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第430話 虜囚の魔方陣

魔王の本拠地めざし進軍を始めた連合軍は、使徒ゲルフィムの奇襲を受けた直後、無数の転移魔方陣から出現した魔物に包囲されていた。

 メウローヌ軍を単独で襲いシャルル王太子を殺害した“フート侯爵”こと魔王の使徒ゲルフィム。

 だが、それは惨劇の序章に過ぎなかった。


 総勢50万に上る連合軍の進軍経路を、まるではかったかのように取り囲む無数の転移魔方陣が出現し、そこから続々と魔物の群れが吐き出され始めたのだ。


 魔物の種類で最も多いのはオークリーダーなどオークの上位種、オーガやトロルなどの大物や魔狼などの魔獣も混じっている。


 肉弾戦を得手とするタイプが目立つのは、乱戦にすることを想定していたのだろう。



 総司令部たるレムルス帝国軍本部のグレゴリ・バイア元帥から、ただちに各国軍に防衛戦の指示が飛んだが、現場の将兵に出来ることと言えば、目の前に突然現れる敵にできる限り隊列を乱されず組織的に対処すること、ぐらいだった。


 なにしろ、こちらに向かって来る敵軍が見えるわけではない。

 霧の中、自軍の背後にも、あるいは隊列の内部にまで、突然魔方陣が浮かび上がり、そこから尽きることなく魔物が続々と吐き出されてくるのだ。


 俺たちはあえて、目の前の敵を倒すこと無く全体像の把握を優先した。


 高空に舞い上がったドラゴンと、飛翔するサヤカ、リナ、そしてコモリンの視野から、ようやく魔物の発生している場所の特徴が見えてきた。


「・・・完全にはめられたってことか」

「残念ながらそのようね」

 モモカが無表情に答えた。本気でショックを受けている時の様子だ。


 パーティーに共有されているスキル地図に浮かぶ、無数の赤い点。


 それは、南から北へ向け、10km以上の長さに伸びて概ね3つのルートで進軍していた連合軍の白い光点を、すっぽり取り囲むような形で発生している。


 さらに、その内側にも幾つもの発生箇所があるのは、単に包囲するだけで無く、こちらが防御陣を敷こうとしたときに、その内部にも魔物が出現して混乱をもたらすためだろう。


 まさに今、起きているように。


 最初に戦いに突入したメウローヌ王国軍は、指揮系統が崩壊した上に乱戦に突入し、既に総司令部との意思疎通も出来ないほどの大混乱になっている。


 ほかの国の軍も、どちらから攻撃されるかわからない状況で、明確な陣形らしいものも未だ組めていないまま、徐々に押し込まれているように見えた。


 魔軍はこういう展開にすることを当初から目論んでいたのだろう。

 こんなことは、あらかじめ連合軍がどう動くかわかっていなければ、出来るはずが無い。


 膨大な数の魔方陣を、俺たちが進軍するより前、いや偵察部隊が放たれるよりも前に、既にこの地に設置していたに違いない。


 まだしも救いなのは、淫魔ラハブとの戦いの時のような情報漏洩の結果ではおそらく無い、ということだ。

 この進軍ルートを軍議で決めたのは、昨日の夕方のことだからな。

 そこから魔方陣を設置したのではとても間に合わない。


 つまり魔王軍は、モルデニアの地形的に、人類側の軍勢が北に向かってくるとしたらほぼこのルートしかない、そんな地の利のある場所に本拠地を築き、あらかじめ罠を設置していた、とも考えられるのだ。



 オーリンに渡していた、魔道具の“携帯遠話”で連絡が入った。

 岩の裏側に、普通の光では見えない特殊な染料で魔方陣が描かれたものをドワーフたちが発見したらしい。

 案の定だ。


 魔王軍は、用意周到に俺たちを罠にはめたのだ。



 転移魔方陣の詳細は、ただちに、まだ連絡可能な各軍の首脳へ、そこから各部隊の指揮官へと遠話で知らされた。

「最優先で魔方陣を、特に外周部よりも連合軍内部に魔物が湧く魔方陣を破壊せよ」と。


 魔物が現在も湧き出している魔方陣は見ればわかる。

 だが、まだ今後の第二波のためか?あるいは不発弾のように機能不全のものもあるのか?発光していないものも多数あった。


 それらは、人間の目にははっきり見えない塗料を見分けるため、エルフとドワーフの小グループが各国軍の元に派遣され、“発見”スキルを持つ者たちと協力して魔方陣破壊の任務に集中した。


 乱戦の中でよく踏みとどまっている者たちもいた。


 元々組織的な戦いより見通しの悪い場所での遭遇戦に慣れている、大森林やウリエル山脈の亜人たちは、特に動揺することもなく、数人ずつが連携してオークリーダーを倒している。


 人間の軍でもイスパタの屈強な兵たちは、まるでひるまなかった。

「イスパタ歩兵1人は他国の3人に匹敵する」と噂される“力こそ正義”の共和国の男たちは、オーガの上位種とも互角に渡り合い、そこでは戦線は崩れることもなく維持されていた。


俺たちは、全体状況を把握し各国司令部に知らせた後は、普通の兵では相手が難しい、トロルやオークキングなど、発生した魔軍の核になっている大物を潰して回った。


 ***


 ようやく、多くの犠牲を払いながらも、連合軍内部の魔方陣はほぼ破壊された。


 連合軍は大まかに言えば長径15kmほどの楕円形の陣形にまとまり、外側を魔軍が取り囲む形になった。

 規模は大きすぎるものの、形だけは通常の包囲戦になった。


 それでも包囲されている側が圧倒的に不利なのは確かだったが、敵が“外側”だけになると、隊列を組み直したレムルス軍の重装歩兵団やパルテア軍の魔法騎士団が本来の力を発揮し始め、戦いは優勢になった。


 おそらく魔方陣から湧き出した魔物の総数は、百万を超えていただろう。

 それでも、夕暮れまでに、連合軍は周囲を取り囲む魔方陣の内側では、魔軍を掃討し、秩序を取り戻した。



 だが、そこで、さらなる罠にはめられていることが判明した。


「やはり通じません!」

「閣下っ、転移も不可能です!」

 各国司令部、そして総司令部でも、事態の深刻さがようやく飲み込まれた。


 連合軍内では互いに魔法通信も出来るし、普通に魔法が使える。

 だが、秩序を取り戻した各国軍が、後方の補給路に残した部隊や各地に築いた拠点に連絡を取ろうとしても、ましてや本国に報告しようとしても、まったく遠話が通じなかったのだ。


 そして、転移魔法も、周囲の魔方陣を超えた外側には行使できないことがわかった。


 それどころか、物理的に元来た方へ戻ろうとした部隊さえ、濃い霧に阻まれて道に迷い、外へ出ることが出来なくなっていたのだ。

 霧の中には、まだ多数の魔物が待ち構えている気配もあった。



「では、あれは魔物を送り込むだけの魔方陣ではなかったということか」


 青ざめたアルフレッド皇太子の問いかけに、歴戦のバイア元帥すら答えることができなかった。



 連合軍の外側を取り囲むように配置されていた魔方陣。

 それは、強力な結界を形成する魔方陣でもあったらしい。


 転移防止、魔法阻害、そして物理的な空間遮断も。


 大森林地帯を覆っている精霊王の結界と同様の、強力極まりない効果だ。

 ほぼ間違いなく、魔王の力によるものだろう。


 だとしても、これを維持するには膨大な魔力の供給が必要なはずだ。

 モモカとサヤカによれば200年前の魔王城周辺にも、これほどの仕掛けはなかったと言う。


 どういう手段で、こんな結界が実現しているのかはわからない。


 ただ唯一言えるのは、人類と亜人の連合軍は、魔王の勢力圏で、その結界の内に虜囚とされた、ということだった。

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