァとルシエンを乗せたオラニエは再び高度を上げた。
ゲルフィムとこのユーディという男が俺たちの相手をするようになってから、魔軍の攻勢がなぜか止まっている。
やはり、こいつらが今回の襲撃を仕切っていたに違いない。
ゲルフィムが逃げ、ここで俺たちがユーディを倒せば、連合軍の攻勢と上空からのドラゴンの支援で、魔方陣を破壊して回る好機になるはずだ。
「ゲルフィムめ、存外だらしない男だ。だが、ここで私が勇者を仕留めれば、魔王様もわが麗しの君亡き今、誰が第一の使徒にふさわしいかご理解下さるであろう」
<ユーディ・クミンスク 魔人 LV38
呪文 「元素魔法」「結界」「魔法判別」
「領域転移」「対魔法」「流星雨」
・・・・・・
スキル 知力増加(中) 再生 幻術
魅了 催眠 魔物使役 指揮
・・・・・・ >
数十歩離れたところに立つローブ姿は、外見はただの中肉中背の男に見える。
スキルも普通に見えるが、これが偽装されたものでなければ、こいつは高レベルの魔法や厄介なスキルを持つものの、ダズガーンやアムートのような人間離れした怪物とは思えない。
少なくとも、ゲルフィムを追い詰めた勇者サーカキス、サヤカより強いとは思えない。
サヤカもそう見て取ったのだろう。
ユーディに問いただした。
「あんたがこの、魔方陣を使った結界と奇襲攻撃の首謀者?」
「然り。これはわが麗しの君が発案し私が実現したものだ。まんまと術中にはまったな」
正直べらべら喋るとは思ってなかった。
コイツ、自己顕示欲が強いんだろうか?けど、こっちにとっては好都合だ。
俺は思いっきり感心したように横から声を挙げた。
「すごいなぁ、こんな強力な魔方陣を何百個も、いやそれ以上ですよね!いったいどうやってこんな膨大な魔力を?」
(え、演技力ひっくー!)
うるさいよ、ここはちょっとでも情報を得るとこだろ?
「ふははははっ、恐れ入ったか!これぞ、わが麗しの君の先見の明だ。魔王様が復活する以前から、無数の地蟲どもを使役して北の龍脈のありかを探しておられ、ついにはそれを見つけ出されたのだ。その無限とも言える魔力供給を得られる場所こそ、魔王様の御座所にふさわしいとな!」
だが、ユーディの話は予想以上に重要な内容だった。
《シロー、これ、大当たりかも。がんばってヨイショするわよ!》
あうんの呼吸で、サヤカとコントみたいな掛け合いを始める。
「そ、それじゃあ、無限の魔力を得られる場所に魔王城を建てたんですか?なんてすごい発想なんだ!これじゃかないっこないよなっ」
「く、くやしいけど参ったわ。でも、なぜ連合軍の進路を待ち構えるように魔方陣を配置できたのかしら?想像もつかないわっ」
(これ、学芸会っ?)
リナはあきれてるけど、ユーディは胸を反らして鼻高々だ。
なんつー単純なやつ?
「ふはははっ、武力一辺倒の勇者にはわからぬか。この地の地形からしてそもそも大軍が移動できる道筋など限られておる。それに私は以前から、隣国ゲオルギアの地勢は詳細に調べておったしな。使い捨ての魔物共も、そなたらを誘導するように仕掛けさせておったのだ。それにな、この膨大な魔力があれば位置座標自体も欺くことができるのだ。そなたらの放った偵察の者どもが報告した地理は、何十クナートもずれておったはずだ。気付かなかったであろう。ふはははは、ははははーっ!」
・・・こいつ、知恵者なのかアホなのか、まるでわからん。
俺とサヤカは顔を見合わせた。
「これは本当にやられたなぁ、かないっこないよ・・・せめて魔方陣の結界を破れば、俺たち逃げることぐらいはできるんですかねー?」
俺は、おそるおそる、もうひとつの核心に近づいた。
ユーディは相変わらず、脳天気に自慢を続けてくれた。
「ははははっ、あわれなものどもよ。もはや逃れられはせん。広域結界の発動には外周を囲む魔方陣が必要であったが、ひとたび発動すれば、あとは龍脈からの魔力が魔王様を通して供給され続けるのみ。魔方陣を全て破壊すれば魔物の転移は止められるが、もはやその役目は済んだ。結界は魔王様が存在する限り破られぬわ。この必勝の策をもって、魔王様はわが麗しの君亡き後は、私をその後任の使徒に任じて下さったのだ!ふはははははーっ」
マジか・・・魔方陣を壊しても結界自体は維持される?魔王を倒さない限り出られないってことか!?
「・・・それより、さっきから言ってる“麗しの君”って?そんな人いたっけ?」
サヤカがもうひとつ別のことを尋ねた。
そう、それも気になっていることだった。
だが、その途端、ユーディの態度がこれまでと一変した。
「なに・・・まさか、知らぬとでも?」
「えっ?」
ユーディは脳天気に高笑いしていたのが一転、目を細め、抑えきれぬような憤怒の表情を浮かべた。
「忘れたとでも言うつもりか・・・私を目覚めさせ、この世の至高の快楽と真理を与えてくれた麗しの君を。己が手にかけたわが主、使徒ヴァシュティ様を!」
そして、ユーディはローブの下から右手に握ったねじくれた木の杖を持ち上げ、俺たちに突きつけた。
「主の敵、勇者サーカキスよ。ここをそなたの墓場としてやろう!」




